とぎれた唄 9『自分への罰 後』
2人は見合って、しばし沈黙が流れる。
大きなため息が溢れた。折れたのはエミュリエールの方だった。
「まったく、君は言い出したら頑固だな。仕方ない。聞き入れるとしよう。だが、期間だけはしっかり決めさせてもらう。それが私の譲る条件だ」
「ありがとうございます」
「ありがとうって……罰を受けるんだぞ?」
サファは胸の支えが取れて、表情を少し緩めた。
「期間は一週間くらいって所か?」
「いえ、今年いっぱいです」
「何、バカな事を言ってるんだ! まだ、3の月だぞ? 年が終わるまで後半年もあるじゃないか!」
エミュリエールもサファがピアノを弾く姿が好きだった。それを半年だなんて……耳を疑った。
何とか説得しようと手を伸ばすと、嫌がる様にサファはまた首を振った。
「構いません」
「半月じゃだめなのか?」
話の途中だというのに、サファは食事を再開しようとしていた。その態度に、エミュリエールは彼女の手を掴み、無理矢理話を続けさせようとした。
見上げたサファの瞳に、エミュリエールのすがたが映り込む。
「いいえ、今年が終わる迄です」
「…………」
強く、睨むような目。折れそうもないことは、既に身に染みている。エミュリエールは、額を摩っていた。
「分かった……但し、私もそれなりの保証がなくては約束できない」
彼はまた、条件を出した。
『ピアノを弾かない事で体調を崩さない』
それが、了承するために出した、エミュリエールの絶対条件だった。
サファが満足げにうなずく。
手首に結ばれたリボンを解くと、強く握ってしまった時に、付けてしまったであろう青黒い痣がある。エミュリエールがそれを労わるように撫でていた。
「すまない。痛いか?」
サファは首を振った。
どうしてこうなったのか?
自分が罰を出したはずなのに、まるで、自分が罰をうけたかの様に、エミュリエールは、胸を痛めていた。
翌日からサファは、ピアノを弾かないと言う約束をしっかり守り続けた。弾かないから詩を綴ることもしなくなった。
いつからか、本を読むこともしなくなった。
頷いたり、首を振って、たまに微笑む。話す事を忘れてしまったかのように言葉数も極端に減り、食事もあまり食べなくなった。
ぼんやり眺めている窓の外。笑い声が聞こえる。サファが見ていたのは、遊んでいる子供達だった。
その様子が、捕まえられた鳥のようで、痛々しい。
子供とは、本来騒がしいもの。
色々な物を聞いて、見て、体験して、そして成長していく。
大事な彼女の時間を奪っているようで。
エミュリエールは心が痛むという事を、嫌というほど感じていた。
「サファ、もうやめよう」
もう、見ていられない。
我慢ならなくなったエミュリエールは、きり出していた。
「いえ、わたしは、エミュリエール様が色々考えて、わたしをここに置いてくれていると分かってたのに、約束を守れなかった……悪い子なんです。だから、罰を受けなくてはいけないのです」
「なぜそんなに、自分を痛めつけるんだ」
軽く揺すると、壊れてしまいそうなほど、肩が小さい。それでも、彼女は眉を下げて微笑み、首を振る。
エミュリエールは、もう、それ以上……何もいう事は出来なかった。
1人にしておくには心配で、エミュリエールはサファと共に過ごす時間が増え、夜も一緒に寝るようにしていた。
ピアノを禁止してから、半月が経とうとした時、それは起きた。
夜中に突然ベッドが細かく揺れ出す。
最初、地揺れかと思った。飛び起きたエミュリエールは、1番にサファを確認した。
「サファ?」
エミュリエールが声をかけても歯をカチカチ音させる音しか聞こえない。
「大丈夫か?」
「さ……むい……」
その言葉に、蒸し暑いはずなのに、鳥肌が立った。
揺れているのは、蹲って震えている、サファだった。
エミュリエールはサファを掛布で包み体を摩る。
途切れ、途切れの呼吸。胸元で握られた手。顔は青白くて、唇が紫色をしている。
震えはなかなか止まらなかった。
「さむ……い」
どうしたらいいか分からず、とにかく抱きしめると、体には力が入り、高くなってきている体温が伝わってきた。
ただの風邪ならいい。
だが、この症状が魔力に関するものかもしれない、と危惧したエミュリエールは、エーヴリルに手紙を飛ばしていた。