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36 秘事は睫 13

 廊下を歩くふわふわとした足取りのエーヴリルを見かけてアレクシスが声をかけた。


「具合でも悪いのか?」


 振り返ったエーヴリルの顔を見てアレクシスが「あぁ」と言った。


「壊れでもしたのか? 危ない」


「いや、休めようかと思って」


 エーヴリルが故意にしている事だとアレクシスが理解すると、これから食事だから一緒に来いと言った。


「国王陛下が居るとかじゃないだろうな」


 前に食事に誘われて行ってみたら王族との会食で食べた気がしなかった事を思い出す。


 堅苦しいのは嫌い。


 国王両陛下は国手が診ており、エーヴリルは主に城で働く貴族と騎士達の診察と治療を担っている。

 討伐があった時には人手が足りなくなるので国手館から国手が派遣され治療に当たる事になっている。

 人を診るだけなら別に堅苦しい国手でなくてもいい。

 それがエーヴリルの国手にならない理由だった。


「アシェルとフィリズと食べるんだわ」


「エリュシオンはいないのか?」


 アレクシスの言った事を不思議に思いエーヴリルが鋭い目をして聞く。


「あいつ、なんかやってるみたいで殆どこっちに来てない」


「なんだ……と?」


「なんだって何だよ」


 エーヴリルは耳を疑ってずいっとアレクシスに詰め寄った。

 今し方話したばかりのエリュシオンが最近執務室に出仕せず、何しているのかも連絡がないとアレクシスは言った。


「アシェルもあいつはもともとそう言うところがあるから放っておいていいって言ってる」


 悪いようにはしない。

 それはアシェルなりの信頼の仕方だとアレクシスが言うのを聞きエーヴリルは詰め寄っていた身をアレクシスから離した。


「さっき……」


「ん?」


 エーヴリルは言いかけ「後で話す」とアレクシスと歩き出す。


 この時間になると城で勤めていた者は自分の邸に帰り家族と食事を摂るので廊下ですれ違う者は少なくなる。

 寄宿で過ごす騎士達も食事を既に済ませ自分の部屋で寛いている時間帯だ。


 溶けてなくなる事のない蝋燭が人が近づく事を感知してジジっと燃える音がいつもより大きく感じられた。


 湿度で体に張り付く服に不快感を感じながら夏を迎える前の雨季を感じる。


 エーヴリルは涼しげに歩くアレクシスの様子を見てふと声を掛けた。


「お前、もうやったのか?」


 その言葉にアレクシスは少し考えてから「あぁ」と言う。


「もう、寒いったってたかが知れてるだろう? 俺のクリオの時期は毎年今頃だよ」


 クリオとは服に冷感や温感の魔法陣をつけ快適に過ごすためのものであり、冬の間につけたクリオを春に消して3の月が終わる頃に皆夏のクリオをつけ始める。


「もうそんな時期なんだな」


 去年夏のクリオをつけた頃サファがファクナスの討伐をしていた事をエーヴリルが思い出すとアレクシスも同じ事を考えていた。


「あーマジであの時の小さいやつがここまでやるとは思わなかったよ」


「それには同感だな」


 二人とも夏の討伐の後確かに孤児である姿を見ている。

 冬に誘拐されるとその後失踪したにも関わらずその存在感は消える事なく今まで続いている。


「早いところ確保したいところだ」


 今は生体研究所にいるサファも何か思う事があればいなくなってしまうだろう。


「エリュシオンが何か手を打っていると思うぞ」


 執務室すぐ近くの廊下を歩きながらさっきのエリュシオンの様子を思い出してエーヴリルが言うと、部屋の前に着きアレクシスが誰に了承も得ず扉を開けた。


「なんだ? エーヴリルも一緒か?」


 アシェルが入ってきたアレクシスを見てエーヴリルがいる事に気づくとソファから立ち上がる。

 ソファの向かいにはフィリズが座っていて話をしていたようだった。


