1 プロローグ
三章 本編
始まり始まり
終わりがあるから美しい
その言葉が神聖なものの様に語り継がれている
結果? 過程?
変わるものと変わらないもの
選んだのは過程
岩塩が水に浸けられて溶かされていく様に不思議なほど嫌悪感がない
このまま溶けて無くなればいい
それでも蒸発して残るのは結局現実
結果の先に道は続かない
束の間の“楽“
学院という学びの籠
1 プロローグ
エリュシオンの養子となり来年の中途入学に向けて猛勉強中。
今日はエリュシオンの帰宅がが遅かった為、食事を終えた寝るまでの間は彼から魔術を習う時間なる。
「あのさ。どうしてこうなる訳?」
「いえ……」
どうなるもこうなるも自分にはない。
それはなんとなくでしかなかった。
「君は兄上みたいなタイプだよね」
「エミュリエール様ですか?」
そんな事言われてもなんとも言えない。
サファは首を傾げて掌にある魔法陣を見ていた。
「あまり考えなくても魔術が使えるって事」
「そうなんですか?」
「僕に聞かないでよ……」
エリュシオンがため息を吐き額に手を当てていた。
「どうしようかな。君が普通の魔法陣で普通に魔術を使うなら別にいいんだけど」
「…………」
どうしよう。
自分には魔術が使えてもこの国のものではないらしい。それは、初めてエリュシオンに魔術を習った日に言われた事だった。
新しくこの国の魔術を学ぶ。
その選択はエリュシオンいわくかなり難しいらしい。
理由は既に出来上がっているものだから。
という事だった。
「もうさ………」
エリュシオンの言った事はよく分かってない自分でも分かるくらい驚くような事だった。
思いつきの様なエリュシオンの提案は意外にもサファイアの気持ちを昂らせた。
「どうせ早くに討伐に行くんだったらその為の乗り物が必要でしょ?」
一足先に1日を終える事にしたニュクスがベッドで丸くなっている姿をサファイアは眺めた。
白くて白虎よりも長い毛皮。
考えていたものは一つしかない。
「あれ? 意外と乗り気?」
「召喚獣のことですか?」
「よく分かってるじゃない」
あれ……
でも前に聞いた時は修学院で習得するのはだいぶ先になると言っていた。
サファイアは魔術構築の思考を止めると首を傾げる。
「先に教えてもらえるんですか?」
「そうだね。でも、それで契約できるかは君次第だけど」
要は、やり方を覚えても肝心の対象を捕まえられるのはまた別の話。
頭の良い神獣クラスになると難易度はかなり高くなるという事だった。
「うちは鹿とか馬とかが代々多いんだけど、何か捕まえたいのいる?」
「あの……」
「ん?」
「何でもいいんですか?」
「まあ、いいけど……あんまり見栄えの良くないのはやめてよね」
見栄えは問題ない。
ここであの獣と契約したいといったらなんて言われるのだろう。
「…………」
結局、考えた末。サファイアはエリュシオンに打ち明けた。彼は指で顳顬をくるくるとなぞった後、目を閉じると暫くして「いいよ」と言った。
エリュシオンが部屋でポルトカリのお茶を飲んでいるとエミュリエールが帰ってきた。
「おかえり」
エミュリエールはいつもなら夕食を一緒に食べる事になっていたが今日はゲーンズボロ邸にお呼ばれしたので帰ってくるのが遅くなった。
サファイアは既にベッドで寝息を立てている。
羨ましいくらいの寝つきの良さ。
そして、寝相の悪さ。
「今帰ったよ。ただいま」
「どうだった? お食事会」
「いや、まいったな……婚約の話がまた浮上してきた」
カップを置いて、エリュシオンが立ち上がると兄のためにお茶を注いで笑い声をあげる。
「あはは、仕方ないよね。還俗しちゃったから」
エミュリエールがベッドに寄るとサファイアの寝姿を見て安心した様に笑みを浮かべた。
「その子さっきとんでもないこと言ってたんだから」
「…………」
サファイアが眠った後、少し夜が更けるまで彼女の部屋で話をするのが兄弟の習慣みたいなものになっている。
エリュシオンもだいぶとんでもないことを言う事がある。
その弟が言うとんでもない事とは一体。
