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27 秘事は睫 4

 もう、夜の6の刻がだいぶ過ぎた頃。

 エーヴリルが今日の日誌をつけていると奥の部屋でガタリと物音がしてその扉を眺める。


(なんだ?)


 日誌を書いていた手を止めて立ち上がると扉の前に立った。


「誰かいるのか?」


 少し間を置いて聴こえた声に驚いて扉を開けると見窄らしい人物が少女を一人抱えて床にへたり込んでいた。


「サファ……なのか?」


「…………」


 髪が伸びボサボサになって髪と瞳は茶色をしていたがよく見れば本人である事が分かる。

 その風貌よりも以前見た時よりずっと痩せている事にエーヴリルは驚いた。


「……助けて」


 その言葉は自分をではなく抱えている少女の事を言っているのだろう。


「何が起きている? 今何処にいるんだ」


「私は直ぐに戻ります。この女の子を助けて」


 聞きたいことは沢山ある。

 だが、サファが切羽詰まって訴えている事にエーヴリルは耳を傾けた。


「この子はどうしたんだ? 昏睡状態だぞ」


「オルタンシアの花を……」


「お前もかなり衰弱しているじゃ無いか!」


 エーヴリルがサファの手首を掴むとその細さにゾッとする。

 掴んだ手首は細いだけではなく随分と熱かった。


「私はこの一件が終わったら戻ります。だからお願いします」


「分かったから、お前も治療して行け!」


 このまま帰せば死んでしまいそうな程の儚さにエーヴリルが説得するも、サファは首を振り手を振り払った。


「直ぐ戻らないと行けないの。私は大丈夫です」


「ダメだ!」


 そうこうする間にサファは転移魔術の魔法陣を出し始めた。


「おい!」


「ΜΕΤΑΦΟΡΑ」


 エーヴリルが止めるのも聞かずに夢の出来事の様に少女を一人置いてサファは何処かに飛んでってしまった。


「何なんだ、全く」


 ぶつっと文句を言った後エーヴリルは苦しそうに呼吸をしている少女の解析をし始める。

 栄養失調と精神疲労と……それに加え植物性の毒物が検出された。

 自ら死を選んでもおかしくない状況。

 一体何があったらこんな風になるのかとエーヴリルは首を振りため息をつく。


 植物についてはあまり詳しい事は分からない。身近詳しい人物を思い浮かべると生体研究所でへの道を開くよう手紙を飛ばした。


 程なくして相手から『準備が出来た、いつでも来い』と返事が届き少女を抱えて部屋の隅にある魔法陣の上に立つ。


「ルスターク」


 エーヴリルが転移した先では兄のルシオが待ち構えていた。


「珍しいなお前の方から来るなんて」


 ルシオはエーヴリルが抱えている少女を見て目を見開いた。


「中毒者だな。だいぶ症状が重い。何を食べた?」


「詳しい事は分からない。この子を連れてきた人物はオルタンシアの花とだけしか言ってなかった」


「取り敢えず治療台に」


 エーヴリルが少女をベッドに寝かせるとルシオは何処かに行って本を何冊か持って来る。


「一刻おきに回復をかけてくれ、持つか分からないが薬を作る必要がある。誰だこんなの連れてきた人物は」


「…………サファが」


 急いで薬作りの準備をしていたルシオが手を止めてエーヴリルの方を見る。


「来たのか?」


 エーヴリルがゆっくり頷くと薄ら笑った。


「はぁ……」


 ルシオが額を抑えて首を振った。


「オルタンシアはもともと毒性を持たない。だが、過栄養の土壌では毒を溜め込み青い花は紅くなる。フェガロフォトでは近年そんな報告は無かったんだが……」


 何処かで思いもよらない何かが起きている。

 サファのあの状態……


「深刻な問題かも知れないぞ、然るべきところに報告は済んだのか?」


「そんな事は分かっている!」


 サファがらみならエリュシオンに伝えた方がいいのかも知れないがこの前の制裁の一件を聞いてエーヴリルはエリュシオンに伝えるのを躊躇していた。

 それなら誰に?

