第6話 筋トレの基本
「では筋肉トレーニングの基本を教えるぞい」
筋肉仙人チアオの道場では道場主とズッシーオのふたりだけである。
ズッシーオは短パン一丁であった。床は畳が敷いてある。
「まずはスクワットじゃ。これは脚全体と尻も鍛えられるぞ。最初は肩幅よりやや広いスタンスで立ち、手を胸の前に組むのじゃ。そして背筋はまっすぐ伸ばすのじゃぞ」
ズッシーオは言われたとおりにやってみた。それをみてチアオは満足して頷く。
「その状態で、尻を後ろに下がりながらしゃがむのじゃ。大切なのはヒザを曲げるのではなく、尻を後ろに付く出す、もしくはイスに座るという意識が大事じゃな」
ズッシーオはさっそく一回試してみる。
「視線は、常に前方を見るのじゃぞ。そして膝が、つま先より前に出ないように注意するのじゃ。この動作をゆっくりとやるのが大切じゃ。
筋肉が短くなりながら力を出している時をポジティブと呼ぶ。次に筋肉が長くなりながら力を出すのがネガティブじゃな。
上げるのがポジティブで、下げるときがネガティブと覚えておくとよいじゃろ。
力をすとんと落とすと負荷が抜けてしまうのじゃ。ゆっくりと下げるときのネガティブの動作が重要なのじゃよ。
上げるときに吐いて、下ろすときに吸うことも覚えておくとよいぞ」
ズッシーオはチアオの言葉を心に刻み、スクワットを始める。
ゆっくりとイスに座るように尻を下げる。この際にしゃがむ深さは太ももが床と平行になるくらいまで下げる。かかとは上げないようにするのも大事だ。
背筋はきちんと伸ばす。猫背の状態でやると腰に影響が出るという。
最初の数回はまだ平気だった。10回ほどになると徐々に太ももがきつくなる。熱を帯びてきたのだ。そして20回を超すとつらくなってきた。
早く終わらせたくて動作を早めようとしたが、チアオから早すぎると指摘される。
ズッシーオは24回目で挫折した。
「こっ、これはきついですね。足がふらふらですよ」
「うむ。スクワットは数多い筋トレの中でも一番きついのじゃ。健康維持なら10回ほどでも十分じゃが、おぬしの場合、最初は20回を2セットやる方がよいぞ。慣れたら15回を3セット、20回を3セットにすればよいのじゃ」
ズッシーオはしばらく立てなかった。以前スクワットをやったことはあるが、あんまり痛くなかった。これは正しい姿勢でやらなかったのだと、実感した。この正しいスクワットを領民にも広めたいとズッシーオは思った。
「少し休んだな。次はプッシュアップ、腕立て伏せじゃ」
チアオは両手を畳に付けた。そして背筋を伸ばしつま先で支える。
「手幅は肩幅よりやや広くするのじゃ。ヒジを曲げながら、ゆっくりと胸を床に近づける。ワキは開き気味にするのじゃ。頭からかかとが、一直線になるようにな。頭が下がらないように注意するのじゃぞ。できないなら、ヒザを床に付けてやってもよいぞ」
ズッシーオはチアオの真似をする。試しにやってみるが、すぐにバランスを崩してしまった。
仕方ないのでヒザを床に付けて試してみた。こちらなら少しだけ楽なようである。
「プッシュアップで鍛えられるのは大胸筋じゃ。動作中は身体を一直線に保つようにするのじゃぞ。腰が落ちたり、尻が上がったりしないようにな」
「はい」
ズッシーオはプッシュアップを始める。10回を超えたらすぐに腕がパンパンになってしまった。
「これはきついですね。前にも試しましたが、全然痛くなかった。正しい姿勢が大事なのですね」
「その通りじゃ。プッシュアップは筋肉を破壊し、超回復を期待するなら限界まで続けた方がよいな。慣れたら2、3セットおこなうとよいじゃろう。毎日10回でも効果は抜群じゃぞ」
あとプッシュアップには応用がある。
ナロー・プッシュアップは手幅を狭くし、両手を近づけた状態で構えるプッシュアップだ。通常と比べると、より上腕三頭筋への刺激が強くなるのである。
次にワイド・プッシュアップだ。こちらは手幅を広くする。通常より手のひらをふたつ分ほど広くかまえるのだ。指先は自然な角度で外へ向ける。通常と比べると、三角筋前部への刺激が強くなる。
鍛えたい部分を選びながら行うのが効果的なのだ。
「最後はクランチ、腹筋運動じゃ。言葉通り腹筋を鍛えるのじゃよ」
チアオは畳の上に仰向けになって寝た。まずは両手を後頭部に組み、ヒザを立てた状態になる。
その状態から、肩甲骨の下の部分は床から離し、自分のへそをのぞき込むような感じで背中を丸めるのだ。
起き上がるのではなく、腹筋の曲げ伸ばしを意識する。反動を使わずにゆっくりと上体を起こすのが大切である。
上体が起こしすぎてしまうと、刺激が腹筋から逃げてしまう。上体を起こす角度は肩甲骨が畳から離れるまでが理想だ。
「うまくできなければ両腕を胸の前に組むか、腕を伸ばして、手は脚を這わせても問題はないぞ」
ズッシーオはクランチを繰り返す。こちらは20回で限界を超えた。腹筋が熱くなる。
「クランチにはツイスティング・クランチというものがある。こちらはひねることで外腹腹斜筋も鍛えることができるぞ。
まずは片膝を立て、もう片方の足を膝のあたりで組むのじゃ。右脚を組んだ場合、左膝を近づけておく。
指定回数、たとえば10回おこなったら、左右の脚を組み替えてもう10回行うとよいじゃろう」
クランチは最初20回にする。慣れたらセットを増やしていくのが基本だ。
「普通なら3種目を週に2回、週5回は休むことから始まる。次に1日1種目を毎日やるのじゃ。そして3種目を1セットにウォーキングを加えるのが良いな。次に2、3セット増やすのが理想じゃ。お主の場合は基本を続けてもらう。筋肉の道に近道はないと覚悟するのじゃ」
一通り終えたズッシーオはすでにくたくたになっていた。以前の自分は正しい姿勢をしていなかったと、思い知らされた。
身体が筋肉痛で悲鳴を上げている。だが心地よい痛みであった。
「さてトレーニングを行ったらすぐにたんぱく質を取るのじゃ。レイカよ、食事を持ってきてくれ」
チアオが声を上げると、年頃の女性がお盆を持って入ってきた。
お盆には白くて丸いものがひとつ小皿に載っている。さらに卵と白菜の漬物の小鉢が一緒だ。
それが2人前あった。
「この白いかたまりはなんでしょうか」
「こいつはおにぎりという。米を炊いて丸めて握ったものじゃ。中には梅干しと言う酸っぱい酢漬けが入れてある。卵はゆで卵じゃ。カロリーを抑えてある。
分食と言ってな、一日に5食食べるのじゃ。もちろん一回の分量はおにぎり一個分が理想じゃよ。必ずおかずは付け加える。魚や肉の他に野菜も一緒に食べるのが大事じゃな。
食事の回数を増やすことで、長時間の空腹時間を生まなくするのが目的じゃ。そうすることで血糖値の急上昇を避けられるのじゃよ。詳しい食事などは別に教えるからの」
なるほどとズッシーオは思った。
試しにおにぎりを食べてみる。かぶりとかじった。
「うわっ、酸っぱい!!」
ズッシーオの顔が梅干しになった。