「聞いた方がいいんだろうか?」
聞きたいような聞きたくないような。
ソファに座りお茶に口をつけると食事の後にはちょうど良い爽やかな香りが広がる。
彼女には振り回されてばかりだな。
エミュリエールは眉を下げて笑うと覚悟を決めてエリュシオンを見た。
「兄上のその気持ちよく分かるわぁ」
危険だと分かっていながら手を出さずにはいられない。
そんな中毒性。
「聞かないと思っていたらお前は隠すだろう? それの方が困る」
「さすが」
エリュシオンが嬉しそうに頬杖をついてにこっと笑った。
「それで?」
「うんと、先に鳥との契約を修得させようかと思って何がいいかと聞いたんだけど」
「まあ、確かに必要になるだろうな」
それが何かと言う事だろう。
エミュリエールは腕を組みソファに寄り掛かった。
「サファイアが白い大きな狼がいいって言ってた」
「…………」
白狼。
まだサファだった頃の彼女を連れて森に連れて行った時にあった獣。
「何でサファイアが邸の周りに居る彼を知っているの?」
「来たことがある………」
「…………」
エミュリエールとエリュシオンは適合者である為お互いの結界に干渉することが出来る。
それでなくてもあまりバウスフィールド邸を襲撃する様な輩はいない。
「とても、結界がゆるいから気づかれないかと思って」
「まあ、いいんだけどさぁ。サファイアはそれがいいって」
「…………いいんじゃないか?」
「また! 兄上も」
契約が結べるのならの話。
それはそんなに簡単ではない。
以前、自分も。そして、エリュシオンも歴代の当主も白狼と契約をしようとして決裂している。
そんな気難しい彼があの日は姿を見せてサファイアを守る様に抱えていた。
力を示す事が出来れば契約を結ぶ事が出来るかもしれない。
「白狼は懐に置いてサファイアを気に入っていたみたいだった」
「なに? 兄上も結構乗り気?」
「まあ……」
なんせ言い出したら曲げないサファイアは頑固者だ。
駄目と言い聞かせる方が難しいとエミュリエールは思ってしまった。
「魔術に関しては多分平気だろう。ただ接近戦と物理攻撃となるとサファイアにはかなり不利だな」
「そうなんだよね。白狼は頭もいいし無駄に素早いからねぇ」
でもそれを叶えるために考えたんだろう?
エリュシオンを見てエミュリエールはそんな表情をしていた。
「専攻を変える事にしようかと思って兄上に相談したかったの」
サファイアは修学院で最初の年は魔力の使い方を学ぶために魔術科を専攻させる予定だった。
白狼と契約を結びたいと言ってまさか音術科ではないだろう。
「剣術科にさせるのか?」
バウスフィールド家のノルマとして二人とも一年だけは剣術科を専攻している。
その訓練の荒さや男っぽい環境にサファイアがついていけるのかどうかとても心配だ。
「僕、教員に駄目だと言われる夢を見そうだよ」
「駄目とは言われないさ。どの科も等しく専攻出来るのだからな」
ただそれにはもう少し詳しい話をサファイアとしておいた方が良さそうだ。
まさか、白狼と言うとは……
エミュリエールは目を閉じて白い大きな狼に跨って空を駆けるサファイアを思い浮かべると口を押さえて笑った。
「僕も多分同じ事想像したと思う」
そしてこう思う。
『見てみたい』と
「サファイアには剣術科を専攻するにあたり置かれる環境に耐えられそうか確認する必要があるな」
「そうだね。兄上に反対されたら内緒に進めるしかないかなと思ってた」
「おい!」
カラカラと笑って立ち上がったエリュシオンがカップを片付ける様子をエミュリエールが眺めてため息を吐く。
話は終わりらしい。
エミュリエールも立ち上がるところんと寝返りをうって布団から飛び出したサファイアを見て吹き出した。
「貴族令嬢にあるまじき寝相の悪さ……」
それを見ていたエリュシオンが遠くから嫌そうに言葉を吐いていた。
「子供らしいじゃないか」
サファイアの体を直すと布団をかけて頭を撫でる。子供らしくないサファイアが子供らしい仕草をする。
それにエミュリエールは安心した。
