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6 フィノスポロスピティ 5

小説とは書き手の空想を特定の規則を用いて自由に書き記したもの。

独占と支配……

何人たりともそこには立ち入ることのできない領域。


ハロウィン企画 五話目

 飛んで。


 跳ねて。


 回る。


 ダンスの相手になったアレクシスはとても上手だった。

 動きも合っている。

 でも、彼らしくない。

 周りの囁く声が気になる。

 サファイアはじっとアレクシスの顔見上げて機会を伺った。


 サファイアに見上げられたアレクシスは戸惑っていた。男兄弟しかいないアレクシスは小さい女の子が壊れてしまいそうでせいぜい抱っこをするのが精一杯だった。

 ましてや踊りで振り回すなんて。

 そんな事は恐ろしくて出来ないと思っていた。


「なんだ? 踊りづらいのか?」


 しまったと思いつつアレクシスはもう少し踊りを緩やかにする。すると、サファイアの表情は更に不満げになった。


「…………」


(……どうしろって)


「なんだって……」


 女心というものは分からない。

 でも、表情は『楽しくない』と言っていた。


「私は振り回しても壊れませんよ?」


 何となく示唆する。

 アレクシスは苦笑いした。


「そういう事か」


 サファイアの意外な負けず嫌いの面を感じアレクシスは驚いた。


「私の先生はもっと上手ですよ?」


 それに挑発も仕掛けてくる。

 全く誰が教えたんだ。


「言ったな?」


 アレクシスがニヤッと笑うと踊りは大振りになった。


(わっ)


 その変化に少し驚き急いでステップの数を多くした。


「いいぞ! もっとやれー!」


 歓声があがる。

 髪から紅い実が何個か散った。


 手足が短い分体の大きな大人について行くのは大変だ。だから、練習をする時にも常にジュディに相手をしてもらっていた。

 そのジュディよりもさらに大きな体のアレクシスでは必死についていかなければ振り落とされてしまうだろう。

 ほとんど振り回されていたダンスに段々と慣れていった。

 アレクシスはやっぱり上手だった。

 この後は確か……

 『魔物の宴』にはスローイングという投げ技が二回ある。

 練習の時はジュディが手加減して投げてくれるので上手に着地が出来ていた。

 大丈夫かな?と思いがよぎった。


「ほーれ。投げるぞ! それっ」


「…………」


 高い。

 思わぬ高さに声が出なかった。

 投げられて空を飛んで行きながらアレクシスの驚いた表情と人が周りに囲む景色がコマ送りのように見えた。


「銀の君!!」


「危ない!」


 ジュディが叫び、フィリズが走る。

 段々と地面が近づく。


(顔に怪我したらエリュシオン様に呆れられてしまうかな?)


