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35 氷海で唄ったオルニス 29

 邸の至る所でメゾフォリアの香りがする。

 サファイアは口の端をあげた。

 街に行った時に買ってもらった保湿クリームは昨日のうちにアルフォンスに渡し、今日の朝配られた。

 みんなからお礼を言われ少しぎこちなくサファイアは微笑む。

 これまでの自分のお礼だったから。

 それに今日はこれから王女殿下のラミエルが来ることになっており、皆に気を使わせてしまうだろう。

 それに対しての『お願いします』という気持ちも含まれている。


 朝食の時にエリュシオンがエミュリエールにも保湿クリームを渡している所を見てサファイアが口を小さく開ける。


「ん? 欲しいの?」


「いえ、一体どれくらい買ったのだろうと思って」


 エリュシオンがエミュリエールの前に置いた保湿クリームを横目で見て目を伏せた。


「そう言うのは本当は教える事じゃないんだけど。まぁ今回は君が贈り主だからねぇ……」


 そう言うとエリュシオンは指を一つ立てた。


「お前にしては随分雑な買い方したな」


「別に多くても困らないでしょ」


「特にこの時期はそうだな」


「ん?」


 勝手に話をしている二人を見てサファイアが眉を寄せて口を結んだ。

 その不機嫌そうな様子を見てエリュシオンが言葉を止める。


「どうしたの?」


「あの。分からないです」


「あぁ」


 エミュリエールはサファイアがむくれている理由が分かるとざっくりと説明を始めた。

 エリュシオンはサファイアが計算ができる為一箱がいくつなのか当然分かると思っていた。


「あぁ」


 エリュシオンも言う。


「3という数字が基本なのは知っているか?」


「はい。でも孤児院では大抵必要な個数でしたから」


 二人がサファイアを見て笑っていた。


「へぇ。本当の基本的な事は知らないんだ?」


「当たり前だ。サファイアはちゃんと孤児をしてたからな」


 孤児をしてたって……

 エミュリエールの言い方が雑で手元に落とした視線に入るカトラリーを持つ。


「一組み3個で一箱は33組み入ってるんだよ」


「…………」


 言葉をなくす。使用人は20人満たない。

 確かにエリュシオンにしては雑な買い方だと思った。


「あれ? 黙っちゃった。もしかして計算できない?」


 顔を上げて口が開いたままのサファイアにエリュシオンが指で口を押さえて閉じる様に知らせる。

 その仕草を見てサファイアは慌てて口を押さえると上目遣いをした。


「分かってますよ。あまりにも多かったので驚きました」


 99個なんて。

 まだ何かを聞きたそうにエリュシオンが笑顔で見ている。

 押さえていた手を握りサファイアが「宜しいのですか?」と言うとエリュシオンが食後のお茶を飲み頷いたので顔に花が咲いた。


 手元に5個残して後はエミュリエールにお願いするとアルフォンスが小さな布袋に詰めて彼に持たせていた。


「結局いくらかかったのでしょう?」


「子供にお金の話なんてしない。別に高くないからやめて」


 少し納得がいかない。

 でも、子供にお金の話をしない事は家の基本理念みたいなものだろうと感じ目線を合わせずお茶を飲むエリュシオンをみてサファイアは小さく頷いた。


「今日、ラミエル様は1の刻頃来るんだよね」


 食事が終わったエミュリエールが布袋を持って立ち上がるとエリュシオンに何かを言いようやくエリュシオンが目を合わせた。


「はい。その予定です」


「大丈夫?」


「…………」


 それはどう言う意味で言ったのかと喉元まで出て堪えると息を吐く。


「お茶を飲んで話をする事にあまり危険はないような気がするのですが……」


「王女殿下のびっくりする様な下世話な話しちゃ駄目だよ?」


「…………」


「自信がないって顔してるし……」


 サファイアは顔を両手で覆うと「善処します」と呟いた。

 ため息を吐く音が聞こえる。


「これなんて言うか知ってる?」


 顔を上げるとエリュシオンがテーブルの上に紐の付いた人形を置いていた。

 額に宝石がついているコウネリの様な形。

 ニュクスみたいだ。

 ただニュクスとは違い色が薄い金色をしている。何がそんなに面倒くさいのか目を細く開けているのが太々しく見えた。


「カーバンクルですか?」


 可愛いのに何故か叱りつけたくなる。


