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26 秘事は睫 3

 午前中の掃除をすると昼食を終えてユニは呼び出されていた本館に行った。


「…………」


 迷ったかも……

 大丈夫と言った手前ちゃんとした所を見せたかったがやっぱり一人では目的の場所までたどり着けない。


「あれ、今日は一人なの?」


 彷徨って歩いていると他の持ち場にいた人に会いノイの姿を見かけてあっちから話しかけて来た。


「うん……幻日(げんじつ)塔の三階なんだけど……」


「そっか、そろそろ一人で出来ないといけないもんね。ここは、月暈(げつうん)塔の三階だよ向こうの渡り廊下を渡った先が幻日塔」


 ここに来てしばらく経つものの、名前を覚えたのは数人で顔を見た事はあるのに名前を知らない。彼とはそんな関係。


「ありがとう。えっと……」


「ヴァルだよ、ノイ」


 ノイは頭を掻きながらヴァルを見上げると頷く代わりに唇で弧を描く。

 自分の名前を知っているのに自分は相手の名前が言えない事に気まずいと思った。

 ヴァルが不思議そうにノイを見る。


「ありがとう、ヴァル。ごめん」


「いいよいいよ。それより早く行きな」


 コクっとノイは頷いた。

 トコトコ幻日塔に向かって歩くとその途中でノイはもう一度振り返るとヴァルが手を振っているのが見えてノイも手を振り返し歩いて行った。


(親切な人で良かった)


 講義室は三つ、乱れた椅子や出しっ放しの教材を片付けていると机の上に先日やった転移魔術の綴じものが捨てられているのに気づく。


 はぁっとため息をついてゴミ箱からそれを掴むとぱらぱらと(めく)るとペンで落書きもされており、少しだけ気が沈んだ。


 外を見れば掃除をしている間にまた雨が降り出して外が煙っていた。

 窓が雨で濡れる。

 もうすぐ窓に自分の姿が映し出される時間。


 ユニはどうしているだろう?


