表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/214

66 氷海で唄ったオルニス 60『深海で目覚める怪物』

ここから、裏です

「おはよ、ルシオ兄。もう来てたんだ」


「あぁ、朝、様子を見て、まだかかりそうならと思ったんだが」



 ルシオが、目をつぶって、サファイアを指さした。


「え……」


 あろうことか、サファイアを寝かしていたはずのカノンには、何も乗ってなかった。


 エリュシオンが駆け寄り、マットレスに手をつけると、もっと驚いたものが見えた。


「げげ……嘘でしょ?」


 サファイアは、壁と、ベッドのほんの少しの隙間に、掛布ごと落ちて、しかも、そのまま眠っていた。



「そんな訳で、体調は、よろしい、そうだ。午前中にでも起きるだろう」


「寝相が指標ってどうなの? 大人になったら治るのかねぇ」


「子供の寝相が悪いのは、普通のことだ。それに、大人になるにつれて、睡眠の周期が変わり、寝相もよくなる」



 エリュシオンが、サファイアを抱えてベッドに戻して、きょとん、とした顔をした。


「そうなんだ。さすが、ルシオ兄! 物知りぃ」


 ルシオは呆れて、ため息をついた。



「しばらく、ここに居る。やる事があるなら、今のうちに行ってきたらいい」


「あー……やることねぇ。そうなんだよね」



 浮かない表情をするエリュシオンに、ルシオが眉をあげた。


「なんだ、気がすすまない事か?」

「まぁ、そんなところ。行ってくるね」


 ルシオに言ったら、一緒に聞きたいというかもしれない。


 何かは、分からない。


 だけど、ルシオは、サファイアに関して、何か重大な事を、隠している、と思った。


(おあいこ、だよ)


 ギュイネスを迎えるために、邸の入り口に向かっていると、偶然、アレクシスに会った。



「よお」


「なんか久しぶりだね、おはよ。ごめん、サファイアを邸に置いたら、すぐ戻ってくるからさ」



 そんな言葉をかけたくなる顔をしていた。



「かわいい娘についててやれ、と言いたいところだが、すげー忙しい……お前が仲良くしてる、広報部のやつなんだっけ?」


「ん、ブルノー?」


「そうそう。そいつ、昨日、サファイアの儀式の見て大騒ぎして、捕まってたぞ」


「ぶっ! なにそれ。ウケるんだけど。まぁ、大丈夫でしょ? なんせ、広報部だからね」



 きっと、しこたま絵を撮っているだろう。


(後で、いいのあったら貰お)