「うん。『おざなり君』」


「……不吉な名前ですね」


「あはは」


 思いつきで作った『雪の妖精』の人形が意外と評判が良かった為、エリュシオンが第二弾として作り上げた作品らしい。


「他の人もいたら面白いのに……」


 『おざなり君』を眺めてエミュリエールを思い浮かべポツッとサファイアが言葉を零すとエリュシオンが眉を上げたあと『おざなり君』を投げてよこした。


「考えとくよ」


 もう少しでスープまみれになるところをアルフォンスが掴み掌に乗せてくれた。


「ありがとう、アルフォンス」


「エリュシオン様。投げるのはいけません」


 にこやかに立ち上がったエリュシオンがその言葉を聞き手をひらひらとさせる。


「はいはいごめんね。ところでさ昨日最後に撮った絵なんだけど……」


「小物屋さんのですか?」


「うん、そう」


 エリュシオンがよく分からない場面で撮っていた絵。

 それが一体どうしたのだろうと思っていると驚きの事実を伝えられた。


(そんな勝手に……)


「それはブルノーに言ってよ」


 でもそれが孤児の作る人形の宣伝になると言われるとサファイアは浮かない表情で「分かりました」 というよかなかった。


「よろしく」


 さっきエミュリエールが言っていたのはこの事なのだろう。

 話が終わるとエリュシオンは立ち上がって部屋を出ていった。


 勝手に事が大きくなる。

 その事にため息をつくとアルフォンスがお茶を置いてくれた。


「お察しします」


 鼻を掠める森の香りが落ち着く。


「アルフォンス。今日はお願いします」


 エリュシオンの食器を片付け始めたアルフォンスが微笑んでいた。


「はい。お任せください」


 白い手袋の下に塗ってくれているのだろうと想像してサファイアは嬉しくて安心する。

 メリをたっぷりつけたパンを口に入れると甘くて頬が落ちそうだった。



 午前中は空いている為、エリュシオンにアローペークスに会いに行くか聞くと彼は今日はのんびり過ごす事にすると言った。

 イリョスと遊びたいと言うのもあるが明日からしばらく会えなくなる。


「ニュクス。森に行こう」


 その事をイリョスに伝えに行こうと思い該当を羽織って扉の外に出るとアニスがちょうど来る所だった。


「どちらに行かれるのですか?」


「アローペークスにしばらく遊びに行けないと伝えなくちゃいけないから」


「そうですか。では、今少しだけ見ていただけますか?」


 アニスから相談されたのは今日お出しするお茶の選定。

 いつものハモミリの他に何種類かある。

 その中で目についたのが蒼い花か入っているものだった。


「これは?」


 乾いたかさかさした感触に素朴な香りがする。


「昨日エリュシオン様が今日にどうかとお買い求めになった様です」


 お茶の味なんてよく分からない。

 強いて言えばミントは好きではない程度。

 でも、エリュシオンが買ったからと言う理由ではなくサファイアはその蒼い花に釘付けになっていた。


「どういう味がするのでしょうか?」


 酸味や甘味があり過ぎるのは初めて開くお茶会には望ましくない。


「ほんの少しだけ花が香るくらいでした。気にいると思いますよ」


 それに、と目の疲れや美容効果もあると教えてくれる。

 アニスも嬉しいのかとても笑顔だ。


(楽しみ)


 サファイアが手を合わせて頷く。

 趣味が良い。

 エリュシオンもきっとそう思うようにとこのお茶を買ったのだろう。


「うん。これといつものハモミリをお願いします」


「畏まりました」


 そう言ったアニスの歩いていく後ろ姿について行き渡り廊下から外に出る。


 森に行く途中でイネズともう一人男の人に会い挨拶をすると保湿クリームのお礼を言われサファイアはふるふるを首を振った。


「今日は王女様が来るんだろう?」


「はい。午後から。宜しくお願います」


「私達にはあまり出来る事はないよ」


 サファイアが頭を下げるとイネズが腰に手をついて笑っていた。


 それからまた森に向かっていると上の方からエリュシオンの声がした。

 なんだろう。

 よく聞こえない。

 首を傾げて耳を澄ますとどうやら余裕持って帰って来るよう言っているようだ。

 手を振る代わりに手招きしてみるとやっぱり行く気はないらしくエリュシオンはあっさり顔を引っ込め窓を閉めていた。


(いつ会えなくなるか分からないのに)


