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将来なりたいもの

楓たち一年生にとって初めての中間試験が終わった。


『かえ~、放課後遊ばない?』


『ごめん、あかり。今日用があるから!』


試験の最終日で午前中で学校は終わりだが、今日は勉強に苦しむ必要はない。


そんな素敵な1日を楓はどう過ごすのだろうとあかりは思う。


今日、5月22日は母・知香の誕生日である。


いつも美味しい手料理を作ってくれる知香に感謝と、先日までふて腐れていた謝罪を込めて、今日は逆に楓が手料理でもてなすつもりであった。


事前に知香の料理の師匠である祖母の由美子にレシピを書いてもらっていたが、何せ中間試験という学生の本分が優先という事もあり、ぶっつけ本番なのである。


『楓、お祖母ちゃん手伝おうか?』


『大丈夫。レシピがあるから。お祖母ちゃんが手伝ったら私が作った事にならないもん!』


誰に似たのかは分からないが、楓は強情なのだ。


『下味を付けて暫くおく……良し!で、今のうちにお米を研いで……。』


都合の良い事に今日はたっぷり時間がある。


試験から開放された楓はのんびり料理に取り組んだ。


『ただいま~。』


『お帰りなさい、ママ。』


粉でところどころ白くなったエプロン姿の楓を見た知香は直ぐに察しが付いた。


『サプライズならエプロンは外そうね。……ありがと。奥の部屋で待ってれば良いのかな?』


楓の考えがお見通しだと分かり、観念した。


『パパがお花とケーキ買って帰るって。あと、お祖母ちゃんも来るから。』


『はいはい。』


少し成長した楓に喜びながら、知香は奥の部屋に行った。


『これなら安心出来るかな?』


気になるのは睦月の存在であるが、今の楓なら万が一睦月が現れても大丈夫な気がする。


『ただいま~。』


健介も帰宅し、手にはケーキを持っている。


『お帰りなさい、パパ。』


『お。エプロン似合ってるな。はい、ケーキ。』


準備は着々て進んでいた。


『お帰りなさい。』


『ただいま。楓、頑張ってるじゃないか?』


健介は部屋でスーツを脱ぎ、それを知香がハンガーに掛ける。


『揚げものだから心配だけど。もうひとつ、中間テストも。』


中間試験の結果はまだ出ていないが、あまり芳しくない様だ。


『まあ良いさ。俺はオヤジみたいに勉強が一番大事だとは思わない。楓には楓の生き方があるんだから、それを見極める方が大切だよ。』


『そうね。』


2人とも成績は良い方であったが、娘には無理に押し付けない方針である。


『こんばんはー。良い匂いだけど、ちょっと焦げ臭くない?』


由美子が来るなり台所の楓を心配した。


『あれ?ホントだ。楓、大丈夫?』


『少し黒くなっちゃった……。』


3人が台所に行くと、黒く焦げたから揚げが揚がっている。


『まあ、食えなくはないさ。この焦げた方はパパが食べよう。』


『パパ、大丈夫?』


『楓が初めて作ったんだ。喜んで食べるよ。』


親ばか極まれりというところか。


『ごめんなさい、パパ。』


『こっちはきれいに揚がっているじゃないか?これはお祖母ちゃんと3人で食べなさい。』


食卓にから揚げとシーザーサラダ、ケーキが並べられた。


『ママ、リクエストして良い?』


『え?主役にやらせるの?……ま、良いか。待ってて。』


楓のリクエストは知香の生演奏のキーボードでハッピーバースデーを歌う事だ。


『ホント、あのともちゃんがねぇ~。』


『うん。カラオケすら嫌がってたくせに。』


『2人ともまだ言ってるの?昔は昔だよ。』


学生時代、知香は音痴で楽器も出来ず、音楽が苦手だった。


『ママはね、保育園でオルガンと歌をやらなきゃいけないから毎日毎日このキーボードで必死になって練習したの。』


『自分がやると決めた事はとにかく一生懸命だからな。』


合唱のあと、ケーキのろうそくを消して、乾杯をする。


『あれ?こっちはまだ生だよ。』


焦げていないから揚げの方は火が通っていなかった。


『楓は料理はまだまだだな。』


健介からダメ出しをもらい、楓は落ち込む。


『ママもね、初めてお料理したのは楓と同じ頃だったの。』


女の子になって何か覚えたいと最初に始めたのが料理だった。


『お祖母ちゃんが最初に教えたのが玉子焼きでね。ママは毎日そればかり作って練習したの。校外学習の時はみんなに食べてもらうって卵2パック使ってお弁当にしたんだよね。』


由美子の昔話は止まらない。


『また昔の事を……。』


『でも、ママの玉子焼きは世界一だと思う。』


楓に誉められると事のほか嬉しい知香だ。


『中間テストあんまり良くないってママから聞いたけど、パパはそれでも構わないと思うんだ。ただな、自分がやりたい事があれば、ママみたいに一生懸命やるというのが大事だと思う。楓は将来なりたいものとかはあるのか?』


健介の様な医者を目指すなら必死に勉強をしなければならないが、それが全てではないと説く健介。


『……萌絵さんみたいな服飾デザイナー……。』


『ほう。』


ななもえブランドのカリスマデザイナーである萌絵みたいになりたいと楓は言った。


『でも、学校の服飾部に入ってないじゃない?萌絵も奈々も服飾部で基礎を勉強してたのよ。デザインだけやれば良い訳じゃないし。』


『まだ自信がないから……。でも、いつか自分で考えた服は作ってみたいの。』


楓は思い込むと頑固だが、結果を先に求めすぎて自信を持てないところがある。


『具体的に書いたデザインとかあるの?』


由美子が聞くと、楓はこくりと首を下ろした。


『良かったら見せてくれるか?』


3人に押されて、楓は部屋からスケッチブックを持ってきた。


『どうかな?』


『良いと思うけど、素人じゃ分かんないね。』


『楓、今度桐生に行ってこの絵萌絵と奈々に見てもらえば?渚ちゃんにも会えるし。』


渚は恥ずかしながらも嬉しそうな顔でスケッチブックを受け取るのだった。

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