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28 秘事は睫 5

 夜半過ぎ。

 いつもならもう寝ている時間。

 エーヴリルから届いた手紙を眺めてアシェルは難しい顔をしていた。

 ガシガシと頭を掻き毟りたくなる衝動を抑えて手紙の端を何度も指先で弾き、紙がよれよれになっている。


(どうしろって……)


 エーヴリルは彼女なりにサファを養子に迎えるエリュシオンに伝えない方がいいと思った理由があったのだろう。


(制裁があったばかりだからな)


 取り敢えず今は寝るとして、誰に明日伝えるかどうかを考える。


 制裁を加えた領地は新しい領主を建てる事になった。その采配は国王である自分の父親がしている。

 アクティナとネモスフィロに関した被害については今回エリュシオンが珍しく動いていた。


 アシェルは今、比較的傍観者の立場な事もあり、出来ればサファの話を直接会って聞きたい所だった。


(くそぉ、あんまり眠れなかったじゃないか)


 自慢ではないが心配事や環境の変化があると自分は眠れない。

 アシェルは朝まで断眠して寝不足の重い体を無理矢理起こすとウェスキニーが身支度の為に訪室した。


「アシェル殿下、少し寝不足の様ですね」


 アシェルの顔を見てウェスキニーが伺う様に顔を見ている。


「少し考え事があって」


「最近は一段落ついてよく眠れてましたのに」


「体調は悪くない」


 ウェスキニーは自分の体調不良には敏感だ。

 あまり体調が良くないと思われては部屋から出るのを制限されてしまう為、先手を打って言うと「ご自愛しながら学に励んでくださいませ」と修学院に行く支度を済ませてくれる。


 修学院が2の月から始まると執務は帰ってきてからとなる。

 勿論、騎士団関係の討伐などが起こった場合は院を欠席又は早退が許されていた。


 今年度は魔術強化の為、修学院の専攻は魔術Ⅲにしたので右胸に太陽の両サイドに幻日がある梟の顔の様なモチーフの徽章をつける。


 少し前に受けた転移の魔術の講義でサファの六法陣を思い出した。

 試験なのか大講堂で唄う月暈塔の連中の唄は聴くに耐えない。それでも自信満々で唄っているのをアシェルは不思議に思っていた。


 一日の講義を終えて執務になる前にエーヴリルの所に行く事にする。


「エーヴリル、少しいいか?」


 エーヴリルは患者を一人見ていて「少し待て」と言い、奥の部屋にアシェルを通す。

 ここに来たのはサファがタラッサの一件後居なくなった時が最後だ。


「待たせたな。今日は一人で来たのか?」


「いや、何も言わずに来たから……」


 何が聞きたいのかエーヴリルには分かっているようだ。


「手紙の事で何点か確認したい事があって」


「何が聞きたい?」


 エーヴリルはサファのやる事については見当がつかないと言った。

 手を開くと徽章が載せられており見覚えのある箒の絵が描かれている。


「これは?」


「サファが運び込んだ少女が所持していた物だ。見た事がない徽章だが」


「え?! ないのか?」


 アシェルが驚くとエーヴリルがずいっと顔を近づける。


「お前これがどこのか知ってるのか?」


「あ、あぁ……」


 執務をしていると極たまにその印の入った書類があった。

 院内ではそのもの達は生徒に会ってはいけないと言われ、その者と生徒達、双方の時間を厳守させる事でお互い会わず過ごせている。

 アシェル自身も会ったことがない存在。

 エーヴリルがこの徽章を見たことがないのは無理もなかった。


「修学院の使用人の物だ」


「修学院……? なら直ぐにサファをそこから連れて来てくれ」


「はぁ」


 エーヴリルが言うには、遅くにサファが運び込んだ少女はある植物を食べたその毒で意識混濁と呼吸抑制になった状態だったらしい。

 それに加えてサファ自身もだいぶ衰弱している様子だったと言う。


 簡単に返事をするにもいかない。

 色々考えを巡らせて行き着いた答えは……


「……なるべく急ぐ」


 その言葉を聞いてエーヴリルはアシェルから離れると腕を組んだ。


 修学院は広い。

 出会える確率は低いだろうが何もしないよりはマシかも知れない。

 また、自分が自由に行動出来るのは院内でしかないとアシェルは思うとその日から少し遅く帰る事に決めた。



 数日たったある日、今日も見つけられなそうだと思って転移するのに良さそうな人気のない場所でアシェルは今後の事を考えていた。

 物音もなく目の前で何かが動いた。

 子供?

