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20 氷海で唄ったオルニス 14

物語と共に日々を送る感覚

 口を開けるとルシオが喉をライトで照らしている。


「腫れは無いな」


 風邪はその気配すらなくなっていた。


「風邪が治ったのは何日も前です」


「なるほど」


 ルシオが腕を組みサファイアを見下ろした。


「能力の評価には特に魔力を使うわけでは無いから問題ないだろうが君は隠しておきたい訳ではないんだな?」


 サファイアは合わせた手の指先を見ていた。


「…………」


 ルシオを見上げるとしばらく考えた後口を開いた。


「それが……よく分からないんです」


 自分の事を知って欲しいと思う気持ちと知られたくない気持ち。

 視線を空中に彷徨わせてまた指先に止まる。


「……そうか」


「分からなくて……そういう時は頼れば良いとエリュシオン様とエミュリエール様に教えてもらいました」


「そうか」


 ルシオが穏やかな笑顔を浮かべていた。


「その為には知っておかないといけないと思うんです」


「……そうだな」


 信頼する人に委ねる為に必要な情報を与える事。

 サファイアは指先を眺めていた目を閉じると手を合わせて笑い声を零した。

 信頼できる人が自分には何人もいる。


「ふふ、私は幸せ者です」


 ルシオは複雑な心境の中サファイアを見下ろし服を着るのを手伝った。


「ルシオ様?」


「なんだ?」


「私がこんな事を言ってはおかしいのでしょうか?」


「…………」


 背中をボタンを留めてもらいスカートを整えると振り返って黙っているルシオを見上げていた。


「そんな事はない」


 その表情が傷ついているようで心配そうに見上げるとサファイアは姿勢を正してにっこりと微笑んだ。


「私はいざその時になって『やりたくない』なんて言いませんから安心してください」


 そう言うとルシオはサファイアの頭をぐしゃぐしゃと撫でて下を向かせた。


「やめてください!」


 大きな声を出してルシオの手を外すと、サファイアは乱れた髪を押さえてが整えていた。


「まだそれはいい」


「どうした!」


「あ……」


 サファイアの声を聞いて心配したエーヴリルが勢いよく扉を開けた。

 エーヴリルが見たのは穏やかな表情で髪を直しているサファイアと傷ついた表情をしているルシオ。


「なんなんだ」


 エーヴリルが自分達を見て不満そうに声を上げた。

 

