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29 氷海で唄ったオルニス 23

 風を切って進む。

 吐いた息はもう白くはない。


「今日は風除け使わないのですか?」


「うん? クリオ付けたしね」


 そう言えば包んでくれている外套が異様に温かい。


「もしかして、寒がりなのですか?」


「寒いのも暑いのも嫌いだよ」


 サファイアは眉をあげると首だけ後ろに向けた。


「それでは万年春秋ではないですか」


「寒いとか暑いとか邪魔でしょ。僕はそんな事を思うよりもっと他の大事な事考えなくちゃいけないんだから」


 そう言って外套からサファイアを出すと目を閉じて体を震わせている姿を見てカラカラ笑う。


「ほら。寒いでしょ?」


 肩に乗るニュクスが冷たい風に喜ぶ様に目を細めている。真っ黒な毛に浮かぶ艶が余計にひき立ち生き物の様に畝る。

 本来の姿。


「寒いけどこれが普通ですよ」


 サファイアが口を結んで冷たい風を受けると小さな手と頬が赤くなっていた。


「風邪ひいたとか、やめてよね?」


「エリュシオン様こそ気をつけてくださいね」


 エリュシオンが体を押さえる手に力が入る。


「朝の魔術といい君、ちょっと馬鹿にしすぎじゃない?」


 急に速度が上がり宙返りする。


「あはは」


 怒っているのかと思えば彼は笑っていた。

 一緒に飛んでいる護衛の二人が戸惑うようにグリフォンをふらつかせた。


「ふぁぁぁ!」


 下にはまだ森。

 そこまで急降下して風圧で枯葉を舞わせる。

 カラカラとした音が笑っているかのよう。


「あはは。面白い顔」


 ニュクスも落ちる事なく器用に肩に乗ったままだ。

 口を開けて唖然としたサファイアを見てエリュシオンが楽しそうに高笑いしている。


「今日は降らないのですね。星」


「それ?」


 エリュシオンが眉をあげると顎を撫でた。


「君にも使えるだろうから今度教えてあげるよ」


 そう言うと彼はまたサファイアを外套で包んで護衛二人の間に戻った。


 ジュディがそれを横目で見て息を吐いた。

 自分も一人の時には水面で飛沫を上げてみたりわざと落下したりする。

 それを同乗者がいるのにやる神経はない。


「見えてきましたよ」


 少し止めようと言う気は起きたが、フィノスポロスピティの時からサファイアのタフさは感じている。

 楽しそう。

 サファイアの表情が止める気持ちを抑えた。


「降りるところはあるのですか?」


 なんせ行ったことはない貴族街。

 サファイアが見下ろすと少し離れたここからでも広い場所が見える。

 召喚獣の大きさは驚くほど大きくはないが風圧があがるので何もないところが良い。


「みんな鳥で来るからねぇ。あそこが降りる場所になっているんだよ」


 エリュシオンが指を差した。

 既に何体かグリフォンが見えている。


「グリフォン以外が来るのは珍しいけど、前に何処かの国のドラゴンが降りたこともあるよ」


「ドラゴンですか?」


 見た事がない。

 サファイアはエリュシオンの服を掴んだまま少しだけ首を傾げた。


「国内だと契約しているのっていないからねぇ」


「…………」


 ドラゴン。見てみたい。

 広場を見据えてサファイアが地面に降り立つのを見ていた。

 地面に着く少し前からざわめきが聞こえる。


『グリフォン以外が来るのは珍しい』


 ケリュネイアの姿は珍しいのだろう。

 先に降りたジュディとハーミットが地上で待ち構えるとエリュシオンがゆっくりとケリュネイアを着陸させる。


「まさか。あれバウスフィールド卿?」


「あの連れている子が『イシュタルの使い』?」


 囁く声。

 エリュシオンが周りに目配せしたのでサファイアはエリュシオンの服を引っ張った。


「貴方が教えてくれたのでしょう?」


 貴族の世界で過ごす為には突っぱねる事はあまり良い効果がない。

 噛み砕いて。噛み砕いて。


「そうだったね」


 ジュディに降ろしてもらい服を整える。

 サファイアはゆっくりスカートを広げるとお辞儀をしてふわっと笑った。


『愛想よくしなよね』


 それは養子になってすぐエリュシオンに夜会に連れて行かれて言われた言葉。

 自分を害のない子供だと伝えること。

 手を胸元で組んで首を傾げると陰口は止んだ。


「まあっ。可愛らしいのね」


「綺麗な瞳」


「珍しい色のカーバンクルだ」


 誰かがそう言うと人が集まって来た。

 護衛の二人が前に出ようとするとサファイアが止める。


「大丈夫ですよ」


 みんな物珍しいだけ。

 ニュクスもお行儀よく肩に座り誇らしげな表情をしている。


「ですが……」


 サファイアはエリュシオンを見上げてアシェルがしていたように口を押さえてシシシと笑った。


「…………」


 目を細めたエリュシオンがつぶやくと周りに目を向けて堂々と買い物に来た事を告げる。

 人集りがなくなっても人の残る広場で聞こえてくるのは蔑む声ではない事に安心して歩き出したエリュシオンの手を握った。


「小悪魔」


「半分はエリュシオン様のファンではないですか」


「あー……」


 否定しないところが肯定を示す。

 エリュシオンは頬を掻いていた。

 お世辞でもなんでもなくエリュシオンは本当に麗しい青年だと思う。


「僕、一応そう見られているのは分かっているけど君には言われたくないよ……」


「サファイア様はご自分が周りからどう見られているのかご存知ないのですか?」


 どうって?