 周囲からどよめきに悲鳴が飛んでくる。

 そんな時でも呑気に近づいてくる地面をサファイアは眺めていた。

 地面が近づくとコマ送りが突然解除されて急に痛みへの恐怖を覚える。

 サファイアはぎゅっと目をつぶった。

 お腹を掴まれる感覚と土の匂い。


「いいぞ! 南瓜!」


「偉いぞ! 執事」


 何が起こったのか周りが静まるとその後にわぁっと盛大な歓声がが起こった。


「あぶな……」


 水滴が落ちてくる。

 被り物の下でどっと冷や汗を流したハーミットは両手でサファイアを既の所で支えており拭うことができない汗を落としていた。


「紅のアルクダ! もう少し加減して投げてください!」


「すまんすまん。思ったより軽くて」


 ハーミットがどうしていいか分からなくなっているとジュディがサファイアを抱き上げアレクシスに向かって投げた。


「…………」


 物扱いのようで些か納得がいかなかったが、周りの反応からそう言う物であると理解する事にした。

 普通の夜会に求められる優雅さでも、煌びやかさでもない。

 人を驚かすような行動。

 心を動かすような表現。

 それがこの場に求められている物。


「大丈夫かぁ? 銀の君」


 アレクシスが飛んできたサファイアを片手で受け止めもう片方で手を取るとあっという間にホールドする。少し眉を下げてサファイアを見下ろして笑った。


「私はまだ理解し足りなかったようです」


 急いでポジションを整えるとサファイアは目を釣り上げてアレクシスを挑発的に見上げる。


「いや……」


「振り回して頂いて構いませんよ?」


「わはは。あんまりやったら怒られるだろ」


「でも。まだ私の先生の方が上手ですよ?」


 アレクシスは笑っていた顔を少し直すと「後で文句言うなよ?」と言った。


 ぐいっとターンして後ろに下がる。体を持ち上げても何も持ってないかのように軽い。

 それでも足取りが遅れる事なくサファイアは確実について来ていた。


「なかなかやるな」


 さっきまでは話す余裕もなさそうだったのに顔を上げるとサファイアは笑顔を見せた。


「先生も上手ですがあなたも上手ですね」


「先生はさぞ上手いんだろうな」


 アレクシスは手を少し上げるとサファイアを回転させた。

 自慢じゃないがテロスティに選ばれるのは初めてではない。一昨年は『宵の舞踏会』を踊っているしその数年前だって『魔物の宴』を踊っている。

 上手いと自分で言うのもあれだがここの中では意外と踊れる方だとは思っていた。

 しかもこの『魔物の宴』は難易度も高い。

 踊れるかと言えばサファイアと関わりのある人物でも数人いる。だが、自分よりもとなると思い当たるのは一人しかいない。


「お前その先生には直接会ったのか?」


「いえ。玉子みたいなやつの映像でしか見てません。相手はジュ……カスタノの君がしてくれて」


「…………そうか」


 サファイアが不思議そうに見上げるとアレクシスは複雑そうな表情をしていた。


「あの?」


 その理由が分からなくてサファイアは口を開きかけた。

 音楽はもう終盤となり会場をぐるっと走り回るクイック後は二回目のスローイングになる。


「紅のアルクダ! いいですか? 優しくですよ?!」


 フィリズが外野から叫ぶ声が聞こえて振り向くともう既にクイックステップに入る所になった。

 やっぱりアレクシスくらい大きい男の人になるとステップを何箇所も増やさないと歩幅について行けない。サファイアは相手の動きと音楽に合わせるよう集中した。


「踊るのが好きなんだな」


 クイックが終わる頃上から声が降って来た。


「え? あぁそうみたいですね……」


「何だそりゃ」


 アレクシスは自分の事なのに自信のない返事をしたサファイアを大きな口を開けて笑う。


「良かったな」


「え? 何ですか?」


 アレクシスが何かを言った。

 だけどそれは自分が投げられた歓声がにかき消されて何だかは分からなかった。

 落ちる感覚はさっきよりも鮮明で距離感が掴める。片足で着地をしてくるっと回ると舞い上がったスカートを掴んでサファイアはお辞儀した。

 指笛が鳴る。

 手を叩く音に圧迫されて苦しいのに笑いが溢れた。

 周りが自分を笑顔にする。

 両手で胸を押さえて肩で息をしているとアレクシスがやって来て手を差し出した。


「御見逸れしました」


 さすがに彼も息を切らしていた。


「…………あ。ありがとう存じます」


 差し出された手に自分の手を乗せる。


「先生にお礼言うといいぞ」


 アレクシスはニカッと笑いサファイアとさっきいたテントまでもどってきた。


「あー疲れた!」


「二人とも飲み物をどうぞ」


 ジュディがちょうどよく飲み物を出してくれるとサファイアは一気に飲み干して息を吐く。

 レモニ(レモン)の爽やかな香りと酸味が気分をすっきりさせる。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに聞くフィリズにサファイアは微笑んだ。


「とてもよく踊れていましたよ」


「そう? なら良かったです」


 ジュディもほっとしたような表情をしていた。


 少し離れた会場ではまた歓声が上がっている。表に選ばれた人の名が呼ばれているのだろう。

 既に自分もアレクシスも裏を躍ったので呼ばれる事はない。見たいような気もしたがサファイアはもう少し息が整うのを待つことにした。


「折角玉子型の魔導具持ってるんなら今の撮れば良かったんじゃないか?」


「あぁっ」


 サファイアはきょとんとアレクシスを見た後、両手を一度打った。


「映像なら撮りました」


 ハーミットがいつの間にか魔導具を持っていた。


「ありがとうございます。それなら皆さんにも見てもらえますね」


 サファイアは椅子の上立つとふわっと笑ってハーミットの南瓜頭を軽くコンコンと叩いた。

 また会場で歓声が上がっている。

 さっきよりもずっと大きかった。


 何だろう?

