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31 氷海で唄ったオルニス 25

 ジュディがニュクスを抱えて戻って来るとハーミットの前に立つ。


「どうしたの?」


 ジュディにすらまだ慣れない様子のハーミットは黙ったままでエリュシオンが声をかけた。


「サファイア様がハーミットを呼んでいます」


「えぇ……」


 ハーミットは立ち上がれずにジュディを見上げていた。

 なんで……

 爪をカリカリと削る。


「ハーミット。行ってきてあげてくれる?」


 そう言うとハーミットは不安そうにエリュシオンを見て手を止めた。


「俺で良いのですか?」


「うん」


 ハーミットにはフィノスポロスピティで服を作ってもらっていた。サファイアは服を用意する事に関して少なからずハーミットを信頼しているのだろう。

 今日も騎士団の制服を着て来ているジュディに対してハーミットはそれに近い自分の若く見える容姿補う服を着て来ている。

 エリュシオンはセンスが良いと思っていた。


 ハーミットが立ち上がり奥に行くと入れ替わるようにそこにジュディが座った。


「服が自由なのは面倒です」


「それが得意な人に頼めばいいと思うよ」


 着たい服が必ずしも自分に合うわけではない。

 エリュシオンは店を見回して思い浮かべた人物に似合う服を探していた。

 ひらひらしたのは似合わない。


(あ……あれいいかも)


 すらっとした体型に似合いそうな深緑色をしたホルタネックの長いタイトスカート。

 少しだけ視線をずらして想像する。落ち着いた白の上着を着せて口の端を上げた。


「ジュディも夜会とかには行くんでしょ? ドレスくらい着ないの?」


「母が勝手に選ぶのでそれを着ています」


「そうなんだ」


 人様の家のことについてとやかく言うつもりもないので返答にそれ以上もそれ以下もなかった。

 早く来ないかと奥を見ているとカストル出てきた。


「まだかかりそう?」


「普段着用の一着と礼服で少し意見が割れています。エリュシオン様も見ていらっしゃると良いですわ」


 エリュシオンは立ち上がろうとはせずに目をつぶって手を振った。


「あの。もしかしてアニス殿の?」


「えぇ。アニスとは従兄弟同士ですわ」


 よく見たら少し似ている気がする。

 カストルを見ていると彼女がにこっと笑った。


「フラムスティード家は古くからバウスフィールド家と懇意にさせていただいております」


「バウスフィールド卿の召し物はお二人の兄が作っていますよ」


 ブルノーが手帳開き何かを書きながら言うとカストルは口に手を当てて上品に笑い声を漏らす。


「兄がいつも作るのが大変だと頭を抱えているのですよ」


「そんなに注文つけてないつもりなんだけど……」


 成長が殆ど止まった最近は服も新調した記憶がない。エリュシオンは首を傾げた。


「エリュシオン様は煩いわけではないですが気に入らない物はあっさり着なくなりますから」


「…………」


「ふむふむ……」


 向かいでブルノーがメモに夢中になっている。


「僕が意地悪みたいに言ってないで選ぶの手伝って来てよ」


 エリュシオンが頬杖をつく。目を細めると揶揄うように笑うカストルを見て口を尖らせていた。


「選ぶのはわたくしの管轄ではないですから」


「あぁ……」


 そうだった。


「どういう事ですか?」


 ニュクスがジュディの膝の上で頭を撫でられてぱたぱたと尾を動かしている。


「わたくしは妹の生み出したデザインを形にするのが役割なのでお客様に合った服を選ぶのはポルエラの方が得意なのです」


「なるほど」


 口に手を当てジュディが頷く。


「それなら私が行ってきてもいいですか?」


 調整が終わったのかブルノーがスコティケーマを持ち立ち上がった。


「いやいや」


「誰も行かないならいいじゃないですか」


「君行って見てくるだけじゃないでしょ……」


 絶対我慢出来ずに撮る。

 あわよくばサファイアに何か聞くかもしれない。


「ジュディ」


「はい」


「ブルノーが勝手に行かないように見張っててね」


「了解しました」


 ジュディも同じ事を思っているのかニュクスを抱えて立ち上がりブルノーの傍らについた。


「吝かなこと言いますね」


 ブルノーは特に気にする様子もなくそう言って座っていた椅子にまた腰を下ろした。


「そう言えばうちの掲示紙、まだ出来てないの?」


「そうなんですよ。なんでも納得のいく絵がないとかで……」


 氷上祭までもう半月を過ぎている。いくらなんでも遅すぎる。


「拘りもいいけど、オピオネウスのはもう届いてるんでしょ?」


「そうですよ。いくらなんでも遅過ぎですよ」


 ブルノーがガシガシと頭を掻くとジュディが眉を寄せた。


「ブルノー様……」


「…………」


 冷気が漂う。目が笑ってない。

 カストルが笑顔を浮かべて静かに魔力を漏らしていた。

 女性は綺麗好きだ。

 その中でもカストルは穢らしい仕草に厳しい。


「当店ではそのような行動は控えてくださいませ……」


 静かにいう様が余計に怒っている事を増長している。


(こわっ)


