50 エピローグ 1
お久しぶりです。
長くなる為分けることにしました。
夜のうち雨が降っていた。
久しぶりに大降りの雨粒は窓に当たるたびにけたたましい音をあげていた。
あまり寝付きの良くないエリュシオンは何度か起きて朝を迎えると身を起こし、ため息をついた後口許に弧を描く。
(綺麗だな)
朝にはすっかり雨は止み、外の草にある滴が残滓の様に残る。それが何故か朝日を浴びると真珠の様に滑らかに光りしばし眺める。この天然の美しさが固形化出来ればいいのにとエリュシオンは思った。
宝石は美しいと思うが自分の様な虚偽を感じて無意味に飾るのは嫌いだった。
エリュシオンは背後にある飾り板に凭れて目を閉じた。
【フェルデンと先輩達】
査問会が終わった後、フェルデンは今まで感じたことのない達成感を感じていた。
「フェルデン、お疲れ様でした。とても安心しました」
ユリーフが手を伸ばしフェルデンの襟につけた代言士の徽章の下に羽根がモチーフの徽章をつける。
代言士に限らず他の職場でも使われるこの徽章は先輩が後輩に『一人前』だと認められた事を証明するもの。
フェルデンはつけられた徽章を見て予想はしていたので驚かなかった。
驚かないのは一人前の証拠だった。
「どうです? 淋しいでしょう?」
「はい……」
ユリーフの言う通り、フェルデンはポッカリ穴が空いたようだった。
嬉しい事の筈なのにこの4年間共に場を共有していた相手が次からはいなくなる。
思いの外その喪失感は大きかった。
「貴方が一番乗りですね」
ユリーフがフェルデンの襟を掴んで自分のつけた徽章を懐かしそうに眺めていた。
一人前として認められるまでに5年間の猶予がある。
人によっては5年を待たずにもらえる人と5年間ギリギリまでついてもらってやっともらえる人がおり、不適正となればそのまま退職して他へ転職する者もいる。
「ありがとうございます……」
「貴方は優秀でした」
のんびりと微笑むユリーフの襟にも自分と同じ羽根の徽章が付いている。
「次は私を査問会であっと言わせてください」
「ふふっ」と口手を当ててユリーフが笑いをこぼした。この何年も行われている習わしは当然何年か前にもユリーフにもおこなわれている。
「先輩もこれをつけた相手と今は審理しているんですよね?」
驚いたように目を大きく開けたユリーフが「あぁ」と言うと彼は向こうにいた人物を指差した。
「彼ですよ」
「え?!」
それは、さっきまで共に査問会に参加し審理を交わしていた人物。
その人物はユリーフが指を指している事に気づくと仏頂面でこちらに歩いてきた。
(ちょっと、怖いんだけど……)
「エクレストン代言士。指を指していたようだが?」
「私の指導者は誰かと聞かれたんですよ。マクレーン代言士様」
モーセウスは腕を組みフェルデンを見ると鼻を鳴らす。彼の視線は自分の襟に向いていた。
「お前は相変わらず趣味が悪い。試験に自分の先輩を差し向けるとは」
「先輩だからですよ」
もう一度鼻を鳴らしたモーセウスを見て笑うユリーフがフェルデンに言う。
「言ってあげてください」
「え? でも……」
こんな大先輩に生意気じゃないのだろうか?
