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23 氷海で唄ったオルニス 17

 嬉しくて寂しくて悲しい。

 今日は気持ちが忙しい。

 膝に重みを感じてサファイアが顔を上げるとニュクスが見上げていた。

 アシェルと同じ乳白を帯びる青い瞳がやさしく見つめている。


「ニュクス……」


 彼の優しさに助けられる。

 サファイアは潤んでいた目を細めてニュクスの頭を撫でると彼は膝で丸まりくつろぎ始めた。


「カーバンクルって凄いね」


「何が凄いか知らないが、知能は高い方だからな」


 丸まっているニュクスを見下ろしてエリュシオンがアルフォンスの言葉を思い出した。


「そう言えば、結界使ったってアルフォンスが言ってた」


「まぁカーバンクルだからな。変異種だから他にも使える能力はあるかも知れない」


 ルシオが観察板を抱えてペンを軽く打ちつける音が気になる。

 サファイアがじっとりとした目でそれを見ると気づいたらしくルシオは手を止めた。

 そう言えば……

 ニュクスを撫でて自分を落ち着かせる。


「ルシオ様? 不審なカーバンクルはどうなったのですか?」


「あぁ。その話もあったな。出来れば一度連れてきて欲しいと思っていたんだが今は時間もないだろう?」


 ルシオは急いではいないと言うが拱いていたらどこかに行ってしまうかもしれない。

 サファイアは気になった。


「エリュシオン様!」


「えぇ……言ったじゃん時間ないって」


 振り返って自分の服を掴んだサファイアに見上げられエリュシオンは困った表情をしていた。


「うーん……」


 転移を使うという手もあるが、どうせ行くなら場所を覚えさせたい。でも、ユネクトリーネ大森林に行って帰ってくるにはどう急いでも二日。

 用事を済ませるなら三日間は欲しい所。


「もし、準備が早く済んだらでいいのです」


(あぁ、そういう事ね)


「考えてみるけど駄目だったら諦めてよ?」


 合理的。

 そこには自分の利益や体調などは含める事はない。

 それが心配だった。

 その為に自分がある程度は監視していく必要があるだろうとエリュシオンは思った。


「ありがとうございます」


 嬉しそうに笑うサファイアを見てエリュシオンは少し複雑な気持ちだった。

 サファイアの提案はカリスティオクリュシュタに行く為の準備を前倒しして王都を発ちついでに生体研究所に滞在するというもの。

 考えようによってはサファイアの体調を見てもらう事ができ、何しろ信頼できる環境で寝泊まりできるのは魅力的である。


「やだな、僕もうその気じゃん……」


「あはは」


「あはは」


「お前らエリュシオンみたいだぞ」


 アシェルとサファイアが声を出して笑うとアレクシスが嫌そうな顔をして言う。


「ちょっと、酷くない?」


「来る前に連絡してくれ」


 その様子を見てルシオが用紙にメモするとほくそ笑んだ。


「落ち着いたか?」


「あ、はい」


 サファイアが気持ちを持ち直したところで能力評価の続きが始まった。

 一枚、二枚と書類が出されると今度は何も指定はなく説明を受けて処理をするだけだった。その中には以前と同じようなものも含まれており説明を聞かなくても処理をすることが出来た。


