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26 氷海で唄ったオルニス 20

昔を消化して今を生きる

思い出にするものと食べて力にするもの

上手に選んで『これ』を探す

 まあるくてとても愛らしい。

 エリュシオンの描いた小鳥がとても上手でサファイアが紙を両手で掴んだ。


「可愛い。何ですか? これ」


「見せてあげたいって言ってたやつ」


 ………

 口に手を当てて左側を見ると、エリュシオンの机に薬の空き瓶が置きっぱなしになっているのに気づく。


「あ、風邪をひいた時の……」


「そうそう」


 楽しみ。

 サファイアは小さく口を開け絵の小鳥を撫でた。


「それじゃ、やる気も出たところで続きね」


 エリュシオンは予定表の三番目に『魔石作り』と書いた。


「これはあまり後のほうにしたくないな」


「そうですね。二つ作るなら間に合わないですし」


 動いていたペンが止まる。

 不思議に思いサファイアは首を傾げてエリュシオンを見た。

 彼も自分を見ていたが辛うじて笑顔を作っている様に見えた。


「今なんて言ったのかな……?」


 何となく危険な雰囲気を感じる。

 サファイアは顔を逸らした。


「……二つ作るなら間に合わないと言いました」


「一つでいいんだよ?」


 手首を掴まれ押さえこまれる様に言われる。

 それでもサファイアはふるふると首を振った。


「駄目!」


「でもエリュシオン様の企画書には四つ必要だと書いてありました」


「そんなの覚えてなくてもいいじゃん……」


 俯いて掴んだ手を緩めるとエリュシオンは独り言の様に言った。

 するっと手から逃げるとサファイアは胸元からペンダントを取りだして両手で包む。


「これをもらった時に私は誓いました。それに」


 限られている時間。

 エリュシオンからもらった紫色の魔石を優しく眺めて撫でる。

 それはエリュシオンも分かっている様だった。


「君……駄目って言ったら絶対勝手にやるよね……ホント」


 憎い。


「なんなの?」


 エリュシオンはペンで紙に点をつけていると突然ずらっとペンが走り出した。


(おぉ?)


 エリュシオンが書いていく予定をサファイアは魔石を持ったまま唖然と見ながら頭の中に放り込んでいるとペンは失速してやがて止まった。


「見ていた感じだと魔石を作った後どうしても7日の療養期間が必要なんだよ」


 そうなると魔石をつくる日も含めて16日間はそれに費やされることになる。

 そこから2日間は前倒しで生体研究所に行くとして……

 残りは3日。


「やっぱり厳しいよ?」


「そんな事はありませんよ。やらなくてはいけない事をぜんぶ教えてください」


 書き上がった予定を何度も瞬きをして眺める。


「ほら、やっぱり無理だって」


 サファイアは目を閉じてふるふると首を振った。

 無理だと思った訳ではない。

(すごいな)

 予定表を見ながらサファイアは目を細めた。


 最初の買い物とお茶会の他に16日間の魔石を作る期間。

 買うものの追加があった時の買い物予備の日と唄を作る為の日が3日間。それと荷造りと最終確認で1日。


「イリョスと遊べないです」


「勘弁してよ……」


「冗談です」


 軽く笑ったサファイアを見てエリュシオンが少し腹を立てサファイアにペンを押し付けた。


「君は兄上に卑怯だって言われたんでしょ?」


「…………」


 そう言うとサファイアは不貞腐れた様に口を結んだ。


(頑固者。そんな事言うなら納得してさせてよね)


