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30 秘事は睫 7

 ここへ来て何日目の朝だろう。

 つい最近までは毎日変わり映えのない日々を送っていたのにあの日、ユニと本館で罰を受けてから状況は毎日違う。

 ノイは布団から出る覚悟して起きるといつもの様にラセルと一緒に朝食を摂りに行った。


 まだ自分の姿に見慣れないのか周りの人にじろじろ見ていたがノイはだいぶそれに慣れてきていた。

 ノイから色々と秘密を打ち明けられた後、ラセルには秘密にする様には言ってなかったが、彼は誰にも言わない事にしたらしい。

 そんなラセルからもたまに何かを言いたそうに見られるが「大丈夫だよ」と言うと彼はため息を吐いた。



 ノイを残して殆どが午前中の仕事に出かけると使用人小屋は閑散となる。

 

 春と夏の境目である今の季節は晴れれば夏の様に暑く雨が降れば肌寒い日もある。

 今日は晴れていて窓の外は夏の日に見られるもくもくとした雲が浮かんでいた。

 きっと午後に白雨になるのだろうとノイは思う。


 雷は苦手。


 それが何故なのかは分からない。

 だけど、自分の失くしている記憶に関係がある事なのだろう。


 思い出せない事に微かに首を傾けるとノイは代わりに何かを思い出してベッドの横にあるチェストの引き出しから紙とペンを取り出した。


 紙を広げて上を向いた後、ペンを持つとエリュシオンに向けて手紙を書いて最後に返信はしない様に付け加えた。


「ふぅ」


 思わずノイの口から息が漏れる。

 窓が眩しくて目を細めると眩しさに慣れるまで暫く窓をみる。


(私は何なんだろう……)

 

 刻印を付けられ何をするのかはよく知っているつもりだ。

 だけど、記憶を失ってからのサファという人物と今のノイという人物は後から付け加えられた物で元々の自分では無い。


 そんな事は今まで気にもしてなかったのに……


 考えてしまってはいけない。

 ノイは紛らわす様に今日これからの事を考える事にした。


 午前中の仕事をして使用人達が帰ってくると昼食を摂った後、生徒達が院内に居なくなるまで小屋で待機になる。

 ノイには新し仕事をする為にスタンリーが迎えにきた。


「毎日少しずつ紅いオルタンシアの花を食べるといい」


 本館に続く渡り廊下で燦々とした太陽の光を浴びる紅いオルタンシアをスタンリーが指差した。


「貴方だったんですね……」


「…………」


 そう返事をされたのは初めてだったのだろう。

 スタンリーは少し驚いて口を噤んだ後自嘲した笑いを見せた。


「これくらいの事しか出来ない」


 今までスタンリーを使用人管理者の補佐官とだけ思っていたが、彼にもどうしようもできないこの状況の中で救いたいという気持ちがあったのだとノイは知る。


「大丈夫ですよ、私は食べません」


「お前は知ってるんだな……」


 何を?

 という事は聞かなくても分かった。


 本館に着くといつもと違う部屋に通され体を清められた後、綺麗な服を着せられる。

 知らない人に体を触られるのは嫌い。

 支度のために控えていた使用人の手伝いを断りノイは自分で身支度を行った。

 服を着替え終えるとまたスタンリーがやって来て確認する様に上から下まで視線を這わせた。


「ユニもしていたんですか?」


「……そうだ」


「ミリィもですか?」


「……そうだ」


 ノイが目を細めて梳りながら淡々と聞く。

 鏡に映るスタンリーが何かを持っていることに気づくと見開いてスタンリーに視線を向けた。


「これを唇に」


「僕は男ですよ」


 スタンリーに手渡された紅を唇に落とすと艶やかな口元になる。

 指についた紅を眺めたノイは指先で紅をなくす様に擦り合わせるともう一度指先を唇に当てて目だけを抗議するかの様にスタンリーに向けた。

 肝が据わったノイの姿はまるでそれを職にしている者かの様にスタンリーの目には映った。


「男でも見た目さえ良ければ関係ない」


 スタンリーは無表情に言うとついて来いと言った。


 ピカッと空が光った様な気がして外に目をやる。


 ゴロゴロ……


 いつ聞いても不穏を煽る。

 今日は朝から天気が良かったが昼下がり頃に白雨になるだろうと予想はしていたのでノイはただ黙ってスタンリーを追いかけながら雷を見ていた。


(まだ、遠い)


