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41 秘事は睫 18

 警告音で異変に気付いたジュディとフェルデンが部屋から飛び出てきていた。


「これは一体」


 そこまで迎えに来ていたルシオを見つけるとジュディが待ちきれずに聞く。


「魔獣が出現したようだ」


「……っ!」


 ユネクトリーネにはあまり魔獣が出ない。

 でもそれが出たとなれば討伐をするよかないだろう。


「騎士団へは?」


「まだだ」


 不幸なことに今はアムリタ館長も不在である。

 彼が不在の際は自分がここでの采配をしなければならない。


「すまないがジュディ殿。イシュタルについていて貰えないか?」


「それはいいのですが弟は」


 ジュディは騎士団所属の騎士。

 これから来る討伐隊に参加する事になる。

 だが、フェルデンは代言士であり戦闘に参加する立場ではない。


「悪いが、それは互いに話し合って帰るか残るか決めてくれ」


 聞かなくてもそれくらいはしてもらいたいものだ。

 ルシオは息を切らせながら廊下を走っていくと指示を出しに執務室へと向かって行った。


 その場に残されたジュディがフェルデンを見る。


「俺は……」


 フェルデンは残りたいという気持ちが強かった。

 でもそれはこれから行われる討伐にもしかしたらイシュタルの使いが何か見せてくれるかもという自分よがりな好奇心でしかない。


 そんな事では駄目だ。

 自分にはもっと役割がある。


「戻ります!」


 そうフェルデンは言い切った。


「私が責任持って貴方に報告する」


「よろしくお願いします」


 ジュディが目を細めて静かにフェルデンに言うと頷くと国手を探して二人は歩き出した。

 一人の国手を見つけて転移陣の場所を聞く。


「それでしたらお急ぎください。間も無くアシェル殿下と騎士達が転移してきます」


 研究所内にある転移陣は二つ。

 ここから近いのは二階にある研究室の近くに設置されたもので、たまたま会った国手が親切にそこまで案内してくれた。


「ここがアルトプラス城の薬室に繋がっている転移陣になります。どうぞ」


「ありがとうございます」


 去っていく国手にお礼を言うとフェルデンは転移陣に入っていく。


「頼むわね」


「姉上もどうかご無事で」


 フェルデンが飛ばされた先には物々しい雰囲気の騎士達が並んでおりエーヴリルが早くそこを退けと顎で指した。

 さっき会った時、ルシオは騎士団への知らせは済んでいないと言っていたが彼の部下がいち早く知らせたのだろう。

 それにしてもこの時期だからなのか些か少ないとフェルデンは思った。


「ジュディはどうしてる?」


 自分の顔を知って話しかけてきたのはアレクシスでフェルデンは少しホッとした。


「姉はあちらで待機しています。恐らくイシュタルの使いの付き添いに向かったかと」


「サンキュー」


 アレクシスがフェルデンの頭をぽんぽん叩くので苦笑いしていたが、この面々にいるはずのエリュシオンがいないことに気付いて不思議に思っていた。


「時間だ入っていってくれ」


「またなフェルデン」


 どんどん騎士達が吸い込まれてアレクシスも飛び込んでいくと最後にアシェル殿下が残る。


「頼むぞ」


 アシェルが振り返ると期待の眼差しでフェルデンを見た後笑っていた。

 フェルデンが慌ててお辞儀をすると彼もまた転移陣に吸い込まれて行った。


(あれがアシェル王子殿下……)


 自分の依頼主と出会い1stなのだという実感がさらに膨らみフェルデンは胸に手を置いて深く呼吸をした。



 ジュディはルシオに言われた通りサファの病室に向かい付き添っていた。サファはけたたましい音がなんだか分からず耳を塞いでおり音が鳴り止むと安心したように息を吐いていた。