 誰なら信用ができるかと思ったところでその人物は限られていた。


 サファは恐らく自分を信用して少女を託しに来た、ならばそのサファが信用している人物でなくてはならない。


「ペンと紙借りるぞ」


 エーヴリルはその条件に一番当てはまる人物へ手紙を送った。


 一刻した後癒しをかけろとルシオから声がかかった。

 エーヴリルもルシオも徹夜には慣れているがこんな切羽詰まった状況は久しぶりだ。


「薬はどれくらいで出来上がる?」


 少し疲れた声色でエーヴリルが聞いた。


「もう後、半刻経つまでには出来上がる。間に合いそうだ」


「……全く、見た目は借りてきた猫見たいに大人しいのに人を振り回してくれる……」


 愚痴のように言ってはいたがエーヴリルは呆れと優しさの篭った眼差しをしていた。


「お前は随分イシュタルの使いを気に入ってるんだなぁ」


「何だろな、放って置けない……」


 ルシオは薬を作っている手を止めずエーヴリルの話を聞いていた。


「歳の離れた妹と言うなら、俺の妹でもあるな。話しかけるなよ」


 ルシオが唇に弧を描くと薬の最後の工程に入った。

 ルシオはキュクノスを届けたときに眠ってる姿しか見ていない。

 その印象は小さくて白い。

 だが、耳に入ってくる情報はとても大きい者に感じられた。

 祈りを唱えながらぐるぐると鍋をかき回すと薬が完成した。


「機会が有れば一度お目にかかりたいよ」


 完成したばかりの薬をエーヴリルに渡し少女に飲ませるように言った。






 止めるのも押し切って何処かに行ったノイ達をどうしたらいいのかラセルは分からずにそのまま待つしか無かった。


 戻ってくるのか?


 そんな心配は他所に、ノイは思いの外早く帰ってきた。

 ただ、一緒に行ったはずのユニを連れていない。


「ユニは?!」


「大丈夫、私が信用している人に預けてきた」


 少しノイの様子がおかしい。

 ラセルはノイの肩を掴んで自分の方を向かせた。


「!!」


 強い恨みの篭った紅い瞳にラセルは思わず絶句する。


「何が起きているか分からない………でも許さない……」


 まだ月明かりの差し込む窓を背に、目だけが紅く光る。

 その熱さとは反対にゾッとする冷ややかな眼差しは首を心臓を掴まれているようだった。


 異常な程の殺気。


 自分に対して言っている訳では無いのにラセルは息を詰まらせ床に倒れ込むと自分の胸元を掴む。


「苦し……」

 

