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23 ケラスィアの記憶 13

 邸の前でケリュネイアから降りるとエリュシオンは屋敷の入り口に並ぶ使用人に二言三言言って下がらせる。


「ついて来て」


 この邸に初めて来る二人はきょろきょろと装飾品や間取りを見ていたが、エリュシオンが歩き始めると置いて行かれない様にその後をついて行った。

 エリュシオンは階段を上がって行き突き当たりの扉を開けると渡り廊下を通ってまた階段を上がっていく。


「ちょっと部屋まで遠くてね」


 階段を上がり左に曲がると突き当たりの部屋の前で止まり開錠の魔術を唱えた。

 どこの屋敷でも主が外出中に誰かの入室を許さない様にしている仕掛けだ。


「入って」


 ジェディディアはそうでも無いがエアロンは明らかに動揺した表情をしている。


「取って食わないから」


「ちょっと!」


 今日の疲れもあるのかエリュシオンがエアロンの背中を押して無理矢理部屋の中に突っ込むと、ジェディディアも言われるがまま部屋の中に入って行った。


「ふっ」


 警戒心丸出しのエアロンを見てエリュシオンは鼻で笑う。


「っ」


 それを馬鹿にされたかの様にエアロンが怒るが相手が身分の高い者であると思うと言葉に出来ずに声を詰まらせた。


「やめておけ」


 ジェディディアは感情なくエアロンを静止すると緊張もせずにエリュシオンの方へ向き話しかけた。


「話しがあると言ったが?」


 エリュシオンはジェディディアを少し手強いなと思った。

 サファを相手にしている様な気分だ。


「なんで、逃したの?」


 言われた言葉は予想されていたものだが、エアロンに何て思われるのかだけがジェディディアは少し心配だった。


 別に今後帰ってくるつもりのサファを逃した事についてはそれ程エリュシオンは憤りを感じていない。

 でもそれは、場合によっては、という事だ。


「彼女に何が隠されているのかは知らない。結果に辿り着くために迷いたいと言う事だったのでな」


(ふーん、よく分かってるじゃん)


「それで、命と同等の枷をつけて?」


「……そうだ」


 ジェディディアの命だと言われる物。

 それがピアノの事であるとエアロンが気付くと驚きと怒りでジェディディアの胸ぐらを掴んだ。


「お前!!」


 ジェディディアは掴まれたエアロンの手首を掴み返す。


「それくらいの価値がある事だ」


 エアロンに言い聞かせる様に言うとお互い掴んだ手は緩くなり手を離した。


 それは、感覚で生きている者たちの価値観。

 エアロンに分かるはずはない。


「エアロンはさ」


 先程からずっと二人のやりとりを黙っていたエリュシオンはエアロンを冷たく見ると服を翻して後ろを向く。


「…………」


 エリュシオンにいつもの戯けた様子がなくなるとエアロンが恐る様に黙り込んだ。


「僕が怒ってないとでも思ってるの?」


「…………」


 何について言われたのかエアロンはゾクつと背筋が凍りつく。


 今回、作戦を話してもらえなかった理由に関する事だろう。

 だが、今回エアロンは作戦を知らずしても十分な働きをしている。

 それは、平民に落ちてからずっとそうだったはず。


 だとすれば?


「エリュシオン様が自分の事が嫌いなんでしょう?」


 言われた事の意味がわからずエアロンは少し投げやりになって顔を逸らした。


「……本当に?」


 またもや疑問を生じる返事が返って来た。

 後ろを向いたエリュシオンの表情は見えないがその後ろ姿には微かに威圧の魔力が漏れている。


 エリュシオンが何に怒っているのか考えてエアロンは俯いて冷や汗を流していた。


「少し遠回しなのではないか?」


 ジェディディアがその様子を見て分かりやすくしろと口を挟む。

 

「……そうだね」


 エリュシオンは振り返るとソファまで歩いて溜め息を深く吐きながら座った。


「エアロンは今回ジェディディアをいい様に使って君にも作戦は話さずにいたことをとても怒っているよね?」


「当たり前でしょう?!」


「……そう」


 頬杖をついて二人を見るエリュシオンにはいつものような戯けた笑顔はなくバウスフィールド家当主の顔をしている。


 エリュシオンは両親が亡くなり兄は出家し若くして当主となった。

 もともとバウスフィールド家は上流貴族であるものの、エリュシオンが当主になった時にはかなり軽んじられて来たと記憶している二人は居た堪れない。

 それ相当の苦労があったはずた。


「僕はね、エアロンの事嫌いじゃない。今回もとてもよく働いてくれたよ」


「…………」


「でもね、僕も人間だからやっぱり許せなかったんだよね」


 それは平民になる前の話し。


 エリュシオンは婚約も結婚もするつもりはない。

 折角、サファを養子として円満に家に迎え入れればバウスフィールド家は安泰だった筈なのに、サファを誘拐して台無しにしてしまったにも関わらずアイヴァンはエアロンとしてサファとその周りの者たちの計らいで無事に生活をしている。


「兄上にも心配されてさ」


「え……?」


 口を尖らせて急に愚痴を言い出したエリュシオンにエアロンは驚きの声を上げた。


「なるほど」


「え? なに?」


 ジェディディアは分かった様に相槌をうつがエアロンはまだ分からない様にどぎまぎしている。


「意趣返しという事か」


 ジェディディアの言った言葉にエリュシオンが困った様に笑った。


 そう。

 これは、自分が窮地に立たされたのに生き生きと過ごして親友まで作ったエアロンに対して、逃げ回るサファにいい様に利用された事に対して、エリュシオンの嫌がらせと八つ当たりと少しの嫉妬。


(だって、こっちだって利用させてもらわないと割りに合わないでしょ?)


