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19 氷海で唄ったオルニス 13

 朝の支度をして扉を開けるとエリュシオンが立っており、サファイアは驚いて思わず飛び退いた。


「ちょっと……酷くない?」


「まさかいると思わなかったので驚いたんです」


 昨日のことを引きずっているのか少し不機嫌そうだ。


「どうしたのですか?」


「どうしたのって呼びに来たんだよ。だって……」


 口を尖らせた言うサファイアを見てエリュシオンも同じように口を尖らせた。


「ちゃんと自分の部屋で寝ましたよ」


 鼻から息を吐いてサファイアが腰に手を当てた。


「なんで? 昨日兄上の所で寝るって言ってたじゃん」


 エリュシオンは腕を組んで不貞腐れたようにサファイアを見下ろした。


「エリュシオン様が『蹴られちゃえ』と言い捨てて言ったのではないですか」


 確かに自分は頭と足が逆になる事もよくある。

 寝相がいいとは言わない。

 でもいいうふうにエリュシオンから言い捨てられて少し傷ついた。


「私はもう誰とも寝ませんよ……」


「…………」


 黙ったエリュシオンが罰が悪そうにボソッと言葉を零すとサファイアは目を閉じて気持ちを落ち着かせた。


「怒ってはいません」


 それにエミュリエール様だって……


「昨日はなんの話をしたの?」


 目を開けるとエリュシオンが顔を覗き込んでいた。


「アイギスの儀について教えてもらいました」


「それだけ?」


 口を半開きにしてエリュシオンの顔を見る。

 よほどその後の話が気になるようだ。


「エミュリエール様はどう言うものか知った上でやると言うなら仕方ないと言っていました」


「そっか、やっぱり兄上も」


「それは違うぞ? エリュシオン」


 急に機嫌が良くなったエリュシオンは口に手を当てて笑っていると、隣の部屋から出てきたエミュリエールが口を挟んだ。


「違うってどう言う事?」


「私もあの時は苦労してたからな」


「あの時?」


 そのやり取りを聞いていたサファイアは目を釣り上げてエミュリエールを見ている。


「エリュシオン様行きましょう」


 一体何があったのか。

 エリュシオンがそう思っているとサファイアはそっぽを向いて自分の手を掴んで引っ張った。


「兄上何したの? 怒ってるじゃん」


「怒ってません」


 前を歩いていくサファイアの後ろ姿を眺めてため息をつくと後ろで笑いを堪える兄と微笑ましく見ているアルフォンスがついて来ておりもうエリュシオンはもう一度ため息をついた。


 食事が始まるとサファイアが大好きなメリをパンとヤウルティにかけてから気が済んだように口を開いた。


「……エミュリエール様が酷いんです」


「ははは。そうだな私が酷い」


 エミュリエールは手を拭いていた動作を止めるとブツっと言ったサファイアの言葉に笑い声を上げた。


「何されたの?」


 あまりに不機嫌なサファイアの様子に心配になりエリュシオンはまだ食事を始めていなかった。


「枕にされそうになりました」


「枕に?」


 エリュシオンの頭にエミュリエールの頭に敷かれるサファイアの姿が浮かんだ。

 それは……


「エリュシオン、多分それは違う」


 枕は枕でもエミュリエールが言ったのは『抱き枕』の事だった。去年の討伐の後孤児院に戻るまでの間、一緒に寝ることが多かったエミュリエールは寝相が悪いサファイアに頭を悩ませそして考えた。

 動きを制限してしまえば良いと。


「抱き枕……」


 エリュシオンはようやくカトラリーを持って腸詰を切っていた手をまた止めた。


「ははは。今の時期なら暖も取れて一石二鳥だと言ったら怒って部屋に帰ってしまったんだ」


 それは確かに酷い。


「兄上……」

 

