祭事の補佐 11『祈念式 初めてのトラヴギマギア』
あの後、目を覚ましたのは夜遅くなってからだった。そんな時間にも関わらず、エミュリエール様はご飯を用意してくれた。
その時に、わたしに暴力を振るった貴族は、罪に問われることになって、それは、壊した物のお詫びとして、相殺される事になった、と教えてもらった。
それは、孤児が補佐役になるのは、国の許しを得てしているから、国に反抗したことと同じ扱いになるという事だった。
エミュリエール様が、眼鏡が割れてしまった事を弟に言ったら、すごいにっこりして、「懲らしめとくね」って言ってたみたい。
大丈夫かな、あの人。
確かに怖かったし、痛かったけど、もうそんな事が無ければ、わたしはいいし、誰であっても、罰を受けたという話は聞きたくない。
因みに、わたしが、不当な暴力を受けた事は、あの時、あの場にいた人達が、こぞって証言してくれたのだそうだ。
そうそう、それと、システィーナ様が、脅迫をされていると聞いて、本当にびっくりした。彼女は、それでも唄う、と言っているんだって。強くて素敵だなと思う。
あと、白い狼は、『白狼』といって、あの森の主なんだそうだ。どこにある森なのかは、エミュリエール様は、教えてくれなかったけど、あの時、出てきてくれたのは、「何故か、たまたま」と、言っていた。
手のひらを眺める。また、触りたいと思った。
それで。わたしは、と言うと……
すごくやる気が出た!! と言うわけでもなく。
もう、明日に迫った『祈念式』に向けて、準備を手伝っていた。
「あんまり見られてると、食べづらいです」
「ははは。君は綺麗に食べるなと思って」
食欲も出て、夜もちゃんと寝ている。
だけど、エミュリエール様は心配らしく、終わるまでは、自分の部屋で過ごすように、と命令が下った。
「それはハーミット様の指導のおかげですよ」
最近よく言われるのは、作法のこと。
エミュリエール様は、まるで、貴族の御令嬢のようだ、と言ったけど、そんな事、あるわけないんじゃ……と、思ってる。
そもそも、記憶がないから、どうとも言えないんだけど。
ご飯を食べたら、明日は祈念式。今日は早く寝なくちゃ。色々あったけど、少しだけ、辞めなくて良かったと言う気持ちが、生まれてきたような気がする。
「今日の月は、気持ち悪い色ですね」
「あぁ、本当だな。赤い月か……あまり吉凶とは関係ないらしいがな」
そうなんだ。
窓の外の月を見あげていた。
でも、システィーナ様は、脅迫をされてるって言ってた。わたしには、危険から身を守るための、何か、がされている。それなら、彼女を守る手助けがしたい。
サファは、そう、思って、月を背にして、ベッドに歩いていった。
祈念式、当日。いよいよ、この日を迎えた。
朝食をたらふく食べさせられた後、祈念式用の黒いローブに着替える。もこもこした髪が目立つので、ハーミット様に言って髪を結んでもらった。
「準備できたら行こうか。そうだ、サファ、これが今朝、届いた」
エミュリエール様は、わたしに眼鏡を渡した。そんな彼は随分と華やかなローブを着ている。
大聖堂を解放すると、参列者が入ってくる。その誘導が終わったら、あとは、隅の方で立っていればいい。
死を悼んで来ている人から、義務のように参列する人。この祈念式には、色んな人が来ている。
サファは礼拝堂を見回した。
それにしても、警護の騎士もたくさんいるな。やっぱり、システィーナ様の脅迫状のせいなんだろう。
ハーミット達も、ひどく緊張している様子が見てとれた。
システィーナが来る。背が高くて、長い若草色の髪を、後ろで束ねている男の人が一緒にだった。
「ごきげんよう、皆さん」
「この度はよろしくお願い致します」
「いいのよ。わたくしが、したい、と思ったのだもの。彼は、ジェディディア=トレンス、今日は、わたくしの伴奏をしてくれるの」
「………」
紹介されたにも関わらず、男の人は、わたし達と目も合わさないで、ピアノの方へ行ってしまった。
「ごめんなさいね。彼、悪い人じゃないんだけど、少し癖があるから」
サファ達は、微笑んで首を振る。
彼は、音楽以外に全く興味がないらしい。だけど、音楽にかけては天才なんだと、システィーナ様は苦笑いしていた。
エミュリエールが聖典を読み上げると、参列者が一斉に立ち上がり、手を組んで祈りを捧げ始める。
ここから、唄がはじまる。
この唄は、毎年、孤児院にいると聞こえてくるから知っていた。でも、こうやって、魔術にされているのは初めて見る。
この前、エミュリエール様が見せてくれたように、ゆっくり波紋が広がる感じがする。
とても……きれいで、やさしい。
目を閉じて、サファは表情を柔らかくしていた。
その時だった。
ドーンッ ドドドンッ!!
静かに唄を見守ろうと、誰もが思っていた時、礼拝堂の壁が、突如、爆発し、粉塵が巻き上がった。
「爆発したぞ!」
「危ないぞ! 逃げろ!」
誰となく叫べば、騒然となり、その方角を見物する人と、逃げ惑う人が入り乱れて、辺りは大混乱となった。
サファは、音を聞いて、迷わずシスティーナところに走っていった。
何かが、キラッ、と光る。
お願い、間に合って!