「あーあ、また逃げられちゃったなぁ。折角少し楽になる筈だったのに」


 戯けた雰囲気が戻って来てエリュシオンは伸びをした後立ち上がった。


「…………」


「そうだこうしよう!」


 エリュシオンはわざとらしく手を叩くと二人を見てにっこりと笑った。


「二人とも僕の翼下になってもらおう」


「……へ?」


フルトゥーナ(風よ強く)


 エリュシオンの使った魔術で風が強く吹くと窓が開いてエアロンとジェディディアを吹き飛ばす。


「ちょぉっ!」


 ここは三階。

 魔術の使えないエアロンにはたまったもんじゃなかったが、ジェディディアは冷静に鳥を出すとそれに跨り、落ちかけたエアロンの腕を掴む。


「あはは、これでお相子」


「「…………」」


 エリュシオンの意のままに追い出された二人は先程までの緊張感は無く呆然とし、言葉が出てこなかった。


 エリュシオンは眩しそうに笑っていた。


 「思っよりも親友だね」と言った時と同じ。


「翼下でも何でもなりますよ……」


 エアロンは呆れて言葉を吐く。


「二人はよく話しなさいね? ジェディディアはちゃんと送ってあげてね。それじゃあおやすみー」


 パタンと窓を閉められ、ご丁寧にカーテンまで閉めていった。


「あ……」


 二人は顔を見合わせる。


「話すも何も……」


「…………」


 ジェディディアは少し考えた後、一言だけ言った。


「分かった」


 嫌うでも妬むでも羨むでも無く言いたかった言葉。


「その関係を大切にしなさいよ」


 という事。


 カーテンの向こう側で安堵してエリュシオンは優しく微笑んだ。








 大聖堂の執務室。


「そういう事もあったっけね」


 またケラスィアの季節がやって来て、もう既に散り時だ。

 祈念式の後、そのまま邸に帰るのに迎えを待つ間エリュシオンからちょっとした昔話を聞いていた。


「あったような気もしますが……」


「君はネモスフィロから動いてなかったからね」


 あの時、ジェディディアと待っている間、そんな作戦が繰り広げられているとは思わなかった。


「エリュシオン様も親友が欲しかったのですか?」


「そうだなぁ、どちらかと言えば『戦友』がいいかなぁ……」


 戦士でもないエリュシオンが言うと少し違和感があるが、自分との生き死にを共に出来る相手。つまり、そう言うことだろう。

 それなら伴侶と言うのが意味としては近いのかもしれない。

 今のエリュシオンの状態ではその言葉を出すにはあまりにも配慮に欠ける。


「私がなりましょうか? 期間限定ですけど」


「君が……? 冗談じゃない」


 おかしそうに笑いながらエリュシオンが立ち上がり窓を開けると短くした髪が吹いて来た暖かい風で柔らかくなびく。


「僕、嫌いだったんだよね。ケラスィア」


「…………」


 「だった」という事は、今はそうではないのかもしれない。


「君は?」


「エミュリエール様にも同じことを聞かれた事があります」


 出てきた兄の名前にエリュシオンはピクリとする。

 窓の外の光を背に受けると髪が白金の様に更に色が薄くなった。

 少し興味があるのか相変わらず偉そうな笑いをする。


「なんて答えたの?」


「えっと……」


 あの時は確か……


「『清い気持ちでいられるよう気持ちが引き締まる』……確かそう言ったはずだ」


 後ろを見るといつの間にかエミュリエールが来ていた。彼にはあの頃の様な穏やかさはもう無く笑う事も少なくなった。


「…………」


(覚えていたんだな……)


 エミュリエールから穏やかさを奪ってしまったのは私とエリュシオンだ。

 それでもエミュリエールは私との関係を切る事もなく保護者のままでいてくれていた。


「忘れるはずもない」


 澄んだ空色の瞳が今は哀しい色に見え心が痛む。でも、それはエミュリエールには気づかれない様に目を伏せた。


「春が来れば思い出す」


 外を見るとケラスィアの花弁を踏まない様に飛び跳ねながら子供達が走っていく。


 そう。

 春が来れば皆思い出す事がある。


「珍しいね、迎えが兄上なんて」


 まだ咲かないケラスィアの木の下で聴いたエミュリエールの『父の子守唄』


「……元気そうだな」


 初めての祈念式で起こった事件。

 ネモスフィロのウェンとエイティと過ごした短い間の穏やかな時間。


「エーヴリルのお陰だね」


 ウェンの作ってくれた暖かい料理。

 アシェルが寝る間も惜しんでやっと出来た『国王の庭』


「フン」


 ジェディディアが弾いてくれた『五つ目の季節』


「行くぞ」


 その記憶はケラスィアの季節と共にやって来ては花が散りゆく時に寂寥感(せきりょうかん)を残して去っていく。


 コクッと一つ頷き踵を返したエミュリエールについていく。


 私が持って行くケラスィアの記憶。

昨日、下書きを読み返していたらいつの間にか寝落ちていました。おはようございます。

『ケラスィアの記憶』お疲れ様でした。

少し未来は見えましたか?

また、その時に読み返せば文章の意味が分かる……はず。


これよりしばらく充電期間になります。

次はいよいよ二章最後になる『秘事は睫』を今の梅雨の時期にぴったりな陰湿と雨にのせてお送りします。

ただの私の妄想ですが……暗い話は読んでいて疲れると思うので、雨宿りの様に立ち寄ってくださればと思います。

今日も読んで頂きありがとうございました。

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