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11 氷上で唄ったオルニス 5

話せなくなって感じる言葉の大事さ。

風邪で感じた事はありませんか?

五感を持ち合わせているだけで十分である気がします。

 その晩は夜5の刻頃にサファイアが起きてスープを少し飲むともう一度寝てしまった。

 寝床をとられてしまったエリュシオンは横たわったサファイアに見つめられて自分のベッドに行くように言えなくなった。

 幼く見えても一応10歳を超えている。

 抱っこをする分にはいいが流石に一緒の布団で眠るのは少し抵抗があった。


「こういう時は良いかと思いますよ」


 アルフォンスが躊躇っているエリュシオンの背中を押すように静かに言った。


「………仕方ないなぁ」


 それならいいか……

 温かい。

 布団に潜り込んで感じる人の温もり。

 具合が悪いと心細くなるのかすり寄ってきたサファイアの頭を撫でているとエリュシオンは信じられないほどすんなり眠っていた。




 暑い。

 暑い。

 暑くて目が覚めたエリュシオンは起き上がって横にサファイアがいる事を思い出した。

 首を触り熱がまた上がってきていることに気づく。

 喉が渇いてベッドから出ると水を飲んで熱冷ましの小瓶を眺めた。


「エリュシオン様」


 小声でアルフォンスが部屋にそっと入ってきた。


「よく気づいたね」


 迷っているところで聞ける相手がいて安堵する。

 アルフォンスは今日、隣の部屋で休むことにしたらしい。


「また熱があがってきてるみたいだけど飲ませた方がいいのかな?」


 眠っているサファイアを眺めるとアルフォンスは首を振った。


「熱で眠れないと言うわけではないので頭を冷やす程度でよろしいかと」


 体の防衛機能である為、熱があるからと言って下げる必要がないと言うのはアルフォンスから随分前に聞いた事を思い出した。

 エリュシオンが息を吐いて部屋を見回す。


(この部屋こんなに暑かったっけ?)


「暑いですか?」


「うんちょっと。僕もしかして熱ある?」


「失礼します」


 声をかけて首を触ったアルフォンスがにこっと笑った。


「大丈夫です。この部屋はだいぶ暖かくしているので少し温度を下げますね」


 少し経って室温が下がってくるとようやくベッドに入る。横を向いて眠っているサファイアの寝顔を眺めて天井を眺めた。

 思えば自分もこうやって熱を出すなんて昔はしょっちゅうだった。ここしばらく過去を振り返らずに過ごしてきた。

 いつも誰かがいていつも看病してくれた。

 それを看る立場になっている自分が不思議だったが、親になると言うことはこう言うことなんだとエリュシオンは何となく腑に落ちた。

 横を向いて手の甲でサファイアの頬を撫でると小さくて熱い手で掴まれ、また目を閉じることにした。



 寝つきが良い方ではない。

 しかも夜中に一度起きている。

 にも関わらず朝起きた時は不思議な事にすっきりとしていた。

 エリュシオンが隣でまだ眠るサファイアに触るとだいぶ下がったようだった。


「おはようございます」


 ベッドから出てサファイアに掛布をかけ直しているとアルフォンスが洗顔用の水を持ってやって来た。


「おはよ」


「どうですか?」


 置かれたボウルで顔を洗っているとアルフォンスがタオルを差し出す。


「うん、少し下がったみたい」


 顔を拭きながら答えるとエリュシオンはタオルを椅子の背もたれにかけた。


「子供の風邪は治るのが早いですから」


「僕の時もそうだった?」


 アルフォンスが笑いを零すと椅子に服を置いて背もたれにかけたタオルを手に取りたたんでいた。


「どちらかと言えばサファイア様の方がずっと健康的ですね」


「えぇ……」


 確かに自分は病弱だと言われていたがこんなひ弱そうな彼女よりもと言われるとエリュシオンは少しショックだった。

 着替えているとエミュリエールがやってきたので急いで終わらせ部屋に招き入れる。

 エミュリエールの肩に乗っていたニュクスが飛び降りて素早くベッドで丸まった。


「おはよ」


「おはよう。どうだ?」


 カーバンクルは暑さに弱い。

 高熱だったサファイアに近づくことが出来ず一晩放置されてエミュリエールの肩に飛び乗って来たらしい。


「うん、だいぶ下がったよ」


 エミュリエールも何かを思い出したように笑いを零すとベッドの前で屈んでサファイアを撫でていた。


「さすがに下町育ちは逞しいな」


「僕と比べないでよ……」


 エリュシオンが口を尖らせると撫でられた刺激でサファイアがもぞもぞと動いた。


「待って……イリョス……」


 イリョス?