「ルシオ様が?」


「ええ、アムリタ館長が不在ですのでルシオ様が指示を出さねばいけません。しばらく来れないかと」


 さっきの警告音が暴走した魔獣の出現なのだとジュディが言うと、サファが宝石のような瞳を大きく広げていた。


「ここから見えるのですか?」


 あまり気配はしない。

 サファが窓の外に目を向けると紫色だった空は既に紺色へと変化している。

 今日は朔、月が出ない。


「ここは一階なので見えません」


 ジュディは監視処まで行けば見えるのではないかと言う。

 少しだけ残念に思うと運ばれてきた食事を見て困った表情でジュディを見上げた。


「私は自分のを持ち歩いているので」


 腰袋からロゼスクを出して食べ始めサファにも食事を食べろとジュディは促した。

 少し距離を空けて立つジュディはサファが食事を食べ始めたのを見て水差しに魔力を通して中の水を冷たくした。


「それは何味なのですか?」


「黒胡椒焼きですね」


 分かりやすく言うとステーキ味らしい。

 ジュディが二つグラスを置くと水を注ぎ入れて一つをサファの前に置いた。


「ありがとうございます」


「…………」


 ジュディは余計な事はあまり話さない。

 同じ空間にいるのに沈黙が生まれる。

 話したいことがあれば聞けばいい。でも、不必要に話す必要はない。

 それがサファにはとても居心地が良かった。


 食事を食べ終わると急に眠気が襲う。

 確かに今日はいつもより心が動いて、魔力も弄った。

 目を擦りながら仕方ないとサファが思っていると横から手が伸びてきて身体が宙に浮く。


 自分のぼんやりしてきている顔がジュディの明るい栗色の瞳に映っていた。


「慣れないことをしたので疲れたのでしょう? 寝てください」


「魔獣が出ていると言うのに良いのでしょうか?」


「避難が必要な状況になっても貴方なら抱えて逃げられますから」


 いや……そういう心配じゃなくて……

 きっとエリュシオンが来るのだろうし、養子契約をしてるからと言って力を貸せと言うような気がサファにはしていた。


 でも。


 自分もあまり余計な事は好きではない。

 きっとジュディも一緒なのだと思う。

 それでも、その状況に置かれれば否が応でもしてしまう矛盾。


 好きなことは食べることよりも寝ること。

 唄う事。生き物。ふわふわした毛皮。


 サファはベッドに乗せられると自分で横になり布団をかける。


「私は自分に好きな物があるとは思ってませんでした」


「…………」


 ジュディは黙っていたが表情はなんとなく穏やかに見えた。それに安心してサファが目を閉じる。


 イシュタルの使いと呼ばれ貴族が騒いでいる少女は普通ではないが普通の子供なのだとジュディはサファの寝顔を眺めていた。



 食事のトレーを片付けた後すぐ、部屋に戻ろうと歩いていると廊下にルシオを見つけた。

 アシェル殿下とアレクシスも一緒にいる。


 ノックをしたのに返答がないから三人とも困っているようだった。


「すみません少し席を外していました」


 思ったよりも早い到着にジュディは早足で近づき三人に声をかけた。


「イシュタルは?」


「寝ています」


「食事は?」


「摂りました」


「寝てからすぐなのか?」


「はい、まだ半刻の半分にもなりません」


 三人はため息を我慢する様にお互い顔を見合わせていた。


「起こすしかないか……」


「どういう事ですか?」


「実は……」


 ジュディはこの場にエリュシオンがいない事に少し疑問を感じてはいた。

 アシェル殿下はエリュシオンから自分が討伐に参加出来ない代わりに養子であるサファを参加させると連絡が来たらしい。

 色々突っ込みどころがあるがまだ子供である彼女に討伐に参加しろなど……


「システィーナ様は?」


「城で待機だ」


 トラヴギマギアの使い手であるシスティーナがいるという事は完全に戦力として出すつもりだ。

 一体何を考えているのか?


