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36 氷海で唄ったオルニス 30

 後ろから足音がして立ち止まると少し嫌そうな声が上がった。


「えぇ。アシェルも来たの?」


 今日は城に行かないからか、シャツの上に暖かそうな毛糸のカーディガンのラフな格好をしている。


「そんな嫌そうな顔するなよ。父上と俺といくつか話があって来たんだぞ?」


 アシェルが腕を組むとエリュシオンは肩を竦めた。


「それガチ?」


「三つのうち二つがガチだな」


「やだなぁ」


 不敵に笑うアシェルを見てエリュシオンが苦笑いするとアルフォンスに何かを伝えて三人についてくるように言った。


「わたくしこの中に入るのは初めてですのよ」


 何故かラミエルが少し顔を赤らめている。


「ラミエル様熱があるのではないですか?」


 正面から入ってすぐ見える階段を登り渡り廊下の扉を通ったところでサファイアがラミエルの顔を伺った。


「嫌ですわ。わたくしったら……」


「ラミエルはバウスフィールド兄弟のファンなんだ」


「…………」


「お兄様!!」


 それは驚きを通り越して少し困惑する。

 サファイアが言葉をなくしているとラミエルが取り繕うように腕を掴み首を振った。


「わたくしは想いを寄せているのとは違うのです。お姉様」


 彼女が言うには美しいこの邸の兄弟を眺めて癒しや気力をもらうらしいがサファイアには全くわからなかった。


「サファイアがどんどん困った顔してる」


 渡り廊下の前を歩くエリュシオンの姿を見てサファイアが首を傾げると彼が振り返った。


「もう。立ち止まってないで早く来て」


 サファイアが驚いて身を飛び上がらせるとアシェルが笑いながら前を歩いていった。


「花が綺麗、ふさふさした動物が可愛い。癒されると言うのと同じようなもんだ」


「それなら……」


 毛のある動物。

 歩きながら前を歩くアシェルを見て口に手を当てる。

 彼はニュクスと似ているが小動物というよりは細身の猛獣みたいな感じだ。

 エリュシオン様は毛長の……なんだろ。

 猫?

 反対側に首を傾けてもう一度彼の背中を見ているとため息をついてエリュシオンが振り返った。


「あの冷たい視線がたまりませんわ」


 コソッと耳打ちするラミエルを見てエリュシオンは何も言わずに別館の三階まで上がるとアニスとアルフォンスに自分達を任せアシェルを連れて自分の部屋に入っていった。


「わたくしはお二人の他にもう一人ファンになった方がいるのです」


「そういう方がたくさんいるのはいいですね」


 調子を合わせて言った言葉にアニスが方を震わせていた。


「アニス……失礼ですよ」


 それを言ったアルフォンスも口を歪ませている。


「本当、そういうところがわたくしは癒されるのですわ」


(えぇ……)


 強く見つめられて思わずラミエルから目を逸らすとアルフォンスが咳払いをしてサファイアの部屋を開けた。

 中に入るとラミエルが物珍しそうに飾ってあるものを物色している。


「準備してまいります」


 アニスを残してアルフォンスが出て行くと机の上に置いてあった人形を手にとっていた。


「雪の妖精ですわね。……ん?」


 その隣に置いてある朝もらったカーバンクルの人形を見て目を輝かせる。


「なんて可愛らしいのかしら! この太々しい顔! たまりませんわ! これはどちらで売っているのですか?」


(…………)


 返答に困って目を泳がせていると視界の端にアニスが見え助けを求めたが彼女はにっこりと笑うだけだった。


「それは……エリュシオン様が作った試作品の『おざなり君』というものらしいです」


「まあ!」


 名前に少し引くのかと思っていたがラミエルはとても気に入ったらしい。その名前すら「なんて素敵な名前なのかしら」と言いサファイアを驚かせた。


 お茶が運ばれてくるとテーブルに座りキサラのお礼を言い昨日の買い物の話をするとラミエルはとても喜んだ。

 初めに出すお茶はハモミリ。

 お土産に買ってきた雪がかかったような菓子パンを口に入れて美味しいと言ってくれ嬉しかった。


「高価な食べ物は嫌いではないのですが。こういう素朴な味が恋しいというか」


「そうですわね。わたくし実は生体研究所に運ばれる時にお兄様と一緒に見ていたのです」


 そう言えば査問会の時に証拠品として出された国手の書類に彼女の名前があった。


「驚いたでしょう?」


「えぇ。でも、わたくしはあの時のお姉様を見てとても怒りに震えましたのよ」


 そう言ってラミエルが笑い声を漏らした。

 静かなアシェルと違い賑やかなラミエルもこういう所は兄弟だからなのか似ていると思った。


 お茶を一杯空けたところで貸してもらっているキサラで一曲披露をするとラミエルは手を叩き褒めちぎる。


「恥ずかしいです」


「お姉様。そういう顔は意中ではない男性の前でなさらないでくださいね」


 サファイアが顔を赤らめて俯くとラミエルが真剣な表情で言うので顔を覆って赤みが引くのを待った。


「失礼します」


 アニスではない声にサファイアが顔を上げて振り向くと頬を押さえて入ってきた人物を確認した。


(あれ?)


 二杯目のお茶を淹れに入ってきたのはアルフォンスでもアニスでもエナでもなかった。

 ユニ?