「どう? 大丈夫?」


 十枚目になると少し受け答えにめんどくさくなる。


「…………」


「あれ……」


 エリュシオンがサファイアの顔を後ろから覗き込んだ。具合悪くはなさそうだが不機嫌そうに見える。


「まぁ、午前の疲れもあるんだろう」


 ルシオが無表情で机の上を見るサファイアを見て観察板に書き込んでいた。

 音がなくて退屈。

 サファイアは早く帰ってキサラが弾きたかった。

 アイギスの儀で唄う曲も考えたい。

 表情をむっすりとさせたサファイアが書類にサインをする。


「あ……」


「ん、終わった?」


「…………」


「すみません」


 エリュシオンが書類を覗き込んで吹き出すと笑い出した。


「ちょっと。これ見てよ」


 三人が覗き込むと苦笑いを浮かべた。

 ラフェーエル=イースデイルと言う人物から来ている手紙。

 内容は……

 タラッサにいる間、邸に滞在する事を了承しているもの。

 書かれていたのは『サファイア=R=バウスフィールド』の名前。

 本来書くべきエリュシオンの署名を間違えてしまった。


「これ、狙ってるでしょ?」


「狙っていませんよ」


「はいはい」


「エリュシオン様!」


 どんなに抗議しても聞いてもらえずサファイアは口を尖らせて不貞腐れていた。


「あれだな、集中力が切れてきたな。そろそろやめるか」


「あ、もう一つだけいい?」


 サファイアを下ろしてエリュシオンが立ち上がる。首を傾げているとエリュシオンがキサラを持ってきて座った。


「もう音階は覚えたよね?」


 サファイアは頷くと目を輝かせてエリュシオンの手元をじっとみていた。


「お? 弾くのか?」


「まぁね。サファイア覚えてくれる?」


 エリュシオンがそう言うよりも前からサファイアは無言で期待した表情で深く集中していた。


「なんか、そんな目で見られると照れますな」


 そう言ってエリュシオンは髭をなぞる仕草をした。


「冗談言ってないで早くやれ」


 だいぶ集中が深い。

 下手すれば気を失う事になるかも知れないとルシオは思った。


「…………」


「『ユーストマと家族』か。懐かしいな」


 エリュシオンがキサラを弾き始めるとすぐにアレクシスがニヤッと笑った。

 エミュリエールとは違う音色。

 色が広がって空間が彩られる感覚と切なさ。


(これは……)