 サファイアがジュディを見て考えているとエリュシオンが立ち止まり空気のようについてきていたハーミットを見る。


「ハーミット。サファイアがどう見られているか教えてあげてくれる?」


「俺、あ、いや私がですか?」


「そうだよ。君は教えるのが上手だからね」


「教えてください。ハーミット」


 ハーミットはびっくりして目を見開いたものの口に手を当ててサファイアを見下ろし始めた。


「バウスフィールド家の養子になった『イシュタルの使い』はそれはそれは美しい少女で……」


「誰の話をしているのです?」


 お伽話でも聞いているかの様で我慢ができない。

 エリュシオンの手を引っ張りサファイアが眉を顰めた。


「ちょっと。君の事だよ? 最後まで聞いてあげなよ」


「…………」


 そうだった。

 話の腰を折られたハーミットはサファイアの他人事の言動に無言で苦笑いを浮かべていた。


「弟も言っていましたね……」


「フェルデン様が?」


「サファイア。フェルデンには『様』は付けなくていいんだって」


「いいえ。ジュディとハーミットにだって付けたいくらいですよ」


 首を振るサファイアを見てエリュシオンが目を細めた。

 そんな表情をしたって自分が尊敬する人に使いたいもの。

 サファイアはそっぽを向いてハーミット見た。


「あ、ええと……白金に輝く髪を持ち声は金糸雀色ように美しく笑う姿を見ると幸運が訪れる。とか」


「…………誰ですか?」


 もう完全に自分のことではないと思って不思議そうに首を傾げる姿を眺めて三人がため息を吐いた。


「現実逃避もいいけど、分かってくれないと困るよ?」


「むぅ……だって何ですか? 笑わない子見たいじゃないですか」


 自分は最近になってよく笑う様になったがその前からだって別に笑わなかったわけじゃない。

 釈然としないまま人通りがまだ余り多くない通りを歩く。

 平民や貧民の方とは違って綺麗な街並みをしており変な匂いもしない。

 石畳の上を歩くとこつこつと音が鳴り、道ゆく人のそれが感情を表している様で面白かった。


「この石畳。音が目立つ様に出来ているんだよ」


 不思議な足音が聞こえる。

 焦っている様なおどおどしている様な。


「不思議だったのですが。何故街にサファイア様を連れて来たのですか?」


 バウスフィールド家は高い位の貴族。

 買い物なんて家に呼びつけるのが当たり前だろう。


「うーん? 色々理由は有るんだけど一番は見せてあげたくてかな」


 最近すっかり嫌味の抜けたエリュシオンに戸惑いジュディが目を逸らした。


「…………」


「僕がそんな事を言うのは変だと思ってる?」


「そんな事は……」


 いや、そんな事はある。

 前のエリュシオンの印象であればアシェル王子殿下以外で“してあげたい“と思わせる人物は思い当たらない。

 そのアシェル王子殿下でも時と場合。


「ジュディとハーミットは幸運ですよ。実はエリュシオン様はとても優しいんです」


 エリュシオンの手を離してサファイアはジュディの服を引っ張ると屈んだ彼女に耳打ちした。


「聞こえてるからね」


 わざとらしく見下したエリュシオンを振り返るとサファイアがくすくすと笑い歩き出した。