フェルデンはユリーフとモーセウスの顔を交互に見ると胸を高鳴らせ、のぼせたように顔に汗をかき始めた。
「これは昔から行われてる事ですから、貴方がやらないなんて駄目です」
ユリーフが柔らかく言うのを見てモーセウスは「意地が悪いな」と目を細めた。
フェルデンはおどおどとモーセウスを見るとユリーフが早くと急かす。
「ユリーフが煩いから早く言え!」
肩を跳び上がらせるとフェルデンは覚悟を決めて「では」と咳払いをした。
「依頼者に恵まれませんでしたね」
この日、一人の代言士が一人前として指導者のもとから羽根を持ちはばたいたのだった。
【サファとルシオ】
サファは4の月までは体調管理の為生体研究所で過ごす事になった。4の月半からはバウスフィールド邸に移住し5の月の朔に行う入籍式や来年から通う修学院に向けて準備が行われる事になっていた。
「君は…………」
ニュクスを探して研究所内で迷子になっていたのをルシオに見つけてもらった。そのニュクスはルシオの肩にちゃっかり座り関係ないと言いたげに欠伸をしていた。
「ニュクスを探していたんです」
「探しに来て迷ったら元も子もないだろう?」
サファが恨めしげにルシオの肩に乗るニュクスを横目で見た。
「すみません……」
明日から4の月半。
今日は生体研究所で過ごす最後の日である。
ひとつきもいなかった自分に対し国手達が送る会を開いてくれた。
特にランダからは熱烈にここに残れとお誘いを受けたが困っているところをアムリタ館長に助けてもらった。
「本当はここにいるのがいいと言いたい所だが、君が運命に立ち向かう為に選んだ事なんだろうな」
アムリタ館長とルシオ様はこの先自分に何が起こるのか知っている。その上で自分を信用して選ばせてくれた事はありがたかった。
その後ニュクスを探して迷っていたところルシオに見つけられたというわけだ。
食堂を通り過ぎるとそろそろお開きで片付け始めている。酒を飲みぐったりと眠るランダをユーゼルが揺すっているのが見えた。
「大丈夫ですか?」
「私達は国手だから酒くらいどうとでもなる」
なるほど……
何がどう大丈夫なのかいまいちわからなかったが、ルシオの言葉は妙に説得力があった。
部屋までつくと明日のために荷物をまとめておく様言われるが自分は身一つでここへ来て持っていくものがあるとすれば。
「ニュクスくらい?」
「置いてかれても使わないだろうからな。持っていきたいものがあれば持っていくといい」
ルシオ引き出しから服を取り出すと並べ始め選別をし始めた。どうらや荷造りを手伝うらしい。
魂送りで着た黒い礼服をソファのローテーブルに置いたときに硬いものがガラスに当たってカツンと音を立てた。ベッドで丸まっていたニュクスの耳がピっと立つ。
(あ、忘れてた)
「ん? 何かポケットに硬いのが入っているな」
「駄目!!」
ごそごそとポケットをあさるルシオがそれを出す前に服を引っ張りサファは守る様に抱えた。
服に残るサンダノンの香りが部屋に散った。
「痛っ!」
ポケットの中の硬いものがルシオの足にあたった様だ。打ち所が悪かったのか随分痛かったらしい。
「なんなんだ!! 全く!」
足を押さえるルシオは暫く黙った後、涙目でサファを見て怒鳴る。
「すみません。また食べられてしまうので」
「食べられる? あぁ」
ポケットから出てきたものを見てルシオは納得していた。
「既に食べられているじゃないか……」
「それは先日アシェル殿下が……」
あの時、サファはルシオに交換をお願いする為にアシェルからこの黄色い魔石を預かっていた。
「ルシオ様のと取り替えてもらおうと思ったのです」
「…………」
こんな齧られた魔石など効果はあれどあまり欲しい人はいない。でも、サファにはこれをルシオに持っていてもらいたいという想いがあった。
「なるほど」
ルシオが口に弧を描くとペンダントを眺めて「足跡か」と言った。ルシオの持つ無傷のペンダントは彼が城に行く時に必ずアシェル殿下に届けると言うのでサファはお願いする事にした。
「あの。色々ありがとうございました」
「そんな事思ったりするんだな」
「…………」
思い返せば確かに結構失礼で結構無理な事もしてもらってきた様な気がする。それは、ルシオに対しての信頼と安心。
「今日は早く寝るといい」
残りの使えそうな服を鞄に詰めるとルシオはそう言い残して部屋を出て行こうとした。
扉を開ける瞬間、後ろから彼に飛びつく。
ゴンっ!