「エーヴリル様、今日はありがとうございます!」


 そう言いいアシェル同様立ち上がるフィリズをエーヴリルが穏やかな表情で見ていた。


「助かったのはこっちだ」


 首を傾げて見るフィリズとエーヴリルを見てアシェルはいいものを見つけたように笑っている。


「よし! じゃあ飯にするか」


 そう言いインクの補充をしていたウェスキニーに声をかけた。


「応接間の準備をして参ります」


 少人数なら執務室で食べることもあるが自分が増えて別室にした方が良いと判断したのだろう。

 エーヴリルは「悪いな」とウェスキニーに言う。


「今日は雰囲気がとても柔らかく感じます」


 にっこり笑うとウェスキニーは食事の準備をしに部屋を出て行った。


「本当です! 眼鏡はどうしたんですか?」


「何となく置いてきただけだ」


 強靭そうなエーヴリルが目が眼鏡を外した事で少し若くて柔らかい顔に見える。

 ぼんやり世界を眺めたくなる事もあるのだろうと三人はその答えに納得する事にした。


「今少しだけフィリズに聞いていたんだがどうだったんだ?」


「お前達はエリュシオンからどこまでを聞いてる?」


「俺達は、なあ?」


 エーヴリルとアレクシスはアシェル達の座っていたソファに食事の準備ができるまでの間座る事にした。

 さすが国の王子が使う部屋であって四人座っても少し余裕の残る。


「エリュシオンからは自分が他でやる事があるからサファが運んだ中毒患者に話を聞いてくる事をエーヴリルに頼んだってところまでだ」


(あいつ……)


 エーヴリルは少し座り慣れないソファに落ち着かない様子で何度か座り直すと、今日のユニとの話を話し始めた。


 聞いていた三人は険しい表情となり耳を傾けていた。


「そんな事があるのか?」


 予算などの書類は修学院を通して国王に申請されている。

 実際、その書類を目にした事はないがそれなりに配慮された金額が与えられているはずであった。

 サファが事件を起こさなければこの先も気づかれずにいただろう。


 では与えられた予算は何に使われていたのか。


「裁かれるべきはそこか」


 アシェルは軽蔑する様に言葉を吐いた。


 蝋燭がジジっと音を立て、外でぱらぱらと音がしだした。


「また降ってきたな……」


 アシェルのその言葉に目を窓に向けていると、ノックが聞こえて準備ができたとウェスキニーの声が聞こえてきた。


「飯食べながら話しようぜ」


 お腹を空かせていたアレクシスが話の途中でソファを立ち上がるとアシェルを先頭に隣にある応接間へ場所を移す。


 トレーに一人分の食事を乗せる食堂とは違ってウェスキニーが給仕をしてくれるようだ。

 たまにはこう言うのも悪くはない。

 エーヴリルは席に着くと既に食べ始めているアレクシスを横目に食事を始める。


「エリュシオンは何をしてるのか本当に知らないのか?」


「さっき言った連絡が来てから何もない。そう言う事はよくあるからな」


 アシェルはカトラリーを持ちステーキを口に運んでいた。


「…………」


 黙っていてもいい気がするがエリュシオンは恐らくアシェル達に伝わっても良いと思って話しに来たのだろうとエーヴリルは思った。


「エリュシオン来たぞ」


 突然言い出したエーヴリルを三人がポカンと見る。


「来たって?」


「恐らくアシェルに手紙を飛ばした日と、ついさっき」


 アレクシスはエリュシオンの影で色々動き何をしているか分からないところがあまり好ましいと思ってはいない。

 アシェルが放って置けと言うから許しているだけだった。


「あいつまた!」


「別にいい。それで? 何か言ってたのか?」


 エーヴリルはユニとの話を聞いていった事と使用人の建物の敷地内にあるオルタンシアを調べたいと言ったらちょうどそっちの事を調べているからその段取りをとってみると言っていた事を告げた。