 兄の発想を逆転させた考えに呆れたものの、エリュシオンは少しだけ安心して微笑む。

 落ち着いて食事を進め始めると目の前に座ったサファイアが一生懸命食べている姿が気になった。


「もっとゆっくり食べなよ」


「でも、今日から忙しいのでしょう?」


 彼女も彼女なりに気合を入れているようだ。

 いつも食べ終わるのが遅いサファイアは執務に行く頃にようやく食べ終わる。


「置いて行ったりしないから大丈夫だよ」


「でも……」


 せかせかと食べているとサファイアは果汁を飲み込もうとしてむせこみ始めた。


「ほら、もう」


 エリュシオンに渡されたフキンで口を押さえると咳き込みながら目に涙を浮かべ、アルフォンスが背中をさすっていた。

 咳がおさまってからゆっくり息を吸い込むと前にも同じような事があったと思い出した。


「落ち着きましたか?」


「ありがとうございます。アルフォンス」


 フキンで口を押さえたサファイアは恥ずかしそうにアルフォンスを見上げると彼は微笑んで背中の手を離した。

 こうなってからいつも反省する。


「人間は繰り返すものだな」


 エミュリエールは思い出したかのように笑うとサファイアが恨めしそうに彼を見た。


「気をつけてよ?」


 エリュシオンに念を押され頷くとサファイアはまたゆっくり食事を取り始めた。


 結局、邸を出発したのはいつもより少し遅い時間だった。

 ケリュネイアに乗せてもらい空に舞い上がるとしばらく外に出てない間に気温が低くなり外套で身を包み体を震わせた。

 年末からの寒さと比べたらまだ全然寒くはないのにまるで凍るような寒さだ。


「ヴロヒユーロス」


 エリュシオンが呪いを唱えると冷たい風が遮られる。


「冬のクリオつけてくればよかったな」


 サファイアを掴むエリュシオンの手が冷たい。


「寒くなりましたね」


「そうだね」


 地上に広がる木々が枝をあらわにして寒々しい。


「私はまだ服に施しをしなくてもいいですよ」


「えぇ。寒いじゃん」


 大人はそうなのかもしれない。

 でも自分はクリオというものを付けない生活を送ってきた。

 目の覚めるような寒い空気。

 水を触って悴む手。

 季節は全身で感じるもの。

 無くしてしまうのが勿体ない気がした。


「今はいいけど、タラッサに行く時は駄目だよ?」


 その言葉に安心してサファイアは景色を見て嬉しそうに笑った。


「それはお任せします」


 澄んだ空気と澄んだ空。

 景色が一望できる。


「私は空を飛ぶのが好きです」


 遠くに見えていた目的の地が近づくと何があるだろうと胸を膨らませる。


「それはよかったね」


 エリュシオンが得意げに笑ってケリュネイアを操ると高々と飛び上がって急降下した。


「ふぁぁぁぁ!」


 落ちないようにエリュシオンがしっかりサファイアを掴み何か打ち上げると降りた先で星が降った。


「ふぉぉぉ」


 何色にもなる優しい色合いの星。

 サファイアが目を輝かせ手を出して降り注ぐ星を掴もうとしていた。


「あのさ。もうちょっと可愛い声をあげられないの?」


 エリュシオンは呆れた表情をしていた。


「仕方ないじゃないですか」


 別に可愛いと思われたいわけではない。

 落ちた星が手のひらで転がって落ちていく感覚がくすぐったかった。


「あはは。ただの娯楽様の魔術だよ」


 朝なのに星が降る。

 カラカラと笑ってそう言うとエリュシオンは踊るようにケリュネイアを走らせていった。



「なんだあれ」


 騎士団の執務室で空を見たアレクシスが指差すとアシェルが窓の外を覗いてニヤッと笑った。


「遊んでるな」


 星が降っている。

 一人で来るならそんな事はしない。


「今日は間違いなく連れてきているな」


「なるほど」


 アレクシスが腕を組んで眺めていると同じ頃同じ頃ルシオも空を見て笑っていた。



 着いたらすぐ薬室でルシオと待ち合わせをしている。能力を評価する前に体調不良がないか診察をするためだ。


「おはよ。二人とも」


「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」