(あ……)
鈍い音がしてルシオは暫く黙ったままだった。
「すみま………」
「全く君は激しいな」
怒りもせず振り返ったルシオの額が赤くなっていたが優しく笑っていた。抱きついたサファをルシオが抱き上げると背中を撫でてくれる。
辛い時にいつも撫でてくれた手。
サファはルシオの肩に顔を埋めて静かに涙を流した。
「淋しい。不安。と言うのは当たり前の感情なんだ」
こういう風に感情が込み上げるたびにいつも戸惑う。こういう風に自分が感じても良いのかどうか?
「必要になったら来ればいい」
「…………」
『いつでも待っている』という言葉。
サファは顔を上げて小さく頷くと安心したようにふにゃっと笑った。
【ユニとラセル】
事件後、使用人達の待遇が見直された。
もう鞭で叩かれる事もなく食事を抜かれる事はない。本館で働く大人たちと使用人小屋の子供達は半々にされて身の丈にあった妥当な仕事が割り当てられる事になった。
沢山掘り出された遺体のために慰霊碑が置かれユニとラセルは祈りに来ていた。
エリュシオンから言われた事はノイは死んだ身の上になるという事だ。
ラセルは何かを知っている様に時折怒ったように壁を叩きつけ悔しそうな顔をしていた。
死んだ事にする。
それは生きているという事。
きっとノイもそう思っただろう。
『生きている事だけ分かればいい』と。
風に秋の匂いが混ざる。
白昼の空に浮かぶ白い月を見上げてユニはあの日の月暈とノイの表情を思い出した。『いい事があるといいね』と言いたそうだったノイに今ならいう事が出来るだろう。
「私は運が良かった。ありがとう。ノイそれとミリィ」
ユニが悲しげに微笑むとラセルはユニの肩に手を置いた。
「そうだな」
気持ちは複雑ではあるがノイの行った事に対しラセルは反対するつもりもなかった。
きっと自分自身に必要性を感じた為。
そうだったのだろうと思うしかない。
忘れない。
「いつか返せたらいいな」
二人はお互い顔を見て笑うと頷いた。
【エリュシオンとエミュリエール】
大聖堂。
ここに来るのは久しぶりになる。
ネモスフィロの件の後は溜まっていた書類と、修学院寮の事件でずっと忙しくしていた。
「やあ、兄上久しぶりだね」
確か昨年の祈念式の前にも同じ様な挨拶をした。あれから一年以上が経つ。
いつもの事かの様にエミュリエールは窓を開けてエリュシオンを招き入れた。
「久しぶりだな。エリュシオン」
歳の離れた兄は孤児院にいたサファを一番最初に見つけ保護していた人物だった。
親子の様な二人の関係に少し嫉妬した事もあったが親の役割が自分になる事に兄はどう感じるのかエリュシオンは少し気になっていた。
いつかエミュリエールは言っていた。
『自分では彼女を死なせてしまうかもしれない』
それはエミュリエールだけでなくサファも感じていたはず。
だから、サファは自分の養子になる事を決めたのだろうと。
「サファが養子になる日が決まったよ」
既に契約を交わしているため事後報告の様なものだが、この国にも正式な養子にするための申請と言うものがある。
フェルデンに用意してもらった審判書ともに国王陛下宛に養子申請書を書いて提出する。届出は多くはない、国王陛下直々に呼び出されお互い意見の食い違いが無いかを確認され、子へ守りのペンダントの授与が行われた後、目の前で判をおされる。
入籍式と言われているものである。
「……あぁ。多少は聞いている。大変だったらしいな」
エミュリエールは顎を撫でてエリュシオンを確認する様に見ていた。恐らくエーヴリルからでも聞いたのだろう。
自分が負傷した事や体調を崩した事を。
「全く。僕も信用がないね」
頭の後ろを撫でるとエリュシオンは誤魔化す様に笑う。
「サファも心配だがお前も平気なのか?」
ここ最近の兄は前ほど貴族界への拒絶は示さなくなった。
これが時が経つという事なのかな?