 しかもかなり見窄らしい格好をしていた。

 

 相手を見ると相手もアシェルの事をじっと見た。


「お久しぶりです」


 確かに相手はそう言った。


 久しぶりとは顔見知りだがしばらく会ってなかった相手に対して言う言葉。

 そして、この背格好で該当する人物は一人しかいない。


(見つけた)


 資料室から出ようとする人物のシャツを掴んで引き寄せると軽い体は簡単に捕まった。


 シャツを掴んでいた所に血が滲むのを見てアシェルは力弱く抵抗するサファを無視してシャツを捲り上げた。


 白くて小さな背中には何かで打たれた後。

 赤く腫れ上がって血の滲む傷に手を当てると熱を持って熱かった。

 癒しをかけようとしてサファに口を塞がれる。


(なんなんだよ)


 口を塞いでいるサファの手を掴むと掌から熱が伝わってきた。

 熱い。


 エーヴリルが言った様に痩せて衰弱している様子だがサファの目だけは強く光り訴える。

 その強い意志のある瞳をアシェルは何も言わず眺めていた。


「何かできる事はあるか?」


 こんな状況に置かれながらもサファが何をするつもりなのか詳しくは教えてはくれない。


 サファが突然軽く話し出すと髪の毛を切り揃えて欲しいと言うので「それくらい出来ないんですか?」と言われた事もあり思わず言う通りにしてしまった。


(もう、これが最大限の譲歩だぞ)


 がっくりと項垂れた顔を挙げるとサファの頭の上に手を載せ呪文を唱える。


 座標計測の為の魔術。


 抵抗されると思ったがサファは大人しく魔術を受けると「合図します」と言った。

 きっとさっきの「何かできる事はあるか?」と言った返事だとアシェルは思い「分かった」と答えるとサファは「ありがとう」微笑んで資料室を出て行った。





「「はぁ?!」」


 放課後まもなく騎士団の執務室へ来ると既にいたエリュシオンとアレクシスがおり、意を決して今までの経緯を話すと二人から驚きの声が上がった。


「なに? 今まで隠していた訳?」


 特にサファを養子にするエリュシオンには非難の目で見られる。

 どういうの理由かは知らないが最近エリュシオンはサファを探すのに随分手を回している様だった。

 そりゃあ特に表立って探していた訳ではなく、いつもの様に学院に行き、執務をしていたのに口からサファを見つけたなんて言えば裏で報告があった事を隠していたと言われても仕方ないだろうとアシェルは思った。


「……今回は逃げることがない様直接話をつけて来た。年が近い分話を付けやすいと思っただけだ」


 腰に手を当てたエリュシオンを前に手にしていた書類を置くと、アシェルはエリュシオンに図面を渡した。


「わぁ 座標計測スュステーマだ!」


「よくつけるの許したな」


 アレクシスまでもが図面を見に来て覗き込んでいる。

 今はまだ院内で作業をしているのかサファは幻日塔にいる事を示している。


「ん、座標スュスは大人しく付けさせてくれたぞ?」


「あ……あぁ。サファは知らないかも」


「なるほど、それでか」


 アシェルがエリュシオンに図面を渡しサファの追跡と危険そうなら保護する様にと言う。


「…………」


「何だ? アレクシス」


 アシェルが何か言いたそうに黙るアレクシス見た。


「アレクシスはこのまま事が起こるまで待っているより先に保護した方がいいんじゃないかと思ってるんだよ」


「…………」


 確かにその方が良いだろうが……


「好きなようにさせてくれなきゃまた逃げるとでも言われた?」


「あ、いや……」


 エリュシオンが呆れた顔で息を吐くと、アシェルを見下ろした。


「二人ともハッキリしてよね。特にアシェルは指揮を握ってるんだからしっかりして」


「…………」


 キッパリと言い放つエリュシオンに本当にこれで良いのか迷いつつアシェルは自分の考えを二人に告げる。


「サファからは『明らかにして解決したい』『これが終わったら必ず赴く』と言われている……」


 エリュシオンを見ると彼は腕を組み偉そうにアシェルを見下ろしたままだ。


「それで?」


「未練を残して連れて来るのはダメだ。それにお互いの今後の為に得策でない。『合図する』と言っていた。それまでは座標スュスで行動を監視しつつ待つ事にしようと思う」


「…………」


 エリュシオンは何も言わなかった。

 何も言わずに無表情で見下ろされると否定されている気がしてアシェルはつい聞いてしまった。


「……ダメか?」


 バシッと後ろから頭を叩かれてアシェルは頭を押さえた。


「いてぇ、何だよ! アレクシス」


「アホか!」


 今まで黙って聞いていたアレクシスが怒った様にアシェルを見ると頭を掴む。


「自信持って言え! 俺達はダメだったらちゃんと止めてやる。俺はお前の顔色を伺う様な態度に苛つく」


「…………」


(あぁ、そう言う事……)


