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13 氷海で唄ったオルニス 7

些細だと思っていた事は相手にとってそうではないかもしれない。

 色々書き込んだ予定表をテーブルに広げたまま寝付けなくて秘密基地に置いてあったキサラを持ってくると記憶を辿って手入れを始めてみた。

 手入れをしていると昔の事を思い出す。

 自分は唄が上手くなくて兄の為によくキサラを弾いていた。

 エリュシオンは錆びついた弦を取り替えて丁寧に汚れを拭いた後、感覚で糸巻を回して指で弦を弾いた。

 弾くことができてもこの音合わせが苦手でよくエミュリエールに手伝ってもらっていた。

 ポロンと音を出し遠くを見ると空に太くなって来た三日月が見える。

 不恰好なその月は前から好きになれなかった。

 曲を弾くわけでもなく低い音を適当に選んで弾いた音が眠気を誘う。

 エリュシオンはぼんやりと今日あった事を思い起こしてため息を吐いた。

 思えばサファイアを養子に入れる前、自分は彼女を利用するとはっきり言っている。


(そりゃあ。警戒もする……)


 野生の獣と同じように築かれたと思っていた関係は些細なことで簡単に壊れる。

 自分もそうやって警戒してきたからこそサファイアの気持ちはよくわかった。


「…………」


 沈んだ気持ちのままベッドに入ると寒くて部屋の温度を上げた。それでも中々暖まらない掛布。

 眠りに落ちたのはそれからだいぶ経ってからだった。


 次の日になってもサファイアは姿を現さなかった。


「あの子のちゃんと食べてるの?」


 唯一会っているというアルフォンスに確認する。


「食べておられますよ。少し考える時間が欲しいのではないでしょうか?」


 課題のことや能力を把握することもそのままになっていた。カリスティオクリュシュタに行く為に書いていた紙はまとめて机に置いたままになっている。

 考える?

 なにを?

 聞きたい事を知りにサファイアの部屋に行くとノブを掴む手が弾かれる。ご丁寧に結界が敷かれていた。


「…………」


『いつでも拒絶できる』


 そう言われたかのようにエリュシオンが扉の前で立ち止まっていると隣部屋からエミュリエールが出てきた。


「おはよう。出てこないのか?」


 エリュシオンは頷くと困ったように笑った。


「結界が」


「………相変わらず頑固だな。少しそっとしておくといい」


 そう言うとエミュリエールはエリュシオンを連れて朝食を摂りに向かった。


 秘密基地に来て休みの間に作ろうと思ったものの作業に取りかかる。もしかしたら渡せることもなく屋敷を去ってしまうかもしれない。

 その気持ちは一旦おき作業に没頭すると気づいたらもう夕方になっていた。


 次の日もサファイアは部屋から出てくる様子はなかった。アルフォンスによれば外には少し出かけているらしい。

 会わないのはサファイアに避けられているからだ。

 魔術を教えていて思っていたことは異国の術式ではあったが殆どの魔術が使えると言うことだった。

 いつだって消えることは可能なのにそうしないのはただ契約があるから。

 着替えるたびにチラつく刻印をエリュシオンは恨めしそうに眺める。

 その日も魔道具作りの作業に没頭して一日が終わると夕食でエミュリエールに相談する事にした。


「あの子はまだ籠ってるのか?」


「うん。話なんか出来なくて。困ったな……」


 明日から執務が始まる。

 サファイアを怒らせてこんな状況である事が知られれば……


「…………」


 不安を顔にしたエリュシオンを見たエミュリエールが無言で食事を進める。

 珍しくエミュリエールは眉間に皺を寄せていた。


「兄上、もしかして怒ってる?」


「お前にじゃない」


「…………」


 普段温厚なエミュリエールは怒ると相当怖い。


「……ちょっと。やめてよね」


「邸を壊したりはしない」


(やっぱり……)