後ろめたい事があっても、エミュリエールとまた過ごしたいと言うのは本当だった。
「もう! そんなこと言うなら兄上も家に帰ってきてよね!」
エリュシオンは腰に手を当てると怒った様にエミュリエールに言った。
ふいっとエミュリエールは顔を逸らした。
(あれ?)
「…………」
いつもなら「断る」と即答するのに今日は何故か反応が違った。
エミュリエールが考え込む様に黙るとエリュシオンはきまり悪く首から黄色い魔石のペンダントを外して机に置きついでに菓子を口に放り込んだ。
「これ、あの子から。頼まれたから」
しまった。兄上は甘いのは食べないんだった。
口の中が辛くてエリュシオンが舌を出す。
「ちょっと待て。何故私に?」
「お世話になったお礼なんじゃない?」
エリュシオンは肩を竦めて首を傾げた。用事は済んだ。窓は開けたままになっており茶色を感じる軽いのに何故かしっとりと落ち着いた風が夏の空気を追い出す様に部屋に入り込む。
「ちょっと待て」
窓に向かって歩くエリュシオンにエミュリエールはもう一度引き留めた。
「ん?」
「入籍式はいつになる?」
窓枠に手をかけたエリュシオンが顔だけ振り返ると藤色の瞳を細めて不思議そうに口を開けていた。
自分達は良く似ていると言われる。
陽で更に色味の薄くなる髪が自分とは同じなはずなのに違う様に見えた。掴みどころがなく何処かに行ってしまいそうな様子がケラスィアの木の下で見たサファと似ている。
母に似ている。
弟ながらとても綺麗だとエミュリエールは思った。
「5の月の朔だよ。来てくれるの?」
来てくれと言うのは言葉通りのただ行くだけでは無い。その事はエミュリエールにも分かっていた。
にっこり笑うとエリュシオンは冗談っぽく「あはは」と声を上げた。
「…………」
「大丈夫だよ」
ここ最近の大丈夫という言葉は不信感を煽ぐ。
エミュリエールはケリュネイアに跨るエリュシオンの姿を黙って見ながら窓枠に駆け寄った。
「ちょっと待て!」
既に飛び上がっていたエリュシオンがため息を吐き引き返してくる。
「言いたい事があるならはっきり言って!」
「その…………考えておく」
また顔を逸らしてぽつっとエミュリエールは言った。
(え……)
「うん……」
驚いた。
勿論嬉しいがそれが優っていた。
「それだけだ」
エリュシオンが飛んでいく様子を見てから窓を半分だけ閉める。
エミュリエールは机に置かれたペンダントを眺めると眉間にシワを寄せて魔石を握りしめた。
誰かに譲り渡す事が決まってからずっと見ない様にしていた想い。
「忘れていない」と自分のもとに届いたこのペンダントはサファのお願い事のように見えた。
(なんで黄色いんだ……?)
手を開いて魔石を陽にかざすと煌めいている様子を見てエミュリエールは首を傾げた。
【アシェルとアレクシス】
「なぁ? エリュシオンはどうした?」
ここの所疎かになっていた書類にアレクシスは判をおしていた。
「来年の入学に間に合わせる為にスパルタ教育をするらしい」
アシェルは頬杖をつくとペンを指先でくるくると回していた。
サファは5の月の朔で行われる入籍式で正式にエリュシオンの養子になる。本当なら今年から修学院に通う事になっていたサファの入学が一年先延ばしとなった為、来年は新規入学ではなく中途にする事にしたのだとエリュシオンが意気込んでいた。
「一年分の講義内容を数ヶ月でなんて、また。気の毒に……」
やっと顔を上げたアレクシスがタオルで汗を拭って哀れんだ表情をした。
エリュシオンは掴みどころが無いくせに無茶振りをしては相手の反応を見て楽しむサディストの気がある。
見た目や雰囲気がふわっとしている為か淑女から人気があるのが不思議なくらい毒舌で恐らくサファはその半分も知りはしないだろう。
「あいつも今回はかなり苦労したんじゃないか? 万が一にも逃げられるような事はしないだろ?」
「さぁ、どうだかな?」
昔のエリュシオンは境遇の為かもっと角があったが最近は随分と丸くなった気がする。
(修学院にあいつが来るのか……)
アシェルは一年前のファクナス討伐の事に想いを馳せていた。
あの時のトラヴギマギアは無垢だった。それが、この前のはどうだろう?
