46 氷海で唄ったオルニス 40
起こされたエリュシオンが、何事かと飛び起き、腕をひっぱる、サファイアの頭を撫でた。
「セーラスが!!」
「……もう少し、時間があるかと思ったけど、意外と早かったね」
「早く!!」
急いでくれるのかと思えば、そんな素振りが全くないエリュシオンに、ヤキモキすると、結局花畑に行けたのは、2人とも身支度が終わってからだった。
「少し、時間がかかるかもしれないから」
「分かりました」
エリュシオンが、アルフォンスに伝えているその間も、時間を惜しそうに、サファイアが、エリュシオンの服を掴んでいると、彼はサファイアを抱えて、落ち着かせるように背中を撫でた。
「はい、じゃあ、行こうね」
「どうして急がないんですか?!」
「看取るというのは、準備が必要だよ」
そういうエリュシオンは、祈念式に着る黒い服を着ており、準備の合間に手紙を送っていた。
エリュシオンの転移魔術で花畑まで行くと、彼は、そこに横たわるセーラスの傍に座り、なでる。
サファイアもそれを見て、イリョスとニュクスと共に近くに座った。イリョスの親の2匹もいる。
「本当に。長生きだったね」
セーラスに話しかけるようにエリュシオンが呟いた。
ペルシカリアは、もう、花を枯らせていた。
だいぶ減ってしまった木の葉が、風に吹かれて、くるくる、と落ち、更に数を減らしていく。
それが、セーラスの“命“を表しているようだった。
「ナァーウ」
イリョスが鳴くと、ニュクスが耳をピクピクとさせ、急に感情が流れこんできて、サファイアが目に涙をためた。
「エリュシオン様、イリョスが『ありがとう』って言っています……」
「そう言って貰えるのは、僕もうれしいよ」
エリュシオンがサファイアにハンカチを差し出した。
「エリュシオン様こそ、悲しくないんですか?」
「そんな訳、ないじゃん。悲しいよ? とてもね。でも、涙を流すのはあと」
ハンカチで目をおさえて、ぐすぐすと泣き声をあげるサファイアを見て、エリュシオンは1人でなくてよかった、と思った。
しばらく、皆がセーラスに寄り添っていた。
からだから命を削るように、強い風がふくと、木に残っていた葉、最後の一枚が空を舞っていく。
ふつうよりも、ずっと、空を飛んでいるようで、ただ……それが落ちるまで眺め、セーラスの上にのせられると、エリュシオンは、静かに目をとじた。
「ありがとう。セーラス」
最後にそう言ったエリュシオンの目は少し赤くなっていた。
悲しいのに、それが感動的で。
サファイアはセーラスを見て、そして、涙を流しわらった。
セーラスを看取り、土に埋める。春が来る頃に、また白い花が咲き、秋にはまた、春のような景色を見せてくれることだろう。
手伝っていたサファイアが、服をはたいて立ち上がり、息を吸い込むと、エリュシオンが、サファイアの口をふさいだ。
「なに、弔おうとしてるのかな?」
「むぐ、むぐむぐ」
眉をつりあげて、エリュシオンの手を退かし、もう一度言う。
「やめてくださいよ! 大事な友人なのだから、当たり前じゃないですか!」
「君は安静中なんだから、だめに決まってるでしょ?!」
「エリュシオン様だって、私より具合が悪くても仕事に行ってたじゃないですか」
「それは……他に代わりがいないからだよ」
「今だって同じ事じゃないですか? 『こんなもののために』とか言ったら、本当に噛みつきますよ」
「………これが飲めるならいいよ」
エリュシオンが懐から出したのは、細い瓶に入った、明らかに『薬』であろうものだった。
サファイアが瓶を奪いとり、エリュシオンを睨んで「約束ですよ!」と一気に薬をあおる。
苦い!
でも、口に出さないように堪えて、空をエリュシオンに渡す。
「全くもう。言いだしたら聞かないんだから」
「みんなが優しいからですよ」
「加減、しなよ?」
ため息をつくエリュシオンを見て、サファイアが背中を向け、セーラスに祈りをささげる。
ゆくっりと唄いはじめたのは。
はじめて聴くのに、どこか懐かしい、絵本、のような短くて可愛い唄だった。
うたい終わり、空を見上げる。
「…………行こっか」
「はい」
小さな、お弔い。
悔いはない。晴れやかに、2人が邸に戻ってきたのは、お昼になる頃だった。
「え……今から仕事にいくのですか?」
「当たりまえでしょ。終わらないと、休めないんだから」
昼を食べて、出かけようとしているエリュシオンに駆け寄り見あげていると、こっちに来いとひっぱり自分の服におしつけた。
「アルフォンス。この子、夕食までベッドに縛り付けておいて。帰りにバックレーのどっちか連れてくる」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
「君も、少しパティシス気味だから、いうこと聞くんだよ」
(あぁ、だからか)
エリュシオンが出かけてしまう事に、淋しい、と感じたわけが分かると、サファイアは言われた通りにベッドで眠ることにした。
「あ、起きた」
目が覚めると、日は暮れていて、部屋にはエーヴリルとエリュシオンとエミュリエールがいた。
「診るから、お前ら2人隣に行ってろ」
「おっけ、終わったら呼んで」
エーヴリルがうなずくと、2人は出ていき、サファイアはエーヴリルと2人きりになった。
「あまり、エリュシオンを振り回すな」
『解析』を使いながらエーヴリルが言い、不機嫌そうな表情をしていた。
「エリュシオンは、前より丈夫にはなったが、お前みたいにタフじゃない。もう少し大事にしてやってくれ」
「わたしは、かよわくないんでしょうか?」
「見た目、だけは、な」
(いてっ)
エーヴリルがおでこをぺちっと叩いた。
「すみません」
「分かればよろしい。明日はなにする日だ?」
「唄のことを考えることくらいです」
「唄か……アイギスの儀なんて、また」
息をはきだすように言い、エーヴリルは立ちあかって、隣の部屋にいる2人を呼んだ。
「いいか、お前ら3人に言っておく。14日後には氷上祭になる。それまで、魔力を使わせることをさけるように」
サファイアがエリュシオンを見る。かれは、チラッとだけ目を合わせ、エーヴリルに頷いていた。
「わかった、わかった。極力そうするように心がける」
「お前、守るつもりないな?」
「あはは」
エリュシオンが笑い飛ばすと、エーヴリルは小うるさいことを言いながら、帰っていった。
「お前ら、言うこと聞くつもりないだろう?」
「どうする? 無理やりとめる?」
黙っていたエミュリエールも、同じことを言うと、エリュシオンの言葉をきいてニヤッと笑った。
「それなら、私は何も知らなかった、と言う事だな」
「さすが、兄上!」
エリュシオンがうれしそうに部屋を出ていき、サファイアとエミュリエールが残る。
「よろしいのですか?」
「止めたいのは山々なんだがな。やたら、ではないから許すとしよう」
「……エミュリエール様の言葉は難しすぎます」
「ははは。たのむぞ」
エミュリエールがサファイアを抱えた。小さいながら、重くなっている。
「ありがとうございます」
こうやって、抱えることができる時間は、もう、長くはないんだろうとエミュリエールが思っていると、サファイアが頬にキスをしてきた。
「これは、エリュシオンに怒られそうだ」
「感謝ですよ?」
サファイアは不思議そうに首をかしげており、「受け取ろう」とエミュリエールは彼女を抱え直して、夕食に向かうことにした。