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38 氷海で唄ったオルニス 32

 話を始める前にエリュシオンはアルフォンスだけを残し全員出るように命じた。

 寄りかかった胸からエリュシオンの鼓動が伝わる。

 まだ、許してはいない。

 そう言っているかように高鳴りは消えていなかった。


「キャラパティアを討伐した後サファイアは魔力の消費なのか眠らされていた」


 あれは魔力が減ったのではなく眩暈を起こしていた為ルシオが眠らせていたはずだ。人から聞く自分の話はいつだって他の誰かのように聞こえる。

 サファイアが頭を擦り寄せるとエリュシオンが見下ろして頭を撫でた。


「いたのはエーヴリルだけだ」


「……エーヴリルは言わないだろうね」


「いや、あの時は俺が口止めした」


 査問会の数日前という大事な時。当たり前だろう。


「…………」


 その時、部屋に入ってエーヴリルと話していると眠りがかかっているにも関わらずサファイアは目を覚ました。

 金糸雀色の瞳は討伐最中から。

 身を起こしたサファイアが二言三言口にしたという。


「なんて言ったの?」


「分からない」


「……そう」


 何故なんて愚問だ。

 分からないのは聞こえなかったでも覚えてないでもなく理解が出来ないから。

 サファイアが以前から魔術の時に使う異国の言葉だったのだろう。


「それで『誘惑』を使われて……」


「え? やだ。まさか押し倒したの?」


「エーヴリルに放り投げられた。本題はその後だろ」


(また、あの揺れる感じ)


 エリュシオンがアシェルを半目で見てサファイアに腕を回すと彼は片目を閉じて肩を竦めていた。

 『誘惑』とは奇矯の一つで万物に効力があるものから人間にしか効力がないものまで能力は様々だと言われる。

 どの奇矯もうまく使わなければ身を滅ぼすと言われるが、特に『誘惑』に関してはいつの時代でも問題の絶えないもので、隠したがる人もいる。


「エーヴリルが聞いたんだ『お前は誰か』と」


 それで答えようとしたサファイアは契約の効果が発動した。


「サファイア?」


 身動きしないサファイアが心配になり顔を覗き込むと彼女は目を閉じていた。


「大丈夫?」


「…………」


「……アシェルを誘惑したの?」


「してません!」


 目を開けて強く否定したサファイアの瞳は未だ黄色。でも、何故いつものように首を振らずに目を閉じていたのか?

 揺れている瞳。

 気分が悪いのか青い顔をしてサファイアはまた目を閉じた。


「もう、ちゃんと言って」


 そう言うとエリュシオンはサファイアの目を覆い呪いを唱えた。


「モノ・ヒュプノス」


 体から力が抜けだらりと手が落ちた。

 何も言わずに立ち上がるとエリュシオンは隣の部屋に入って行き手ぶらで戻ってきた。


「まったく……」


 呟くエリュシオンに笑い声を漏らすとアシェルはアルフォンスを呼び寄せた。


「すまない。エリュシオンのところに置いてきた鉢を持ってきてくれないか?」


「畏まりました」


 アルフォンスが部屋から出て行く。

 それを確認してアシェルは話を続けた。


「一番小さい刻印」


「やっぱそうか……」


 あれは禁句を言って命を絶つものではなく記憶だけを思い出さないよう制限されている。

 危険を感じないのはそういう事だ。


「制限だけじゃない。反復もされる」


 エリュシオンが片手で頭を抱えると重く苦しく息を吐いた。


「そんなもの……」


 誰が?

 何のために?


「思い出さない限り危険なものじゃない」


 異国の者が刻んだ花とも星とも見える小さな可愛らしくもある刻印。

 とんでもない。

 その見た目とは裏腹に巨大。


「………二年」


「ん?」


 エリュシオンがポツッと零した言葉にアシェルが首を傾げた。


「うちでサファイアを抱えていられるのが」


「へ?!」


 普通養子となれば半永続な関係なはず。


(それを二年間?)