 その声にハッとしたノイが殺気を消して瞳を元の茶色へ戻す。

 倒れ込んだラセルに近づきペタンと座ると頭を下げた。


「ごめん……」


「………勘弁してくれよ……殺されるかと思った」


 ラセルはノイに「お前は何者か?」と聞こうとしてやめた。

 何者か聞いたところであんまり理解は出来ないと思った。


「これからどうするんだ? ユニが居なくなったら気付かれるよな?」


「……気付かれてもいい」


 ラセルは意味が分からず説明を求めるようにノイをじっと見た。


「今まで何人も居なくなっている。だから、ユニもそうなった事にすればいい。管理人は逃げたとしか言えない」


 ノイの断片的な説明にラセルは大体しか分からなかった。


「ラセル、君の協力が欲しい」


「危ない事は嫌だぞ?」


 ノイは少し企む様にラセルを見上げるとニコッと笑った。



 ノイがラセルに頼んだのは院内と寮の転移場所の選定。


「お前、本当にやるのか?」


「うん、場所さえあれば」


「そうじゃなくて……」


「……やるよ」


 気弱そうに見えるのに言い出した事は前から押し通して行くところがノイにはあった。

 ラセルはため息をつくと、二人は誰も居ない院内をノイのための道案内だと会う人に言って場所を探す。


「ラセルは場所探しの協力だけでいいから」


「もっとみんな頼ればいいんだ。ミリィもユニもノイも……」


 何も出来なかったと自分を責めることもあっただろう。ラセルは床に捨てる様に言葉を吐いて「行こう」と黙々と前を歩いて行った。


 院内で六箇所、寮で二箇所転移先として記憶すると、ノイは仕事へ向かうのに迷わなくなった。

 時々、不審に思われない様にワザと迷うといつもの様に鞭で打たれて背中が真っ赤に腫れ上がった。


 鞭で打たれたその帰り。

 本館と小屋を繋ぐ渡り廊下。

 降っていた雨は帰る頃には止んでいたが、それはついさっきの事だと言う様にオルタンシアが濡れていた。

 青いはずのオルタンシアはこの敷地のここだけ赤紫色の花が咲いている。

 泥濘んだ地面を歩き、オルタンシアの近くまで行くとサリガリが移動しているのを見つけ角を指で突いてみた。

 殻の中に逃げ込んだサリガリは少し経つと何事もなかった様にまた葉の上を這っていく。


 ノイはサリガリを忌々しい視線で眺めていた。


 小屋まで帰ってきたノイにラセルがもう一度聞く。


「本当にやるのか? 大丈夫なのかよ」


「うん、大丈夫だよ僕は男の子だから腹を括らないと」


「…………」


 こともなさ気に行った後、にっこりと笑ったノイをみてラセルはユニを置いて帰ってきた時の事を思い出し身震いした。


 後は……そろそろ。



 今日はいつもより早く院内に掃除に出かける。

 幻日塔その端にある資料室の奥が転移場所だった。

 ノイはそこまで転移魔術で行くと生徒に見つからない様にそろりと影からでると部屋の中を突っ切って扉へ向かおうとする。


 影から出てきたノイの姿を眺める人物と目が合ってしまった。


「「…………」」


 相手と二人して無言になった後、ノイは何食わぬ顔で部屋を出て行こうとした。


「お久しぶりです」


「…………」


 相手は幸い驚いて言葉を無くしている。

 ノイがノブに手をかけると後ろからシャツを引っ張られた。


(…………ぅぅ)


 つい最近鞭で叩かれたので擦れるだけで激痛が走りノイが悶絶しすると破けた皮膚から血が出てシャツが点々と赤くなる。


「怪我しているのか?」


「…………!」


(ちょっと……!)


 異性だと分かっているはずなのにシャツを捲し上げられノイは軽く抵抗する。


「………っ!」


 背中を見た相手が息を飲むのが聞こえ、ぺたっと背中に当てられた手が冷たく感じた。


「セラ……もがっ」


「だめ!」


 相手がシャツを掴んでいた手を離してノイの腕を掴んだ。


「今度は何をしようとしてるんだ……お前は」


 ぐぐ……と逃すまいと掴んだ腕に力が入る。


「…………」


 まぁそうですよね……

 ノイは相手の厳しい視線から逃げる様に薄ら笑って目を逸らした。


「エーヴリルから手紙が来たぞ。お前、中毒患者を運び込んだそうだな。しかも、ご丁寧に居場所のヒントまで添えて」


「…………」


「聞いてるのか? サファ!」


 私がユニに持たせたヒントは修学院の使用人なら持っている徽章。


「聞いてますよ……アシェル殿下。今はノイです」


「じゃあ、ノイ。何をしようとしてる?」


「…………」


「また、黙りか」


 はぁっとアシェルが溜め息をつき掴んでいた手を離した。


「これが終わったら私は必ず養女になるために赴きます。全てを明らかにして解決したいだけ」


 ジトっと見るアシェルの視線が痛い。

 ペルカの事も、エアロンの事も、ネモスフィロで起こった事も少なからず迷惑をかけてかけているのかもしれないと思うと申し訳ないがノイにも譲れないものがある。


 キッと強い視線で上目遣いにアシェルを見ると彼は観念した様にまたため息をつく。


「何かできる事はあるか?」


 それは私のする事を肯定した上での言葉。


「あ……。出来たらお願いしたい事が」


「おい!」


 今までの緊張感はどこへ行ったのやら世間話の様にお願い事を言い始めたノイに突っ込むがそれでも叶えてしまう自分をアシェルは恨めしく思った。


「大丈夫ですか?」


「あぁ……」


 ノイのお願い事は髪を綺麗に切りそろえて欲しいという事だった。

 別にそれ自体はそんなに魔力を使うものでは無いが結局ノイの言いなりになってしまった自分に対しアシェルは「俺は馬鹿かもしれない」と頭を垂れていた。


「ありがとうございます」


 そう言うノイは髪を整えられて整った顔立ちが露わになっている。

 今は茶色になっているノイの頭にずっと何か言いたそうなアシェルが手を載せて呪文を唱える。

 ノイには何の魔術かは分からなかったが受けた感じは悪いものではないと思いそのままにした。


「必ず合図を送ります」


「分かった……」


 ノイはその言葉を聞くとふにゃっと笑ってもう一度「ありがとう」と言い資料室を出て行った。

国手館組のバックレー兄弟が出て来たので少しお薬の話を。


植物の毒で有名なのってトリカブトとジギタリスですよね。

オルタンシアの毒性はトリカブトのアルカロイドによって引き起こされる嘔吐、眩暈、幻覚などの症状とよく似ています。

ジギタリスはその名のとおり強心作用があり昔から心疾患などの治療薬として使われていました。

どちらも少ない量で致死量となる為、日本ではジギタリスから作られているジギトシン、アルカロイドで作られているモルヒネなどは劇薬、物によっては毒薬とされています。

ちょっと話でした。

今日も読んでくださってありがとうございました。

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