「兄上は可愛がるといいよ。僕は鞭だからね」
「あまり追い詰めるんじゃないぞ」
「分かってる。じゃ僕部屋行くから」
エリュシオンが部屋を出て行くのを見送るとエミュリエールはもう一度サファイアを見る。
初めて顔を見てしまったあの頃よりまだずっと短い髪。伸びたらとても美しいだろう。
髪を白金には戻してからと言うもの伸ばす機会に見舞われなかった彼女が今も変わらずこうして目の前で眠っている。
(またこう思うなんてな)
あの頃毎日感じていた予感。
その思いに後ろ髪を引かれながら部屋の灯りを消してやると静かに部屋から出る事にした。
アシェルがぽろっとペンを落とした。
「え? なんだって?」
エリュシオンの言葉に耳を疑った。
「だから、サファイアの専攻を剣術にしたんだって」
聞き間違いではなかったらしい。その言葉にアシェルが絶句しているとそれを聞いていたアレクシスが腕を組んだ。
「何でまた……」
自分達はサファイアがどう言う背格好なのかを知っている。
小さい女の子。
修学院に入るにあたり剣術の専攻になる事はないと勝手に思っていた。
「大丈夫なのか?」
「まぁ本人がやる気だし、兄上も異論は無いみたいだし」
どうやら本気の話のようだ。
アシェルが落としたペンを拾いまた書類の続きをし始めた。
「…………」
アシェルは来年も魔術科を専攻する事にしていた。そこにサファイアが入学して来るのかと思い少しだけ楽しみだった。
そこを剣術科とは……
既に剣術は3年専攻している。
アシェルの動かしていた手が止まる。
(先に魔術を専攻しておけばよかった……)
そう思わずにはいられなかった。
後はもう一人の身元引き受け人であるアンセル王が剣術科は駄目と許可しない限りは受理されるだろう。
勢い余ってペン差しからインクが一滴落ちて袖に滲む。
こういう時にかぎって羽織を着ていなかった。
「あ……やべ」
その声を聞いてウェスキニーが伺いを立てに来たが大丈夫だからと彼に戻るように言った。
「しっかし平気なのか? 別に女がいるのは珍しくは無いが男所帯みたいなところだぞ?」
「サファイアに手を出す輩が居るなら僕は勇者だと崇めるね」
「……おい。あんまりサファイアが居づらくなる様な事するなよ」
「あ、ばれた?」
アシェルは失敗した書類を丸めるとエリュシオンに向かって投げた。
どこまでが本気でどこまでが冗談なの分からない。それなのに頼りにしている自分が少し腹が立った。
「サファイアの事もそうだが、お前も来年は最終学年だからちゃんと準備しておけよ」
「あー……」
そうだった。
卒業するにあたり研究や発表会があった。
それに加え最終学年が主催となるペニシンティガル。
勝ち残り戦で進められる10人対10人の旗撮りゲームであるペニシンティガルは進級してすぐに人員の取り合いになる。
早くからどこに所属するかチームを立ち上げるかを決めておけなくてはいけない。
「討伐に当たらないかな」
「またそんなこと言って。別に生徒なら何年生でもいいんだからサファイアにでも声かけてみたらいいじゃない」
アシェルがきょとんとした表情をした。
(え? そんな事できるの?)
「サファイアは剣術専攻なのに戦力にはならないだろう?」
アレクシスが呆れて言ったことにエリュシオンは人差し指を立てた。
「それ、偏見だから」
アシェルとアレクシスは頭にはてなを浮かべて無言になった。
「後はよく調べてみなよ。僕はもう帰る時間」
外を見ると寒いこの5の月半は日が暮れている。
2の月から始まる修学院に合わせサファイアに魔術を教えているエリュシオンは2の刻に帰ることになっている。
それは専攻が変更しても変わらないという事だった。
執務室を出て帰ろうとしたエリュシオンを追いかけてアレクシスが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「お前、サファイアには家の事ちゃんと言ったほうがいいぞ?」
それは、バウスフィールド家の事。
エリュシオンとエミュリエールの両親がどうしていないのか?