 自分をその状況にするには自身を追い込む必要があった。最近暮らしていた環境もありノイはかなり我慢ができるようになってしまった。

 雷は嫌い。

 それでも自分に味方してくれるように窓に向かってノイは両手を組んでいた。


「神助をいただけますように」


 前を歩いていたスタンリーがノイの行動を怪訝そうに見ると「早くついて来い」と言った。


 ポツポツと降り始めた雨が目的の場所まで着く頃には大降りとなり、さっきまで乾いていた地面が急に冷やされて湿った土の匂いが漂う。

 相変わらず遠くの方で雷鳴が聞こえノイは苛々する様な緊張する様な妙な気持ちを覚えていた。


 たまに本館の使用人に会うと、彼らは道を空けスタンリーに頭を下げて通り過ぎるのを待っている。

 ここの使用人は子供だけの小屋とは違って大人ばかりだ。


「どうしてこちらは大人なのですか?」


 ノイを哀れんだ目で見ている使用人の前を通り過ぎてからノイがスタンリーに聞く。


「もともと小屋で過ごしていた者達だ」


「…………」


 ノイは脳裏に蟷螂の卵を思い浮かべた。


(大人になれた人という事か……)


 苛々する。

 修学院の敷地内の自分達が過ごしている目と鼻の先で起こっている事にどうして気づかない?

 それとも気付いた上でと言うならそれこそ救いようのない事だ。


 スタンリーについて行くと奥まった一つの扉の前で止まる。


「中に入れ」


「…………」


 黙ってノイが扉の中に入ると中は広くなく床に魔法陣の描かれた絨毯が敷いてあった。


「初回は同伴するが次からは一人で行く事になる」


「この先は何があるのですか?」


「行けば分かる」


 スタンリーに背を押され陣の真ん中に立たされるとノイは他人の力で転移する気持ち悪さに口を抑えた。何処かに飛ばされて軽い眩暈と吐気に我慢して周りを見回す。

 何処かの屋敷の様だがノイには何となく見覚えがあった。


「ここはどこですか?」


「……そんな事は知らなくていい」


 スタンリーは相変わらず何も説明はしない。


(そう……)