 ほら。

 心配してくれる人がいる。

 サファイアがエーヴリルを見て嬉しそうに笑った。


「幸せ者でしょう?」


「少し恐ろしいな」


 ルシオの言った言葉にサファイアは首を傾げるとエーヴリルが不機嫌そうに自分の髪を整えてくれた。


「ルシオに虐められたら私に言え」


「エーヴリル。私は何もしていない……」


 腕を組んだルシオが理不尽な言われに抗議するとエーヴリルは何も答えなかった。

 少し可哀想な気もするが言うことを我慢が出来ない。

 サファイアは口を押さえてにこっと笑った。


「頼もしいです」


「勘弁してくれ」


 ルシオはそう言ってサファイアの小さな手を掴み薬室から連れ出した。


 向かう先はエリュシオンが先に行くと言った執務室。

 一人だったら迷ってしまうそこまでの道のりはルシオがいるお陰ですんなり到着した。

 ノックをして中に入る。


「来たな?」


 入ってすぐ見える机でアシェルが頬杖をついていた。


「おはようございます」


 サファイアは挨拶をしてきょろきょろと周りを見回した。

 アレクシスの机やエリュシオンの机にもこの前来た時にあった山積みの書類は見当たらない。


「どうしたの?」


 あるのはエリュシオンが持っている書類の束。それもこの前自分が処理したくらいの量。


「お仕事終わってしまったのですか?」


「いや、終わらせたんだよ。今日は君の『奇矯』を調べるのに専念したいからね」


 そう言うとエリュシオンは手に持っていた書類の束を扇いだ。


「そうだな。氷上祭に同伴してもらうには『奇矯』を知っておかないと何かあった時に困るからな」


 口を半分開けてサファイアは三人を見回す。

 エリュシオンも楽しそうだがアシェルも同じくらい楽しそうに笑っている。一人だけ黙って机に佇むアレクシスだけは納得のいかない表情を浮かべていた。


「アレクシスはそこに置いといてやってくれ。多分見ててくれるだろうから」


 アシェルがアレクシスを見ると苦笑いして頭の後ろを撫でていた。


「お前、往生際が悪いな」


 横に立つルシオを見上げるとアレクシスを見ている。


「……うるさい。俺は『アイギスの儀』なんて反対だ」


「表向きの事がなくちゃ立場上国王陛下だっていいとは言えないんだよ? アレクシスだって『一緒に行こうな』って言ってたじゃん」


「…………行くだけじゃないじゃないか」


 アレクシスが険しい表情でサファイアを見た。


「お前、ちゃんと知っているのか?」


 頷くように瞬きをする。


 『アイギスの儀』は海上で巨大な氷が溶けたり壊れたりしない様に浄化して強化する為に行われる。


 日が暮れて夜になってから行われるカリスティオクリュシュタの名物みたいなもので、三日間ある祭りの前夜から最終日の夜まで各国が手分けして行っているものだ。

 エミュリエールが言うにはかなり巨大なトラヴギマギアが必要だと言う事と平民落ちして無ければエアロンがする事になっていたらしい。

 計4回行われる『アイギスの儀』のうちフェガロフォトで行うのは祭り一日目と最終日の二回。最終日はアンセル国王陛下が行う事になっており、今回条件として提示されたのは一日目の儀式だ。


「はい。エミュリエール様から懇々と説明されました」


 アレクシスは俯いて頭を手で支え机の上で手を硬く握っていた。


「エミュリエールは何も言わなかったのか?」


 口に手を当てたサファイアは首を傾げると眉を寄せた。


「私では心許ないですかね……」


「違うだろ? お前、利用されているんだぞ?」


 それはエミュリエールにも言われている。

 アレクシスは決して自分とカリスティオクリュシュタに行きたくないと言う事ではない。

 エミュリエールと同じように心配なだけだ。


「私が王様の条件を利用しているんです」


 それでも行きたいから。


「お前……何を教えたんだ」


 火の粉が舞ってエリュシオンに降りかかる。

 突然話を振られて睨まれたエリュシオンが心外そうな表情を浮かべた。


「僕は何もしてないよ。だって話には入れてもらえなかったんだから」


 エリュシオンが火の粉をなんなく振り払った。

 サファイアはコクコクと頷いて同意するとアレクシスは手で目を覆って深くため息をついた。


「アレクシス。サファイアは言い出したら頑固だぞ?」


 ですよね。

 アシェルもやっぱりそう思っているらしい。

 でも彼に言われても不思議と嫌な気にならず寧ろ分かってもらえているのだと安心する。


 サファイアはアレクシスの机に手をついて身を乗り出すとじっと彼の顔を覗き込んだ。


「アレクシス様。私は貴方が拒むと言うならエミュリエール様やエーヴリル様にもお願いしちゃいます」


「ちょっと待て。なんでそこにエーヴリルが出てくる?」


 アレクシスも意外と頑固者だ。

 彼は子供とはこうあるべきと言うのがあるのだろう。

 ………

 少し罪悪感もあるが出来るものは利用して押し進めるしかない。


「それでも駄目なら王様直々に勅命を受けてください」


「な……」


「それでも駄目なら私はいなくなっちゃいます」


 蒼い瞳が強く力を持つ。

 品性のかけらもないごり押し……


(すみません。アレクシス様)


 彼の目をじっと見たまま訴えるとアレクシスはこの時期なのに顳顬からから汗一筋流していた。


「そんなの駄目!」


「アレクシス!」


「…………」


 後ろでエリュシオンが立ち上がる音が聞こえる。

 いなくなるなんて嘘もいいところだ。

 そんなつもりはない。

 これで駄目なら折れようとサファイアは思っていた。


「もう、分かった。そんな目で見るな」


 突然顔ごと頭を掴まれて前が見えなくなった。


(あれ?)