 エリュシオンは腕を組みサファイアがどうするのか片目を開けて黙って様子を見ることにした。


「そうですね……」


 魔石で費やす16日間にバツをつけて12日間とサファイアは書き直した。

 これで4日間は浮くことになる。

 自分の体はよく知っている。確かに後ろ5日間は消耗している為動かない方がいいだろう。

 でもそれ以降の2日間は屋敷の中で何かをするくらいはできるはず。


「この4日間に唄の作成と準備に当てます」


「それって平気なの?」


 四角で囲んだ4日間のうち3日間に書き込んでサファイアはその字を嬉しそうに眺めていた。


「この1日は?」


 エリュシオンが空白となった部分を指さした。


「そこは何も無しです」


「ふぅーん。それで?」


 元気な日の1日は唄と書き、もう1日は買い物と書いた。

 本当なら唄を作る時は健全な時が良い。

 これは、最終的に唄を確認するための日だ。


「出発する前日は何も予定を入れません」


「まさかアローペークスと遊ぶんじゃ……」


「そ、そんな訳ないじゃないですか!」


 エリュシオンが目を細めるとサファイアは目を泳がせてから眉を釣り上げて立ち上がった。


「だって、イリョスが友達を紹介してくれたのですよ?!」


「何開き直ってるの? そんなきつきつに詰めて具合悪くなったらどうするの?!」


 こういう時自分は本当に堪え性がないと思う。

 ここに来て更にひどくなった様に感じる。

 でも信頼するからこそ言わせて欲しい。


「だって、ルシオ様の所に行くじゃないですか! 少し体調が悪くたってどうにかなります」


「だって、だってって。あのねぇ……」


 エリュシオンも目を釣り上げてついには立ち上がり睨み合いを始めると、アルフォンスがやって来て二人の腕をそれぞれ掴んで引っ張り出した。


「わっ」


「何だよ!」


 引っ張られて二人は声を上げた。


「お食事です。そんな言い合いをしているなら食べて少し落ち着いてください」


 そう言えばお腹も空いている。

 時計を見るともう6の刻半になっていた。




「…………」


「……アローペークス」


 アルフォンスに連れていかれ無言のまま食事を摂っているとエリュシオンがポツリと言葉を洩らした。


「何匹いた?」


 サファイアがパスタを食べようとして口を開けていた所だった。その口にはパスタが入る事はなく変わりに言葉が出る。


「4匹です。イリョスは一番若くて両親がいて」


 後の1匹はお爺ちゃん。


「片目……傷あった?」


 思わず落としてしまったカトラリーが音をたて慌てて拾った。


「すみません」


 アルフォンスが周りに飛んだソースを拭くと柔和な顔つきをしていた。


「何で知っているのですか?」


「そっか……」


 独り言のように呟きエリュシオンは目を閉じてカップの縁を慈しむように撫でていた。


(思い出すなぁ)


 子供の頃の血が飛び散り怖かった記憶。

 心配だった事の一つ。


「…………オン様」


 服が引っ張られいつの間にかサファイアに顔を覗き込まれていた。


「エリュシオン様。戻っきてください」


「あぁ……え? どこにも行ってないよ」


「だって何度も呼んでいるのにずっとにやにやしていて……」


 エリュシオンが両肩を掴んでサファイアの顔をじっと見つめた。


「…………」


 顔を右に向かせると窓からよく晴れた秋空が見えていた。

 何だろう?


「にゃぁっ」


 考えるついでにぼんやり眺めていると急に視線が高くなりサファイアは声を上げた。


「叫び声……」


「急に持ち上げられれば驚きもします!」


 小さいからって簡単に持ち運びすぎじゃないだろうか?


「僕も行こうかな?」


 エリュシオンの服を握った自分の手を見て思っていた不満もその言葉でどこかに行ってしまった。


「エリュシオン様もアローペークスと遊びたいのですか?」


「そうじゃないけどね」


 サファイアを抱えたままエリュシオンが廊下に出ると片付けに来たアルフォンスに出くわした。


「おや、どちらに行かれるのですか?」


「ごちそうさま。ちょっとセーラスに会いに」


「……久しぶりにその名前を聞きましたね」


 アルフォンスを見ると彼は泣き顔の様な笑顔を浮かべていた。


「うん。行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


 エリュシオンの肩越しに見えるアルフォンスは微笑んで何も言わなかったが「ありがとう」とわれたような気がした。


 エリュシオンは自分の部屋まで行くとサファイアを抱えたままソファに座り寛ぎ始めた。


「エリュシオン様?」


「ん?」


「行かないのですか?」


「まだ早いよ」


 まるで待ち合わせているかの様な言葉。


「セーラスとはどなたですか?」


「友達」


 目を細めているエリュシオンを見上げてサファイアはゆっくりと頭を傾けた。


「セーラスは僕の恩人なんだ」


「その方お約束をしているのですか?」


「そう。ずっと前にした約束。彼女は覚えてるかな……」


 彼女……

 エリュシオンから女性の話を聞くのは初めてだ。


(ん?)