自分で何かを見る事によって感じ思い考え作られた唄だとアシェルは思った。
それによってさらに考えること。それは、サファが何故貴族の養子になり修学院に通う事にしたのか?
サファは今必要だったからという理由で簡単に自分を犠牲にする事もあるが自分には無い思考で人の心に響く解決策を見出すカリスマがある。
何を考えているのかは自分には分からない。それ故に今後も彼女を見守っていく必要があるとアシェルは考えた。
「………い!!」
アレクシスの大きな声にようやくアシェルが気づくと彼は苦笑いしていた。
「聞いてなかっただろ?」
「あー……ごめん」
アレクシスは手に持った書類でぱたぱたと顔を煽ぐとニカッと笑う。
「名前。何になるんだろうと言ったんだよ」
「名前か……」
貴族になるに当たり姓はバウスフィールドになる。だが、名を今まで通りにする事はエリュシオンが許さないだろう。
「アンジェリーナとかエリザベスとかなったらなんか違和感ありまくりなんだが」
「エリュシオンが名付け親でそれはないだろ?」
「あはは」とアシェルが笑うとアレクシスが「お前最近エリュシオンに似てきたぞ」と言った。
この日からサファの名前が何になるのかアシェルは少し楽しみになった。きっとエリュシオンはサファに似合った名前をつけてくれるだろうとアシェルは期待した。
【エリュシオンとサファ】
バウスフィールド邸。
サファはずっと修学院に入るための所作とお勉強をしていた。ところが困った事にサファの使う魔術がこの国の物差しでは測れないためガヴァネスが自信がないとエリュシオンに泣きついてきた。
「あー……ごめんね? そうだよねぇ。あの子少し特殊だから魔術は僕が教えるよ」
流石にこれは仕方がない。エリュシオンは自信喪失でめそめそと泣くガヴァネスに「気にしないで」と優しくい言うと落ち着くまで待った。
「他の事はお願いね?」
自分も修学院には通っていたが男と女では礼儀作法も違うだろう。その為、エリュシオンは修学院に行き女性であるガヴァネスに引き続きサファの魔術以外の教育は引き続き任せる事にした。
「それなら任せてください!」
泣いていたガヴァネスは役割を命じられると両手を力強く握って元気よく返事をした。
「毎日2の刻半から夕食を挟んで4の刻まで僕が教えるからお願い」
「畏まりました」
ガヴァネスが部屋から出ていくと時間は3の刻になる。
(そろそろ夕飯だね)
エリュシオンは何を書き込むか悩んでいた養子の申請書を引き出しにしまうとサファの部屋に向かった。
「ちょっといい?」
部屋をノックすると中から足音が近づいてきて扉が開いた。
「エリュシオン様。どうぞ」
朝も見たが今日は淡い水色の服を着ていた。サファの為に家具や服、日用品などを揃えるようにとハウススチュワートに頼んである。毎日朝だけは一緒に食事をするようにしていたが成る程、だいぶ使用人達に可愛がられているようだ。
髪につけている飾りだってそこらで売っているようなものではない。真珠にカットしなくても透明感の高い水晶。
「その髪飾りよく似合ってるよ」
ガシャンとカップが音を立てる。
「エリュシオン様はいつもそうやってお世辞を言うのですか?」
自分が招き入れたからにはお茶を出す。貴族の間では当たり前の礼儀。
サファは自分に対して水差しに魔力を通して温かいお茶を入れようとしていた。
前よりもずっと人間味が増して困った表情をしているサファを少し面白く感じながら柔らかい癖毛を撫でた。
「すみません」
「いいよ、ところでさ。話があるからこっちに座って」
倒したカップを直しサファは言われた通りに歩いて来ると促されてエリュシオンの座る向かいのソファに座った。