「一人で行かないでください」


「そうそう」


 足音。

 どこかは分からない。

 でもジュディに腕をつかまれた時にまた近くなってサファイアは辺りを見回した。


「例えばほら、ああいうのとかね」


 エリュシオンが指を差した建物の影を眺めて動きを止めた。


「隠れてないで出て来なよ。ブルノー」


 そう言われて出て来たのはボサッとした茶色の髪をして大きな眼鏡をかけた小柄な男。


「気づかれてしまいましたか。残念」


 頭を掻いて眼鏡を直すと彼はサファイア達にレンズのついた四角い箱を向けた。

 カシャッ。

 音が鳴るとサファイアは驚きエリュシオンの後ろに隠れてブルノーと言われた男を覗くように見た。

 もう一度レンズを向けて構えており顔を引っ込める。


「はいはい。ブルノー。悪いんだけど無断で撮るのはやめて」


「あ。はい」


 男は悪びれもなく手に持った箱を下ろすとエリュシオンの後ろにいるサファイアが見えている様に視線を向ける。

 彼が持っていたのはスコティケーマ。

 エリュシオンが作る魔道具。


「あの……」


 じとっとする視線が嫌。

 エリュシオンの服を引っ張り見上げると彼は笑顔を浮かべて自分の頭を撫でた。


「その表情欲しいですね……」


「どなたですか?」


 エリュシオンがブルノーの持つスコティケーマのレンズを押さえていた。


「あぁ……残念でなりません」


 声を上げたブルノーをエリュシオンが面白いものでも見るように見ている。


「行政館の広報部ですね」


「貴方はファーディナンド家のご長女ですね。そちらは大聖堂の補佐官から『イシュタルの使い』の護衛に抜擢された下級貴族のハーミット=グローバー殿とお見受けします」


 手帳を取り出し見比べてメガネがずり落ちて直しボリボリと頭を掻いていた。


「……気持ち悪いです」


「あはは。初めて会うとみんなそう言うよね」


 初めて会う人物。

 新しい風。


「心外ですね。こんなに無害なのに」


 そう言った彼はまた違う場所をボリボリと掻きサファイアは眉を顰めた。


 行政館の広報部。

 要は世の中の宣伝を担う団体。


「変わっているけど悪くない人だから。ブルノーも。サファイアは警戒心が強いから詰め寄らないでくれる?」


「バウスフィールド卿がそう言うなら仕方ないですね。いい絵が撮れると思ったのですが」


 不安しかない彼の言動にもエリュシオンはあまり動じている様子はない。


「前から色々頼りにさせてもらっていてね」


 エリュシオンはサファイアの両手を掴むとブルノーについて説明を始めた。


「キュ!」


 ニュクスが不満げに鳴く。


 時には嵐の様に

 時には優しい春の風

 どんな色の風になるのだろう?


 エリュシオンの外套の中に隠れブルノーにまだ怪訝な目を向けていたサファイアはこの先起きる事に少しだけ期待し始めていた。

連勤連勤そしてまた連勤。

物語を書いている時が唯一の気分転換みたいなものですが、余り精神的に安定していない時に書きたくないと言うのもあります。

次は二日後かなぁ?


今日も読んで頂きありがとうございました。

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