 エミュリエールとサファイアが魔術で本気にぶつかり合うような事があれば邸が吹っ飛びかねない。


「落ち着いて? ね?」


 エリュシオンは両手を前に出してひらひら振るとエミュリエールを宥めたが兄は否定も肯定もしなかった。


 相変わらず冷たいベッドに入ると明日の事を考えてエリュシオンは憂鬱になった。




 朝になりサファイアが今日も出てこない事を確認すると支度をして久しぶりにケリュネイアに乗りエリュシオンは城に向かった。

 執務室に入りアシェルとアレクシスを見て挨拶すると机についた。

 それを目で追っていたアシェルが手を止める。


「サファイアは? まだ治ってないのか?」


「いや……風邪は治ったと思うんだけど」


 アシェルが眉を上げてアレクシスを見るとまたエリュシオンを見た。


「怒らせちゃって……」


「おこ……」


 アレクシスは口を押さえて青い顔をしていた。

 何度か怒りで暴走しているサファイアを見ているアレクシスは何かを想像したらしい。


「いや暴走とかじゃないから」


 手を振ってエリュシオンは二人に説明した。


「あー……それはあいつの逆鱗に触れたかもなぁ」


 腕を組みアシェルは苦笑いしていた。


「兄上には少し放っておけと言われたんだけどさすがに四日にもなると気にもするよね……」


 少し参っているエリュシオンを前に二人は言葉が出て来なかった。


「…………」


 四日は少し長い。


「本当なのか?」


 この部屋では聴きなれない声がして振り向くとルシオが扉を開けていた。


「あ……」


 サファイアの事ですっかり忘れていた。

 今日はサファイアを連れて来てここで診察と能力の評価をする事になっていた。

 保護の対象になるかもしれない。こんな自分の契約魔術、国の前では何の役にもならないだろう。


「…………」


 エリュシオンは頭を抱えて黙ると観念したように「本当だよ」と、ぽつりと言った。


「…………」


「お前でも彼女の扱いにたじろいだりするんだな」


 ルシオが嫌な笑いを浮かべて立ち上がるとエリュシオンを見下ろした。

 苛立ちが込み上げる。

 勢いよく立ち上がったエリュシオンがルシオに掴みかかろうとしたのでアレクシスが慌てて止めようとした。


「おい!」


 ルシオが煽るようなこと言うなんて珍しかった。


「離せ……。お前ひどい顔してるな。ちゃんと寝てるのか?」


「うるさいなぁ!」


「やめろ!」


 大きな声を出して掴みかかったエリュシオンの手を離そうとしてアレクシスが腕を掴むとルシオはエリュシオンに小さな箱を差し出した。


「来る途中でエミュリエールにあった」


「…………」


 それをエリュシオンに持たせるとルシオは掴んでいた手を外す。


「『きつく叱ったから落ち込んでいる』と言っていたな」


 ルシオが自分の胸のさがりからペンを引き抜いてエリュシオンの袖に差し込む。


「嘘でしょ……?」


 ルシオが血相を変えたエリュシオンの足元に魔法陣を出して「ルスターク」と言うとエリュシオンはそのまま強制送還されてしまった。


「寝不足だ。今日は返した方がいい」


 腕を組んで言ったルシオを見てアレクシスが頭を押さえる。


「乱暴な……」


 前にエリュシオンはエミュリエールが飴で自分は鞭だと言っていた。


「鞭はエミュリエールの方だったな」


 アシェルは机に手をつき辛うじて笑顔を浮かべてた。




 今日も朝が来る。

 具合は悪くない

 溜め息をついてサファイアは体を起こした。

 昨日の夜の夜に見た月はもうほとんど半月だった。薄い黄色の光が強くなり見られているようで、サファイアは月明かりにら照らされないように壁に寄り膝を抱えて目を閉じた。


 エリュシオンはなんて思っているのか少しだけ気になった。全く気にもせず今日からはじまる仕事に向かうのかもしれない。

 ぐるぐると回って元に戻る。

 言われた事が腑に落ちないままもう四日も過ぎていた。

 頑固だと言われることが多い。

 確かにそうかもしれない。

 だって気持ちはやっぱり変わらないから。


 サファイアが部屋で食事を摂ったあとアルフォンスが片付けてに来ていた。

 彼は何も聞いてこないし自分も何も聞かない。

 このバウスフィールド家に優秀で忠実な執事である。


「何かあったらお呼びください。失礼します」


