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47 氷海で唄ったオルニス 41

 セーラスが逝った日から、2日間、サファイアは、ほとんど部屋からも出ず過ごしていた。


 魔力は、ほぼ、回復して、今日は2度目の魔石を作る日。エリュシオンも、それに合わせて休みに入った。


 今回も、魔石をつくること関しては問題はなく、サクッと作り上げる。でも、そのあとに殻に籠ることがないよう、湯浴みはしないことになった。



 エリュシオンも魔石を作ってからの、サファイアの管理には慎重になり、2日間は、付きっきりで過ごす。


 3日目から、1人で寝るようになると、夜が心配らしく、サファイアの部屋は、エリュシオンの隣、に移すことになり、彼の仕事が、また、始まった。


 今回は5日間ではなく、残っている書類が終わり次第、休みに入れることになっており、エリュシオンは数日間は遅く帰ってきていた。


 サファイアは、エーヴリルに言われたことを守り、ほとんど部屋から出ないようにし、後から買い足した荷物も届き、唄もできあがった。





 そして、生体研究所にいく前日。

 エリュシオンとサファイアがアルフォンスを含めて最後の確認をしていた。


 一緒にいく使用人は、アルフォンス、それに、エナとユニになり、アニスは邸に残ることが決まった。



 あと必要なのは。

 膨大な魔力と雪のふる景色。


 景色はいいとしても、問題なのは魔力になるだろう。


 広大な海の上。

 地図をみて、エリュシオンの言う通り、魔力が足りないのは目にみえていた。



 色がついた雪は……諦めたほうが、いいのかもしれない。



(なくなったら、お茶みたいに、すぐ足せればいいのに)


「あ……」


 サファイアが突然声をあげたものだから、部屋にいたみんなが、怪訝な表情で一斉に見た。



「どうしたの?」

「いえ。何でもありません」

「変なこと、考えてないよね?」

「……まさか」



 目を逸らし、笑って首をふったサファイアを、エリュシオンは怪しんで見ていた。




 イリョス達にも、しばらくこの土地を離れることを伝えにいく。



 準備はすべて整った。



 昼寝をしていたサファイアが、目をあけると、いつかのように鼻唄をうたいながら、ペンを持つエリュシオンが見えた。


「何をしているんですか?」


 彼は振り返らず、ペンを走らせる音だけが部屋に響いている。


「うーんと。君のいままでの事、記録に残しておこうと思ってね」


 温かい部屋の中で、いつも着ている、柔らかそうな、カーディガン。


 彼のお気に入り。


「役に立たないかも、しれませんよ」


「いいんだよ。もしかしたら、なるかもしれないんだし」



 入れたばかりなのか、お茶のよい香りがする。エリュシオンにしては、珍しく、ミロ(林檎)のお茶だった。

 その目にした景色が、背中だけしか見えないエリュシオンの表情が、とても優しいのだろう、と安心して思い浮かべることが出来る。


「楽しみですね」

「うん。そうだね」


 起きたばかりだというのに、サファイアは部屋の空気に、また、眠くなり、もう一度目をつぶった。


「明日、出発は2の刻半だからね」


 目をつぶったまま、返事をする。


「懐かしいです」


 エリュシオンが振り返った頃には、サファイアはもう寝息を立てており、彼は肩を竦めていた。






 その日の夕食は早めに摂ることになると、早々に寝る準備をして、ベッドに入る。

 ミゲ(鈴蘭)の香木が焚かれていた。


(なんだか、楽しみ)


 明日、サファイア達は鳥で、2日後に、アルフォンス達は、城にある転移陣から発ち、現地で落ち合うことになっている。


 まとめられた荷物は、もう、どこかに運びだされて、この部屋にはなかった。



 キサラ(ギター)持ってこう。



 ニュクスの寝息が、聞こえてきて、サファイアも眠くなり、欠伸をすると、我ながらよく寝るなぁ、と思って目を閉じる。





 こう、眠りが浅いと、見る夢があって。


 びしゃっ、という音ともに、ほとばしる紅い液体と、生ぐさい不吉な臭い。


 つん裂く轟音と共に、まばゆい光で目がくらんだ。


 その後の、一面の赤い景色を眺めて、綺麗だなと思う自分がいる。おかしいのは、そこに高そうな服を着たエリュシオンがいる、ということだった。


 夢は、ここからよく見るいつもの契約魔術を交わす場面にかわった。


 全身が熱い。




 治る頃、聞きなれた声で自分を呼ぶ声に変わった。

 孤児院にいたころと違うのは、「サファ」ではなく「サファイア」と呼ばれるところ。


「サファイア?!」


 急に引きあげられて、サファイアが目をあけると、自分をゆり起こすエリュシオンがいた。


 高そうな服を着た人、あれは……


「……お父様?」

「どうしたの? 夢でも見た?」


 ぼうっとした目でエリュシオンを見ると、彼は少し心配そうな表情をしていた。


「すぐに忘れてしまうんです、夢は」


 よく分からない喪失感を抱いたまま、起きあがるとエリュシオンが、抱きしめてくれる。

 いつものサンダノン(白檀)の香りと肌触りが、夢の人物とは別人で、ここが現実だと教えてくれる。


「起きる時間ですか?」


「そ、アニスがどうやっても起きないって言ってた」


「たまにみる、夢、なんですけど。今日はエリュシオン様が出てきました」


「あはは、それは、光栄だね」



 目が覚めてきて、出かける支度をするように言われ、大急ぎで着替える。その後、エリュシオンの部屋にいくと、すぐに朝食が食べられるようになっており、ジュディとハーミットも食べているところで、ニュクスもちゃっかり朝ごはんをもらっている。


 最後まで寝ていたのはサファイアで、邸が慌ただしい雰囲気を醸し出していた。


「起きたのですね。よかった」


 アルフォンスは、手にティーポットを持っていた。


「散々、昼寝もしておいて、夜もあれだけ寝るって、すごいよね」


「…………」


 サファイアは眉を少しだけ寄せていた。


 お茶を注いだアルフォンスが、サファイアの姿を見て微笑むと、椅子をひいて、座るよう促す。

 みんなに挨拶をして、朝食を食べると、いよいよ出発だ。



 まだ暗い外。


 身に刺さる氷のような風。


 寒さに強いニュクスも、さすがに寒いらしくサファイアの外套の中に潜っていった。


 ちょうど起きたらしいエミュリエールと使用人達が並び、見送ってくれる。


「行くよ」

「「了解です」」

「気をつけて行ってこい」

「分かった、分かった」


 エミュリエールは腕を組み、呆れた表情を浮かべていた。


「行ってまいります」

「ああ。楽しんで来るといい」


 サファイアの頭をエミュリエールが撫で、鳥達が一斉に飛び上がる。

 見えなくなるまで、サファイアは手を振っていた。


 さみしい気持ち。


 でも。


「楽しみですね」

「そうだね」


 ケリュネイアが甲高く鳴いて、エリュシオンと同じに結んだ三つ編みが、風と踊っている。


 目的地は、生体研究所。


 まだ、目覚めていない国の空を飛ぶのは、なんだか世界を独り占めしているよう。


 冷たい空気でこわばっていた顔に、笑顔を浮かべ、サファイア達は北に向かって、旅立って行った。

お次は、生体研究所です。

読んで頂き、ありがとうございました。

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