「今は話すべきじゃないな……」


「そうだね」


 そんな契約を交わす事を許したのか。頭を抱えるエリュシオンを見てアシェルは眉を寄せた。


 扉を叩く音がしてアルフォンスが入ってくる。腕に抱えた鉢植えをテーブルに置くと綺麗にお辞儀をして扉近くに佇んだ。


「三つ目だ」


「もうお腹いっぱいだよ……」


 苦笑いを浮かべたエリュシオンが鉢を見てケースに手を伸ばした。

 氷を触っているかのように冷たい。


「サファイアに?」


「ガラルの時にあった友人に送ってもらえるよう頼んであったんだ」


「へぇ」


 アイギスの儀をするにはだいぶ幼すぎる。それでも前向きな彼女の言動。


「応援くらいするさ」


 アシェルが頬杖をついて鉢を眺め微笑む。

 舞い降りる天使のような形の真っ白い花。


『ガランサス』


 雪深い山の上に咲くこの植物は凍えるような吹雪に耐え花を咲かせる。


「アシェルにしてはなかなか洒落た事したね」


「たまたま話を聞いて思いついただけだ」


 エリュシオンがにやけるとアシェルは嫌がって目を細めた。


 困難は越える事ができる。


 それを『希望』と人は呼んでいる。


「よし。帰るか」


 もう日が落ちてきている。アシェルが立ち上がるとエリュシオンの背中を叩き声を出して笑っていた。


「アレクシスみたいだからやめてよ!」


 叩いていた手を掴むとエリュシオンが放る。手を上げて窓を開けるとアシェルは勢いよく窓枠に乗って外に向かって身を投げた。


「あっ! ねえ」


「プロスクリスィ! 来いセレネ!」


 乾いた冷たい空気。

 気が引き締まって目が一気に覚めるような心地よい感覚。

 空中に魔法陣が出現して白虎が現れるとアシェルが落ちる場所にちょうど白虎の背があり飛び乗った。


「三日後城でな」


 アシェルが手を振っている。


「転移で送るのに……」


「飛んできたい気分」


「気をつけてよね」


 引き止めようとした言葉は聞こえてないふりをしてアシェルが飛んでいくと、みるみるうちに小さくなり見えなってからエリュシオンが窓を閉めた。


 それからガランサスの鉢を抱えとなりの部屋に行くと起きてすぐわかるようにエンドテーブルに静かに置き起きるまで暫く付き添うことにする。


「僕ここいるから、アルフォンスは行ってきていいよ」


 夜に向け色々準備のあるアルフォンスを拘束からはずす。


「何かあったら呼んでください」


 そう言うと彼は一礼して部屋から出て行った。

 メモを持ってきて状況の整理をする。


(きっかけは……)


 恐らくプシュケピソス、父の子守唄、そしてオルゴールの形のどれか。

 もしかするとそのどれもかもしれない。

 思い出すと勝手に発動して忘却させた時の状況に戻る。こんな使い方をされている契約魔術は初めてた。


「……分かるわけないじゃん」


 机に突っ伏すとそのまま目を閉じることにした。

 美しい金糸雀色の瞳が浮かぶ。

 思ったよりもずっと闇が深い。

 そう考えているとエリュシオンは知らずうちに微睡んでいた。


 自然と目が覚める。外はもう暗かった。

 体を起こしもうすぐ一刻が経つ事を確認するとベッド前で屈んだ。

 サファイアの目が開く。まだ眠そうに瞼は完全に開けきってない。


「ちょっ」


 服を引っ張られてベッドに連れ込まれると引っ付かれエリュシオンが慌てて身を起こした。


(寝ぼけてる?)


 とろんとした瑠璃色の瞳を細めてにっこり笑っていた。


「パパ」


(え……?)


 そのまま体によじ登って来るのも放置してエリュシオンが今聞いた言葉に止まる。


(え……?)


 唇に柔らかい感触と息遣い。それと、今はもう彼女の象徴であるミゲの香り。


「パパ〜好き」


 感じた時にはもうサファイアはもう自分の胸に抱きついていた。

 唇を指で触ってみる。


(あ……)


 分かったかも……

 サファイアの背中を撫で唇から指を離した。

 あの契約は彼女を抑制する為じゃない。


(あれは……)


 “彼女を守るためにつけられたもの“


 サファイアにはちゃんと親という存在がいて愛されていた。

 それなら自ずと答えが出た。

 あの刻印をつけたのは“彼女の親である“と


(あーあ、まったく)