 エリュシオンの後をついて薬室に来るとサファイアはルシオとエーヴリルに挨拶をした。


「おはよう」


「おはよう。大丈夫だ。早速始めよう」


 ルシオは腰を上げると診察のために奥の部屋へ入って行った。

 ルシオについていくサファイアの後にエリュシオンがいる事に気づくと彼は眉を上げた。


「お前も来るのか?」


「そうだけど?」


 当たり前のように言ったエリュシオンを見てルシオが口を開けるとサファイアを見た。


「私は構いませんよ?」


「脱がすけどいいんだな」


「え……」


 ルシオに扉を閉められたエリュシオンが慌てた。


「ちょっと待って。脱がすの?」


「当たり前だろう。計測するんだから」


 特に躊躇う様子もなくサファイアの背中のボタンを外し始めたルシオは袖から彼女の腕を抜いていた。


「待って!」


 慌ててノブを掴んだエリュシオンが扉を開ける。


「僕先に執務室行ってるから終わったら連れてきて!」


 エリュシオンかわ扉を閉めて行ってしまうとルシオがその様子を見て笑っていた。


「可愛いところもあるもんだ」


「ルシオ様が言うエリュシオン様は違う人に聞こえます」


 サファイアの服を脱がせるとルシオはベッドの上に広げて置いた。


「だいぶ年が離れているからな。少しじっとしててくれ」


 頭に手を乗せるとそこから背を通って踵まで掌でなぞった。足下に魔法陣が浮かび上がると数字が現れてルシオが書き取っていた。


「………少しは増えてる」


「…………」


 122センチ、19キログラム

 黙りがちに言ったルシオを見上げてサファイアは首を傾げた。


「小さい方なのでしょうか?」


 今までいた環境ではあまり小さい事は目立たなかったのかもしれない。これから修学院に行き、年を重ねる事で成長の遅れが目立つことになるだろう。


「あぁ。今で二.三歳の遅れがある」


「…………」


 俯いて眉を寄せているサファイアを自分の方に向かせるとルシオは耳の下と下の瞼を確認して軽くお腹を押した。


「今はまだ問題にはならない」


 その言葉を聞いてサファイアは小さく頷いた。


「君は、今の生活が気に入っているんだな」


 そう、自分は気に入っているのだ。

 サファイアは口許に笑みを浮かべると胸の前で両手を重ねる。


「ここにいたい」


 目を閉じて祈るように呟く。

 ルシオが立ち上がって最後に魔力の量を計測していた。彼を見上げると少し微笑み安心しているのが分かった。


「少し魔力が減っているな……何かしたのか?」


 目を大きく開けて両手で口を覆うとサファイアは目を逸らす。


「…………すみません」


「どうした?」


「魔石を作ったので」


 その事はエミュリエールからも聞いており知っている。でもそれ以外の事で魔力が使われている形跡があった。


「おい。まさか……」


「エリュシオン様からはとても怒られてしまいました」


 サファイアは自分がどうしようもなく嫌になって二つ目の魔石を作った事やエリュシオンがその状況から助けてくれた事をルシオに打ち明けると、彼は額に手を当てて言葉をなくしていた。


「…………君は、馬鹿だろう?」


「そんな事を言われても……」


 あの時は自分の存在価値を見出したくて我慢ができなかった。


「君は水涸れというものは知っているんだろう?」


 ルシオがパティシスというものについて説明をしだすと魔石を作る魔力の計算式を言い始め、しまいには一刻でどれくらい魔力が回復するのかを懇々と聞かされる。


「分かったか?」


 退屈そうに聞いていたサファイアはルシオに両肩を掴まれて彼を見上げた。


「分かりませんよ……」


 その答えにルシオは深くため息をついていた。

一日は4千字では終わりませんでした。

続きは後日。


星を降らす魔術は修学院の学生達が流行りで習得している魔術です。

主に学院祭などで使われるこの魔術をエリュシオンは自分用に色がつくように改造しました。本来は薄い黄色の星が降るものとなっています。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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