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とぎれた唄 5『自分への罰 前』

 時は少し巻き戻って6の刻半ころ(昼1時)

 食事をした後、サファは一人で部屋の中にいた。


 ぼんやりと座っていると、ピアノが視界に入った。


 もうそろそろ、弾いてもいいかな?


 少しだけ迷い、じっとピアノを見たまま、立ちあがる。


 ちょっとなら。気づかれないように小さく弾けば。きっと大丈夫……


 こういう時、人は自分のいいように捉えがちになる。ただでさえ、ここ最近は、人の出入りが多くて弾く時間が少なかった。サファは音に飢えていた。


 ピアノの椅子に座って、ぶらぶらと足を揺らし、鍵盤に手をかけて軽く押す。


 澄んだ弦の音が、とても悲しく聴こえて、もうちょっと弾いてみる。すると、音は段々軽くなった。

 少し、あと少しと思っていたのに、楽しくなり……サファは知らぬ間に唄っていた。


 部屋に近づいてくる足音にも気づかず。

 突然扉が開いてようやく気付いた。


「あっ」


 エミュリエールだった。サファは急いで椅子から降りた。

 彼は、荒い足音をさせてピアノの所まで来ると、彼女の両手を掴んで、鍵盤蓋を強く閉める。

 ガタン! っと不機嫌な音があがった。


 痛い!


 掴まれた手が、強い力で締めつけられた。


「今日はダメだと言ったはずだ! なんで弾いてるんだ?!」


 エミュリエールが、もの凄い形相で睨みつけ、重たい物がのしかかってくる感じがした。

 彼が、怒って怒鳴る、なんて、今までなかったから、言葉が出てこなかった。


「これくらいの我慢は出来るとおもったのに……

暫くピアノは弾くな! これは命令だ!!」


 きっと、まだ外部の人が帰ってなかったんだろう。それに、わたしが言うことを聞かなかったから。


 扉が荒々しく閉められると、大きな音の圧が怖くて、目をつぶる。耳には、苛立った足音が、遠のいて行くのが聞こえていた。


「…………」


 悪いことをしてしまった。


 赤くなった手首を摩る。


 わたしは……悪い子だ。


 エミュリエールの出て行った扉を眺め、俯く。サファはしばらくの間、そのまま立ち尽くしていた。





 言いつけたことを、簡単に破られ、エミュリエールは腹を立てていた。

 だが、アシェル達を送り出し、片付けをしていると、頭が段々と冷えてきていた。


 わたしは本当に堪え性が無い……


 執務室で椅子に座り、頭を抱えて深くため息をつく。羽ペンから落ちたインクが、紙に滲み、それが後悔の念のように目に映る。


 祈念式が終わってからずっと、行動を制限されて、唯一の楽しみだっただろうに。取り上げるようなことをしてしまった。


 下手すれば、口もきいてくれなくなるかも知れない。それくらい分かっていたのに……

 今回の事で彼女との距離がまた離れてしまったら、と不安になった。


 ピアノの上には、何曲もを綴った紙が置いてあった事を、エミュリエールは思い出していた。





 レイモンドとハーミットは外食らしく、サファはエミュリエールと2人で、夕飯を摂ることになった。

 給仕をしてくれるのは、メイドのルアンナ。彼女は、至って普通の平民の女性。だけど、とても包容力があって”お母さん”みたいな人。


 怒られた事は落ち込むけど、ルアンナさんが怒られたらやだな。


 手首には、不自然にリボンを結んでおり、サファは食べながら、なんとなくそれを眺めていた。


「昼間の事なんだが……」

「すみません」

「すみませんじゃ分からない。なぜ、弾いたんだ?」

「…………」


 どうしよう……


 言い訳を考えていた時だった。ルアンナが血相を変え、何かを言おうとするのを見て、サファはとにかく止めなきゃ、と思った。


 ゾクリ


 エミュリエールは、背中に冷水をかけられた様な感覚がはしった。


「ヒュッ」


 ルアンナは声が出せなくなり、胸を押さえて真っ青な顔で床にうずくまっている。


「サファ、やめなさい」


 普段、誰かの魔力に気圧される事のないエミュリエールでさえ、微かに指先が震える。危険だと感じ、彼は立ち上がって、ルアンナに保護をかけようとしていた。


「罰は受けます。だから、この話はもう終りにしてください」


 最初は怒ってるのかと思っていた。だが、サファの言葉を聞いて、恐らくルアンナを守るためなのだとエミュリエールは察した。


「……分かった」

「ごめんなさい、ルアンナさん。それでいいですよね」


 彼女が苦しそうに頷くのを見て、サファは顔を顰める。放出していた魔力をしまうと、一瞬にして圧は消えた。


「なるほど……そういうことか」


 エミュリエールは、ルアンナを支え、立ち上がるのを助けていた。


「なんのことでしょう?」

「いや、すまない、私も言い過ぎた。罰はなくてもいいと思っている……」

「いいえ、罰は受けます」


 普通だったら喜ぶというのに、サファはふるふると、頑なに首を振った。

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