 普通に窓があり雨が降る様子も転移する前と変わらない所を見ると、恐らく敷地内かそれほど離れていない所であろうとノイは予想した。


 眩暈と吐き気が良くなって来た頃、スタンリーが突き当たりにある扉まで歩いて行くのを見てノイもついて行こうとするとスタンリーに待っているようにと止められる。

 扉の向こう側で話し声がしてスタンリーが戻って来た。


 何かを言いたそうな表情でスタンリーを見上げてノイは首を少しだけ傾けた。


「この先にいる人物の言う通りにすればいい」


 スタンリー眉間に少しシワが寄った様に見えた。


「出来なければ死ぬしかない」


「……そうですか」


 スタンリーをじっと見る。

 あえて業務的にノイが言うとスタンリーが目を逸らした。


「さっさと入れ」


 話をする事を拒む様にスタンリーは言う。

 ノイは目を合わそうとしないスタンリーを横目に見ながらノブに手をかけカチャリと扉を開いた。


 パタン


 ノイの後ろ姿が閉められた扉で見えなくなるとようやくスタンリーはため息を漏らした。




 ノイが入った扉の先には男が一人ソファに座っていた。


「ようやく来たか」


 男は立ち上がるとノイに近づき髪を一束掴んだ。


「へぇ。男だって言うからどんなのが来るかと思ったが……なかなか……思ったより小さいな」


 名前もわからないその男は髪を離した後、今度はノイの艶のある唇に触れる。


 ピカッと光った窓の外にノイが口を少し開きビクッと体を震わせると、男は愉快そうにニヤリと笑う。


「雷が怖いのか? だがそんなのはこれから気にならない程可愛かわってもらえるんだからな」


 ノイの唇を何度かゆっくりなぞり更に顔を近づける。

 アシェルと同じくらいかそれより何歳か年上くらい。男が随分若そうで、エリュシオンともアシェルとも違うがそれなりに整った顔をしていた。


「すみません、私は初めてなので……」


 男はノイの声を聴くと驚いた顔をして愉快そうに笑う。


「お前トラヴィティスみたいだな。いい声をしている」


 そんな事は聞きたいことではないとノイは思ったが座った目で笑っている男の顔を見返した。


「反抗的だが悪くはない」


 男がノイの小さな体を乱暴に抱えるとベッドに放り投げて上にのしかかりボタンをゆっくりと外す。

 シャツのボタン三つ目を外した所でノイが不快さを我慢して目を閉じると、男が顔を近づけて来たのでノイは咄嗟に相手の口を押さえてクルッと体を横に向けた。


「恥ずかしいのですが……」


 落ち着いて言ってはみたものの慣れていないこういう事にノイの心臓はバクバクと音を立てて今にも爆破してしまいそうだった。


 質問する事は許されていない。


「…………」


 男は苛立ちを覚えた様に顔つきを変えると今度は体を捩らせたノイのズボンを下ろし始めたので、ノイは足をバタつかせて抵抗する。


「生きがいいな。この前のユニって奴はあまり面白味が無かったから新鮮だ」


 片手でノイの腕を強い力で押さえつけるとノイの長い睫を指先で軽く引っ張り頬を引っ叩く。


(嫌!)


 乱暴にシャツのボタンを引きちぎって前をはだけさせられ腹に顔を埋められる。その不快感に我慢が出来ずノイは男を蹴り飛ばした。


「何をする!!」


 男が腹を抑えて怒りの形相でノイを見ると今度は壊す様に首を掴み床に投げ飛ばした。

 半分引き下ろされていたノイのズボンがその拍子に脱げるとあらわになった足がズズッと擦れて血が滲む。


「はは、前のミリィって奴は馬鹿みたいに言いなりだったが胸だけはデカかったのは良かった。他の奴らも随分と楽しませてもらったぞ」


 寒気がする程緊張で指先は冷たいのに腹の奥底が熱い。


 男がノイのペンダントの鎖を引っ張ると強い力で鎖が切れ、紅い石が部屋の隅にカツンと硬そうな音をさせて転がって行った。

 そのまた違う所で何かが光る。

 男がナイフを振りかざしていた。

 ギラリと光るナイフには男の笑う顔が映り込んでいる。


(熱っ)


 ちょうど振り落とそうとする所。

 ノイは倒れ込むようにナイフから逃げると足をくじいて床に尻餅をついた。

 うまく避けられず左腕にナイフが当たり血が流れ、左手の指先からポタポタと赤く水滴が落ち始める。

 男が床に座っているノイを壁に追いやると興奮した様に息を上げながら首を掴んで絞めつけ始めた。


「はぁっ はぁっ。あの胸デカい女、首絞めたら簡単に死んじまったからな……」


 もはや正気の沙汰ではない男の言動と行動。

 ゴロゴロと雷が近づく。

 ザーザーと雨が強く降る。


(気持ちが悪い……)


 ノイが首を絞められながら床に転がる紅い魔石を光が薄らいで行く瞳で眺める。何故だかのんびりと考え事をする暇さえあった。

 走馬灯と言うのはこう言うものなのかとここ一年のの記憶が駆け巡ると最後にミリィとユニの姿が浮かんだ。

 ユニは生きている。

 でも、ミリィは……?


 『胸がデカい女、首を絞めたら簡単に死んじまったからな……』さっき言っていた男の言葉をもう一度頭の中で繰り返してみた。


「…………い」


 唇だけが微かに動く言葉は男には聞こえなかった。


(………来い……)



 バリバリバリ ドカーン!!

 閃光と共に雷が物凄い音を立てて地面を、大気を震わせた。


 何が膨らみ体をはみ出て更に膨らんでいく。

 その異様な様に男はノイから手を離して距離を取った。


 怖い


 痛い


 許せない……


 ……


 指先は冷たくて身体中の血液が沸騰している様にとても熱い。

 虚な目でノイが俯いて一度瞬きをする。


 怖い


 痛い


 許せない


 空間か真っ赤に染まっていく様な感覚。

 膨らんだものがフッと吸い込まれると今度は重くのしかかる様に放出されその圧に男は足が竦んだ。


 顔をあげたノイの瞳は赤く染まっており、その瞳で男を見つけると哀れむ様に指を唇に当て首を傾げる。


(そんな距離で大丈夫?)


 男はそう言われたように感じて竦んでいるのも忘れて無我夢中で何度も転びながら逃げ出した。


「助けてくれ」


 何を言っているんだろう?

 ノイは男を見下してもう一度首を傾げていた。

囮捜査まっしぐらな感じです。


ここの場面はかなり苦しんで書いた記憶があります。

そして時系列病が……

転移魔術。私よく人の運転で車に乗ると酔うのに自分が運転すると平気なんですよね。

紅いオルタンしたの事やらミリィの事やらは後でまた出て来るのでその時説明します。


今日も読んでくださりありがとうございました。

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