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56 氷海で唄ったオルニス 50 『雪の降る夜 願いと、条件』

 起きると、夜中だった。



(何時だろう……?)



 隣りを見れば、エリュシオンがいた。

 サファイアがベッドから出ても、身動きもせず、とても、深く眠っているのが、分かった。


 廊下に出ると、気配で気づいたアルフォンスに呼び止められる。



「サファイア様、どちらに行かれるのですか?」



 自分でも、理由はよく分からなかった。



 目をそらした先には、窓があり、明日にはなくなる、細い月が、廊下に明かりを注いでいる。



「雪が……見たくて。外には行きませんから」



 そう言うと、彼は、サファイアを1人にして立ち去った。




(雪……静か)



 音もなく降っている雪を眺めていると、記憶がよみがえってきた。



 とても、心配させてしまった。



 強烈に思い出されたのは、国境を越えようとした時の恐怖や黒い炎の中に現れた死神でもなく。



 エリュシオンが泣いていた事だった。



「起きて平気なのか?」



 振り向くと、いつの間にかアシェルが立っていた。ふだんの穏やかさはなく、少し険しい表情をしている。



「アシェル殿下……話を。したい、と思っていました」


「わるい話だったら嫌だな……」


「いえ。お願い事なのです」


「願いごと……か。事による」



 ドサササっ、と雪が落ちる音がする。窓に目を向けて、サファイアは少しだけほほ笑んだ。



「静かですね……前は、これが当たり前だったのに」



 色々な人と話し、色々な所に行った。



「エリュシオン様は、知らない事がたくさんある事や、この世界は、広くて、やさしいと教えてくれました」



 窓に手をつくと、サファイアの小さな手のあとがのこった。それが、消えたかも見ないまま、窓に背を向けると前で手を揃えた。



 まだ、迷いのある、揺れる瞳。



「わたしも、彼に、わたしが想い描く景色を、見せたい。だから……」



 サファイアは深く頭を下げて、願った。



「わたしに、『水』を分けてください」

「…………」



 アシェルは、腕をくみ、じぃっ、とサファイアを見定めるように見ていた。



「俺は、まがりなりにも、この国の王子だ」


「…………」


「だから、水涸れでもないのに、簡単に『水』を渡す事はできない」



 彼の言っている事は、正しい。


 自分は、一介の貴族令嬢。しかも、もとは孤児。王族という立場の人間から、私用のために、魔力をもらうなど……あってはならない。



 サファイアは、あたまを下げたままでいた。



「エリュシオンのために、というのは分かった。だが、それだけでは『水』を渡すというには、あまりにも弱い理由だ。もっと、俺の心を動かす理由を見つけてこい。それと、表向きだけでいい。俺の婚約者になれ」


「…………」


「返事は、あしたの夕刻まで待ってやる。今日は、もう、休め」



 足音がして、サファイアが頭を上げると、向こうに歩いていくアシェルの背中が、暗闇に消えていった。






 部屋にもどり、ベッドに入ると、エリュシオンが細く目をあけた。



「また、トイレ?」

「あ……忘れていましたね。そう言えば」

「何をしていたの」



 エリュシオンが、冷えはじめていたサファイアの手をにぎりしめた。



「ここへ来て、雪が降るのははじめてだったので、見ていました」


「そう」



 掛布にもぐり、エリュシオンにひっついて甘える。


「なーに?」


 少しおかしそうに言う声を、切ない、と思った。


「明日は、楽しみです……」


 悲しませてしまったから。


 かわりに、大好きなあなたの喜ぶ顔が見たい。


 でも、それでは、アシェルは足りないと言う。


 イメージは、纏まりつつあるけど……

 まだ、完全ではない。


 

 サファイアは目を閉じて、雪がふる情景をうかべながら、エリュシオンのゆっくりと刻む、心臓の音を聞いていた。



 それを見つけるために。


『氷上祭』


 待ちに待った、この、一日が、はじまる。

短いですが、次の話とつながるわけにはいかないので、独立させました。

次回は『氷上祭で遊ぼう』です。


読んで頂きありがとうございました。

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