 女性は怒らせないに限る。

 エリュシオンがそんな事を思っていると奥からハーミットが出てきて後ろを振り返り立ち止まった。


「おぉ!」


 淡い青のドレスを着たサファイアが姿を現す。

 待ち構えていたブルノーがスコティケーマを構えて移動を始めた。


「10枚」


「分かってますよ」


 念を押すと返事は返ってきたが今にもボタンを連打しそうだった。


「礼服で意見がまとまらないので見ていただこうということになって」


「候補はあるんでしょ?」


「三着ほどに搾りました」


 サファイアの後ろをついてきたポルエラが二着のドレスを手に抱えていた。

 赤と純白。

 アイギスの儀で着るものに関しては確かに選ぶのは難しいだろう。

 討伐の時であれば服は基本的になんでもよい。だが、今回は国の代表として唄う。


 …………


 それには曲調や唄う時の状況。

 即ちトラヴギマギアでどういう表現をするかにかかる。

 護衛の二人にはサファイアがアイギスの儀をする事は知らせているが他には多くは知らせていない。


「ちょっと来て」


 エリュシオンはサファイアを手招きすると店の端に連れてきた。


「どういう曲にするか決まってる?」


 他には聞こえないようにエリュシオンが言うとサファイアはコクッと頷いた。


「まだ完全には作り上げていないのですが。こう、雪に色がついて地に降り注ぐ感じなのです」


 サファイアが掌で何かを受ける仕草をして首を傾げた。


「そっか」


 この前エリュシオンが見せてくれた優しい色の星。

 それがとても印象的。

 サファイアは遠い目をしてふわっと笑っていた。


「教えてあげるって言ったもんね」


「はい」


 両手を合わせると嬉しそうにサファイアが頷いた。

 カシャッ

 その音に二人が振り向いた。


「ブルノー……」


「仕方ありませんよ? 収めたい絵は一瞬ですからね」


 エリュシオンがため息を吐き肩を竦めるとサファイアを見下ろした。


 淡い青もいいけど……


「君はどれがいいと思っているの?」


 バウスフィールド家は早くから自立を選奨する貴族。

 それは選ぶ服も自分自身の行動にもあたる。


「私は真っ白がいいのです」


 出来れば自分で選んで欲しいという想いを軽々と超えてくる返答にエリュシオンは満足そうに微笑んだ。


「僕もそれでいいと思う」


 エリュシオンがサファイアの頭を撫でているともう一度スコティケーマの音が鳴った。


「ブルノー!」


「仕方ないじゃないですか!」


「……2枚目ですね」


 まったく。

 不躾にも関わらずサファイアが冷静にポツッと言った。


「…………」


 ブルノーがスコティケーマを下ろして黙り込むとサファイアが眉を下げて首を傾げた。


「大丈夫ですか?」


「え?!」


 何に対して言われたのか分からなくて声を上げる。

 周りも不思議そうにその様子を見ていた。


「すみません。何となく言ってしまいました」


 レンズを布で拭くとブルノーはまたスコティケーマを構えていた。

 広報部に所属する自分は人の写し絵を撮ることが多い。

 ただ撮るだけではない。


 ……一瞬にして無気力になった。


 憐れ。


「…………」


 その言葉が浮かんでも聞いてはエリュシオンを怒らせる事になると思いブルノーは口を閉ざした。


「相変わらず不可解なんだから」


 仕方なさそうに笑うエリュシオンをレンズ越しに眺める。


 満ちた月。


 初めて会った時の細い三日月の様な彼はいつの間にか丸くなっている。

 今年の事件の発端にはサファイアの存在。


(いつか知りたいですね。あなたが誰か)


 思いを温めてブルノーは服を試着してきたサファイアを数枚スコティケーマに収めた。

 服を選び終えると体に合わせて少し直しを加えるという為サファイアはまた奥に連れて行かれる。

 戻ってきた時にはもう来てきた服に着替えていた。


「終わった?」


「五日程お時間を頂きますね」


 サファイアが頷く後ろでカストルが台紙を持って出て来るとエリュシオンに差し出した。


「よろしく」


 中身を確認したエリュシオンが署名をしてカストルに台紙を返す。


「…………」


「キュ!」


 ニュクスが肩に昇ってきた。


(あ……)


