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58 氷海で唄ったオルニス 52 『フェンリル1』

「わぁ! 白くてふわふわ!」


 サファイアが近くまで来て、目を輝かせた。


「見たのはじめて?」

「エーヴリル様のやつなら触ったことあります」

「あぁ。フヌーディ?」


(フヌーディ? 名前かな?)


 そういえば、エリュシオンのケリュネイアには、初めて魔獣の討伐に行ったときから、ずいぶん乗せてもらっている気がする。



「あの。ケリュネイアは何ていう名前なんです?」


「あれ? 言ってなかったけ?」


「エリュシオン様には、いつも言ったことにされます」



 サファイアは頬を膨らませた。


「あはは。イストリアって言うんだよ」


「どういう意味です?」


「うん? そうだな、歴史……いやどちらかと言えば、物語という意味かな」


「イストリア、かぁ。あっじゃぁ! ルシオ様の……」



「そこの君は乗るのかな?」



 騎乗を担当しているお兄さんが、サファイアの様子を見て声をかけられる。



「乗ります!」


「その話、また今度してあげるから。行っておいで」



 サファイアは頷くと、フェンリルが4頭いる、大きな囲いのなかに入っていった。



「勝手に飛んで行ったりしないんですか?」


「うん、ここにいるのは飛行付与してないやつだかね」


「そうなんだ」



 お兄さんについていくと、1匹のきれいなフェンリルの前で立ち止まり、指を差す。



「後は、あそこの子みたいに、歳をとると跳べなくなるんだ」



 そこには、目を閉じて、伏せた状態で周りの声をうるさそうにしているフェンリルがいた。



 真っ白ではなく、銀色で薄く青みがかる毛並みでとても貫禄がある。


 かっこいい子。



「あの、あの子は名前があるんですか?」


「前は『セーラス』(オーロラ)という名前だっんだけど、名付けた人が、亡くなったんだ。長く人と過ごしていたから、野生に戻すわけにはいかなくてね」



 セーラス……



「あの子がいいです」


「え? あー……やめた方がいいよ。あの子は、朝少し弱くてね。まだちょっと不機嫌なんだ」


「見るだけでもいいです」


「んー……。しょうがないなぁ。様子をみてだめそうだったら。諦めてくれよ」



 やった。



 サファイアは、セーラス、という名前だったフェンリルのところまで連れていってもらうと、静かに前にたつように言われた。



 近くで見ても、きれいな毛並み。



「かっこいいね」


 そう、声をかけると、フェンリルは耳を、ピクリ、とさせた。



「わたしのお邸にも、セーラスっていう名前のアローペークスがいたの。触ってもいい?」



 しばらく耳をピクピクさせた後、フェンリルの目が開く。


 その目がまた、セーラスという名に相応しい見事な色合いをしていた。


「きれいな目」

『おまえ』



 突然誰かに話しかけられて、サファイアがきょろきょろと首を振った。後ろにいたお兄さんには聞こえていないのか、「どうした?」と言って首を傾げている。



『おい、ここだ』

「え……」


(まさか……)


『フン』



 もう一度、フェンリルの方を向くと、口をあけて、鼻を鳴らした。



「話せるの?」


『久しぶりに、いい匂いがすると思ったら、ずいぶんと、ちみっこいが………まぁ、いい。お前、その首から下げているやつ、食わせろ』


(えぇ……)


 サファイアはペンダントを握り首を振った。


「これは、駄目」

『じゃぁ、お前を食わせろ』

「…………お腹すいてるの?」


 わぁっ


 フェンリルが大きな尾を、ブンっと振りあげ、風が起こった。



『おい! ちみっこいの。言葉づかいに気をつけろ! 食うぞ』



 後ろを振り向くと、お兄さんがおろおろして、今にも止めに入ろうとしている。


 囲いの外にいるエリュシオン達は……ナンパされていてこっちを見ていなかった。


 サファイアが、お兄さんに、にこっ、と笑うとピースをすると安心したようだった。


「よかったら食べますか?」


 ポケットから出したのは、ニュクスにあげるために入れておいた、エサ用の魔石だった。


『フン、よこせっ』


 おっと!