 ふと、ユニの事が気になり仕事をさっさと片付けるとノイは雨に濡れながら小走りに使用人小屋へ戻る。


「ラセル、ユニは帰って来てる?」


 少し前に戻ったのか濡れた体をタオルで拭いているラセルを見つけて声をかければラセルは何かを言いたそうな顔で「まだ」と言う。


 人には言えない事がある。

 それは自分にもあるしラセルにもあると思ったが、ユニとラセルの二人で自分に秘密にしている事がある様だった。


「……そう」


 何を隠しているのか?と聞きたいのは山々だったが、もし聞いて教えてもらえなかったらと思うと、つい保身してしまう。


「もうすぐ帰って来るよ」


 ノイが傷ついた様に見えてラセルは補う様に言ってタオルを投げて渡した。


「うん……」


「背中は大丈夫なのか? 随分治りが早くてびっくりしたよ」


「あ……うん。思いの外治りが早くて良かったよ」


 背中が大丈夫かと聞かれ、今まで気にならない程になっている事に気づくと、怪しまれない様にノイは笑顔を作る。


「夕飯までに帰って来るといいね」


「そうだな」


 タオルで体を拭きながら言うノイにラセルも笑いかけた。


「ただいま!」


 夕飯少し前にユニが疲れた様子で帰ってきたが特に暴力を振るわれた様子もない。

 ノイとラセルはひとまず安堵した。


「大変だった?」


「それはこっちのセリフよ」


 ふふっとはに噛んだユニは、自分の仕事のことよりもノイの仕事ぶりを聞かせて欲しいと言うので、迷った先でヴァルに会って場所を教えてもらったと説明する。


「そう、ヴァルにねぇ」


「お前、ヴァルの名前知ってたのか?」


「失礼な話、名前知らなくて本人に聞いた」


 二人に「やっぱりね」と笑われる。


「んで、相手は自分の名前知ってたってやつだろ?」


「うん」


 そろそろ夕飯の時間になるので部屋から出て三人は食堂へ向かった。

 途中で話に出ていたヴァルの姿が見えると、ノイに気づいて手を振っていた。


「ノイはここの連中に随分名前を知れてると思うよ。ねぇ? ラセル」


 ノイが振り返していた手を下ろすと二人の方を見た。


「そうなの?」


 そんなに目立った記憶は無いのに意外。


「そうだなぁ、鞭で叩かれる回数が多い奴だなって皆んな思っているんじゃ無いか?」


「えぇ……」


 必死だったと言うのに腑におちない。

 ノイは口を押さえて顔色を暗くした。


「でもね、それでも一生懸命だからほっとけないのよ」


「そうそう、最初はなんだこいつと思ったけどな」


 首を傾げたノイに二人が言う。


 少しだけガヤガヤとしている食堂で三人で食べる食事。

 ユニが少しだけ仕事について話したのはしばらくはノイやラセルとは別行動になると言うことだけ。

 ラセルが心配そうに「何かあったら言えよ」とユニに話しかけているのをノイは見ていた。

 結局、最後にはノイが一番心配だと二人が言って笑っている。


 思えばこれが、三人で夕食を食べた最後の日だった。


「みて、雨が止んでいるわ」


 窓の外を見たユニが空をジッと見上げて何かを呟く。


「え? なに?」


 ノイもラセルも何を言ったのか聞き取れず聞き返すと「星が見える」とユニは言い、ノイは首を傾げた。



 明日のためにベッドに入るとノイは慣れない事に疲れていたのか間もなく眠りに落ちる。




「ねえ? ノイ」


 おっとりとした声で話す声が久しぶりに聴けて嬉しくて呼ばれた方を向こうとした。


「こっちを向いちゃダメ」


「どうして?」


 向こうとして動かそうとした身体は縛られた様に動かなかった。


「ミリィ、どこに行ったの?」


「…………どこにも行ってないわ。出れないだけ」


 間違い無いミリィ声だった。

 ミリィの方を向こうとしてもがく。


「出れない?」


「ユニを助けて………」


…………


…………


…………



パタン…


 夢の途中、戸の閉まる音でノイは真夜中に目を覚ました。

 

 ラセルは寝ている。


(トイレにでも行ったのかな?)


 夜間に起きてトイレに行くノイとは違って、ユニは寝てしまうといつも朝までは起きなかった。

 待てどもユニは帰ってこない。


 夢のミリィが言った事と昨日の事もあり心配になるとノイはのそっと起き上がって息を吐いた後、考えるように黙ってベッドから出た。


 トイレに行ったのならそのうち帰ってくるはず。


 ノイはトイレには行かずに昨日ユニがいた本館への渡り廊下へ向かうと近くまで来て話し声が聞こえた。

 声は遠くの方で聞こえて途切れ途切れにしか聞こえない。


「………少しずつ……………るといい」


「………だったの……」


 ユニともう一人は誰だかは分からない。

 ノイは柱の影に隠れてみたが別に見つかったらそれでも良かった。


 星が見えなくなった空にはノイを見据える様にぽっかりと月が浮かんでいる。

 その下を話が終わって歩いていくユニが見えた。


 歩いた先には色の乱れたオルタンシア。


 ユニがオルタンシアに手を伸ばしパチ パチと花を一つ毟りその一つを顔に近づけるのを見てノイは今し方来た様に声をかける。


「ユニ? 花をとったら可哀想だよ」


「あ……ノイ」


 とことこと歩くノイの姿がユニの茶色の瞳にまだ映っていた。

 毟った花はまだ手に持っている。


「トイレ?」


 ユニの姿をノイが瞳に映してほんのりと微笑み優しく言った。


「うん……ノイは?」


「同じ、戻ろ」


 頷いて歩いて行くユニの後ろをついて行きながらノイは何となく呼ばれた気がして振り返る。


 空にぽっかりと浮かんでいた月の周りに虹色の輪がぼんやりかかっているのが見えた。


「ユニ見て」


「どうしたの?」


「月暈が見える」


 前を歩いて行くユニが立ち止まってノイを見て首を傾げると空を見上げる。


「あの輪っかがそう?」


 この時期に月暈が見られるのはそんなに珍しい事では無い。


 それでも「何かいい事があるといいね」とノイは言おうとした。

 だけど、ユニの顔を見て言ってはいけないと思ってしまった。


「綺麗ね」


「……うん」


 誰と話していたの?