 思い立った様に連れてこられて混乱していたが、そもそもこの流れになったのはアローペークスの話から。


「まだ子供の頃、僕はあまり体が強くなかったから兄上の様にほかの子と遊ぶ事が出来なかったんだよね」


 過去の話をしようとすると、サファイアはいつも聞こうとしなのに嫌がる素振りは見えなかった。


「いいの? 過去の話だよ」


「この話は聞きたいんです」


 エリュシオンの表情が聞くべきだと心が示している。

 サファイアは膝の上から降りると隣に座り彼を見上げ『早く聞かせろ』と服を引っ張った。

 エリュシオンがサファイアを見て鼻で笑う。


「都合がいいんだから」


「他のは決心がつくまでもう少し待ってください」


 自分の話す事はこれから貴族の世界で過ごす為に知っておいて欲しい事。

 エリュシオンは足を組んで頬杖をつくと目をつぶった。


「修学院に入るまでには聞いてね」


 それが待てる最大の期限。

 服が引っ張られ目を開ける。


「分かったので、話の続きを聞かせてください」


 サファイアがコクコクと頷きエリュシオンを期待する様な目で見る。


「もうっ」


 エリュシオンは息を吐いまた目を閉じて思いを馳せると話し始めた。


「その頃多分、今の君と同じくらいの歳だったかな? アローペークスと遊び始めたのは兄上が先だったんだけどね」


 少年だったエリュシオンは病弱だった事もありアローペークスと走り回るエミュリエールについていけなかった。それにアローペークス達もエリュシオンを友達とは認識してくれなかったらしい。


「その時は何匹いたのですか?」


「さあ? 何匹だろう。僕には1匹だけでよかったし」


 いつも途中で置いていかれるとアルフォンスが迎えに来てくれていたがその日は用事があって邸を不在にしていた。

 森の中で太陽が落ちていく様子を座り込んで見ていると茂みが揺れ動く音が聞こえて緊張が走る。

 瞬きも忘れて茂みを見ていると出て来たのは1匹のアローペークスだった。

 近くまで来て一声鳴くと鼻先で脇腹を突きエリュシオンは驚いて立ち上がった。

 からかいに来たのかと思えば尾振り寄り添う様に邸まで連れてってくれた。

 その日からそのアローペークスと仲良くするようになり。引きこもりがちのエリュシオンが外によくいく様になった事を屋敷の使用人達も嬉しく思っていたという事だ。


「何故かその子だけは兄上よりも僕に懐いてくれてね。嬉しかったな」


 そう言って嬉しそうに笑うエリュシオンをサファイアは自分の事の様に嬉しく思った。


「ちょうど花の色が変わる今時期、毎日そこで遊ぶ約束をしてね。僕は『セーラス』って名前をつけたんだ」


 セーラスはエミュリエールの様に活発に動き回れないエリュシオンを気遣うように決してその一帯からは出なかったらしい。


「優しい子だったのですね」


「そうだねぇ。今思うと母性本能みたいなものだったのかな」


 これでは社交性が身に付かないと父親が反対し始めると、折悪く事件は起こってしまった。


「何が起きたのですか?」


「いつもの場所に向かう途中、アルクダに鉢合わせしちゃってね」


「え……」


 サファイアはいつか見たアルクダの姿を思い浮かべた。

 大きくて鋭い爪。

 まだ少年だった頃のエリュシオンは怖くて足が竦んでしまい振りかざした光った爪をただ見ているだけだった。


「もう駄目だと思った時、来てくれたんだ」


 セーラスは勇敢にアルクダに立ち向かうと遠吠えを挙げた。


「その後は……」


 覚えていない。

 自分を守る為に戦っていたセーラスのがアルクダの爪で挫滅し血が飛び散った。

 混乱と恐怖。


「僕、暴走しちゃったんだよね」


「え?!」


「勘違いしないでよ? 僕のは君のと比べたら可愛いものなんだから」


「…………」


 でもそれを父親に知られてしまい眠らされた後、エリュシオンはセーラスの無事も分からないままエミュリエール諸共アローペークスと遊ぶ事を禁じられてしまった。

 父親がいなくなった後は会えない訳ではなかったが、その時を境に森に足を運ばなくなった自分をセーラスはもう忘れているのかも知れない。

 そう思うと足は遠のいた。


「思ったんだよね……忘れられていても無事なのか確かめたいって」


「……覚えていますよ」


 そうだといいと思う。


「うん……行こっか」


 エリュシオンが立ち上がるのを見てサファイアも彼の服に掴まる。


 約束の時間は修学院から帰ってくる時間。

 ペルシカリアの約束の地。


 転移をする為の魔法陣はいつもと紫色よりも少し赤みを帯びて紅水晶の様な色をしていた。

少し寄り道をしましょう。

書いていたらなんと寝ていました。

私、小学と中学が家から遠かったんです。

行きは遅刻してはいけないので毎朝最短の道を通っていましたが帰りは毎日違う道で帰っていました。

そう、遠いというのは選択肢があるのです。

そう思うと道のりは楽になるかも。


読んで頂きありがとうございました

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