 エリュシオンを見ると仕方ないと言った様に口を押さえて笑っている。

 考えてみれば、二人は自分の考えを実行する為にいるのだとアシェルは思い態度を改めて命令を下した。

 エリュシオンには座標スュスを使ってのサファの監視、アレクシスには修学院の使用人宿舎とその管理人の調査。


「俺は……」


「アシェルは院に通いつつ待機して」


 エリュシオンがアシェルの言葉を遮る様に言う。

 何故かはその表情からは読み取れなかった。


「なんで?」


「何となくと言いたいけど、聞く限りだとサファは随分切羽詰まった状況で何かをしようとしているんでしょ」


 窮余一策でサファが起こす事。

 紅い瞳、崩れかけた廃墟。


「その時に多分近くに寄れる人は限られているよ。それに、近くに寄れても止める事が出来る人物は限られるんだよ」


「それならお前の兄貴じゃないのか?」


 エミュリエールとサファの親子の様な間柄は記憶しているし、廃墟でサファの暴走を止めたのはエミュリエールだった。


「前はそうだっかもしれないけど今はどうか分からない。それだったら少し前に関わりのあるエアロンの方がまだ届きやすい」


 以前ならエミュリエールが良くて今ならエアロンの方がいい。

 その意味が分からずアシェルは目を細めて頬杖をつく。


「お前はどうなんだよ」


 エリュシオンは手をぱたぱたと振りエアロンの足元にも及ばないと言った。


「僕は自慢じゃないけど、サファに笑いかけてもらった事ないから無理」


「え?!」


「それなら俺もだな」


「え?!」


 何度も笑った姿を見ているアシェルは二人の言った事を聞いて驚いていた。


「一番最近、サファが信用するに値すると思ったのはアシェルだよ」


「なるほど……分かった……」


 アシェルはアレを止めるのかと少し不安になったが自分が適材適所ならやらなくては行けないと腹を括ることにした。

 そして、ウェスキニーを呼びつけて手紙を持たせて使いを頼むと少しして保管箱を持ってウェスキニーが帰ってきた。


「さっすがー」


 アシェルが蓋を開けるとエリュシオンがカラカラと軽く笑って手を叩いた。

 そんなエリュシオンの事も気にせず魔石を手に取って眺めるとアシェルの青を帯びた乳白色の瞳に映り込む。


「一つはエリュシオン、お前が持っていろ」


 以前サファから買ってくれと届いた黄色い魔石はアシェルとエリュシオンが一時的に持つことになり、それぞれが普段のことをしつつ時が来るのを待つ事になった。



 アレクシスとエリュシオンの二人は執務室を出て廊下を歩いていた。


「お前こそ暴走するなよ、エリュシオン」


「暴走はしないけどさぁ」


 少し荒れた様に言う気持ちはアレクシスにも分からなくなかった。

 自分ならまだしも、自分達の主まで利用して来るサファの強かさは二人とも少し腹が立っていた。


「アシェルは優しいから断れなかったって訳じゃないから言う事聞くけど、いい加減穏やかな僕も心穏やかじゃないよね」


「お前に陽気さはあっても穏やかさなんてあるのか?」


「失礼だね!」とエリュシオンが子供っぽく頬を膨らませた。


「お前その顔、誰かの心象を崩すからやめた方がいいぞ」


 アレクシスはエミュリエールと同級生な事もあって小さい頃からエリュシオンを見ており、エリュシオンには兄が三人いる様なものだった。


「お前の養女にするんだろ、大丈夫なのか? そんなんで」


「大丈夫だよ。是が非でも養子が欲しいのは本当だしね」


 エリュシオンはアレクシスの方を向き腰に手を当て胸を張っていた。


「その為に僕はもう一つ保険をかけて来るよ」


「あんまりやるとまた逃げられるぞ?」


 アレクシスがあんまり緊張感なくニヤッと笑いエリュシオンの肩を軽くポンポンと叩き「まぁ、頑張れ」と言って左の通路へ歩いて行った。


(さて、いつにするか?)


 出来れば寝ている時の方がいい。だけど、あまり時間をかければ事が動き出してしまう。

 事が動き出す前じゃなくちゃ……

 サファが絡んだ事が起きるといつも心を躍らされる事の不快さを感じながらも不敵な笑みを浮かべてエリュシオンはその準備をする為に自分の邸に戻った。

今日は疲れてしまったのでもう寝ようと思い、早めに投稿します。


座標計測スュステーマは現代のGPSの様な物です。

GPSとは違いある一定範囲内の行動を監視する物で、例えばサファが修学院の敷地内から出てしまうと行動は分からなくなり、今回エリュシオンが渡されたのは修学院の設計図の様な物となります。

囮として忍び込んだ者の行動を監視するために使用する魔術となっています。


エリュシオンには兄が三人いる。

エミュリエールとアレクシスと姉であり兄の様なエーヴリルという意味でということです。

そんなエリュシオンの年齢は一九歳、今年で二十歳となります。

ちょっと話しでした。


今日も読んでくださってありがとうございました。


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