暴れ牛と夜明けの唄 2『連れてこられた訳と約束 前』
「お、お、お前……何考えてるんだ! 今すぐ返して来い!」
空いていた口から、ようやく声が出る。それでもアシェルは、まだ、狼狽えていた。
「そうだな。お前こそ、暑くて頭イカれちまったんじゃないか? エリュシオン」
肩を竦め、アレクシスも首を振る。
「そんな訳ないじゃん」
「それにしたってどうして……」
孤児なんかを……
アシェルは頭を抱え、少女にチラリと目を向ける。
しかも、突然こんなところに連れてこられたのに、取り乱す様子もない。
変わったヤツだな。
視線に気づいたのか、目が合う。だけど、すぐに目を逸らされてしまった。
「いや、だから、トラヴギマギア。使う人いないんでしょ?」
「どうしてそれで、孤児なんだよ! なあ? アシェル」
目の前では、エリュシオンとアレクシスの言い合いが繰り広げられていたが、アシェルは、考え込むように口に手をあてていた。
「待てよ……エリュシオン。この子、例の補佐役の子か?!」
「その通り!」
エリュシオンが、得意げにふんぞり返った。
俺は、祈念式で謎の魂送りが行われ、エリュシオンはそれをしたのが『補佐役』の孤児、だと睨んでたのは、知っていた。
だがそれだと、問題なのは、エミュリエールが、ずいぶんその子を、気に入っているらしい、という事だ。
「お前……その子、本当に借りてきたのか? 俺は、お前の兄貴を怒らせたくないぞ?」
「同感だな」
アレクシスが言う。
2人が同時に腕を組み、エリュシオンを、じっとり、と見た。
「えーと……ちょっと強引だったけど?」
アシェルが深くため息をつく。少女の前まで来ると、じっと彼女を見下ろした。
「お前、名前は?」
「……サファです」
本当は、すぐにでも返そうと思っていた。だけど、その一言が耳に心地よく、アシェルは期待してしまった。
多分、トラヴギマギアが使えるであろうと。
「では、サファ。俺たち、主にエリュシオンなんだが、祈念式でトラヴギマギアを使ったのは、お前ではないかと推測している。それは、本当の事か?」
サファは、迷いを示すように目を泳がせ、顔を伏せた。
まさか、連れてこられるとは思ってなかったから、わたしはこういう時に、どうするかを、エミュリエール様に聞いてなかった。
どうしよう……
胸には、国のシンボルである虎の刺繍。真っ黒い髪は王族の証だ。エミュリエール様は前に、『弟は高貴な方の下で働いている』と言っていた。目の前の人物が、誰であるかなんて、容易に想像がつく。
この人の前で、嘘をつくなんて、多分、しちゃいけないだろう。
「…………」
「なるほど」
「何も言ってません」
「違うなら、直ぐにそう言う」
うぅ……その通りだ。
サファが俯いたまま、目を閉じた。これはもう、隠すのは難しと思った。
「本当に?!」
「おい、エリュシオン。お前、ちゃんと説明して連れてきたのか?」
アシェルが横目でエリュシオンを見た。
「それは連れてきてからでいいかと思って。アシェルからこの子に説明してあげてよ」
「おい!!」
声が大きくて、サファは耳を塞いでいた。
「アレクシス、黙れ。怖がってる」
そう言われ、アレクシスは口を押さえた。
「お前は、魔獣というのは、知ってるか?」
「能力を使う獣、の事ですか?」
「大方あってる。でもそれなら、そこら中の森に棲息している。稀にその中で、暴走を起こすやつがいて、それを退治しているのが騎士団だ」
彼らは、明らかに戦闘に行くための格好をしている。という事は……
「今、その暴走している魔獣がどこかに、いる、という事ですか?」
「察しがいいな。その通りだ。討伐にはいつもトラヴィティスを1人連れて行く、それは……」
彼は、まだ、行くかも分からないわたしに、丁寧に説明をしてくれた。