 この場面で来るとは思ってなかったからびっくりだ。

 彼女も何故ここに来る事になってしまったのか戸惑っているのかテーブルにカップを置く手が震えている。

 かちゃかちゃと音が鳴る。

 その指先を掴みその感触にサファイアは少し微笑んだ。


「しっとりしてる」


「しっとり?」


 ラミエルが不思議そうに聞き返すとサファイアは昨日街に行った時に買った保湿クリームを使用人全員に贈った事を話した。


「まぁ! だからここは至る所でメゾフォリアの香りしていたのですわね」


 そう言われると嬉しくなる。


「私がここにいる事で出来る事をしたくて」


 些細な事。

 今はまだ分からなくても、きっと意味がある事。

 サファイアはユニの指を眺めて嬉しそうに微笑んだ。


「わたくし達はサファイア様にお使え出来て本当によかったと思っています」


 微笑んだユニの手はもう震えてはいなかった。

 ゆっくり茶葉の入るポットにお湯を注ぐとじわりと茶の色がお湯に滲む。


「まぁっ」


「綺麗ですね」


 鮮やかな瑠璃色のお茶。

 こんなに綺麗な色になると思っていなかったので二人は目を凝らしてポットの中のお茶を宝物の様に眺めていた。

 白いカップに静かに注がれるとより一層、蒼が引き立った。


「どうぞ」


「ありがとう」


 立ち登る湯気を感じてお茶を啜るとほんの少し花の香りがするがとても素朴な豆の味がした。

 好き。


「薔薇茶の様な酸味があるのかと思ったらとても飲みやすいのね」


「えぇ。とても」


 二人が半分を飲んだ頃にユニがワゴンに乗っている銀のトレーの蓋を開けた。


「このお茶はプシュケピソスと言いまして、豆から咲いた蒼い花から作られています。目の疲れに効果ながある他、お美しいお二人には必要ありませんが美容効果がとてもあると言われています」


 きっと何度も練習したのだろう。よく説明出来ている。

 今度は透明なカップに茶を注ぐとユニはトレーに乗るポルトカリのくし型にした物を取りそれぞれに数滴垂らした。


「わぁっ」


「色が変わったわ」


 二人が声を上げる。

 蒼いお茶、それが魔術の様に紫色に変わっていた。


「どうぞ。ポルトカリが足りない時は仰ってください」


 手を前に揃えるとユニがお辞儀をした。


 完璧だ。


 潤む瞳でユニを見上げるとサファイアは小さく頷いた。

『よく出来ていたよ』と。

 それを見てユニは安堵の息が聞こえてきそうな笑顔を浮かべていた。


 その後もお茶を飲みながら話をすると氷上祭の掲示紙の話となる。


「もう貼り出されているのですか?」


 昨日の今日で早すぎではなかろうか。

 サファイアが訝しげな表情を浮かべるとラミエルがカップを持ちながら軽く笑い声をあげた。


「わたくしが見たのはまだ小さな絵でしたわ。あの絵が隣の国に貼られるかと思うととても誇らしいわ」


「大袈裟ですよ」


 一体どんな絵なのだろう。

 サファイアが首を振り顔を傾けてカップの中の瑠璃を眺めるていると何かの映像が細切れに浮かんだ。


(あれ……)


 その嫌な感じを覚えて顳顬を摩る。


「まぁ、お姉様それは謙遜ですわ。素敵な絵でしたのよ?」


 ラミエルに気付かれないように軽く口に手を添えると笑顔を作った。


「ラミエル様」


 彼女の後ろに控える侍女が話しの軌道を正すように声をかけるとラミエルが手を合わせた。


「いけない。忘れる所でしたわ。今日はお土産を持って来たのですわ」


「……私に?」


 口から手を離し軽く握る。少しずつ落ち着いてきた。

 ラミエルが後ろに控えている侍女に合図すると両手ほどの大きさの箱を受け取りテーブルの上に置いた。

 このお茶会を開く事にしたのはつい先日の事。

 サファイアは不思議そうにその箱を眺めた。


「秋の終わりに行った時にお姉様が思い浮かんで思わず買ってしまったのですわ」


 嬉しそうにラミエルが箱を開けると中には白い雲に乗る緑に囲まれた白と青い城。小物入れになっているらしく蓋を開けると音が鳴った。


『父の子守唄』


 ぜんまい仕掛けで鋼を弾く音に全身に鳥肌が立つとサファイアは息を飲んだ。

 いくつもの映像が勢いよく浮かんで弾ける。


「…………っ」


「お姉様……?」


 瑠璃の瞳が揺らぎ蒼白となるサファイアをラミエルが心配そうに覗き込むと彼女も両手で口を覆い声にならない悲鳴をあげた。


「…………っ!!」


 体が熱くてクロスを掴むと握る手に力が入り目を閉じてサファイアは俯いた。


「………ぅぅ」


 サファイアの体に陣が浮かび上がる。


 熱い……


「誰か来て!!」


「ラミエル様、離れてください!」


 護衛がラミエルの身を立たせてサファイアから離す。

 ラミエルが大声を出すと外に控えていたアルフォンスとアニスが飛び込んで来た。


「どうしま! !!」


 アルフォンスが言葉をなくす。


「こんな……」


 サファイアが俯いたまま呟いた。


 熱い。

 全身が拒否をする。


 アルフォンスがサファイアのただならない様子を見て指示を出すと部屋を出てエリュシオンのいる部屋に急いで走っていった。

 色々書くことが多くて、サクッと言うわけには行かないようです。

 ラミエルは勢いがあって『バイタリティのある女の子』とイメージしています。歳はサファイアの一つ下、来年修学院に入学するのでそこでもサファイアと関わりがある予定。重要な人物の一人です。

 サファイアを慕っているのは一目惚れに近い感情だと思っていただければと思います。

 つぎはエリュシオンとアシェルの話しから始まる予定です。


 今日も読んで頂きありがとうございました。

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