45 氷海で唄ったオルニス 39
今日から通常更新です。
唄をつくろう。
エリュシオンの誕生日から翌日になって、サファイアは部屋の中で、ニュクスとすごしていた。
唄をつくるには、イメージが出来ないといけなのに、雪を見たことがない。
色のついた雪。
「キュ!」
ニュクスが肩に乗り「いこう」といわんばかりに鳴き、尾をふった。
「そうだね。わたしだけじゃ、ムリだよね」
なかなかイメージがまとまらず、本で調べてみようと廊下に出てみると、そこに、荷物を持ってきたアルフォンスが、歩いてきていた。
「どうしたのです? 外はまだいけませんよ」
まかりなりにも、まだ安静の身なので、サファイアは首をふるふると振って首をかしげた。
「雪に関する本が、読みたいのです」
「雪、ですか?」
「はい、雪です」
アルフォンスも、大体のスケジュールは把握している。何日かは唄を作ることと、荷物の確認をすることになっていたので、『雪』と聞いて唄に関することだとピンときたようだった。
「お待ちくださいね。これを置いてきますので」
そういって、アルフォンスが一室に入っていくと、手ぶらになって出てきた。
「わたくしもご一緒しますね」
「外にいったりしませんよ?」
アルフォンスが首をふりはにかんだ。
「大体の本のありかは、把握、していますので」
それは、とても頼もしい。
サファイアはコクッとうなずいた。
どうやら本は、エリュシオンの父親の書斎だった所にあるらしく、そこで数冊選んでくれると、アルフォンスは部屋の前まで送ってくれた。
「おととい、唄ってましたね」
別れぎわに言ったアルフォンスの言葉に、目を逸らしていくと、思いあたって彼の目をみる。
あぁ、そうだった。
「大体の旋律は決まっていますね」
「それならできているのでは?」
サファイアは首を振った。
「イメージがないと、トラヴギマギアとしては不完全なのです。本当は、雪に触りたいくらいなのですが……」
アクティナでは雪が降らないので、最終的なイメージの固定は、タラッサに行ったときになるだろう。
「エリュシオン様なら、擬似的な雪を降らせることくらいはできるとは思いますが」
「エミュリエール様は?」
「エミュリエール様だと、嵐になってしまいそうなので……」
「ふふっ。そうですね。私もエリュシオン様には教えてもらいたいことがあるので、聞いてみます」
後2日すると、エリュシオンはまた5日間の休暇に入る、教えてもらうならその時だろう。
(話くらいなら休みになる前でもきけるかな?)
エリュシオンは、スティファドのおかげか、今日は元気に出かけていった。そういう自分も調子がよかった。
どれどれ……
部屋で持ってきた本を読んでみる。
雪、とは、空高いところにある空気中の水が、凍って落ちる現象。
(…………)
想像ができなくて、取り敢えず文章だけを記憶した。
本の中に一つだけ絵本があり、読んでみる事にした。
【雪の妖精】
あるところに、男の子が、二人いました。
二人はきょうだいです。
男の子たちのおじいさんは、病気で、二人は悲しんでいました。
ある日、男の子たちは、雪の降る町にいきました。
そこでは、家も、みちも、木も、みんなみんな真っ白。
しん、しん、とふる雪は音もなく、積もって行きました。
とてもたくさんつもって、男の子たちの長ぐつが、うまり、おとうとがころんでしまうと、おじさんが助けてくれました。
「だいじょうぶかい?」
とても親切なおじさんで、おとうとの服についた雪を、はらってくれます。
「『雪の妖精』を探しているのかい?」
「雪の妖精?」
兄が聞きます。
「願い事をかなえてくれる妖精さ」
「病気もなおるの?」
おとうとが聞きくと、おじさんはにっこりわらい、頷きました。
男の子たちは、おじいさんのために『雪の妖精』を、探しに行くことにしました。
ですが、どんなに探しても『雪の妖精』はいませんでした。
男の子たちが、がっかりしておじいさんにはなすと、おじいさんはガハガハと笑いました。
病気なのに、笑いました。
「『雪の妖精』ならここにいるさ」
男の子たちのあたまを、つよく撫でて、嬉しそうに言いました。
ある日、おじいさんは死にました。ですが、おじいさんは、それはそれは、しあわせそうな顔をしていました。
おわり
悲しい話なのに、どことなくしあわせを感じる。おじいさんが、羨ましい、とサファイアは思った。
音もなく降り、しろい世界を思い浮かべる。