「しっかし、昨日は、儀式見てたやつが大騒ぎだったな。そういや、サファイアはまだ寝てるのか?」


「もうちょっとで、起きそうだけどね」


「儀式に、修学院の入学に、アシェルの婚約者ときた」


「は?」



 なにそれ。


 エリュシオンが、アレクシスを見たまま呆然としていた。



「お前、まさか聞いてないのか?」


「なんで、アレクシスが知ってるの?」


「……アシェル本人が言ってたぞ。サファイア本人も了承しているってな」



 大きくため息をついて、エリュシオンは額を押さえた。



「多分……言うの忘れてたんだろうけど、酷くない?」


「まぁ、サファイアも色々あって悪気はないんだろ? あんまり叱るなよ。ん?」



 エリュシオンが、もう一度、ため息をついていると、レンヴラントがギュイネスを連れてきた。



「おい、エリュシオン。お前、約束してたなら、出迎えくらいしてやれ」



 そう言い、レンヴラントはギュイネスをエリュシオンに引き渡す。


 同じタイミングで、アレクシスも立ち去って行った。



「おはようございます」

「おはよう。ごめんね、少し遅かったな」

「大丈夫です、彼が案内してくれたので」


 レンヴラントとは、同じ宰相の息子ということで、割と会うことが多いらしい。



「サファイア嬢は、まだ、寝ていますか?」

「昼くらいには起きそうだったけどね」


 2人は歩きながら、エリュシオンが滞在している部屋の中に入った。


「それで、話って?」


 椅子に座ったところで、ギュイネスにお茶を出した。



「サファイア嬢は、フェガロフォト国の人間ではありませんね?」


「それは……君にいう事ではないね。なんで?」


「いえ、彼女は、物心がやっとつくような歳から、孤児だと聞きます」


 本当に、食えない。


 孤児だったサファイアが、誰かに教えられず、魔術を使ったり、トラヴギマギアが使えたりなんて、するわけがない、という事だろう。


 エリュシオンは、お茶をひと口飲んで、にっこりと笑顔をつくった。



「誤解しないでください。探ろうと言うわけではありません。私は、ただ、彼女と唄った時に、他国の力を感じました。それと、ちゃんと誰かから教えられている」


「教えられているって、なんで分かるの?」



 エリュシオンの顔から、笑顔が消えて、ギュイネスを見つめていた。


「私の国や、フェガロフォトでは、唄は一般的にピアッシングだと教わります。ですが、唄とはヒスティングだと、教える国が存在します。彼女は、後者かと」



 ギュイネスは、サファイアはピアッシングで唄う時の方が、意識をしている、と言った。



「なるほど、該当するのは2つくらい?」


「『グランドール』は言わずもがな、水の国『アクアフォレスト』、それと『フリーニア』も恐らく……」


「あそこ、そんな、国だったっけ?」



 エリュシオンが天井を見上げて、記憶を探していた。


 ギュイネスが頷く。



「砂漠の中にある、霧の国『フリーニア』は、最近、グランドールと親しくしていて、魔術の力が上がってきているんですよ」


「フェガロフォトは、国の順位で言ったら、中の下だからねぇ。そんな情報、あまりこないんだよね」


「オピオネウスは、アサナシア様のタウマゼインがあるのと、雪国の海産物のやりとりをしているので、うちの父も、フリーニアには、年に何度か行く事があります。最近の、国の変化には驚かされたと言っていました」


「そんなに? へぇ、一度行ってみたいな。まぁ、無理なんだけどね」


「こちらの国は、もうすぐ結界の貼りなおしですからね。しばらくはお忙しいでしょう。まあ、いずれにせよ、貴重な存在ですよ。ましてや、グランドールの民だったらそれこそ、他国も黙っていないでしょう」



 グランドール国は、魔力も、魔術においても、他の国と比べ物にならないほど、秀でており、最も神に近い民であるといわれている。


 空を浮遊していて、どこかに潜んでいるグランドールは、他国のものが、簡単に入れないようになっている、と言われている。


 ブルノーが言っていた。


 あまりの情報のなさに、本当にある事さえ、疑う、と。



「それは、心配してくれてるんだよね?」


「えぇ、もし、私を、サファイア嬢の唄の師として、選んでくださるのであれば、それを、考慮できると思いまして」



 エリュシオンは、薄らと笑みを浮かべて、指の腹で感じる、細くて硬い感触を確かめるように、カップの縁をなぞっていた。



「悪いんだけど。どちらを選ぶかは、サファイアが決める。そうしないと、後々うるさいからね」


「そうですか……彼女が決める、となると、選ぶのは、きっと、ロウウェルでしょうね」


「そうなの?」


「彼の事を気にしてましたし、一緒に唄うと何となく分かるものです」



 ギュイネスは、お茶を飲み干して、立ち上がった。

 話は終わりらしい。



「それは、トラヴィティス同士じゃないと、分からないもの?」



 エリュシオンも立ち上がり、見送ろうと、扉を開ける。



「そうですね。私も、ロウウェルも、唄える方だとは思ってますが、彼女は別格ですよ」


「あはは。それ、返事に困るね」


「時間を作っていただき、ありがとうございました。ここで大丈夫です」


「こちらこそ。良い情報をありがとう。気をつけるよ」


「あ、そうだった……」


 ギュイネスが伝言を残し、会釈をして、開けた扉から出て行く。



(本当、笑い事じゃないよね)



 歩いて行く彼の背中をしばらく眺め、エリュシオンも部屋から出て、扉を閉めた。





            ※




 深い。深い。

 太陽の光さえ届かない、海の底、深く。


 

 ゴボッ、と大きな泡が立った。



 体は蛇のように長く、海底の冷たさも感じない、強靭な鱗。


 ドクン


 ドクン……



 何百年も、海の揺らぎと化していた、鼓動が海中に響きわたる。



 もう一度、口から、泡が吐き出されると、今度は、急激に海水を吸い込み始めた。



 海藻も、魚も、砂も。



 海と同化する、髭が、揺らぎに反してしなった。


 閉じられていた、真紅の瞳がゆっくり開き、ぎょろっと不気味に動く。


 入った異物の不快で、開かれた口から。


 突如、吐き出された、咆哮。



 地震が起こったのではないかと、思い違う、大きな衝撃。


 大きな津波が起こった。



 その波とともに、怪物は海の中を、駆ける。


 陽の光にに映し出された、美しい瑠璃の体よりも、その悍ましさに、世界が震えた。



 海の怪物と呼ばれる『イポヴリキオンテラス』



 目撃されたのは、ヒケッチャルヤ。

 オピオネウス、フェガロフォトと同じ海に面している、少し離れた国であった。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