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37 氷海で唄ったオルニス 31

 サファイア達と別れてエリュシオンはアシェルと自分の部屋に入った。


「取り敢えず座ろうか」


 エリュシオンが促すと一応アシェルが座るのを待ってから自分もソファに座った。


「お手柔らかに頼むね」


「お手柔らかにって……そこまで悪い話しじゃない」


 アシェルは抱えていた鉢植えをテーブルに置くと手を前で組んだ。


「今日氷上祭の掲示紙になる絵を見せてもらったぞ?」


「あぁ……あれ知らないうちに申請されてて」


「そんな事はいい。知りたいのはなんで広報部に絵を撮らせているんだと言う事だ」


 国で保護をしているサファイアを養子とはいえ勝手に撮らせているのは国王陛下も見過ごせない事であったらしい。


「……ここ最近の制裁をした時に部員に少し協力してもらっていてその対価だったんだよね」


「また勝手な……」


 アシェルはため息をつくと体を起こした。


「まぁ、父上はお怒りと言うわけではなさそうだから今後そういう時は連絡をするようにと伝言を賜っている」


 今までの制裁は裏でエリュシオンの働きがあったからこそ出来たと言っても過言ではないはずだ。


 『警告』に止めると言うのはそう言う事だろう。


「分かった。僕も少しまずいなと思ったんだよね……」


 エリュシオンが袖を引っ張り手を隠すと中で手を握る。


「アシェルから見てその絵はどうだった?」


「なんだお前、見せてもらってないのか?」


「そうだよ」


 頬杖ついてエリュシオンが不貞腐れていた。


「言ったじゃん勝手に申請されたんだって。僕は不満なんだよ。自分が撮ったのにさ」


「持って来てるぞ?」


 アシェルが内ポケットから手のひら程の大きさの紙を出しエリュシオンに差し出すと受け取った彼はそれを眺めて目を細くして笑っていた。


「凄くない?」


「まぁ、な」


 二人が声を出して笑い合う。

 幾つもの雪の妖精が止まる木を見上げているサファイアが迷いや期待、悲しみや喜びとも取れる微妙な表情をしている。

 少し暗い空間に白い木と白い人の姿は浮かび上がってくるようだった。

 カリスティオクリュシュタは芸祭典。

 その舞台に立つまでの色々なドラマがありそれぞれが晴れた舞台に立つ様子を表しているようだった。


「勝ち負けとか別にいいけど、これは勝ったかな」


「さぁ? どうかな。奴らの人気は高いからな」


 人気よりもこの絵を撮れた事で満足だ。

 エリュシオンは立ち上がって机に行くと絵を引き出しにしまった。


「やるなんて言ってないぞ?」


「えー頂戴」


「仕方ないなぁ」


 本当なら自分が持っていたかったと思うほどよく撮れている。だが、優先はエリュシオンだと思うとアシェルは苦笑いしてそれをエリュシオンに譲る事にした。

 ただ良い絵だと思っているだけなのに誰かに見られでもしたら面倒になるという事も脳裏に浮かんだ。


「二つ目は何?」


 振り返ったエリュシオンが目を細めておりその視線に負けないようアシェルも強く見返した。


「本題だな」


「えぇ……本題なの?」


 エリュシオンがますます嫌そうな表情をした為アシェルは頬をポリッと掻いて視線を横に逸らした。


「あー……縁談の事なんだけど」


「あ……」


 すっかり忘れていた。

 前にその話をした時はまだサファイアと養子縁組をする前の事。

 表向きはシスティーナと話が進んでいるように振る舞っている事になっていた。

 エリュシオンがにっこりを笑顔を作る。


「あっちから、断りの手紙が来た」


「…………」


「相手はお前の兄だそうだぞ?」


「……まだ婚約と言う話にはなってなかったはずだけどな」


 そういう話が出ている事は聞いていたが、そんなに話が進んでいたら自分に言わないはずがないだろう。

 再びソファに腰掛ける。

 エリュシオンが髪先を指ですり合わせるとじゃりじゃりとした音が髪を伝って耳についた。


「それはいい。お前言ってたよな? サファイアがいたらその方が楽だって」


「…………」


 確かに言った記憶がある。

 眉間に寄せた皺を隠すように額に手を当てた。

 その時の自分が別の人物かのように腹立たしく思った。


「……言ったね」


 目を閉じる。

 利用。それに、アシェルという後ろ盾があればサファイアが修学院で過ごす時に風当たりも良くなると思った。

 その気持ちは今でも変わらない。

 でも、2年間という期限があると知ってしまった今はそれだけでは収まらない。


「ちょっと考えさせて。それにサファイアにも話をしないと……」


 今は氷上祭に向けての準備や彼女の管理で頭の大部分が占められている。


「別に本当にじゃないだろ? 何を考える?」


 まさかエリュシオンが渋るとは思っていなかった。


(思っていなかった?)