 会場を取り囲む人の輪に一つ切れ目が入り人が一人出てきた。


「全く……何度呼んでも出てこないとは失礼だろう?」


 サファイアは思わずアレクシスを見ていた。


「いや、お前。それはない……」


 ですよね……

 サファイアはため息を吐いていた人物にお辞儀をした。

 この夜会の主催者フェイズシエラだった。


「迎えに来てみたら椅子に立っているとはなんてお転婆なんだ」


 人懐っこいのに掴み所がない。それでいて厳しそう。男なのか女なのか?

 不思議な人だった。


「あの? 何故私なのですか?」


 自分の他にも『宵の舞踏会』は踊れる人はたくさんいるはず。

 なのに。


「何故って決まっているだろう」


 フェイズシエラはサファイアを抱き上げると会場に向い歩き出した。


「私が其方と踊りたいと思ったからだ」


 そう言ったフェイズシエラの背中を三人は呆然と見た。


「おい、聞いたか?」


「はい。確かに」


 アレクシスの問いにジュディが目をつぶって頷く。


「さすが我が主!」


 フィリズが目を輝かせていた。


「えっと、どう言う事?」


 一人だけ初参加のハーミットだけが分からない事。


「フェイズシエラ様は以前、怪我をされフィノスポロでは踊ったことがありません」


「ええ?!」


 それって凄いことなのでは?

 ハーミットの魔導具を持つ手に力が入る。


(容量って足りるのかな)


「多分2刻くらいは記録できた筈だぞ」


「あ……」


 心配そうに魔導具を眺めていたハーミットにアレクシスが声をかけると立ち上がった。


「お姫様が連れ去られたとなればこりゃあ見に行くしかないな」


「まだ少ししか休んでなかったのに……」


「…………」


 ジュディもフィリズと同じ事を思った。でも、フェイズシエラが初めて踊るその相手にサファイアを選んだ事が嬉しいと思った。


「少し感動しました」


「え? まだぴえんには早くない?」


 ジュディがばいんと勢いよく南瓜頭を殴ると顔が後ろ向きになり前が見えなくなったハーミットがあたふたしていた。

 それをフィリズに直してもらう間、アレクシスとジュディは前を歩いていた。


「お前、よく許したな」


「…………」


 アレクシスは以前からジュディがエアロンを毛嫌いしている事は知っていた。


「だって仕方ないでしょう? 彼女に悲しそうな表情をさせてしまったんですから」


 嫌そうに言うジュディから決して仲が良くなった訳ではなく苦渋の末の選択だったと知る。


「アイツはダンスは上手かったから正解だろ。わはは」


 行いの肯定は不要な後悔をしない為。

 主人のために時には自分の信念を曲げなくては行けない時もある。


「…………」


 ただ無言も返答。


「いずれ分かるさ」


 アレクシスはニカッと笑った。



 人をかき分ける会場の中に入ると歓声と指笛で騒がしくなり所々から『銀の君』と言うかけ声が聞こえた。


「あの。歩きますから降ろしてください」


「なんだ姫君。お気に召さないかな?」


 小さな子供ではないんだから恥ずかしい。

 それに……

 サファイアは地面に降ろされてフェイズシエラの足を見ていた。


「おや? 気にしてくれるのか?」


「痛いのですか?」


「痛みはない。少し動かしづらいだけだ」


 フェイズシエラの手を取り前を歩くとサファイアは会場の中央まで行く。


「ほぉ。私をエスコートするとは面白いな」


 フェイズシエラは愉快そうに笑うとサファイアの肩に手を置き後ろに立った。


「皆、待たせたな。今日兄弟になった『銀の君』は実は忍びで来ているどこかの姫君だ」


「…………」


(また、そう言う事を……)


 サファイアは目を細めてフェイズシエラを見上げた。


「姫が来たとなれば我々も王を出さねば対等とは言えない」


 『銀の君』だった掛け声はいつからか『銀の姫』に変わっており、観客は興奮状態だ。

 ざわざわと人が口々に言う。


「まさかフェイズシエラ様が踊られるなんて」


「足は大丈夫なのだろうか?」


 フェイズシエラが踊るというのはとても珍しい事なのだとサファイアは思った。


「気にしなくていい」


「でも……」


「優しい子だな」


 サファイアを見下ろしてフェイズシエラはとても暖かい表情で笑う。


「さぁどうぞ」


 手を差し出されサファイアは上目遣いに手を乗せる。

 『宵の舞踏会』の音楽が鳴り始める。

 

