暴れ牛と夜明けの唄 3『連れてこられた訳と約束 後』
「わたしを、システィーナ様の代わりとして連れて行く、という事ですか?」
「本当は、自分より歳下の子供を連れて行くのは本意じゃない。だが……やるヤツがいなくてな。しかも、今回は既に被害も大きいと報告が入っている。不在で行くわけにもいかない」
エミュリエール様の弟は、わたしを連れてくる時に、切羽詰まっていると言っていた。あの時は、どういう事か分からなかったけど。
わたしのような孤児を、掻っ攫うようなマネをしなければならない状況なんだ、という事は、なんとなく分かった。
「あの。わたしのような孤児が、唄うようなことををして、その……他の貴族の方々は、大丈夫なのですか?」
祈念式の時に、暴力を受けたことを思い出して手をギュッと握る。その様子をアシェルは見逃さなかった。
「そういえば、大聖堂から、報告が入ってたな……あれは、お前の事だったのか」
「そんな事まで、知っているのですね」
あの人はどうなったんだろう?
ふと、そんな気持ちが過った。
「当たり前だ。国の法に逆らう人間を、取り締まる為に騎士団はあるからな」
「被害って……襲われそうになったのか?」
「やだ、アレクシス、品がないよ」
「お前らちょっと黙ってろ。それで、お前、一体何をされたんだ?」
アシェルが手のひらを2人に向け、制する。
「……その。殴られて……投げ飛ばされて……」
3人が顔を顰めた。
「エミュリエールは、それでお前を匿っていたのか……」
「え?」
「え?! 違うのか?」
エミュリエール様は、きっと、わたしが魔術を使えるから、閉じ込めていたんだと思うけど……
意外と話しやすい王子様で、喋らされてしまう。
サファはふるふると首を振った。
「いえ……その通りです。眠れなくなったり、食べられなくなったりしたので……」
「それは……本当にすまないことしたな」
彼はわたしの前で、静かに頭を下げた。
えぇ……!
サファは顔を青くした。
「やめてあげなよ、アシェル。困ってるじゃん」
「だけどな……それで、手を貸せなんて虫が良すぎるだろ」
「大体、この子。本当にトラヴギマギアなんて使えるのか?」
アレクシスがサファの横に来て屈み、ぽんぽん、と頭を軽く叩いて、気さくそうな笑顔を向けた。
「あ、僕も思ってた」
「そう思ったから、連れてきたんだろう? それで、どうなんだ?」
3人が、一斉に、わたしを期待した目で見る。
ううぅ……そんな目で見ないで欲しい。
「あの。終わったら、エミュリエール様の所に返してくれますか?」
「もし、本当にトラヴギマギアが使えるんだったら、今よりずっと豪華な暮らしが出来るんだよ?」
「エリュシオン黙ってろ」
恐らくコイツは、そういう事は一切望んでないんだろう。
「使える使えない、どっちにせよ、俺たちは、お前を必ずエミュリエールの元に返すと約束する。それに、今後、お前を脅かす者がいれば、力にもなる。やってくれるか?」
サファは考えた後、目を閉じて、小さく頷いた。
本当に困ってるみたいだったから。それは、彼じゃなくて、たくさんの人々なんだろう。それに、なんというか、彼の言葉は、とても、響く。信用できる、と思った。
口に人差し指を立てた。
「秘密にしていただけるなら」
アシェルは、目を見開いた。
彼女の口から、やる、と言ってもらえれば、俺らとしても助かる。
アシェルも、軽く微笑んで、人差し指を口に立てた。
「あぁ、約束する」
安心したように、サファが目を閉じる。
魔力が流れ落ちると、正二十面体の魔法陣が、出来上がった。その、息を吸うような自然な魔術の発動に、3人が驚く。
「なっ!」
アレクシスの口を、アシェルが慌てて塞ぐ。
これが、隠していた理由ね。
エリュシオンが口の端を持ちあげた。
「アシェル=フェガロフォト王子殿下。貴方を信頼して、話をお受けします」
サファは、魔法陣の蒼い光の中で、お辞儀をすると、フワッと微笑んでいた。