不協和音
『楓!起きなさい、遅刻するわよ。』
いつもは起きているはずの楓がなかなか部屋から出てこないので、知香は楓の部屋に向かった。
『だめ~、学校休む~!』
布団を被って楓は出てこない。
『生理痛で毎月学校休んだら進級出来なくなるわよ!薬置いておくから、飲みなさい。』
『……このツラさ……分かんないくせに……。』
布団の中での呟きは知香には聞こえず、それから暫くして楓が起きてきた時には既に知香は保育園に出勤した後だった。
『……ママのばか。』
まだ痛みが残ってはいたが、楓はとぼとぼ一人で登校した。
『おはよう、かえちゃん。』
『……おはよう……。』
明るいあかりの声が響く。
『かえちゃん、今日あの日?』
憂うつな楓を見て察してくれたあかりに楓は首を縦に振る。
『女の子って大変だね~。』
クラスにはまだ初潮を迎えていない女子もいるが、大半の生徒は毎月来る生理と戦っている。
『ごめん。保健室に行ってくる。先生に言っておいて。』
楓は、一人で保健室に向かった。
『失礼します。』
『あら?一年生ね。どうしたのかな?』
『……あの……せ、生理がツラくて……。』
『そう。今は誰もいないし、横になって休んでて。』
養護教諭は浅井純子先生といって、歳は45歳くらいだろうか、優しい感じだ。
『お名前教えてくれるかな?それと初めて来たのはいつ?』
『一年A組……高木楓です。……去年の12月から……。』
『高木さん?ああ、あの高木くんと白杉さんの!……聞いていたけどよく似ているわね。』
『父と……母の事……知っているんですか?』
楓は痛みを堪えて浅井先生に尋ねる。
『まだ三中に来て2年目で私もぴっちぴちだった頃ね。白杉……お母さん、まだ女の子になって日が浅かったのに、可愛かったわ。最初の頃は毎日の様に保健室に来てね。私もなんとか生徒たちの悩みに答えようと、お悩み相談室を作ってお母さんにも手伝ってもらったの。』
『…………。』
楓は黙って聞いていた。
『なんでも首を突っ込む面白い子だったわ。お父さんはお父さんで、[親父の敷いたレールを走りたくない]とか言って、私立中学の受験の時に全部白紙で出してそれで三中に来たの。あの2人、水と油みたいな関係でお母さん顔をひっぱたかれた事もあったのにいつの間にか付き合っちゃうんだから。』
『でも最近、マ……母は私の事どうでも良いみたいで。……やっぱり血もつながっていないし、本当の女の子の気持ち、分からないのかな?って……。』
『そうかな?……先生、今のお父さんお母さんとは会っていないけど、少なくてもどうでも良いなんて思ってないはずよ。たぶん高木さんが一番よく分かっていると思うんだけど。』
浅井先生にそう諭されても、楓にはよく分からなかった。
知香が仕事を終え、買い物をして帰宅する。
『ただいま。楓、帰ってる?』
なんとか授業を乗りきった楓は、部屋で寝ていた。
『朝はごめんね。洗濯物出してないのある?』
『……良い……。ちょっと血が付いたから自分で洗う……。』
『ツラいんでしょ?染みが残っちゃうからママが洗うよ。』
『良いって!』
仕方なく、知香は部屋を出た。
『もう……。これからどうしよう。』
滅多な事で落ち込まない知香だが、さすがに堪えてしまった。
生理を終え、普通の生活に戻った楓だが、知香に素直にはなれなかった。
『おはよう。パン焼くね。』
『…………。』
『はい、牛乳。もう保育園だからママ先に行くね。戸締まり忘れないでね。』
『…………。』
知香は保育園に向かう車の中で、悩んでいた。
(一番最初に会った時みたいだなぁ。あの時は少しずつ心を開いてくれたけど……。)
誰かに相談したいが、忙しさの中で自分の悩みはつい後回しになってしまう。
日曜日は健介も自宅でのんびりしている。
『おはよう、楓。』
『……おはよう……。』
『ん?なんか機嫌悪いな。どうした?』
『別に……。』
健介に対しても楓は不機嫌さを露にする。
『最近ずっとあんな感じか?』
『うん、うちではね。学校ではみんなと仲良くやっているみたいだけど。』
生理で苦しんでいる時以外は[ななもえ]効果がまだ続いている様だ。
『ねぇ、楓。これから桐生に行くけど一緒に行かない?』
『行かない。あかりと遊ぶから。』
先約があるなら仕方がないけれど、最近渚と連絡を取っているか少し心配である。
今日はこのみと奈々、萌絵とのお茶会で、不定期で開催されているが初めて梓も加わって5人で駅近くのファミリーレストランに集まった。
『アンタはさ、突っ走ると回りが見えないからダメなのよ。』
いきなり奈々のダメ出しが出る。
『私もいつも待ちぼうけだったし……。』
萌絵と奈々は知香に振られた共通点があり、このみや他の友人たちとは違う視点で知香を見ている。
『社長になっても腰の低いこのみを見習いなさい。』
『奈々さん、買い被り過ぎです。』
『アンタはもう少し貫禄を付けろって言ってんの!』
このみはとんだとばっちりだ。
『……母娘だからこその悩みだと思います。』
『えっ?』
それまで黙って4人の話を聞いていた梓が口を開いた。
『知香さんと楓ちゃんは本当の母娘だからお互いの感情をぶつける事が出来るんです。一緒に暮らしても私と渚はまだお互い遠慮していますから。』
実の母娘以上に知香と楓は母娘の絆があるからこそと言う梓に、知香は救われた気持ちになる。
『知香さん、たまには楓ちゃんと離れてみませんか?』
このみが提案をした。
『こうちゃん、どういう事?』
『1泊だけど泊まりで家を空けるんです。楓ちゃんに母親の偉大さを分からせるために。』
このみに別の意図がある事に知香はまだ気付いていなかった。