サファイアはまだ何も知らない。
空気を読むように彼女は何も知ろうとはしなかった。
足を止めたエリュシオンが後ろで手を組むとアレクシスから目を逸らした。
「分かってるけど……」
「まぁ、お前一人じゃないから後はエミュリエールと相談するなりしろよ」
アレクシスは自分も相談にのると言った。
「うん……ありがとう」
この話を自分らに振る事が出来る人は限られている。アレクシスはその中の一人。
それとエーヴリルとルシオ。
(そんな訳にいかないか……)
話すような事でもないかと思っていたエリュシオンはにっこり笑うと少し辛そうに目をつぶった。
「時期が来たらきっと話すよ。今はまだ外堀を埋めるので精一杯なんだ」
知らないのは罪。
だから自分の家の養子になった以上、サファイアには知る権利がある。
「そうか」
アレクシスはエリュシオンの様子を見てまだ過去の事ではないのだとため息まじりに言うと、歩いていくエリュシオンの後ろ姿を眺めてから執務室に戻っていった。
サファイアの護衛は当初はフィリズとハーミットになる予定となっていた。
ところが、サファイアの希望でフィリズではなくジュディが抜擢された。それに加えサファイアはハーミットではなくある人物がいいと強く訴えていた。
「ちょっとまって。何でそうなる訳?」
自身を誘拐した事があり危害も加えた事がある相手。
「言葉にするのは難しいです」
サファイアが澄ました顔で首を傾げていた。
無害そうな顔で驚くような事を突然言い出す。
それにエリュシオンは慣れたつもりだった。
「ちょっと考えさせてくれる?」
一度罪を犯したものを貴族令嬢となったサファイアの護衛に迎えるのはどうなんだろうか?
その答えが出せずエリュシオンは返事を先延ばしにすることにした。
自分が良くても簡単にはいかない貴族界の摂理のようなもの。
とにかくサファイアを可愛がる使用人達からの賛成が得られそうもないことと、身元引き受け人のアンセル陛下が許可しないだろうという事が頭に浮かんだ。
それでも日は進むし、護衛も必要になる。
ひとまずはジュディとハーミットで過ごす事にしたが何よりも彼自身の意思がなければ迎える事はできない。
日を置いてからサファイアに彼に手紙を送るように言うと帰ってきた手紙を見て彼女はぶすくれた表情をしておりエリュシオンは少し安堵した。
「何故、エリュシオン様はそんなほっとした顔をしているのです?」
中々の八つ当たり。
「だって仕方ないじゃない。本人がやだっていってるんでしょ?」
「嫌だなんで書いてありません」
エリュシオンが肩を竦めると手紙を折り畳んでサファイアはひらひらと振った。
「また送りますから」
エリュシオンが頬杖をつき息を吐いた。
「好きにしなよ」
彼を正式に迎えられるようになるにはどうしても時間が必要になるだろう。それもサファイアには分かるはず。
でもその間それで彼女にヘソを曲げられても面倒である。
(仕方ないなぁ……)
機嫌を取るための代わりのもの。
代わりの人。
エリュシオンは使用人に二人の人物を迎えるための準備をする為、今夜もエミュリエールと相談するのだった。
春までの間、サファイアは半月に一度薬室へ健診に来ていた。
肩にはニュクスと後ろにエリュシオンがついてきている。
自分に色々あったというのにここは変わらない。
薬の匂いと、開けっ放しの扉。
中を覗くといつもの姿が見える。
エーヴリルは切ったばかりなのか髪が顎で短く切りそろえられていた。
あれ……?
エーヴリルの他にもう一人の見慣れた人物が見える。何か薬をもらいにきたらしい。
「苦くて嫌なのは分かるが問題が起きる前にちゃんと飲め!」
「大丈夫じゃなくなったらちゃんと飲む」
「アシェル!」
薬を飲む飲まないで揉めているよう。
自分も薬は好きではない。ペルカで飲んだ苦い薬を思い出しサファイアは下を出した。出来ればもう飲みたくなかった。
「ちょっと二人ともサファイアが怖がってるからやめてくれる?」
誰が怖がってるって?
空気を読んだのか読めてないのかエリュシオンがそう言うと二人はサファイアの方を見て何もなかったように笑った。
会うのは久しぶりだ。
「お久しぶりでございます」
礼儀正しくお辞儀をするとサファイアは心配そうにアシェルを見た。
「具合が良くないのですか?」
「どこも悪くないぞ?」
腰に手を当ててアシェルがニカッと笑いその様子がアレクシスに似ていた。
「どうせエンスゥシスでしょ? お年ごろだし」
「お前……」
アシェルが不満顔をしていた。
(エンスゥシス?)