 アルフォンスがサファイアの部屋を出ると既に出かけているはずのエミュリエールが廊下を歩いて来た。

 手には紙束を持っていた。


「エミュリエール様、まだお出かけになってらっしゃらなかったのですか?」


「あぁ。少しサファイアと話をしようかと思って」


 アルフォンスの肌がひりつく。


「その扉には結界が……」


 青い顔をしてエミュリエールに声をかけると彼はそんな事などお構いなしにノブを掴み魔力を干渉させて結界を壊しにかかっていた。



 部屋の中で異変に気づいたサファイアは窓際に寄って扉を見ていた。

 扉が軋んだ音を立て、結界にヒビが入っていく。


(エリュシオン様?)


 違う。

 彼はこんな荒い魔術の使い方をしない。

 だったら思い当たるのは一人しかいなかった。


 硝子が割れるような音が響く。

 結界を破って扉を荒く開けたのはエミュリエールだった。

 入ってきた彼はどう見ても怒っている。

 テーブルに紙束を放り投げると紙が散った。


「そこに座りなさい」


 血の気が引く。

 成人洗礼の日を思い出し両手を握りしめてサファイアは体を震え上がらせた。

 怖い……


「早く座れ」


 恐怖で動けないでいることもお構いなしにエミュリエールはもう一度言った。

 いつ怒鳴ってもおかしくないのに口調は静かだ。


「…………」


 サファイアが恐る恐る足を出すと強く手を掴まれて引っ張られ関節と骨が悲鳴を上げた。

 痛い。

 その言葉は目の前の彼への恐怖で口から出す事は出来なかった。


 椅子に投げつけられるように座らされるとサファイアは表情を凍りつかせて腕を組み怖い顔で見下ろすエミュリエールを見上げた。


「読んだら教えろ」


 顎でテーブルの上を指すとエミュリエールは腕を組んだままの姿勢で動かなかった。


 紙を一枚とり読んでみる。

 タラッサへ向かう為の日程と時間。移動手段が書かれている。どこに滞在しどの時間帯で祭りに行くか、細かなことまで書かれていた。


「……カリスティオクリュシュタはタラッサであるお祭りですか?」


 紙を眺めてサファイアは言葉を漏らしていた。


「そうだ」


 もう一つ取って読む。

 必要な買うものについての予算。2枚になっていて着る物やついていく人の名前と報酬として渡す金額が書かれている。


 次に取った紙は3枚にわたる催しに対しずらりと羅列されており唄と氷の上を滑る遊び、フェンリルの騎乗体験に丸がつけられている。


 国王と書かれた紙に考えてつけたような点が何個もつけられていた。


「…………」


 憂いを帯びた目でその点を眺める。


 これは自分の為に書かれている物……


「いいか? 君は望んでいなくてもバウスフィールドという貴族になったんだ。これを見て何を思う?」


 カリスティオクリュシュタに連れて行くと言った約束を守る為にエリュシオンはとても考えてくれていたという事。


「…………」


「はっきり言えば、君がこれに行くことは危険因子が多くて国から止められる」


 それをどうにかして連れて行けるようにとエリュシオンは考えていた。


「君が認めていない者に魔石を授けたくないという事は分からないでもない」


「…………」


「だったら何もしないで黙っていないで妥協案を考えるべきだろう? 話もさせないなど……卑怯だ」


 卑怯……妥協案。

 涙を溜めていた目から雫が落ちる。


「信頼する者に託して示せ。君はまだここに居たいんだろう?」


 サファイアは紙の束を抱きしめて涙を落とすように目を閉じた。


 自分はまだここに居たい。


「…………はい」


 エミュリエールが言っていることは自分が起こしている今の状況がここには居れなくなるということだとサファイアは理解した。


「手紙を届けてもらえますか?」


 サファイアは涙をぽろぽろ零しながら立ち上がってペンを取る。


「承ろう」


 サファイアは手紙を書くと小さな箱と共にエミュリエールに渡す。

 エミュリエールは言葉の代わりに頭をぽんぽんと二回軽く叩くと何も言わずに部屋から出て行った。

早く仲直りできるといいね。

その為のエミュリエールの行動。

適材適所。

私はこの言葉が大好きです。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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