 『魔物の宴』と違いこの曲は随分しっとりしている。その中に怪しげな部分と切なさが込められておりサファイアは大好きだった。


「『魔物の宴』も好きですがこの曲も私は大好きです」


「可愛いな其方は」


 さっきと違い話す余裕がある。


「あの何故?」


「…………今日きた中で一番、達観した目をしていた」


「…………」


 そのはずだ。

 この夜会を開いている意味。

 夜会を開く本人が何も気づかない訳はない。


「私が引き止めてやらねばと思ってな」


「…………」


 そう言ってフェイズシエラは目を細めるとサファイアは少しだけ眉を寄せて目を伏せた。


「いい会です」


 フェイズシエラに気遣いながらターンをする。


「優しい子だ」


「私は来年も参加すると約束します」


 サファイアは微笑み浮かべたが眉は下がりとても悲しげに見えた。


「そうか……それなら安心だ」


 何かを想うように無言になると二人はダンスを続ける。

 お互いがお互いを気遣うダンスに観客は暖かく見守っていた。


「綺麗……」


 フィリズが思わず言葉を零した。

 黒いサファイアの衣装に対しフェイズシエラは白い衣を纏っていた。かなりの身長差があるアレクシスとは違い体の大きさもまぁまぁ均衡がとれている。


「やられたな」


 アレクシスが気持ちの良い笑いを浮かべた。

 それほど二人のダンスは今日来てよかったと思えるものであった。

 また、来年も来よう。

 そう気持ちのこもるダンス。

 終わると拍手は鳴り止まなかった。


 フェイズシエラが演壇に再び立つ。

 閉会式。

 今日名をもらったものが集められ前に並ぶ。

 勿論サファイアもハーミットも並んでいた。


 フェイズシエラが演壇の上で話し始める。




「楽しい時間はあっという間

 今年もフィノスポロスピティは無事に終わる事が出来た

 明日からまた日常に戻るだろう

 だが、私は毎日来年のこの場を考えない日はない

 

 私は願う

 今日ここに来た兄弟がまた来年も来る事を


 私は待つ

 来なくなった兄弟がまたいつの日か来てくれる事を


 また一年皆にとって良い年であらんことを」




 会の最後に皆で斉唱する『再会の唄』は今年新たに名をもらった者が最初に歌い始める事になっている。

 唄い出しを待ち会場が静かになった。

 ハーミット以外は全員子供で例の男の子もいた。


「ペルシコスの執事?」


 サファイアの隣でハーミットがぶるぶると手を震わせていた。


「俺、人前で唄とか無理……」


 唯一大人のハーミットもこんな具合で頼りにない。周りの子も唄い出しそうもなかった。

 後ろを振り返ると演壇にいるフェイズシエラが頷いた。


「銀の君!」


 フィリズが大きな声を出し手を振っていた。


「銀の君! 銀の君! 銀の君! 銀の君!」


 フィリズの声を皮切りに起こり始めた声援。

 今日ずっと元気をもらっている気がした。

 みんながフィリズの様。

 サファイアは晴れやかな表情をすると無意識に片手を上げていた。


 『私の声が聞こえるか?

  今日産声を上げた私の声』


 出だしを唄うと緊張していた子供達も一人、また一人と唄いはじめる。


 『皆と出会い 皆に混ざり

  そして我らここに立つ』


 そこから先は全員の斉唱。

 

 『再会を果たせた事を祝う為に

  そして再会を果たす為に

  大声を出し肩を組み背中を叩き合う

  