とても、綺麗、なのだろう。
サファイアが余韻に浸っていると、エナが呼びにきて、食事を摂り、午後からはエナの他に、アニスとユニも来て、持っていくものの確認をした。
「大体は揃っていますが、いくつか足りませんね」
「そうですか? 十分だと思うのですけど」
アニスとサファイアが話していると、エナとユニが服やら、ブーツやらを並べている方をみて、相談をしていた。
「エナ? タラッサって寒いのよね」
「雪が降るところだもの。だからこの素材だと寒いのではないかと思うの」
エナが下着とタイツを手にとり厚みをたしかめていた。
「アニス様、このタイプのタイツと下着がもう少しあったほうがいいような気がしますが、どう、なのでしょう」
ユニもタイツを伸ばして考え込むと、それなら色を、といい始め、3セットほど買い足すことになると、靴や外套も、もう一揃え買うことになった。
……唄を。
3人がいなくなってから、また、唄づくりをはじめると、今度はアルフォンスがおやつを持ってきた。
それを食べてから、1人にしてもらっていると、次はエリュシオンが帰ってきて、サファイアはあきらかに、不満げな表情をしていた。
「え……なんか、不機嫌?」
「今日は、唄を作るつもりだったんです」
そこで、サファイアは、雪がどんなものか、分からなかったことや、思いのほか時間がなかったことをエリュシオンに話した。
「あぁ、だから、それがここにあるのか」
彼は、机のうえに置いてある、絵本を見ていた。
「その絵本が、いちばん雪を想像しやすかったですよ」
「それ、うちの祖父が書いたやつ」
「え! じゃあ、おじいさん、と言うのは?」
エリュシオンは立ちあがり、絵本を手にとった。
「書いた本人の事だろうね」
という事は、兄弟は……
「言ってたな、『雪の妖精』は大人になってから生まれるものだって」
「………じゃあ、まさかあの小鳥は」
「あれは、あれで、本当にいる珍しい鳥だよ」
「…………」
手に持った絵本をぱらぱらとめくったあと、エリュシオンは、懐かしそうに目を細くした。
「本当だね、雪はこんな感じ。夕飯のあとで、見せてあげるよ」
「あっ、後!」
雪もみたいけど、星を降らせた時みたいに、色をのせる魔術が知りたい。
サファイアは手をついて立ちあがり、エリュシオンにお願いすると、彼はなだめるように手を前にだした。
「分かったから、噛みつこうとしないで」
「噛みついてません!」
頬を膨らまして抗議し、それをエリュシオンがカラカラ笑ってみていた。
夕食あと、約束どおり、エリュシオンは雪を見せてくれた。
魔術でつくった擬似的なもの。なのに、手にのせたら冷たくて、やっぱり静かに降っている様子が、控えめで幻想的だった。
「これに、色ってつけられますか?」
「色かぁ」
エリュシオンは、手のひらに出していた魔法陣を、一度消すと、さらさらと机で何かを描いた後、もう一度、魔法陣を出した。
「すごい!」
「君さ、この規模だからできるけど、アイギスはタラッサとオピオネウスの間にある、海一帯だよ?」
「できないですかね?」
「ヘロヘロになるでしょうよ」
それでもやりたいとエリュシオンに言うと彼はため息をついて首を振った。
「それ、だめって言っても、やだって言うやつだよね」
サファイアがにっこり笑う。
「基本は教えてあげるけど、だめなら諦めないとだめだよ。こんなので水涸れなんて起こされたら、何言われるか分からないからね」
「へへ」
「ほんと、君といると毎日飽きないね。平凡さが恋しいよ」
「それは、褒めてますか?」
エリュシオンは、嬉しそうなサファイアをみて、何も言わず、パチン、と彼女の額を指ではじく。おでこを両手で押さえるサファイアに「褒めてないよ」と言うと、頬がパンのように膨れていた。
※
サファイアとエリュシオンが、色のついた雪を降らせるために特訓した、その次の日。
「キュ!!」
ニュクスの声で、サファイアは目を覚ます。ニュクスは出窓にのり、外へいこうと言っていた。外に出るとイリョスが走ってきた。
呼んでないのに?
サファイアは嫌な予感がして走る。
この前連れて行ってもらった、ペルシカリアの花畑に着いてようすを見ると、転移で自分の部屋まで移動し、エリュシオンの部屋に走った。
この時間だと、まだ、部屋の結界は解かれていない。
「アティーリ!」
強引なのは分かっている。だけど、サファイアは夢中で結界を壊して部屋に入り、寝ているエリュシオンを叩き起こした。