「…………」


「恐らくエリュシオンの思惑なんだろう」


 普通の子供なのに……

 ジュディはサファを哀れに思い目を閉じたが、命令ならば仕方ないと扉を開ける。


 ベッドには目を閉じて万歳をしているサファがおり、とてもよく眠っていることが分かる。

 誰もが起こしたくないと思っていた。


「仕方ないだろう?」


 アシェルが自分がやるべきだと足を前に出した。


「今日は少し気が立っていたので気をつけてくださいね」


 ルシオが声をかけるとアシェルが驚いてからの顔を見た。


「まだ不安定なのか?」


「不安定ではなく気まぐれなんです」


 そのルシオの言葉にジュディも頷いていた。


 とにかく起こさなければどうにもならないとアシェルがサファの頬を軽く叩いて反応をみる。少し顔を歪めはしたがサファは起きそうにもない。

 仕方ないと乱暴に布団を剥がして無理矢理サファの体を起こした。


「んん……」


 うっすらサファが目を開けると不機嫌さを顕にしてアシェルを突き飛ばし布団に包まってしまった。


「討伐だ」


 当たり前の反応だと思いつつアシェルは腰に手を当てて追い打ちをかけるようにサファに言った。


「やだ」


 やだって……

 苦笑いしながらアレクシスに目で合図をすると、アシェルは布団ごとサファを抱えて椽に出て行った。


 ついて行こうとするジュディとルシオをアレクシスが止める。


「二人だけで大丈夫ですか?」


「あの二人はあの二人だけの契約みたいなものがある。らしい……」


「え?!」


 二人とも驚きの声を上げた。

 本当はアレクシスもサファをエリュシオンの代理で討伐に参加させる事が心配だったが既に二人の間でそういうやり取りがされているならと渋々許す気になった。

 それにアシェルはサファのお守りの魔石を身につけている。もし、サファが危険な状態になってもアシェルは無事だと約束されている事も大きかった。


「驚いた……」


 ルシオが茫然として呟いた。


「俺も驚いたが当人同士がそのつもりだから自分が言い聞かせるんだろ」


 詳しくは聞いていない。

 でも恐らくは去年の討伐の時であるとアレクシスは思っていた。


「確かに魔力の量で言えば頷けもするが」


「技術的にはまだまだだろうけとな」


 アレクシスがニカッと笑う。


 どういう話をしているのだろう?

