48 氷海で唄ったオルニス 42『旅だちの朝陽』
空を飛ぶ。
その果てしない景色がうまく伝わったらいいな。
出発して、半刻も経てば、世界がだんだんと、ミルクを垂らした水のように、明るくなってきた。
「わ………」
サファイアは思わず言葉をなくした。
向かっている、ちょうど右側。地平線から太陽が顔を覗かせて、金色の祝福をもたらしている。
「ほんと、綺麗だね」
エリュシオンがケリュネイアを止まらせると、ついてきていた2人も鳥を止まらせ、ジュディがサファイア声をかけた。
「洗われるようですね」
「はい、初めてみた気がします」
こんなにも存在感があるのに、何故あることに、今まで気づかなかったのか、それがとても不思議だった。
「俺、割りと朝陽ってよく見るんですよね」
「どうして?」
「気合が入るというか……迷ったときに。いつも変わらないでいてくれるんで」
他の3人がきょとんとして、ハーミットを見ていた。
「驚いたな」
「ハーミットはよく迷ってますから」
「…………」
ジュディにいたっては無言だった。
「あの。俺にだって、涙をのんだ恋の話くらい……」
「うわぁ、いっぱいありそう」
「聞いてみたい、かもしれません」
「毒にも薬にもならない話、聞いてはいけませんよ、サファイア様」
相変わらずジュディは辛辣だった。けれど、朝陽のおかげか、表情はとても嬉しそうで、みんな吹き出すと、また北に向かって飛び始めた。
出発してすぐ、エリュシオンから空路を覚えるように言われていた。ただ、長い時間、保つことができないので『タウマゼイン』を使わなくてもいい、という事だった。
建物内や、街の中を覚えるよりも、ずっといい。
時間で見えている太陽の位置、夜だったら、月と星が目的地は、あっち、だと教えてくれる。
明るくなり、青空が見えはじめた。
空に、はね雲が、どこまでも。
『世界は。こんなにもひろかった……』
※
生体研究所、医局にて。
「今日、来るんですよね?! 主任」
ランダが、入ってきたルシオに勢いよく詰め寄ってきた。
サファイアが風邪をひいたとき、ランダは外勤をしていて、酷く悔しそうにしていた。
「もう、邸は出ているだろうな。昼近くには着くんじゃないか?」
「あぁっ! 早くこないかな。待ち遠しいです」
「ついても、あまり勢いよく飛び付かないほうがいいよ」
ユーゼルは、頼まれていた報告書をルシオに渡していた。
「ユーゼル先輩はいいですよ! 風邪引いたときにあっているんですから」
「僕はあのとき、姿を見ただけで、話なんかしてない。ほら、いくよ」
「行くって、どこにです?」
ついて来るように言うユーゼルに、ランダは首を傾げていた。
「4人来るんだから、準備できているか、見ておかないといけないでしょう。部屋」
「そうですね!」
部屋の準備は、『国手助手』という、国手のたまご、がやってくれている。それを、最終的に確認するのは、ユーゼル達の役目になっていた。
部屋もみて、いつもの研究や、患い人の診察と記録をまとめ、昼食の匂いがしてくる頃。
ランダが目をキラキラと輝かせて、医局に飛び込んできた。
「来ましたっ、来ましたよ!」
「分かったから……」
「館長を呼んでくる。2人は先に出迎えてやってくれ」
ルシオがそう言って館長室に向かうと、2人も入り口に向かった。
「ちょっと、ランダ走らないでよ」
研究所の入り口で、ケリュネイアからおろしてもらったばかりのサファイアが、走ってきたランダとユーゼルに気づいて寄ってきた。
「2人とも、ご無沙汰していました。2日ほど、お世話になるのでよろしくお願いします」
深々と下げたサファイアのあたまを、エリュシオンがぽんぽんと叩いて、にっこり笑っている。
顔をあげたサファイアを見て、ランダもユーゼルも驚いた。
「元気そうで何よりです」
とても子供らしく、表情が豊かになっていて、健康的な艶のある髪と顔色に2人は安心した。
少し遅れて、ルシオとアムリタもやってきた。
「お久しぶりです。アムリタ館長」
「よく来たな、エリュシオン、サファイア。それに護衛の2人」
「キュ!!」
「ニュクス。君も元気そうでよかった」
ニュクスが、キュイキュイ、と甘えた声をだして、アムリタの肩に飛びのっていった。
ルシオがにやけている父親をみて、呆れていた。
(確かこの人、一昔前はエリュシオンにベタ惚れしてたんだった)
「お腹も空いたろう? まず部屋に行ったら、食事を食べてくれ」
そのアムリタはサファイアを抱っこすると、嬉しそうな表情をして、みんなについてこいと言った。
「…………」
「相変わらず、可愛いもの好きなんだから……」
「嫉妬か?」
「んな訳ないじゃん。僕、むかし散々なでくりまわさらたんだから」
唖然とした周りの中、エリュシオンとルシオの2人だけは、慣れたものを見るように、アムリタの後をついていった。
「少し大きくなったな」
「太ってませんよ?」
「これは、失礼。レディ、私は少し仕事をしてこなくてはならない。また、夜もご一緒させてくれるかな?」
抱っこしていたサファイアを下ろし、アムリタが名残惜しそうに彼女の手を握っていた。
「はい、ぜひ」
嬉しそうにサファイアが笑ってこたえると、アムリタとルシオは行ってしまった。
昼食をとり、各自部屋でゆっくり過ごすことになった。もちろん、サファイアも部屋に1人になったが、ニュクスも一緒にいる。
「また、この部屋使うなんて思わなかったね」
ベッドの上に倒れこみ、天井を見あげていると、隣の部屋が閉まる音がした。
(どこか行くのかな?)
隣は、エリュシオンの部屋で、どこかに行く用事なんてなかったはずだった。
話し声もする。
(ルシオ様かな?)
それじゃあ、なにか話でもするのかもしれない。
サファイアは特になんの疑問も持たず、周りからする音に耳を傾ける。
(ん?)
軽いものを置いた音のあと、ヒュンヒュン隣からと音がしていた。
隣の部屋はジュディ。
(何してるんだろ)
横たわっていたサファイアの上に乗っていたニュクスが、体を起こすとともに飛び降りて、鳴き声をあげる。
「ごめん、てば」
魔石をニュクスにあげると、彼は、仕方なさそうに受け取ってくれた。
気になる。
音がする壁を眺め、サファイアは立ち上がり部屋を出ると、ジュディの部屋を訪ねることにした。
次は、ジュディとなんか。します
そして、研究所から、物語の舞台はいよいよカリスティオクリュシュタへ
読んで頂きありがとうございました。