とぎれた唄 6『王子殿下』
ここは大聖堂の、一室。エミュリエールが、執務室として使っている部屋になる。
ソファに寄りかかり、夜闇のような髪の少年が、気怠げに目をつぶっていた。
彼は、アシェル=フェガロフォト。この国の第一王子である。といっても、王子は、彼以外いない。いるのは妹が1人だった。
疲れた……
頭を傾けると、王位継承者の証である真っ黒な髪が、サラサラと流れる。
王族は、大聖堂で行われる式にも、顔を出さなくてはならない。家族が、持ち回って色々な式典に出ており、今回は、彼の番だった。
豪華な服を着せられ、式の初めにお決まりの言葉を述べると、気付かれないように、そっと、式の途中で抜け出して来ていた。
成長と共に増えていく国務。貴族間の醜い権力争いが原因で起こる事件。そして、各地で現れる魔獣の討伐。
それだけでも忙しい日々を送っていたのに。
何してくれてんだ、クソ親父。
俺に聞かずに勝手に決めやがって!
首元のジャボを放り、組んだ足に頬杖をついて、鼻から荒く息をだした。
あーもー、どっかに逃げてぇ……
こんな地位にいたって、知らなきゃ意味がないじゃないか! 信じられん全く!
なぜこんなに、俺が苛立っているのかというと。
王位を継承する俺は、8歳になる頃から騎士団と共に事件の処理や、魔獣の討伐などに加わり、指揮がとれるように教育がされる。
帝王学の一貫、みたいなものだ。
もちろん、8歳かそこらで指揮なんか出来るわけがない。そこで、剣術と魔術が優れている者を側近としてつけられ、手助けをしてもらうことになる。
今は、騎士団を動かすようになって5年が経ち、だいぶ慣れてきていた。
それでだ。事は、魔獣の討伐の話になる。
俺らが、魔獣を討伐しに行くと、騎士や、住民に、死人や怪我人が出るだろ? だから、癒しと、魂送りが必要になる。
状況によっては、違うヤツに頼むこともあるが、ほとんど、と言っていいほど、システィーナがやっていた。
魔獣がなんで出るのか? それは、詳しくはわかってない。専門家の話では、国に張られた結界の衰えに関係あると言われている。
結界は200年ごとに張り直しがされ、2年後に迫っている。だから、それまではどうにか耐えなければならないのだが……
システィーナが、祈念式で襲撃されたことで、その父親のゲーンズボロ卿が、彼女の自邸保護を申し出ると、国王陛下が、その申請を、俺に言わず認可してしまったんだ。
自分にも子がいるから、気持ちが分かるとか。それが、理由らしい。
「お? 見つけたぞ! アシェル。いつまでも不貞腐れてんなよな」
大柄で声の大きな男が、執務室に入ってくる。
コイツが、さっき説明した、側近の1人。アレクシス=ヘイワードだ。
もう1人は、いつもふらふらとしていて、必要な時には、ちゃんと現れる、変わったヤツ。なかなか癖ある2人だが、助けてもらうことも多い。
「次いつ魔獣が出るか分からないのに、討伐に行かない人間だけで決められれば、当たり前だろ?」
それに、魔獣は、結界の張り直しが近づくにつれて、強くなって来ていると感じていた。
「まぁ、気持ちは分からんでもない。しかしな、その相手が国王陛下なら、仕方ないだろ」
アレクシスは腕を組み、うなずいて、ニカッと笑った。
「指揮を取るのは俺だぞ? 大体、親父の時は結界だって、まだ、劣化してなくて、魔獣なんてほとんど出なかったんだろ? 絶対、今の状況分かってないだろ」
不満を言い始めると、止まらなくなりそうだ。だけど、分かっている。俺自身、いざ魔獣が出たとなれば、それでも放っておけなくて、どうにかするんだろう。
そんな性分なんだ。
愚痴くらい言わせてくれ……
アシェルは、首を後ろに倒して天井を、仰いだ。
「ん?」
「どうした?」
「ピアノの音がする。誰が弾いてるんだろうな」
「そんな音聞こえるか?」
だいぶ遠い。2人は耳を澄ました。
「あぁ、確かに聞こえるな……知らない曲だ」
ピアノの音にのり、唄も聴こえてきた。寂しげなのに、力強く、とても心地の良い唄だった。