それは、システィーナに向かって、猛スピードで飛んでいく。
三本の光の矢だった。
サファは、システィーナの前に飛び出ると、出来るだけ大きく、腕を広げた。
「サファ!!」
エミュリエール様が叫んでいる。
何も考えないで、来ちゃったけど……これってもしかして。
死ぬ、かも。
ギュッ、と目をつぶって身構える。でも、なかなか痛みはやって来なかった。
キィーン、という高い音の後に、爆発が起き、暴風が発生する。
うわぁっ!
飛ばされないように床に手をついて踏ん張る。
風がおさまったあと、サファは、恐る恐る、目を開けた。
やっぱり……
身を守るための魔法陣。
サファのペンダントの効果は、思った通り、発動していた。
爆風で髪をまとめていた紐は解け、飛ばされたシスティーナは気を失っている。
「「取り押さえろ!!」」
騎士たちの大きな声が、大聖堂にひびき渡り、逃げおくれた謀反者は、呆気なく取りおさえられ、瞬く間に連れて行かれた。
大聖堂が静けさを取り戻した。
だけど、残されたのは爆発で壊れた礼拝堂と、祈念式に参加していた人々だった。
大半は爆発が起こった時に、ここから居なくなってしまってたけど、なかには怪我をしている人もいて、悲しみと、虚無の表情を浮かべている。
システィーナ様は……
顔を向けて、見えたのは気を失ったシスティーナの姿だった。彼女を抱えているエミュリエールが、首を横に振っていた。
わたしに、できるかな……
なんで、そう思ったのか分からない。
サファはゆっくり立ち上がった。
前のわたしなら、こんな時、絶対やらない、と選ぶはずだった。なのに、周りの人達の悲しそうな表情を見て、どうにかしたい、という気持ちが、湧き上がる。
コツン、コツン、と静まりかえった礼拝堂の中。わたしの足音だけが響き渡る。
少しだけ口の端を持ちあげた。
”どうにかしたい”と思うのは、きっと、祈念式まではやり遂げたいという、気持ちと同じ。
理由のない、わたしの心、なんだろうな……
大丈夫
サファは、自分を言い聞かせると、祈るように目を閉じた。
体の中にある魔力をポタポタと零す。器から溢れさせないように注ぐイメージで、段々と、量を多くしていく。サファは器の代わりに、手で皿を作っていた。
「予想外の事象だ! 即刻、動けないもの以外、礼拝堂から出せ! 弔いの魔石は置いていかせろ!」
エミュリエール様が怒鳴っていた。彼は、気づいたのだろう。わたしが何をしようとしてるのか。
「「はっ!」」
レイモンドとハーミットが、残っていた人達を誘導すると、2人も広間から出て扉を閉める。
手皿に注がれた、魔力が溢れて、こぼれ落ちる。すると、独特な音ともに、正二十面体が描かれた魔法陣が出現した。
まだ、実感が湧かない。
本当にわたしが出してるの?
サファは不思議そうに、その魔法陣を眺めていた。
ピアノの音が聴こえてくる。ジェディディアがピアノを弾いていた。それに合わせ、魔法陣はゆっくりとまわり出す。音楽が流れる。不安と戸惑いを胸に抱きながら、それでも、前を向いて、サファは唄い始めた。
うん、もうちょっといけるかもしれない。
それは、唄い始めてから少しすぎた頃、いい感じだと思って、頭に浮かんだ事だった。
魔術を大きくしようとして、流す魔力を多くする。ところが、勢いあまって、ドバッ、と溢れてしまった。
あら……
異常なほど急激に広がる、魔法陣。それでも。天井にゆっくり打ち上げる。サファの体が淡い光を帯びて、髪がふわりと靡いた。
今、わたしを唄わせているのは、どうにかしたいという、心と、途中でやめるわけにはいかないという、強い意思。
不安定なのに、芯のある唄声は、感動というよりも、心に刺さってくる感じがした。
弔いの魔石から、魂が抜け出て、小さな光の玉となり、空中にゆらゆらと漂う。
魔法陣を打ち上げた後も、サファは魔力を注ぎ続けていた。
一つ目は、弔いのためのもの。
二つ目は……
足元に、大きな、魔法陣ができあがる。この前、エミュリエール様が唄っていたもの同じ。『平和』の感情をのせる、癒しのトラヴギマギアだ。
「デュオ……」
エミュリエールが、青ざめて呟く。
礼拝堂は、上と下で魔法陣に挟まれ、光虫が漂い、次々に魂が昇っていく。
怪我をした者は癒され、システィーナも意識を戻していた。
後、もうちょっとで……終わる
唄の終盤には、ほとんど魂は昇っていた。
まっすぐ上に!
でも、一つだけ彷徨っている魂を見つけ、サファは優しく手に包み、願いを込めて両手で放った。
次は健やかに過ごせる様に……と。
最後の光が吸い込まれていく。魔法陣は小さくなり、消えていく。
唄えてよかった。
唄が終わると、サファは安心してそのまま意識を手離していた。