 ジュディがアシェルの後ろ姿を不思議そうに見ていた。

 イシュタルの使いが自分の主として既にアシェル殿下を選んでいるという事実がジュディはとても嬉しかった。




 布団に包まったままのサファにアシェルが厳しく話しかける。

 サファの予想通りエリュシオンが自分の代わりに自分を討伐に参加させるという連絡が来たとアシェルは言う。


「手を貸してくれるんだろう?」


「…………」


 布団の中でサファは不貞腐れて黙ったままアシェルの声に耳を傾けていた。


「厭わないと言ったのは嘘だったのか?」


「…………」


 そう言うわけではない。

 でも……


「お前が今厳しい立場に立たされていることも分かっているつもりだ。それに対しては必ず助けると約束する」


 サファは布団をギュッと強く握った。

 そう言うことを望んでいるのではないのだと。


「違うな……お前は俺の代わりに色々な事を見てきてくれた」


 少なからずサファの事は分かっているつもりだ。

 間違えてはいけない。

 アシェルは今までを思い浮かべて慎重に言葉を選んだ。


「必ず、お前が助けられなかったものを助ける」


 多分こういう事だと思ってアシェルが言うと出てこないサファに少し不安になった。


「ダメか?」


 我慢ができなくなり布団からサファが飛び出るとアシェルの胸元を掴んで眉を釣り上げたまま睨みつけた。


「貴方は優しすぎます!」


 ようやく出てきたサファの様子を見てアシェルが困ったように笑う。

 今日は中々に激しい。


「ようやく出てきたな」


 アシェルが小さな子供を見るような目でサファを見下ろすと宥めるようにしばらく黙っていた。


「眠かっただけです……」


「それは……」


 本当に申し訳ない。

 気持ちよさそうに寝ていたところを叩き起こされる苦痛は自分も知っている。


「ごめん……」


「私の気持ちは変わっていません! 誰かに忠誠を誓えというなら貴方がいい」


 一年前と何も変わらないサファの意思がアシェルはとても嬉しかった。

 腕に重みを感じる。

 研究所に運び込んだ時より体重が増えていると感じて安心した。


「手を貸してくれ」


「仰せのままに」


 話が済んだところで後ろを振り返るとルシオとジュディを足止めしているアレクシスの姿が見えた。

 アシェルの様子を見て二人が姿勢を正すとルシオがアレクシスに何かを言っていた。


 椽から室内に入る。


「話はしてある」


「ん」


 アレクシスには今回の討伐の概要を話しておくように言ってあった。

 アシェルはサファに何かを耳打ちした後、彼女が頷くのを見てルシオに引き渡した。


「後は通信で作戦を説明する。すまないがルシオ、サファは自分の鳥がないから連れて行ってやってほしい」


「それは構いませんが、戦闘は出来ません」


 国手であるルシオは修学院時代に少し模擬戦をしたくらいである。

 戦闘に参加しろと言われても自信など皆無だ。


「大丈夫だ。恐らくサファと一緒にいるのが一番安全になる」


「それならアシェル殿下の方が良いのでは?」


「エリュシオンの指示だ」


 一体何をさせるのか薄々ルシオが気づくと安心する。

 ふと、エーヴリルが前に言っていた事を思い出した。


(後でこっそり手紙を飛ばしてやろう)


「…………」


 サファはもう不機嫌ではなかったが何かを考えるように黙っていた。


「何かを言われたのか?」


 ふるふると首を振るとサファは「よろしくお願いします」とだけ言った。

 サファを見下ろしたルシオが言っている意味がわかり頷く。


 エーヴリルもそうだがルシオも情報が断片的でも分かってくれる事がありがたい。

 後に起こる苦痛なんて……

 サファはルシオを見上げて満足そうに微笑んだ。


「よし、待機してある騎士を動かす。お前もこれを持っておけ」


 アシェルがサファの耳に通信器を付けると同じものをルシオにも手渡した。


「取り敢えず……」


 アシェルは白虎を出すと他の二人も鳥を出した。

 ジュディはグリフォンだがアレクシスは熊の獣。先日アムリタが言っていたアマルティアが見れると思うとサファはそわそわし始めた。


「トイレか?」


「金色のもこもこしている羊なのでしょう?」


「あぁ……」


 期待して見上げるサファのお望みどおりにルシオがアマルティアを出してやるとサファに降ろしてくれとせがんでいた。


「雌のアマルティアは蹴飛ばされるぞ?」


 既に目を輝かせて飛びつこうとしているサファにアレクシスが水を刺すとルシオがサファを摘んで抱えていた。


「なんで雌なのですか!」


「こら! 暴れるな。私が乗るのに雌でなくてはいけないからだ」


 手をばたつかせて抗議するサファを見て周りが笑っている。


 因みに女性がアマルティアを使役するには雄を捕まえなくてはいけないらしい。

 むぅ……

 目の前にいるのに触れない事が恨めしい。


「私は自分が女である事を後悔しました」


「…………」

 

 ルシオがサファの思考の飛躍に無言になっていた。


「ほらほら行くぞ!」


 アシェルは通信器で誰かと話をしていたがアレクシスとジュディは手馴れたように飛び立っていく。

 アマルティアに直接乗ることのできないサファは仕方なくルシオに抱えられて目的の場所まで連れて行かれる事になった。



 また……

 サファがアシェルに耳打ちされた事を思い出す。


 エリュシオンは貴族達に見せつけてやれと言っていたらしい。


 アシェルに言われた事は……


『思う存分唄え』


 とても嬉しかった。

いろんな想いが交差する18話。


警告音を聞いてすぐに騎士団に連絡したのはユーゼルでした。


色々なフレーバーのあるロゼスク(携帯用の食事)、一章17話 魔獣討伐 でサファも食べた事があります。その時のフレーバーはフルーツです。


どこでも寝られるサファは寝起きと寝相があまり良くありませんでした。

エミュリエールが気づかなかったのは彼がサファを抱きしめて寝ているからです。


エーヴリルが前に言っていたこと。

閑話 イシュタルの使い診療録に出てきました。

自分だけがサファの唄を聴いたことがないというやつです。


少しずつ気を許している相手にだけサファの態度が変わってきましたね。


今日も読んでいただきありがとうございました。

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