聞き馴染みのない言葉にサファイアは手を口に当てて首を傾げていた。
おろしている白金のもこもこした髪が背中まで伸びており、春までにはもう少し長くなるだろう。
エーヴリルが毛艶を確かめるようにサファイアの髪を触っていた。
「エンスゥシスは討伐などで緊張状態を体験した後に起こる一時的な気分の昂りの事だ」
なる程。
それは自分の雷に対する恐怖みたいなものだろう。
サファイアはコクンと頷いた。
「雷とは違うよ。サファイア」
振り向いて見上げるとエリュシオンが少し遠い目で笑っていた。
「エンスゥシスは通常なら一日以上続かないが、彷徨の時期、特に魔力を多く持つ者は症状が重い」
「…………」
それはアシェル殿下はもろに該当するじゃないですか……
「因みに僕も、兄上も薬を使うほど結構酷かったんだよね」
「お前の方が酷かった」
「…………」
サファイアはエリュシオンを見上げると「大丈夫ですか?」と言った。
ニュクスも不安なのかサファイアの頬に顔をすり寄せ尾を首に巻き付けた。
「あーもう。そういう顔で見ないで!」
エリュシオンはサファイアの顔面を手で覆うと前を向かせた。
「君も無関係な話じゃないんだからね」
「え……?」
「そりゃあそうだろうな」
「え……?」
「症状にもよるが薬を使うにもお前は体が小さいからな」
「え……?」
彷徨の時期で魔力が多い。他人事だと思っていたエンスゥシスが急に襲いかかって来た気がした。
サファイアは顔を赤くしてふるふると首を振るとエンスゥシスを追い返すように「大丈夫です!」と強く言った。
「はいはい、大丈夫ね」
そうだといいけどねとボソッとエリュシオンが呟いたのが聞こえてしまった。
「…………」
嫌そうに言う彼にはとても嫌な記憶なのだろうとサファイアは思った。
「そういやサファイア。ルシオが最近不審なカーバンクルが研究所付近で目撃されているって言ってたぞ」
「もしかしてニュクスの?」
「それは分からない」
生体研究所から預かっている黒いカーバンクル。
キャラパティア討伐の際に親とはぐれて保護された彼はサファイアの遊び相手。出かける時には大抵一緒に連れてきている。
気まぐれで甘えん坊で優しい。
「何か分かったら連絡するって言ってたな」
「そうですか……」
ニュクスがいなくなるかもしれない?
彼の家族が見つかるかもしれないという喜びと共に不安も混じる。
もとはいなかったのに……
人間とは欲する生き物。でも、大切なものが幸せになるというのなら。
「サファイア!」
考えて首を随分振っていた。
肩を掴まれる感覚に顔を上げて目を開けると目の前に心配そうな表情をするエーヴリルがいた。
「まだ、何も決まっていない。時間はある」
エーヴリルの瞳に陽が入り優しい色合いをしていた。
コクッと頷く。
そのまま男二人を残して奥の部屋に連れて行かれると診察が始められた。
邸での令嬢としての勉強の他、この時期は夜会がたくさん行われる。
サファイアは顔見せと言われ連れて行かれるとよく知らない人にあいさつをした。
修学院に行く前の予行練習のようなものらしい。
煌びやかな会場にも驚いたがエリュシオンの猫被りようにサファイアは驚いていた。
そしてそれに群がってくる淑女達。
「今日はこの子のお披露目だからごめんね」
「あら、エリュシオン様。子供が欲しいのでしたら産んで差し上げますのに」
「あはは、機会があったらよろしくね」
「…………」
機会なんてエリュシオンが作るはずもない。とても気持ちが悪い会話。
早く帰りたい。
挨拶が大体終わると夜会には最後までいない。
二人で帰ってくるとエリュシオンが仮面を外すように手袋やら外套やら小物を外していく。
「気持ちは分かるけど、もう少し愛想良くしなよね」
それが貴族界でうまくやっていくコツ。
エリュシオンは魔術だけでなく色々教えてくれた。
魔術の才能はもともとあったのかもしれない。
でも彼はとても努力をした人だとサファイアは感じた。
束の間だろう。
そんなバウスフィールド邸での養父との生活。
サファイアは修学院の入学を迎えるのが少し楽しみになった。
溺れながら見る夢
「君との契約を破棄する」
何と答えたのか思い出せない
誰かの血を吐いている姿と寂しそうな紫色の空
自分を傷つけたくて仕方ない衝動
辛くても大切なものだと心に留めた記憶はもう現実だったのかも分からない
それでも縋る自分が少し可愛く思う
それが過程
読むの大変ですよね。すみません。
読んで頂きありがとうございました。