 自問自答してみると彼がもしかしたら二つ返事をしないだろうと思っていたと気づく。

 だから、今ここに来ているという事も。


「氷上祭に集中させて?」


 エリュシオンが隠すようににっこりした。


「…………」


 迫られている状況だがまだ切羽詰まる状況ではない。

 結界の張り直しが行われるまでは自分自身が安らかでいたいだけ。

 事を成し遂げた後は国が決めた相手と婚姻するくらいは分かっている。

 アシェルは一点を見つめて考えていた。


「アシェルさ」


「……ん?」


「その話、父親にしたの?」


「……した」


 アシェルの様子からしてあまり良い返事ではなかったのだろうと察する。

 この前ルシオが言っていた事と同じ事。

 急ぐ必要はなく何となく匂わせておくだけで良い。

 エリュシオンが鼻で笑うとアシェルが髪を掻き上げて足を組み不機嫌そうな声を漏らした。


「お前、ムカつく」


「あはは」


 サファイアには養子になってから色々詰め込み過ぎている。ここでアシェルの婚約者の話まで持ち出すのは気が引けるというより心配。


「この話はゆっくり進めよ。僕はサファイアに話をする。アシェルもちゃんとアンセル陛下を上手く納得してもらってよね」


「そうだな……」


 話はここまでだな。

 アシェルが息を深く吐き出すとエリュシオンが眉を上げた。


「断られると思った。とか?」


「もしかしたらとは思った」


「僕は彼女を利用しているし、君という後ろ盾があるといいのは今も変わらないよ」


 そう、意味合いが少し違くてもやる事は結局何も変わらないのだ。

 エリュシオンが頭を傾け笑うとそれが少し悲しそうに見えアシェルは頷いた。


「そうか、分かった……ん?」


 部屋の外、遠くの方で人の走る音が聞こえてきて気が向いた。


「どうしたんだ?」


 その音を聞いたエリュシオンは慌てて飛び込んできたアルフォンスの報告を聞く前に血相を変えて部屋を飛び出して行く。


「何があった?」


「サファイア様の様子がおかしくなってしまったのです」


 アシェルがエリュシオンの後を追うアルフォンスに追いつくと状況を聞いて更に加速しサファイアの部屋に着いたのは同時だった。


「何があった?」


 見えている肌に浮かび上がった魔法陣。


「サファイア!」


 サファイアに駆け寄ったエリュシオンが体に力を入れている彼女を横抱きにすると言葉を詰まらせた。


「……何を言ったの?!」


 部屋にいた人物たちは全員首を横に振っていた。


「落ち着けエリュシオン!」


 禁句を言えば刑戮。


「落ち着けるわけない!!」


 当たり前か……

 アシェルが何かをしでかしそうなエリュシオンの肩を掴み強く揺すった。


「大丈夫だ! 前にも見た事がある」


 エリュシオンがアシェルの瞳を見ると乳白を帯びる青い瞳に見たことのない自分の姿が映り込んだ。


 ……大丈夫?


 手に力が入る。

 その自分が見ていられなくて目を泳がせると苦しそうに顔を歪ませるサファイアをエリュシオンが不審に見つめる。


「大丈夫だ!!」


 もう一度アシェルは強く言った。

 言葉が出てこない。

 強烈な恐怖と手先が冷たくなり痺れる久々の感覚。

 それなのに何も術がない。

 エリュシオンがそう思っているとサファイアの体から魔法陣が薄れていきやがて消えた。


 サファイアが息を大きく吸って吐き出すと体の力を抜き瞳を薄く開けた。


「すみません……」


 小さな声。

 完全に瞳が金色に変色している。


(大丈夫じゃないくせに……)


 苛立ち。


「……いつ見たの?」


 決して大丈夫じゃないくせに謝るサファイアと何故か知っていたアシェル。

 イライラして何かを言ってしまいそうだった。

 エリュシオンが顔を俯かせて顔を見せないようにしていた。

 ラミエルの身を守る護衛を見てアシェルが頷くと彼女を肩を支えて部屋の外に連れて行こうとした。


「ラミエル様?」


「お姉様……」


「申し訳ありません」


 ぼんやりとしたサファイアの顔を見てラミエルが首を振る。


「また、お茶に呼んでください。お姉様」


「……はい」


 とろんとしたまま見ているとラミエルは視界からいなくなり扉の閉まる音がした。


「いつ見たの?」


 口調は静かだがエリュシオンはとても我慢をしているように感じた。苛立ちと悲しみで背筋がぞくりとする。

 アシェルはいつ見たのだろう?

 サファイアはその言葉を思い出して首を傾げた。


「いつ見たのか聞いてる!」


 オクシュの種の様だ。下手に触れれば破裂する。

 何と声をかけるのがいいのだろう。


「キャラパティアの討伐の後だ。その時サファイアは眠っていて覚えていない」


 目を合わさないエリュシオンを見上げてサファイアが黙っているとアシェルが庇う様に説明し出した。


「何で……」


「そんな事も忘れるほど今のサファイアが幸せそうだったからだ」


「…………」


 忘れていた。

 お前も忘れていただろう。


「隠していた訳じゃない」


「……分かった。話して」


 エリュシオンが息を吐いて立ち上がるとサファイアを抱えたままソファの前に立つとアシェルを見て目を細める。


(こんなに取り乱しているのは初めてだな)


 少しだけ戸惑う。

 でも話は出来そうだと思いアシェルがソファに座ると向かいにエリュシオンも座った。


「大丈夫か? サファイア」


 意識はしっかりしている。でも、彼女もエリュシオンがもう少しのところで爆発してしまうと思ったのかその表情はとても硬っていた。


「……はい。エリュシオン様がとても怖いので早く話してあげてください」


「……自分の事でしょ?」


 瞳はまだ金糸雀色をしておりいつ眩暈が起こってもおかしくはない。

 人の気も知らないで。

 エリュシオンがため息を吐きぐりぐりと拳を擦り付けるとサファイアが嫌そうにその手を掴んでいた。


「話してもいいのか?」


「あ、うん」


「あ、はい」


 サファイアのお陰でエリュシオンの気持ちが解れたのを感じ少しだけ口の端を上げるとアシェルはその時の事を話し始めた。

かたばみという植物を知っていますか?

種を摘むと弾けるんです。今でも見かけると摘んでその感覚に心が弾みます。

なんだかんだでお茶会3話目。

『些細な事でも意味がある』

それが分かるのはきっととても後だったりするのです。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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