「グエナヴィア = プリチャードがね、君に魔術を教えるのが少し難しいみたいでね」
「……すみません」
サファが怒られる事を予想して肩を落とした。
「あぁ、勘違いしないで。そんな事想定内だから」
落ち込む様子のサファを見てエリュシオンがにこっと笑った。
「想定内?」
エリュシオンの笑顔に含みがあるのか影があるのかが最近読み取れるようになった。
今のは何も含みはなさそうだ。サファは首を傾げてエリュシオンに聞き返した。
「魔法陣を見れば明らかだからね」
確かに魔法陣の書き換えが出来るエリュシオンなら魔法陣を見るだけでどんなものか分かるはず。
「私の魔法陣もご存じなんてエリュシオン様はすごいですね」
「そんな訳ないでしょ? いくら僕が魔法陣の事に詳しくても君のは知らないよ」
エリュシオンはおかしい事を聞いたかのようにカラカラと笑っていた。
「え……?」
なんだ、知らないのか。
サファは少し残念に思い視線をしたの方にずらして塒を巻いているニュクスに手を乗せる。真っ黒の毛から伝わる冷たさが、人間よりも体温が低い事を伝えていた。
青い乳白色の目を細く開けると「またか」とでも言うようにニュクスはまた体に顔を突っ込む。
「知らないけど、理解する事は可能だと思うから僕が君に魔術を教えようかと思って」
「え……? でもエリュシオン様はお仕事があるのでは?」
エリュシオンはどうとでもなると言った。
自分の本来の仕事よりも興味があるといったところだろう。
「修学院の行事の事や礼儀作法については引き続きグエナヴィアが教える事になっているから」
「分かりました」
サファは頷くとエリュシオンから魔術を教えてもらう事が少しだけ楽しみで口許に控えめな笑みを作った。
「初めて笑ったね」
エリュシオンが嬉しそうに目を細めて笑う。
「え?」
そんな訳……
でも確かにそう言われてみれば彼と会話をしていて笑ったと言う記憶はない。
「もしかして気にしていたのですか?」
「…………」
さっきまで優しかった表情を一気に影のあるものに変えるとエリュシオンは立ち上がった。
「夕食に行くよ。今日から教えるから覚悟してね」
扉の前に立ち早く来いと自分を見ている。
えぇ……
何かいけない事を聞いてしまったらしい。
エリュシオンがそんな風に思っていたとはなんだかむず痒い。
エミュリエールは父親という感じだったが、エリュシオンはどちらかと言えば歳の離れている(少し意地悪な)兄のようだとサファは思った。
「今行きます」
ぱたぱたと急いで走るとエリュシオンから注意される。
追いつけないと言ってみれば無言ながらエリュシオンの歩調はゆっくりとなり二人は夕食を摂る為に応接間へと向かった。
「エリュシオン様?」
呼ぶ声が聞こえて目を開ける。
「あぁ、支度できたんだね。よく似合うよ」
言った相手は少し目を泳がせた後、首を傾げていた。
「あの」
「ん?」
瑠璃色の宝石の様な瞳は今日も陽を浴びて美しい。
サファの名前を考えるにあたりエリュシオンはまずこの瞳の事が頭に浮かんだ。
深い青。
今日は入籍式当日である。
午前中に行われる為早めに朝食を摂った後、5の刻に間に合うように法立館に行く事になっていた。
「行こうか?」
何かを言いたそうにしているサファが眉を寄せて思考を絡ませているのが見える。
「後で教えてあげるから」
エリュシオンはサファの手を取ると床に転移用の魔法陣を出し手を引いて歩き出した。
ちまちま書きつつ
少し気分転換をしていました。
逆転裁判面白いですよね。
短話と入籍式でエピローグを分けました。
長くなってしまいましたが……
今日も読んで頂きありがとうございました。