 サファイアがエサを後ろに隠したので、フェンリルは鼻息を荒くして、立ちあがった。



『キサマ!!』


「タダではあげませんよ。触らせてください」



『…………そんな事させられるか! だが、そうだ。ワシは背中がかゆい』


「はぁ、背中、ですか……」



 サファイアがフェンリルの背に目を向けると、彼の毛が逆立った。



『だから、仕方なく搔かせてやるから、それをよこせ』


「…………」


 フェンリルを目を、じっと見ると、サファイアはおかしくて、シシシ、と笑い声をあげた。



「約束ですよ。はい、これ」


『手まで食ってしまいそうだから、口の中に放りこめ』


(もう……)



 でも、それが、何だかかわいく見えてしまい、サファイアはフェンリルの口の中に魔石を放りこむ。



 キラっと一瞬だけ光る。



 周りには、それくらいの出来事だった。


 フェンリルの体に飛びつくと、サファイアが頬ずりをし始める。



『やめろ! 飛びつくな、これだから子供というやつは……』


「だって、触ってもいいって言ったじゃないですか」



 魔石をあげたからか、さっきよりも、ずっと、彼の気持ちが伝わってきた。


 この、フェンリルは憎まれ口を言ってはいても、人に囲まれるのは嫌いではない、らしい。


 素直じゃないんだから。


 サファイアが背中によじ登っていると、係のお兄さんが目を見開いており、手を振ると、安心したのか手を振りかえしていた。



『やめろ! ワシは、子供が嫌いだ』


「そんな事ないですよね?」


『…………貴様、ワシの心を読んだな』


「読んだりしてませんよ。伝わってくるんです。魔石を食べたから」



 くぅーん、とフェンリルが鼻を鳴らして耳を伏せた。



『それでは、これも分かるのか?』


 サファイアはフェンリルの背中にぺっとり寝そべっていた。


 彼の渇望している隠れた気持ち。



「……飛びたいの?」


『……そうだ。もう、飛べる事はない、そう思っていた。だが、お前の魔石があと4つあれば、一回りくらいはできる』


「えぇ?! ほんとに?」


『飛んでみたいとは、思わないか?』



 うぅ……


 サファイアは、エリュシオン達をみてまだ気づかれてない事が分かると、「飛びたい」と正直な気持ちを伝えてしまった。


 そして、4つの魔石をにぎって一つにし、フェンリルの口に向かって投げた。



『お前の気持ち、受けとった』



 フェンリルの体に魔力が満ちる。彼は立ち上がり、ガウッとひと声鳴いて、尾を縦に振った。





 遠くで、自分の祖父が使役していたセーラスが立ち上がったのを見た、ギュイネスが動きを止めた。


(あれは……ポリ・モスニー?)


 目を見開き、次の瞬間走り出していた。





 フェンリルが鳴いた声で、エリュシオン達が、異変に気づくと、それは起こっていた。


 騒がしい会場内に、より一層、大きなどよめきが起きる。



「エリュシオン様! 大変です!」

「あああ! ノイ様!」


 ハーミットとフィリズが同時に叫ぶ。


 フェンリルの足元に魔法陣が浮かぶと、ぐんっと急激に飛びあがった。

 背中にはサファイアが、しがみついているのが見えた。



「サファイア! だめ!!」

「追います!」



 エリュシオンが叫び、ジュディが追いかけようとすると、横を風が、吹き抜ける。



「たぶん、追いつけません。私が行きます!」



 真っ白い美しい毛皮のフェンリル。ギュイネスが乗っていた。彼は、それだけを言ってサファイアを乗せたフェンリルを追って行った。

読んで頂きありがとうございました。

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