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とぎれた唄 4『ケラスィアの木の下』

「そう言えば、エミュリエール様。わたし、洗礼式に出れないのですね」


 上空を飛びながら、ふと、エーヴリル様との会話を思い出した。


「やっぱり、聞いてたのか……」


「エミュリエール様も、誰かからおしかりを受けたのですか?」


 それだったら、やだな。


 サファが、不安そうに、エミュリエールを見あげた。


「叱られてはいないが、システィーナから、注意するようにと散々……というか、君は、前からトラヴギマギアが使えたのか?」


「いえ? あの時が初めてでした」

「初めて使ったのか……」


 エミュリエールは額に手をあてた。


「……洗礼式だけじゃない。聞いていたかもしれないが、ほとぼりが冷めるまでは、しばらくあそこで過ごしてもらうしかない。でもこれは、君を守るためなんだ」


「あの、それはいいのですけど。できたらピアノが弾きたいのです。今日、ダメと言っていたので」


「あぁ……あの時は、弟が来ていたからな」


 さっき、私に会いたいって言ってた。それに。


「わたしも、眼鏡のお礼を言いたいです」


「そんな事まで聞いてたのか? ほとんど聞いてるじゃないか! ダメだ」


 エミュリエールは、サファの肩に手を置き、言い聞かせるように、首を振った。


「弟はな、高貴な方の下で働いてる。君という存在が明るみに出されたら、国に連れていかれて、一生自由を奪われるかもしれないんだぞ? それでもいいのか?」


 一生……


「確かにそれは、嫌です」


 ふるふると首を振る。


「その代わり、ピアノは弾いてもいいし、欲しいものがあれば、用意する」


 サファはそれを聞いて、コクッと頷いた。




 風に、花の匂いが混ざり、春の空気が、すり抜けていく。サファの髪がなびき、鼻先をかすめると、エミュリエールは陽だまりを想起そうきした。


「いつの間にか、咲きましたね、ケラスィア」

「好きなのか?」


 空から見おろす大地は、ケラスィアの薄紅うすくれない色に染まり、にぎやかさが伝わってくる。


「春は好きです。色々な花が咲くので」


「そうか、それなら少し寄り道でもするか。君はしばらく、外出ができなくなるからな」


 大聖堂に向かっていたペガサスが、軌道きどうを変え、大きなやしきを取り囲む森に向かって飛んでいく。


 あの日と同じ昼下がり。

 でも、景色はまったく違う、とサファは感じていた。




 大きな木のある、湖のほとり。ゆっくりと旋回せんかいして、ペガサスが降りていった。


「きれい……」


 祈念式の少し前に連れて行ってもらった時には、まだ、葉っぱもなかったのに、今は、花が満開となっていた。


「これは、ケラスィアだったのですね」


「ここのは、他のところよりも咲くのが早い。見頃はもう過ぎてしまっているな」


 2人が、ケラスィアの木の前で花を眺めていると、強く吹いてきた風で、花びらがざぁーっと舞い落ちる。

 その様子が、悲しいほど綺麗で、寂寥感せきりょうかんあふれてきた。


 せつない……香り。


 降り注ぐ花びらの中で、サファは、胸に手をおき、ケラスィアの木を見あげる。


 言葉もなかった。

 たくさんの花びらで、ただ、瞳を薄紅うすくれない色に染める。


「来年もまた」

「来年もまた」


 2人がハモる。笑い声が漏れた。

 振り返った彼女は、悲しげに微笑んでいた。


「はい、見れたらいいなと思います」

「見れるさ。そろそろ行こう」

「そうですね……」


 それから大聖堂までは、2人とも黙っていた。

 少しだけ風が冷たい。ちょっとの時間だったけど、心は、とても満たされたように温かい。


 今考えれば、それはきっと、過去でもなく、未来でもない、今、この時を、大切に刻みつけたい、と無意識に思ったからなんだと思った。

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