とぎれた唄 7『とぎれた唄』
アシェルが目を閉じたまま耳を傾けていると、主題になる所で、声量が大きく飛躍した。
上手い……
それと、考えさせられる、詞だった。
『奏でることが幸せ 唄うことが喜び
そう思うものが誰にでもある
貴方の幸せは何? きっとあるでしょう
いらない人なんて居ない
誰もが役目を持って生まれてくる
それが何かを知るために時というものがあり
そして人は帰ってくる
それが生というもの
生きていることは辛く
知らないということは………あっ!』
不自然に、唄が止んだ。
なんだ?
それでも続きが聴きたくて、しばらく待ってみる。だけど、唄はもう聴こえてくることはなかった。
続きが聴きたかったのに、残念だ……
目を開けると、急に現実に引き戻された気がした。だけど、唄のおかげか、気持ちは少し軽くなっていた。
ぐぅっ、と腹が鳴る。昼なんかとっくに過ぎていた。アシェルはソファから立ち上がり、服の裾を、ピッ、と引っ張った。
「帰るだけだし、適当でいいか」
放り投げていたジャボ(飾り襟)を掴み、上着を羽織って、部屋から出る。
「腹が空いたから。早く帰るぞ」
「分かった。分かった。アレクシス、エミュリエールはどこに居た?」
誰が唄っていたのか、帰るなら、その前に聞いておきたい。アシェルは片手を上げて階段に向かっていた。
「あぁ。あいつなら、さっき礼拝堂にいたぞ?」
すれ違ったアシェルを、アレクシスが目で追っていると、彼は振り返り足を止めた。
「行くぞ?」
「ほい」
2人が降りた先で、エリュシオンが、壁に寄りかかり立っていた。
コイツが、俺の2人目の側近、エリュシオン=R=バウスフィールド。
軽そうなヤツだが、これでも、魔術の使い手として、最高峰の称号を、最年少でもらった、わりと凄いやつだったりする。
「いつ出てくるのかと思ったよ」
エリュシオンはアシェルを見て、カラカラと笑い、アレクシスの横に並んだ。
「お前、探すの諦めたろ」
アレクシスが横目でエリュシオンを見る。
「そんな事ないよ。効率的と言って」
アレクシスは、人差し指を立てて、にっこり笑うエリュシオンを見て、目を細めた。
「もしかしたら、襲われる事だって、あるかも知れないだろ……」
「僕らの王子殿下はそんなに弱くないでしょ?」
まったく……太々《ふてぶて》しいヤツだ。ああ言えばこう言う。
アレクシスは、拳を握りしめ震わせていた。
「まあ、そういう事にしておこう。エミュリエールに少し話がある」
2人は、仲が悪いわけではない。アレクシスがお節介なだけで。またいつものが始まりそうだと思ったアシェルは、話を切り、礼拝堂に足を向けた。
「あぁ……兄上なら、さっき険しい顔して階段昇ってったよ」
エリュシオンが口に手をあてる。
「僕、さっき睨まれちゃったんだよね……」
エミュリエールは、穏やかな人柄だと聞く。それから睨まれるって……
アシェルが足を止めて、エリュシオンに振り返った。
「お前、何したんだ?」
「少し駆け引きをね」
「兄相手に何やってるんだよ……」
アシェルは呆れた表情をして、北階段の方に歩いて行った。エリュシオンが、2階に昇る手前で立ち止まる。
「僕はここで待ってるよ」
彼を残し、2人が昇っていくと、エミュリエールが3階から、汗をかき、息を切らしながら降りて来た。
「アシェル殿下。どうなさったのですか? はぁはぁ……」
肩を上下させながら、エミュリエールが作り笑いを浮かべる。
「大丈夫か? そろそろ帰ろうと思って声をかけに来た」
「わざわざ有り難く存じます」
エミュリエールの様子を見て、アシェルは一度、階段の奥に目を逸らす。
「さっき唄ってたのは誰だ?」
「唄ですか……? 私には唄は聞こえませんでしたが……」
エミュリエールは、汗をハンカチで拭うと、何度か深く呼吸して息を整えていた。
「そうか、だったら気のせいだろう。今日は大儀だった。またよろしく頼む」
ふむ……
アシェルは、何かを感じ取って、深く聞くことはしなかった。
城へ帰る途中。
「いい唄だったよね」
エリュシオンが、ポロっと洩らすと、アレクシスも頷いていた。
「あぁ」
あれだけはっきり聴いたんだから、気のせいなはずがない。
「一階にいたんなら、聴こえない、という事もあるんじゃないか?」
「誰が唄っていたとかは別にいい。余計なことするなよ?」
何か言う時には、いつも細心の注意を払わなくてはいけない。俺が何かを言うことで、周囲に与えてしまう影響を知っているからだ。
誰が唄っていたか?
知らなくてもいい、と言えば嘘になる。それよりも、一体、『知らないということは』の後は何だったのか? 歌詞の続きが知りたかった。
いつか、聴けたらいいな。
アシェルは口を押さえる。そして、旋律を思い出し、何度も頭の中で、刻むように聴かせていた。