 どうやら折れたのはアレクシスの方だったらしい。彼を見るとまだ口をむず痒そうに震わせた後、諦めたように息を吐いた。


 アレクシスを納得させてようやく能力の評価を始める。エリュシオンは持っていた書類の束を捲って音を出していた。


「これ、この間君がやった書類ね。ちょっと質問するから答えて」


「あの」


「ん?」


 エリュシオンの机を見てこのサファイアは前来た時のことを思い出す。


「ここに座らせてもらってもいいですか?」


「あはは。やる気だね」


 エリュシオンがカラカラと笑って立ち上がるとサファイアに席を譲った。


「後、アシェル殿下もこの前のようにここに立ってもらえますか?」


「こうか?」


 そう言うとアシェルも机まで来て寄りかかる。

 その時の状況と近い状態にする方が思い出しやすい。

 ルシオとエリュシオンは机の脇に椅子を用意してもらって座っている。

 視界には入らない。

 サファイアはインクはつけずに羽根ペンを持つとエリュシオンを見上げて頷いた。


「じゃ、始めるね」


「はい……」


 意識を集中させると目の前にアシェルが見えるのに自分とエリュシオンの声だけが存在する世界になり口数が極端に減り始めた。


「この前僕が居なくなってから置いてあった書類は何枚あった?」


 サファイアは目を細めて手に持つペンの羽根を揺らした。

 確か……


「37枚」


「じゃあ次ね」


 あっているのかどうかというのは教えてもらえずエリュシオンはすぐに次の質問へと移った。


「アシェルの縁談の手紙は何通あった?」


 縁談のはあそこに置いてあったもの。

 サファイアはアシェルが手を置いている場所に目をやると一度目をつぶって記憶の映像を呼び起こした。


「8通です」


「オッケー。次は処理が出来なかった書類は何枚?」


 目をつぶったまま記憶を辿る。

 口で息をするように少しだけ開ける。


「12枚」


「じゃあその書類の内容を教えて」


 質問を変えてきた気もしたが言われた通り、あの時重ねていった順に内容を述べていくと目の前で急に手が叩かれて集中が途切れた。


「待った」


 手を叩いたのはアシェルだった。彼は少し眉を顰めておりサファイアは不安そうにアシェルを見上げる。


「何かしてしまいましたか?」


「どうしたの?」


「…………」


 アシェルは不安そうに自分をみるサファイアの視線を無言で返す。

 近い位置にいる分、彼女の異常な集中力を感じる。その集中力に対して質問の内容が不相応な気がしてならなかった。


「俺に届いた縁談の令嬢の名前順番どおりに全部答えてみろ」


 サファイアがアシェルに言われてすらすらと令嬢の名前を答えると部屋にいたアシェル以外の全員が驚いた表情を浮かべた。


「誤字があっただろ? 誰でどんな言葉だった?」


「神が紙になってましたね。シャール=バーミュトン様です」


「…………」


 

「最後の質問だ。三人目の令嬢は何をしに来いと書いてあった?」


 きょとんとした顔でサファイアがアシェルを見上げていた。


「どうした?」


「いえ、他のと比べて随分簡単な質問だったので」


 答えは集中しなくても覚えている。理由はとても印象的だったから。

 アシェルが誘いを受けるなら連れていって欲しいくらい魅力的な内容。


「冬季休暇中にドラゴンの赤ちゃんを見に行きませんかと書いてありました」


「その通りだ」


 自分を見下ろしたアシェルが讃えるように笑うとサファイアもにこっと笑みを返した。


「どうだ?」


 ルシオが隣にいるエリュシオンの手元を覗いて確認をする。


「10割だよ」


 エリュシオンは目を閉じて肩を竦めるとルシオが仏頂面で観察板に書き込んでいた。


「アシェルはなんで途中で止めたの?」


「サファイアの集中力に対して質問が簡単過ぎると思った。それに、息が上がって来てる」


 時間的にな制限があるなら、質問を難しくしなければ勿体ない。

 現に少しぼーっとし始めているサファイアをアシェルは眺めて思っていた。


「そうなの?」


 立ち上がったルシオは何も言わずにサファイアの背中に手を当てる。確かに息が上がり体の熱が上がっていた。


「よく分かりましたね。アシェル殿下」


「ここにいたからな」


 机に座り足を組んだアシェルはルシオにそう言われて眉を下げて笑むと自分の頭を撫でていた。


「どうだ?」


 ルシオが屈んで自分を覗き込む。

 どうだろう?

 サファイアは口に手を当て首をかしげて止まっていた。


「…………」


「…………」


 止まっているサファイアを見てルシオは観察板に何かを書いて息を吐いた。


「一度休ませた方が良さそうだ」


「そっか」


 昼食までにはまだ早い時間。

 ウェスキニーがお茶とお菓子を運んで来ると続きをする前に一度休憩挟む事になった。

今日は美容院で書いています。

昨日は頭が痛かったので寝てしまいました。


今日は元気です。


さて、騎士団執務室での話しは少し続きます。カリスティオクリュシュタに行けるのはまだまだ先になりそうです。

予定では12月入ってからカリスティオクリュシュタでの話になる予定となっています。

各地で修正を行い始めました。

よろしくお願いします


今日も読んで頂きありがとうございました。

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