放送事故
ゴールデンウィークが終わり、再び日常生活が始まった。
『楓!起きなさい!』
『……ママ、辛いの。』
また楓の生理が始まっている。
『お薬ここにあるから。ママお仕事行くけど大丈夫?無理だったら休んで良いからね。』
『……薬飲めば……大丈夫。……それに、今日当番だから。』
『当番って……大丈夫なの?』
楓は放送委員で、一年生は4月の間は二・三年生に付いて見習うだけであったが、5月になり交代で昼休みの放送を担当しなければならず、今日がデビュー戦なのだ。
少し落ち着いた楓は食卓に書かれた紙を見つけた。
[今日は玄米のごはんです。マグネシウムは痛みを和らげるので、ほうれん草のごま和えと鮭にしました。納豆も良いみたいです。くれぐれも無理はしないで頑張ってね。]
台所のカレンダーを見ると印がしてあり、楓の周期を前もって知ってくれていた事が分かる。
(ママ、ありがとう。)
多少辛いが、楓はしっかり朝食を摂って学校に行った。
(うう~、辛い。……でも保健室で休んでお昼の放送なんかやってたらみんなに何言われるか……。)
一応台本は渡され、それに沿って話し、音楽を流すだけだが、初めてというプレッシャーと生理の辛さで授業どころではない。
『おはよ!どうした、高木。元気ねぇな?』
蛭間祐希は小学校時代から同じクラスでいつも元気だが、今日はその響く声が苦痛に思える。
『ばか祐希!元気ないのに近くで大きな声出したら余計辛いでしょ?』
恵梨花に助けられた。
『かえちゃん、やっぱり保健室に行きなよ。4時限目に戻れば大丈夫だからさ。』
説得されて楓は保健室で休む事にした。
『おうちではお薬飲んだの?』
『はい。』
『それじゃあ今は無理ね。4時限目が終わったら放送を始める前に直ぐ飲みなさいね。』
楓はベッドに横になったお陰で少し楽になり、恵梨花の助言通り4時限目に教室に戻る。
『……苅田先輩、宜しくお願いします。』
昼休みの放送はMCとブースの外で機器を操作しながら指示を出すディレクターが一組となり、一年生がMCの時は三年生がディレクターをやる事になっていて、今日は三年C組の苅田康介が担当だ。
『高木、なんか顔色悪いけど大丈夫か?』
さすがに男子の苅田でも楓が具合が悪いのは分かった。
『今、薬飲みましたからなんとか……。』
不安をいだきながらも本番まで時間がないので苅田はブースの外に出た。
オープニングの音楽が流れ、楓はマイクに向かう。
『ごごご機嫌如何ががですか?……えと…[ランチタイムウェイブ]です。お昼休みのひとと時、素敵な音楽とトークでお寛ぎ下さい。』
『噛みまくりかよ?!どうなるんだ、この先!』
苅田は頭を抱えた。
『えと、はじめまして…。一年A組の高木楓と申します。ひ人前でマイクを使っては話すのは初めてですので多少お聞きき苦しいかと思いますがおゆお許し下さい。』
多少どころではない。
緊張と薬のお陰で痛みを忘れているのは良かったが。
『私は小学三年生の時に坂東小に転校し、それまでは山梨に住んでいました。』
自己紹介となり、ようやく話が流れ始めた。
『父は森山記念病院のお医者さんで、母はあすなろ保育園の保育士をしています。私は……。』
(よし、その調子で頑張れ、高木!)
苅田は自分のMCの時より興奮しながら楓を見守っている。
『それでは一曲音楽をお届けします。』
掛けた音楽は優しいバラードだ。
緊張が少し解け、楓は息を付いて椅子にもたれ掛かった。
『ふぅ~。』
これで掛かる音楽がロックとかだと痛みに響きそうだが、優しい音色に包まれて、楓は心地よい気分になり、…………寝た!
音楽が終わり、楓が目を覚まさないので苅田がブースの外からガラスを叩き、楓はなんとか目を覚ましたが、その間1分弱の放送事故である。
『ごごごごめんなさい!』
楓にとって最初の放送当番は最悪のものとなり、毎年NG大賞で使われる伝説回となってしまった。
『すみません、先輩!』
『気にするな。誰だって失敗はあるんだから。俺ももう少し高木の体調を気遣ってやれば良かったよ。』
優しい先輩で良かったと思うが、クラスに戻ると笑われて、別の意味で人気者になってしまった。
『そうなの。大変だったね。』
『ママは緊張しないの?』
知香はランチタイムウェイブには選挙時と通常のゲストで計3回出演していた。
『そうね。マイクの前だと開き直っちゃうのかな?パパはあがり症だけど。』
『さすが生徒会長!今度ママがゲストなら良いな。』
遥か昔、数々の伝説を残し、学校初の性同一性障害の生徒で生徒会長だった知香だが、今の生徒には分かる訳がない。
『駄目よ、仕事あるし。』
『面白いと思うけどな。』
高校時代はテレビの司会も務めた知香は、懐かしさを感じて楓の誘いに乗りたかったが、さすがに断った。