「なんだ、あいつ。代言士でも脅すつもりか?」


 少し冗談で言ったアシェルがステーキを食べ終えて副菜に手をつけ始めると、見事にトマトだけを脇に寄せている。


「確か、同級生にいたはずだ。でもなぁ」


 アレクシスが何かを思い出して笑いを堪えていた。


「ん?」


 話をしている隙にウェスキニーがアシェルの皿のトマトを小ぶりの皿に移し替えてにっこりすると、その皿を見てアシェルが嫌そうな顔をした。


「あいつその同級生に女と間違われて、あんまり良く思ってなかったぞ?」


「あっそれ聞いたことあります! 黄薔薇様」


 フィリズが手を挙げて発言するとグラスが落ちそうになり近くにいたウェスキニーが手際よく受け止め、それを見ていたエーヴリルが苦笑いをする。


 確かにそんな事をエーヴリルも聞いた事がある。

 修学院に入ったばかりのエリュシオンは今よりずっと背が小さくて、線も細かった。

 背が伸び始めたのは修学院を卒業した後でそれまでは可憐でか弱そうな見た目から少女に間違われることも少なくはなかった。


「あんまり言わない方がいいぞ、気にしてるらしいから」


「一体どんな見た目してたんだよ」


(またそういうこと言って煽って)


 興味を引かれたアシェルがアレクシスから聞き出そうとするがアレクシスの方は「恨まれたくないからやだ」と言いい、アシェルが不貞腐れて目の前のトマトをカトラリーの先で突く。


「黄薔薇って言ったらエミュリエールも黄薔薇様だったぞ」


「ほぇ〜」


 フィリズが驚きと納得の混ざった声を上げると「じゃあサファちゃんは何色になるんでしょうね」と期待まじりに言った。


「そりゃ、白なんじゃないか?」


「白ですか」


 まあ確かに白薔薇でもおかしくはないが。

 アシェルはやっとトマトを口に運んで目をつぶり渋った顔をしながら思っていた。


「エーヴリル様は?」


「…………青」


 アシェルが目を開けると微笑むエーヴリルが見え、嫌いなトマトをまた口に放り込み微笑んだ。


 その後は結局、自分のいた頃の修学院がどうとか技術発表会がどうとかアレクシスが話し出し、それにフィリズがその後こうなってと付け加え、わいわいと昔話に耳を傾けるアシェルとエーヴリルが少しだけ何か言いたそうに相槌をうっていた。




「姉上」


 久しぶりに帰って来た姉に少し聞いてみようと声をかけてみたものの返事はない。


「…………」


 特に嫌悪感の為話さない訳ではないと知ってはいるが男は少しやりづらかった。

 その後の言葉を待つように少し動作を止めた姉は男をじっと見ると首を傾ける。


 ファーディナンド家は代々法立館の代言士をしているがどう言う経緯か姉は騎士団の所属を希望した。

 頭はあったはず。

 

 多くを語らない姉の真意は誰にもわからない。


 今にも部屋に入って行こうとする姉に「イシュタルの使いが……」と言うとピクリと指先を反応させた。


「……教えて」


 姉が言葉を吐くのはいつぶりだろう?

 その様子に男は少し戸惑い話し始める。


「今日、エリュシオンが来て」


 はぁっとため息を吐く音が聞こえた。


「また……」


 姉は男を招くと、男が何年かぶりに入る姉の部屋に緊張して恐る恐る入っていった。

久しぶりに投稿します。

気がつけばPV4000を超えていました。


目が悪い人って眼鏡がなくても感覚で生活出来るのだそうです。


国手は王族を診察するだけでなく王からの依頼なども受けています。

サファやユニの治療もアムリタがちゃんと王様の許可を得てしていることです。


一年通して同じ服が着れれば衣替えとかしなくていいのに……というのがクリオの発端。


ファーディナンド家。

忘れた頃にやってくる彼女の存在。

色々と事件に関わってますが彼女はサファが眠っている姿しか見た事がありません。

寡黙で余計な事が嫌いな彼女がサファと関わりどう変化していくのか少し楽しみです。


読んで頂きありがとうございました。

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