 優しくて悲しい、諦めてしまった想い……

 皆んなが懐かしんで耳を傾ける中サファイアだけは痛くて仕方なかった。

 覗いてしまった罪悪感で我慢ができなくなると俯いてエリュシオンの手を止めた後目を閉じた。


「エリュシオン様。すみません……これは私には早すぎます」


 止めた手が震える。

 人の傷に関わるのが怖い。

 それはバウスフィールド家の過去を知りたくない理由だった。


「そっか……君には分かっちゃうんだね」


 エリュシオンがサファイアを見て悲しそうに笑っていた。


「どう言う事だ? これは家族をイメージした曲だろ?」


「感受性ということか」


「うん。サファイアはとてもそれが高いんだ」


 その事は去年から唄を聴いてきた人間には分かる。


「少し厄介だな」


「どうして? トラヴィティスには必要なものだよ?」


「サファイアはこれから彷徨の時期だからな」


 今で既に感情失禁が出ている。本格的な時期に入れば人の言葉や絵、文章でも感情が振り回される事になるだろう。

 人によっては心の病に陥る事だってある。


「うん、気にしておく」


「それで、結局今ので何を想像したんだよ」


「それは……」


 言いかけるとサファイアはエリュシオンを見上げてふるふると首を振っていた。

 サファイアの様子を見て頭を撫でる。


「秘密かな」


 エリュシオンは口の前で人差し指を立てるとそう言った。

 その後はなんの関係もない有名なキサラの曲を弾くと今度は集中して覚えており、サファイアにキサラを渡すと一度聴いただけなのに最後まで弾くことが出来ていた。


「んー……僕、こう言うの見たことある」


「彼の奇矯に似ているが、あれはもっと音寄りなものだ」





 その頃、自分の邸で一向に進まない執務を前にジェディディアがくしゃみをしていた。


「これは大変だ。悪い風邪かも知れないから安静にする事にする」


「またお前は……」


 父親のため息を聞きつつ部屋を出ると自分の部屋に行く途中でもう一度くしゃみをして鼻をさすった。


「…………」


 噂をされているなんて事は彼の思考にはない。

 半月後には氷上祭なのに風邪を拗らせては大変だ。

 ジェディディアは本気で心配してベッドに潜り込んだ。浮かぶのはエアロンの代わりに彼女が唄わないだろうかと言う事だった。




「あの。彼と言うのは?」


「ジェディディアだよ。彼には『絶対音感』という奇矯があってね」


 ルシオが『絶対音感』について説明するとサファイアの能力と似ていると言った。


「能力としてはだいぶ高い。ただ、彼のはもっと音に偏るんだ」


 顔を覚える事が出来ない人がいるように、ジェディディアは記憶力はあるのに文字が大の苦手だとルシオは言った。


「見ようによっては『絶対音感』でもいい気がするな……」


 ルシオはサファイアを見て顎を撫でていた。


「僕もそう思った」


「違うのか?」


 アシェルがそう言うとサファイアも首を傾げていた。


「『絶対音感』はその範囲からは逸脱しないからな」


 何日も前にやった書類をまるまる覚えている事やそこから考えて処理をする能力は『絶対音感』には存在しない。


「今使える能力が『絶対音感』に近いと言う事だよね?」


 こっくりとルシオは頷いた。

 違うのか?

 現にそう思う人物がいると言う事はそれでも通る。後は、本人達が気付かれないようにすれば良い。

 ルシオがペンで頬を軽く叩くときょとんとしているサファイアを見下ろした。


「ひとまず『絶対音感』という登録をしておくか?」


「うん。いいよ。表向きなんでしょ?」


「制御出来る様になるまではな」


「エリュシオン」


 アシェルがサファイアを指さすと瞼を重そうにしている。


「あらら。営業終了だね」


「だな」


 エリュシオンに抱えられいつもの感触に安心する。

 まとまったみたい。

 話をする二人をぼんやり見てサファイアはふにゃっと笑っていた。


「笑ってるぞ」


 アレクシスが顔を覗き込まれサファイアは服に顔を埋めて隠した。


「…………」


「ほら、やだって」


「うるせーな。早く連れて帰れよ」


「アレクシス、汚いぞ」


 そっぽを向かれたショックで言葉が乱れる。

 アシェルに指摘されてアレクシスはサファイアの髪に恐る恐る触った。


「行こうな。氷上祭」


 ニカッと笑うとサファイアも頭を上げて笑顔を返してくれた。




 いつもより早い時間に帰る事になりエリュシオンはケリュネイアに乗り邸に向かっていた。

 アルフォンスは食事が終わった後ニュクスを連れて帰ったらしい。

 たぶんキサラを弾いているあたりだろう。


「寝てる?」


 下を見て腕で丸まっているサファイアに話しかけると彼女はふるふると首を振った。

 朝と比べ暖かい気温。

 ちょうど西日が強くなる時間帯だ。

 傾ぐ陽が少しオレンジ色を帯びてサファイアの髪の色を変える。


 白とは不思議な色。

 何にも染められ、何にも影響がある。

 無くなってしまうようでそうではない。


 エリュシオンはサファイアをもう一度抱え直して見えてきた邸に向かう。


「君が署名したあの書類さ」


 そうだった。

 あの後エリュシオンはサファイアの署名の横に自分の名前を書き込みそのまま処理済みのところに置いていた。


「君の名前を書いてもらうつもりだったから驚いたんだよね」


「何故ですか?」


 邸の前に降り立つとアルフォンスとアニスが出迎えてくれた。


「続きは後でね。休んでおいで」


 エリュシオンがサファイアを下ろすとアニスがお辞儀をして彼女を連れて行こうとした。


「忘れちゃったというのはナシですよ?」


 一度振り返ったサファイアがそう言うとエリュシオンが渋い顔で笑う。


「分かった」


 その返事を聞いてサファイアはアニスについて行くと部屋で着替えをして夕食までの間眠る事にした。


「ニュクス」


 ニュクスもいつの間にか帰ってきていた。

 いつもの掛布。

 いつもの黒い毛並み。

 深く息を吐くと大きく吸い込むとサファイアはようやく安心でき目をつぶった。

毎日更新と言うのはいつの間にか追われている気になるものですね。

サファイアの奇矯はひとまず『絶対音感』と言う事になりました。

人の出す音って気になりませんか?

昔、舌打ちに激怒した事があるのですが、その他に貧乏ゆすりが気になってしまいます。

次は氷上祭の日程の話とイースデイル卿のついでに少し去年の事かな。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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