 その疑問は月暈の輪の如く夜の闇に飲み込まれて行くしかなかった。



 朝起きるとユニは既に起きた様でベッドにいない。ラセルを起こしてユニの事を聞いても彼も「分からない」と言った。

 ラセルと二人部屋を出ると向こうからふらふらと歩いてくるユニの姿が見えて駆け寄ると倒れ込む様にノイに寄りかかってくるのを支える。


「大丈夫? 具合悪いの?」


「朝起きた時から目が回るの」


 どうも、必死にトイレまで行って吐いてきたらしい。

 蒼い顔をしているユニをベッドに寝かせると二人は食事を早々と終わらせてまた部屋へ戻ってきた。


「ユニ、どう?」


「うん、休んでいれば治るわ」


 ユニの事が心配だが仕事もしなければいけない。


「休ませて貰うからノイ達は行ってきて」


「昼に様子見にくるから」


 そう言って仕方なく二人は寮の掃除に行く事にした。



(もう……)


「お? 迷ってるの?」


 途中までらせるとやって来て別れた後、やっぱり迷ってしまった自分にノイが腹を立てていると後ろからヴァルが声をかけてきた。


「ヴァル」


 隣にはまた見たことのある名前の知らない人物がいる。少し年上そうだ。


「ハイドだよ。よろしくねノイ」


「ごめんなさい、ハイド」


「覚えて慣れないと行けないから名前を覚える余裕なんてなかったんだな。仕方ないよ」


 ハイドはノイに嫌な態度を取ることもなく優しい言葉をかけてくれる。


「ノイはあれだね、魔法でヒョーイって飛べればいいのにね」


「なるほど……」


 ヴァルが冗談まじりに楽しそうに言った言葉にノイが真面目に答えると二人は驚いて声をあげた。


「え?!」


「あ……本当にそう出来たらいいなと……」


「面白いねノイは」


 一生懸命だねとハイドが頭を撫でてくれた。

 兄がいたらこういう感じなのかなと思うと、エミュリエールとエリュシオンを思い出して「そんな事もないか」と考えを改める。


 二人に道案内をしてもらった後、掃除をしながら良い場所を探す。

 小屋に戻るときにはあの場所が良い。


 ヴァルが冗談で言った事が出来れば方向音痴も解決出来そうだとノイは思った。



 数日たってもユニの体調は良くならず、むしろ悪くなっている様な気がした。

 ここにはエーヴリルのような存在はおらず、具合が悪くなっても管理人から放置される。

 特に眩暈が酷いようでとうとうユニは起き上がれなくなり、食べ物を持ってきてノイとラセルで看病しなくてはいけない。


 管理人補佐がやって来て「中身は見ないように」とユニに小袋を渡され、ノイは言いつけ通りにそれをユニに渡した。


 それは何?と聞こうとしてユニが「薬よ」と言った。


 それとは別に良い場所探しも中々捗らず時間に遅れてはせっかく治っていた背中を何度も打たれる。


 鞭で打たれることよりもユニの体調の方が気がかりだった。


 夜、(えず)く音が聴こえて目を覚ます。

 ユニの枕元に置かれた桶には残渣(ざんさ)の少ない吐物がある。


「ユニ?」


 ここ数日でだいぶ痩せ細ってしまったユニは薄ら目を開いているのに話しかけても返事はなく恐怖を感じる。


 このままでは死んでしまう。


「…………」


 エーヴリルの顔が浮かんだ。

 自問自答しながら散々悩んだ後、ぱぁっと暗い部屋、ユニを乗せるように明るく魔法陣を出した。


「ノイ!」


 後ろから肩を掴まれて初めてラセルが起きていることに気づいた。

 ラセルの目には不信感の色が見えるがノイはそれに苛立ちを感じた。


「二人とも隠していたでしょう?」


 初めて感じるノイの圧にラセルが黙ると魔術の展開をしたノイが一言「助けたいだけ」と言い、息を吐いて目を閉じる。


ΜΕΤΑΦΟΡΑ(転送)


 ユニを連れてノイは光に包まれると尾を引き城に向かって飛んで行った。

修学院の学科を表す「幻日」「月暈」「映日」は大気現象がモデルです。

幻日は太陽の左右に幻の太陽があり、月暈は月の周りに輪っかができます。

映日は太陽の下に剣のような光の線が出来るので其々その現象に因んだモチーフの徽章を生徒達は付けています。

ちょっと話しでした。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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