 ニュクスが耳を立てる。

 三人顔を見合わすとアルフォンス首を横に振った。

 昨日よりは声になっているが相変わらず掠れている。寝言を言って眠ったままサファイアは楽しそうに声を上げて笑っていた。


「これは食べられないよ……」


 何の夢を見ているのか?

 人の寝言なんて初めて聞く。

 その様子が回復を予期しているかのようで三人は安心して笑いを零していた。

 特にエリュシオンはツボにはまってしまったらしくいつまでも声を殺して笑っていた。


「眠りが浅いのでもうそろそろ起きますね」


「あはは。そうなんだ」


 人の睡眠には周期があるらしい。

 アルフォンスは「あまり笑っていると怒られますよ」と言い、エミュリエールが出かけようと窓を開ける。

 冷たい空気が流れ込み一気に目が覚めたのかサファイアが目を開いて体を起こした。

 何故か笑いを堪えているエリュシオンと微笑んでいるアルフォンスがいて、どうも出かけようとしているらしいエミュリエールを見る。


「行ってらっしゃいませ。エミュリエール様」


 その状況と不釣り合いな言葉にもう我慢が出来ないエリュシオンが大笑いしていた。


 少し熱があるのにサファイアは平然としていた。


「エリュシオン様は笑いすぎです……」


 頬を膨らまして言ったサファイアはニュクスに魔石を食べさせるとゆっくり確かめるようにベッドから出て立ち上がった。


「ごめんごめん。歩いて大丈夫なの?」


 サファイアはコクコクと頷いていた。

 まだ喉は少しつらそうだった。


 扉に向かって歩き出したサファイアの腕をエリュシオンが思わず掴む。


「サファイア様は熱にお強いんですよ。エリュシオン様」


 そう言われて手を離すと心配そうに部屋を出て行くサファイアを見送っていた。


「そんなに心配しなくともトイレですからすぐ戻って来ます」


「あ……」


 自分の野暮さに気づいたエリュシオンが気まずそうに言葉を止めると少し残念そうな表情をした。

 何日もべったりされたら疲れそうだが、僅か一晩でいつもの調子に戻ってしまうのが少しだけ寂しかった。

 朝食は部屋で取る事になり、侍女を呼んでサファイアの身支度を整えている間、アルフォンスは食事を運んでいた。


「もう一日くらい熱出てればよかったのに……」


「随分幼児退行されてましたからね」


 髪を自分で結いながらブツっと言った独り言に応えたアルフォンスの背中を見る。


「ああいうものなの?」


「そうですね……サファイア様は普段から自分自身も気付かずに気を張っているのだと思いましたね」


「どういう事?」


 鏡の前で軽く自分の姿を確認するとエリュシオンが準備されたテーブルにつく。


「一般的よりずっと幼児化していたという事です」


「ふーん……」


 グラスに水を注いで水差しの口をフキンで押さえながらアルフォンスは微笑んだ。


「お分かりかと思いますが、ああいう時は誰でも良いわけではないのです。誰が自分の親であるか? 本能的に見せてくれる姿なのですよ」


 グラスの水が揺らぐのを眺めてエリュシオンは惜しそうに頬杖をついた。

 目の前に一つ小瓶が置かれるとアルフォンスを見上げて眉を下げて笑いそれを手に取った。


 寝室から身支度の整ったサファイアがいつもと変わらない様子で出てきてエリュシオンの前で立ち止まる。


「ご心配をおかけしました」


 指先をもじもじさせて少し恥ずかしそうに掠れた声を出した。


「いいよ。それより無理に話さないで」


 可愛かったから……そんな事は言えない。

 声はちゃんと元に戻るのだろうか。

 分かりきってるのにそんな事が気になって仕方ない。

 具合が悪いからという口実がなくなる。

 熱が下がって嬉しいのに寂しく思う矛盾、やや振り回されている自分がおかしかった。


 食欲はまだあまりないらしく食事の進みが悪くなって来るとアルフォンスがサファイアを見て頷き食事を下げていた。

 その様子をパンを口に入れながら見ていると手紙が飛んできて手で受け取った。


「あら……」