  飛び散る汗は映日の光

  手に持つ剣は映日の誇り


  忘れる事はない

  またここに来ると胸に刻み

  互いに贈る再会の唄』


 盛大な歓声の中フェイズシエラが演壇を降りるとサファイアの後ろを通る時に頭にポンっと手に乗せた。


「ありがとう。来年も必ず」


 サファイアは振り返りフェイズシエラの顔を見上げ眉を寄せ、そして微笑んだ。


 参加者達が挨拶を交わして少しずつ帰る頃になると会場が寂しげに見えた。

 ぶるっと一度震える。

 ジュディが何も言わずに外套をかけてくれた。


「ありがとう……」


「終わる時は少し寂しいですね」


 ハーミットの言って言葉がよく分かりサファイアは口許に笑みを浮かべ頷いた。

 楽しかったな……


「来年も……来たい」


 サファイアがそう言うとみんなが嬉しそうに笑っていた。




 翌日。


「なぁ。エアロン」


「ん?」


 ハーミットが玉子型の魔導具をテーブルに置いた。

 それを見たエアロンは嫌そうな表情をした。


「また、撮らせてくれって言うんじゃないだろうな」


「違うよ……」


 口を尖らせたハーミットを黙って見た後エアロンは向かいの椅子に座った。


「どう言う事だ?」


「うまく踊れたかどうか先生に見て欲しいって頼まれたんだ」


「撮ってきたのか?」


 コクッと頷くとハーミットは魔導具に魔力を流した。

 確か二個目と三個目。


「おい!」


 エアロンは見るも何も言ってないのに突然映像を流し始めたハーミットに声をあげた。

 それでも目に飛び込む映像にエアロンは驚いて釘付けになった。


「なんだこれ? 相手は『紅のアルクダ』?」


「うん」


 相変わらず小さい。

 アレクシスと組んだ姿はかなりの体格差があった。

 振り付けから見て『魔物の宴』

 最初は少し手加減をしている様に見えたが途中からその手加減はなくなった。

 普通ならついていけない。

 見ていると突然視界が明後日の方向に向く。


「…………」


「いや……ちょっと強く投げられて受け止めてて」


「…………」


 ちょっと強く投げて場外って……

 エアロンは画面を見ながら眉毛をピクつかせた。

 画面が戻るとクイックステップの部分でサファイアの足元に目がいった。


「おいこれ。なんでステップ多くなってる?」


「うーんと。相手が歩幅の大きい人だとこうしないとついていけないんだって」


 一つや二つの多さじゃない。

 普通音楽に合わせて足を出す為、そこにステップを増やすと振り付けが分からなくなってしまう場合もある。


「面白いな」


 エアロンは腕組み細く笑む。

 機敏な動き、理解できないリズム感。

 どう攻略するか考えて生み出したもの。


「『はなまる』だな」


 映像が終わるとしばらく暗転するがハーミットは止める様子はなかった。


「終わりじゃないのか?」


「もう一つある」


「は?!」


 エアロンが驚いて声を上げるとまた映像が流れ始めた。

 目を見開く。

 そこにはフェイズシエラにホールドされているサファイアの姿が写っていた。


「フェイズシエラ氏が踊ったのか?!」


 エアロンは画面を眺めて身を乗り出した。


「うん……とってもよかった」


 …………


(嘘だろ……)