「ありがとうございました」


 サファイアはニュクスの顔を見て口の両端をあげるとポルエラとカストルに深々と頭を下げた。


「あー!! 今の撮り損ねたぁ!」


 突然頭を抱えたブルノーが屈む様子を見てみんな顔を引き攣らせていた。


 店を後にして昼食をする店まで歩く。


「こちら側を歩いてください」


 ジュディに言われてサファイアが外側を歩くと道の真ん中を馬車が通り過ぎて行く。

 白い馬、可愛らしい飾りの客車にいる人が覗いている姿が見える。


 来た時とは違って人通りも多くなりその分だけ視線も注がれたが、同じように笑って首を傾げると相手は勝手に目を逸らして逃れる様に通り過ぎていった。

 後ろを振り向くと歩いてきた道。

 広くて平民街と比べ密集してない事で閑散としている雰囲気が拭えない。


(こんなに綺麗なのに)


 それが勿体無い様な気がした。


 これまた落ち着いた飲食店の前で止まるとエリュシオンが中に入り手招きをする。

 どうやら目的地の様だ。

 前持って連絡を交わしていたのか誰もいない店内に入るとよく分からないうちに食べ物が運ばれて来て食事となった。



 

 同日早朝。 


「…………」


 なかなか来ないレイを見にきたエアロンが思ったより具合が良くない様子に無言になった。

 今日は店に品物を届ける日。

 その役目を担うレイが風邪をひいて寝込んでいた。


「すみません。風邪なんて滅多に引かなかったんですけど……」


「いや、仕方ない」


 誰だって風邪をひくことくらいあるし彼は自分がハーミットの立場になる事で負担をかけていた部分もある。

 平民という立場になって分かることは沢山ある。

 レイは今ネモスフィロに住んでおり看病に関してはエイティがしてくれるだろう。

 レイと同じライルと言う少年はサファイアが孤児だった頃に仲良くしていた人物。彼には他の役割を与えている為今はもうその現場に向かっているはず。

 気遣いというものはここ最近で身につけたものだ。

 ため息はつかない。


「俺が届けて来るから心配するな」


「すみません」


 しんどそうな顔で額に手を当てて目を瞑っているレイにはあまり厳しい事を言った記憶がない。

 それ程彼は一生懸命だと感じた。

 各孤児院から品物を受け取るとレイが体調を崩しているという事を伝えて出かける。

 行き先は貴族街。

 あまりに馴染みのある場所にこの姿のまま行くわけにはいかない。紫色だった髪はだいぶ前に茶色にしている。度のはいっていない眼鏡をかけて少し小綺麗な格好に着替えると箱を抱えて目的の店に向かった。

 確か今日はサファイアを連れて貴族街にエリュシオン達が来ると言っていた。

 早く届けて長いはしない。

 そう決めていたがレイを待っていた分遅れており時間4の刻半。


(早くしないと)


 鉢合わせたくないのはサファイアが嫌いなわけではなく気まずいから。

 まだ人通りの少ない通りを歩いて店まで来ると無事に品物を置いて安堵の息を吐く。

 そう思っていた矢先、店の裏口から顔を覗かせた人物に声を上げそうになった。


「おはよ。あれ?」


 エリュシオンが不思議そうにエアロンを見た。


「…………」


「どうしているの? 言ってあったでしょ?」


 それはこっちのセリフだ。

 まだ買い物をするには店が開いてない時間。


「レイが風邪で寝込んでいて」


 何か言いたそうな目でそう言ったエアロンを見てエリュシオンは天井を見上げた。


「ちょっと中使わせてくれる?」


「ちょっ」


「アイ……いけな。エアロンは他の部屋に隠れてて。会いたくないでしょ?」


 エリュシオンが名前をうっかり言いそうになるのはいつもの事だ。


(まったく……)


 微かに警告の火の粉が舞うのも慣れっこになり、手で払いながら他の部屋に入っていくエアロンを見てエリュシオンは扉に頭を凭れかけある事を考えていた。

体調を崩して書いていたらうっかり下書きを消しました。

なんという……

同じ文書って書けないんですよね。

少し無気力になっていた数日間でした。


エリュシオンの考えた事。

閑話、ベロペロネを読んだ方はきっと分かるかな。


切りのいいところまでいったら過去の修正をする予定です。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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