「君はどこまで潜れば見つけられるんだろうね」


 頬を突くと顔を歪ませた後サファイアが目を開けた。


「起きて。そろそろ食事だよ」


「あ、はい。……あれ?」


 サファイアがエリュシオンの懐に抱きついていることに気づくと飛びのいて行った。


「ちょっと。酷くない?」


「すみません。寝ぼけていましたか?」


「大ぼけだよ」


 ベッドの上で顔を覆い丸くなるサファイアを見てカラカラと笑うと不貞腐れた彼女に手を伸ばした。


「おいで」


 彼女を可愛がっていた親が今どうしているかは分からない。

 サファイアを引き寄せて抱きしめると彼女が不思議そうに見上げる。


「なんか親の顔してます?」


「あはは。だって一応父親だもの」


 矛盾。


(まいったな……)


 何かの理由があって親元から引き離されたのならそれは……


 “帰すべき“


「行こうか?」


「はい」


 サファイアをゆかに下ろして自分も立ち上がるとエリュシオンは手をひいて本館に向かって行った。



 その日の夜。

 エリュシオンが湯浴みをした後サファイアの部屋でのんびりお茶を飲んでいるとエミュリエールか入ってきた。


「寝たのか?」


「うん」


 エミュリエールが向かいのソファに腰掛けて水差しに魔力を通すと、こぽこぽと泡が立つ音がしてカップに茶を注いだ。


「兄上、システィーナと婚約するの?」


「その話誰から聞いた?」


「アシェルだよ。断られたって言ってた」


「…………」


 エミュリエールは茶を飲むと息を吐き出し背もたれに寄りかかる。


「前向きに検討すると言った。たが、今は『スティーリア』(結界の貼り直し)が近いから話はその後に進める予定だ」


 隠していた訳ではなくいう必要が無かったから。

 エリュシオンは頬杖をついて口を尖らせた。


「アシェルがサファイアを婚約者にさせろって言ってきたんだから」


「受けたのか?」


 驚いて眉を上げたエミュリエールを見てエリュシオンが首を振る。


「断ってはいないよ。アシェルも父親に良い返事もらってなかったみたいだからね」


「妙だな」


 確かに。

 正式に養子となっている上に高貴な血筋だと思われるサファイアを否定する理由。


「やっぱり孤児だからなのかな?」


「さあな」


 エミュリエールの視線が自分を飛び越え無言になった。何があるのだろうとエリュシオンが後ろを振り返り兄が見ているであろう窓を眺めた。


「あぁ、今日は朔か。真っ暗だね」


「つい最近朔だったのに早いもんだな」


 エミュリエールが鼻で笑うとエリュシオンも笑い声を漏らした。


「結界の貼り直しなんて待ってたらお爺さんになっちゃうかもよ?」


「ははは。まだおじさんでいたいところだな」


 サファイアがこの邸で暮らす様になってひと月が経とうとしている。


 『まだ』か『もう』なのか。


 婚約の話は春までには返事をしなくてはいけなくなるだろう。

 その頃には『もう』と思うんだろう。


「…………」


 鈍い茶色の光を眺めてエリュシオンが黙っているとエミュリエールは腕を組んで目を閉じた。


「もし、意図しないところで話が進むなら私に言うといい」


「えぇ? 何するの?」


 目を開けたエミュリエールがにやりと笑う。


「ねじ伏せる」


「ちょっ……やめてよね」


 やんちゃなエル坊ちゃんは今も健在な様に人の本質は月の満ち欠けのように変わらない。


「ははは。冗談だ」


「もうっ」


 呆れた表情で兄を見て不思議と安心する。

 世は変化を求め変化を嫌う。

 立ち上がってベッドまで行くと眠っているサファイアを確認してエリュシオンは息を吐き出した。


「明日魔石作るからね」


「分かった。適当にやっておく」


「アルフォンスがいるから大丈夫だよ」


「たまには外に連れてってやれ。じゃそろそろ寝るからな」


 背を向けたまま答えると、エミュリエールも立ち上がる音が聞こえる。


(えぇ?)


 三日後には執務も始まる。いまはまだ山積みとなるやるべき事を一つずつやっていくしかない。

 エリュシオンはベッドに手をつくとサファイアの前髪をあげて額に口付けた。


「おやすみ」


 身を起こしてサファイアを見下ろして微かに笑い声を漏らす。


(そう言えばいうの忘れたな)


 エンドテーブルを眺めた後口に手を当てて視線を斜めに上にずらす。


「ま、明日でいっか」


 そう独り言を言うと口の端を上げてエリュシオンは軽やかな足取りで部屋から出て行った。

なんか。

大事な事をたくさん書いた気がします。

お茶会終わり。

次は魔石作りからです。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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