 テロスティの裏と表に選ばれた事だけでも前代未聞なのにフェイズシエラまで引っ張り出したとなれば彼女が特別なのは瞭然。

 寒くて暗い部屋で眠ってしまったサファイアを凍死しない様に抱えた自分は間違いではなかった。

 エアロンは過去の行動の一つが自分の中で消化できた様な気がした。

 時折フェイズシエラを見上げてサファイアは悲しそうな笑みを浮かべる。

 切ない。


「…………」


 エアロンは映像が終わった後も腕を組んだまま黙っていた。


「…………」


 何も言わないエアロンが怖くてハーミットはおずおずと魔導具をしまっていた。


「おい」


「ひゃい!」


 何を言われるのか体を飛び上がらせたハーミットは魔導具をしまう手を止めるとエアロンを見て笑顔を作った。


「よく踊れていた」


「え?」


「伝えてやれ」


 しがない平民の言葉であってもそれが彼女の自信になれば良い。

 そう思った。

 ハーミットがにっこり笑っている。


「気持ち悪い」


 顔を顰めたエアロンは立ち上がると奉納式の準備をするといって部屋を出ていった。



 それからまた数日後。

 サファイアは修学院の二年生の課題、『親の仕事』について報告書を作るためにエリュシオンの仕事についてきていた。

 しばらく討伐はなくここ最近は執務をするのが主らしい。


「終わった?」


 後ろから声がしてエリュシオンが立ち上がりサファイアを急かした。


「あの……」


 何かを言いたそうにエリュシオンを見たサファイアは何も言わせない彼の笑顔に口を噤んだ。

 やらされている書類は重要なものだ。

 それを子供にさせるとは……

 サファイアは気が気でなかった。


「ありがと。じゃご褒美にお茶に連れて行ってあげる」


 エリュシオンはサファイアの頭を撫でると手から書類を受け取りアシェルに渡した。


「そう言う事だから」


「あまり連れ回すなよ。元気なのが不思議なくらいだからな」


 アレクシスはフィノスポロスピティでサファイアがだいぶ興奮していた事を知っていたので熱でも出すかと思っていた。

 それなのに、数日後にサファイアを連れてきたエリュシオンに驚いていた。


「分かってる」


「エリュシオン様?」


「ん?」


 軽そうに返事をしていたエリュシオンを見上げサファイアは手を胸元で重ねていた。


「主催者の方にお礼の手紙を送りたいのですがいくら出しても戻ってきてしまうのです」


 俯いて睫を伏せると影ができ悲しそうに見えた。


「あぁ……」


 あぁって……

 落ち込んでいたのに大したことのない反応にサファイアは少しがっかりした。


「お前。言ってなかったのか?」


「手紙を書くとは思ってなかったからさぁ」


 アレクシスとエリュシオンの話に耳を傾けていると静かに書類に署名をしていたアシェルがため息を吐きサファイアを手招きした。


「あのな、フェイズシエラ=バルドタチオスという人物はこの国の国民にはいないんだ。だからその名前で手紙を出しても届かない」


「え……?」


 偽名であるなら手紙も届かない。

 当たり前だ。


「…………」


 サファイアは相手から表情も見えないほど俯いた。


「手紙はオズヴァルド宛に送るとフェイズシエラに届く仕組みになっている」


 国も何者か分からない人物が夜会を開く事を許す訳にもいかない。

 フェイズシエラが何者かはオズヴァルドと国王陛下なら知っているのだとアシェルは言った。


「ありがと。アシェル」


「ちゃんと説明しておけよ」


「ごめんごめん。じゃぁ、僕たち少しお茶してくるからね」


 やっぱり行くのかとアシェルとアレクシスが呆れた表情をした。


 エリュシオンに手を引かれ連れて行かれたところは騎士の宿舎にある食堂。1の刻を過ぎ食べている人は数人だった。


「あれ? エリュシオン様。今日は随分と小さい子を連れてきましたね」


 明るい声が聞こえてコルネリアが奥から注文を取りに来た。


「ちょっと、あまり誤解される様なこと言わないでくれる? それにこの子僕の養子」


 エリュシオンはにっこり笑っていたが顔には陰りが出来ていた。


「モスソコラタ(ホットチョコレート)二つとプラクース(ケーキ)を一つくれる?」


「はーい」


 カラカラと笑ったコルネリアは注文の品を作るために厨房に入っていった。

 頼んだものが来る間トレーを持ちしばし待つ。


「ねぇ。フィノスポロ楽しかった?」


 サファイアは脈絡のない話に首を傾げた。


「はい。とても」


「だって」


 首を傾げたままでいるとコルネリアがプラクースのフラウ(苺)を一つ多くしてくれた。


「ありがとうございます」


 とても嬉しそうに笑っていた。

 この人もフィノスポロスピティに来ていたのだろうか?

 プラクースを食べながらサファイアは最後にフラウを口に頬張り酸っぱさに表情を縮めた。


 その日の夕食の後サファイアが報告書をまとめているとエリュシオンに呼ばれて部屋に向かう。


「アシェルが伝えてくれたのかな?」


 彼が差し出したメッセージカードにはフェイズシエラの名で『また来年楽しみにしている』と書いてあった。

 突然の返事に驚きながらカードを受け取り自分の部屋へ戻るとチェストの上に飾った耳羽の仮面の横に置いた。

 レティセラづくりの丸い紙を眺めてサファイアは微笑む。

 それは見覚えのあるモスソコラタのコースターだった。

コルネリアは二章19 『ケラスィアの記憶 9』に出てくる食堂で給仕をしている人物です。

食堂で食事の提供をしている人は色々な話を仕事をしながら聴いています。

そして、最近来なくなった職員や最近来始めた職員を気にしているのです。

食堂を利用している方は是非「美味しかった。御馳走様」と伝えてあげてくださいね。


そんなこんなでハロウィン企画が終了しました。

次はクリスマスから年明けにかけての冬季企画

『氷海で唄ったオルニス』

を予定しています。

少しお休みの期間を設けようかと思ってますが……

クリスマスについて調べていました各国色々なクリスマスがあり、とても面白かったです。


それでは今日も読んでいただきありがとうございました。

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