 何を思うところがあるのかは分からない。

 サファイアは空に白い息を吐くと消えたのかも待たずに森へ入って行った。


 イリョスを呼ぶと少しして茂みから出てきた。

 頭を撫でて足の付け根を擽っているとイリョスが寝転んで笑い声を出した。


「イヒヒヒヒ」


 サファイアが目を丸くしてイリョス見た。


(え……笑ったんだけど)


「あはは」


 人間にみたいでおかしくて笑う。

 どちらかと言えば猫を野太くしたような鳴き声。聞き慣れなかった頃は正直この鳴き声が苦手だったが彼らと仲良くなりたい一心で辛抱した。


「明日からしばらく来れなくなるの」


 こちょこちょと腹に指を立てているとイリョスが転がって立ち上がった。


「ウニャウ、ウァーウ」


 屈んでいたサファイアの膝にイリョスの前足が乗った。


「ん?」


 息を切らしてイリョスがふさふさの尾を振っている。


「ウミャウ!」


 何かを言っているらしい。


「ん?」


「キュ!」


 サファイアが首を傾げているとニュクスが肩から降りてイリョスに答えた。


(分かるのかな?)


 見た目はあまり仲が悪くはなさそうだ。だけど、ニュクスの方が偉そうだった。


「キュっキュ!」


 話が分かったのか前の方に走っていくとニュクスが振り返って鳴く。感応のお陰か何となく言っていることが分かった。


「分かった。今行くよ」


 足を運ぶと後ろをイリョスも付いてきていた。


「キュ!」


 ニュクスさん……

 遊び相手、飼い主というよりも保護者の方が似合いそうなニュクスの行動に少し圧倒されついていくとその先にはつい先日連れてこられたアローペークスの棲処。


(よかった……)


 セーラスもちゃんといた。

 イリョスの親らしき二匹のアローペークスが来るとまた獣語を話し始め、ニュクスが感応で教えてくれる。


 自分への感謝と信頼。


 細い目の顔で見ている二匹の顔が笑って『またいつでも来い』と言っている気がした。


 事前に注意もされている為早めに戻って食事をすると出迎えの前に身支度を済ます。


 1の刻になった。


「サファイア。いらっしゃったようです」


「行きます」


 そわそわしながら本館の一階で待っているとアルフォンスから知らせを受け立ち上がる。


「あの。ラミエル様の他にも来る予定でしたか?」


「え?」


 どうだろう。

 ラミエル付きの側近はとかも知らせておいた方が良かったのだろうか?


「いえ。気にしないでください。それより待たせてはいけないので早く行きましょう」


 アルフォンスの質問に色々考えて難しい表情をしているとユニがケープを肩にかけくれてサファイアはラミエルの迎えに向かった。


 邸の前に黒に銀の装飾が施されている馬車が止まっている。

 王女殿下が乗るにしては少々凛々しい。

 羽の生えた白い馬はエミュリエールの乗るペガサスと同じ。お尻に王の所有を示す烙印が押されていた。

 馬車に近づき待つと御者が馬車の戸を開けて中からラミエルが出てきてサファイア達が一斉にお辞儀した。


「上げてください」


「ようこそいらっしゃいました。ラミエル様」


「ご機嫌麗しゅう。お姉様」


 二人が挨拶を交わしているとラミエルの後ろの馬車からもう一人出てきた。

 手にはケースに入った鉢植えを持っている。


「…………」


「やはり、そうですよね」


 目をぱちぱちしたサファイアの後ろでアルフォンスが静かに言うとラミエルがクスクスと笑う。


「あの馬車はお兄様のものなの」


「ラミエルが驚かせようって聞かなくてな」


「十分驚きました、ふふ」


 誰より偉いはずなのに一番偉くなさそうにしているのが面白くてサファイアが囀ると彼は気恥ずかしそうに頭の後ろを撫でて苦笑いしていた。

狐って笑うんですよね。

それが本当に楽しそうに笑い転げるんです。

お茶会は少しサクッといきたいなと思っているのですがどうなるかな。


カーバンクルの人形。

薄い金に空色の目のやつをエリュシオンが作らせました。なのでサファイアはエミュリエールのようだと思ったのです。

その法則でいくとアシェルの場合は黒に青の瞳てサファイアは白に蒼い目。エリュシオンだと藤色の目。アレクシスだと紅い(以下略)みたいな感じでバージョンあるといいなという話でした。

しばらく連勤になるので更新間隔空きます。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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