 城からだと示す虎の蝋封。

 これは魔獣でも出たかな?とエリュシオンは開けて読んでみる。


「あら……」


「どうされました?」


 別段急ぐでもないエリュシオンの様子にアルフォンスは不思議がって動きを止めるとエリュシオンはペラリと手紙を見せた。


「5休暇5勤務だって」


 嬉しそうに笑うとエリュシオンはピースサインを見せる。

 今日から5日休み、そのあと5日間勤務する。

 さすがアシェル、妥当な判断だ。

 書類を溜めながら5日間休む間はサファイアの様子を見たり秘密基地での作業が少しできそうだ。5日後には風邪も治っているだろう。

 少ない状態から書類を少しやってもらってサファイアの能力を評価する。


「あはは。凄い。なんてちょうどいいんだろう」


 嬉しさを通り越して感動する。

 興奮して何をするかが一気に頭の中を駆け巡った。

 今日一日は休みの間に何かを考えよう。


「…………」


 サファイアは何も言わなかったが自分を見て顔を綻ばせていた。

 よく笑うようになったのはサファイアであり自分。

 きっと自分が年甲斐もなく子供のように笑っているからだろうとエリュシオンは思った。


「君もこの休み中でしっかり治さないと。まだ、課題は途中だからね」


 頷いたサファイアはエリュシオンにむけて口を開けると目をつぶっていた。エリュシオンがきょとんとしているとアルフォンスに改めて小瓶を渡される。薬を一粒摘んで口に入れてやるとサファイアは慣れたように水を飲んでいた。


(そこはまだそれなのね)


 保護者である特権は何故かやる気を起こさせる。

 食事を取って落ち着くとエリュシオンはサファイアをベッドに押し込んで薄めの本を一冊手渡した。

 ニュクスはまだ熱のあるサファイアにすり寄る事ができないらしく距離を置いて丸くなっていた。


「ゆっくり読んで」


 サファイアが頷くのを見てエリュシオンはベッドの脇で座り予定を立て始めるとしばらくして本が閉じる音がした。

 まだ5の刻。

 サファイアが困ったように本を抱きしめていた。

 『タウマゼイン』とは万能のようで彼女くらいの年齢だと厄介だと認識する。悩んだ末もう一冊持って来るとサファイアは受け取らずにふるふると首を振った。


「読まないの?」


 そう言うとサファイアは頷いて窓を指差す。


「外はまだ駄目だよ」


 頷いて理解したのかと思ったらベッドから出ようとしたので慌てて止める。


「イリョス」


 がらがらした声で一言だけ言った。

 普段のサファイアの様子から反対を押し切って外に出かけようとする事は考えづらい。


「外が見たいの?」


 そう言うとサファイアはエリュシオンの手を掴みコクコクとと頷いてにっこりと笑った。


 窓辺に立ち外を眺めている。

 もう一刻になる。

 変わらない景色を長い時間見続けて楽しいのか?エリュシオンにはわからなかった。


『見ているものが違う』


 予定を考えながら紙に書いていると外を眺めていたサファイアが突然腕を引っ張った。


「え? なに?」


 窓辺まで来て外を指差していた。

 外を見るとこっちを見上げるアローペークスが見えた。


「イリョス」


 サファイアはもう一度言うとにっこりと笑う。

 友へ向ける表情。


「じゃあ、早く治さないとね」


 頭をポンポンと軽く叩くとサファイアはこっくりと頷いた。


「いい子だね」


 時を過ごすのに何かをするだけじゃない。

 思いを馳せ、誰かを思っているのだと分かるとエリュシオンは自然と笑顔になりサファイアをずっと撫でていた。

人の五感。

視覚80%以上、聴覚10%以上、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1%

もし目が見えなくなった時、他四つの感覚が優れると言います。

言葉は五感によって発せられるもの。

大事にしてください。


今日も読んで頂きありがとうございました。

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