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第3話 筋肉のメカニズム

「次に筋肉が発達するメカニズムを教えるぞい」


 筋肉仙人チアオの講義は続く。ズッシーオは途中休憩を取り、仙人の孫娘レイカがお茶を出してくれた。

 渋みの強いお茶であった。

 緑茶といい、紅茶とは違った味わいだ。どこから手に入れたのかと尋ねたら、それは紅茶の葉でできたものだという。

 なんでも製造法が大きく関わっているとことだ。


 緑茶の場合は、茶葉を積んだ後に加熱するという。

 紅茶の場合は、茶葉に含まれる酵素を使って発酵させるそうだ。

 同じ茶の木でも不思議なものである。人間の肉体も製造次第では貧弱なままであったり、黄金の身体を作ることも可能だと、ズッシーオは認識する。


 「さて筋肉はトレーニング中に発達するわけではない。休んでいる時に発達するのじゃ」


 仙人によればトレーニングは筋肉を破壊させる作業だという。

 筋肉は、いくつもの細い線維が束ねられたような構造になっているそうだ。その線維に刺激を与え、破壊することがトレーニングである。


「例えばお前さんはプッシュアップをしたことがあるかね」


「あります。でも10回やっても全然筋肉が発達しませんでした」


「それは刺激が足りないだけじゃ。本来ならプッシュアップは限界までやるのが普通じゃよ。回数を決めるなど無意味じゃな。破壊されない内に休んでも超回復は起こらんぞ」


 この超回復とは筋肉が破壊されたとき、身体が壊れてしまうことを危惧して起きる現象だ。

 身体を休んでいる間に刺激に耐えられるように、筋肉をより太く、より強く発達させるという。

 

 ただし筋肉痛が抜けないうちにトレーニングを行っても無意味である。

 なぜなら筋肉がもとの状態に回復していないと、筋肉は壊れっぱなしで、まったく強くならないという。

 なので筋肉痛が消えるまで2、3日は休ませるのが基本だそうだ。


「基本はトレーニングと栄養、休息の3つじゃな。トレーニングで筋肉を破壊し、その後食事を摂る。そして十分に休息するのが大切じゃ。ただしその間怠けるという意味ではないぞ。筋肉痛になっていない部分を鍛えればよいのじゃ。食事の件はまた別に教えよう。わかったかの?」


「はい。ですが思っていたより、理知的で驚きました。私の元婚約者なら休まず筋肉を鍛え続けろと怒鳴るでしょうね。私はまったく努力しても筋肉が身に付かず歯がゆい思いをしていました」


「……ノルヴィラージュ伯爵は何も教えなかったのかのう」


「あの方は人に教えるのがうまくないのです。それに王国内ではあまり勉強をすることが少ないですね。貴族でも自分の名前さえ書ければそれでいいという人が多いです。もっとも今はボディビルブームで筋肉の名前は憶えている貴族はおりますが……」


 ルミッスル王国には学校がない。王族や貴族は家庭教師を付けて勉強をしている。文字の読み書きができるのは商人か、神職者くらいだ。それに庶民や奴隷が知恵をつけるのは面白くないという貴族がほとんどである。


 ノルヴィラージュ伯爵は家庭教師を付け、文字の読み書きや計算は得意だ。

 だからといって人に教えることは別である。ずひゃーだの、どひゃーだの、意味の分からないことばかり言っていた。その上で戦場を駆け、指揮を執るのはうまかった。


 ズッシーオは筋肉仙人の講義を聞いていたがスラスラと理解できる。


「私の領地は週に1回子供たちを教会に集め、神父様に文字の読み書きや計算を教えています。双女神そうめがみ教といい、太陽の女神と月の女神を崇拝するのです。もちろん普通の家庭は勉強などどうでもいいと思っています。なので一回参加したらその家族の一日の食事を出すことに決めているのです」


 食費はヤムタユ家が出すことにしている。ヤムタユ領には奴隷はいない。先代の父親が領地での人買いを禁止したからだ。

 奴隷は解放され、彼らにはきちんとした賃金を支払われることになった。


 一時期、ヤムタユ領は財政危機に陥ったが、逆に技術が研鑽され、ズッシーオが跡を継いだ後でも反映し続けているのである。

 ただし他の領地からは眉唾物とされており、むしろ馬鹿にする人間が多かった。直接ヤムタユ領に来た商人たちは絶賛しているが。


「ちなみに私は奴隷制度を否定しません。奴隷は買う方も売られる方も事情がありますからね。たまたま私の父親はそういう人だったんです。何よりも効率の良さを追求する人でした。私もそんな父を尊敬してここまで来たのです」


「ふむ、それならお前さんがいなければ領地はどうなるのかね?」


「私には弟がおりますし、叔父もおります。何より優秀な執事スティーブがおります。領地も王都も二人がいれば問題ありません。それにシャンユエの一族もいますしね」


 筋肉仙人は黙ったままであった。やがて口を開くと再び休憩を命じる。

 そしてズッシーオを部屋に残し、自身は外に出た。


「そういえばカッミールは元気かな。アンジュがいるから大丈夫だとは思うけど」


 ズッシーオはまだ日数も経っていないのに元婚約者を思い出した。すでに何年も過ごしている感覚になる。筋肉仙人の住む場所はまさに常人とは時間感覚がずれるのだろう。


 2年前にカッミールはボディビルにはまりこんでいた。その頃のズッシーオは領地運営で忙しくカッミールに構うことができなかったのだ。

 同じ幼馴染であるアンジュ・アミアンファンは美容と健康維持ならともかく、ムキムキになるのは嫌だと言っていた。


 もっともアンジュにはボクシングをたしなむ婚約者がおり、その人とトレーニングに付き合うことで腹斜筋は6つに割れているほどだ。

 だが女性の場合、筋肉が付きにくい。筋肉をつけるホルモンは男性ホルモンである。

 

 しかしカッミールはその限界を超えた。鎧のような筋肉を身に付けたのである。その美しさは同年代の男性をも超えるものだった。

 カッミールは独断でズッシーオの婚約を破棄した。かといって他の有力な貴族に取り入るわけでもない。彼女は筋肉に恋をしたのである。そもそも同年代の男でもカッミールに勝る筋肉は存在しなかった。


 アンジュはズッシーオやカッミールより1歳年上で、姉のような存在だ。お転婆のカッミールを面と向かって叱るのは彼女だけだった。さすがのカッミールもアンジュの言うことなら聞くだろうと、ズッシーオは楽観視していた。


「ここで筋肉を鍛える。そしてカッミールにふさわしい男になって帰るんだ」


 ズッシーオは決意を新たにした。

 

 その決意がカッミールを追い詰め、悲劇をもたらすことになるなど、当の本人は気づくことがなかった。

 ズッシーオ・ヤムタユの名前のモデルは、森鴎外氏の山椒大夫がモデルです。

 ズッシーオは厨子王で、ヤムタユのヤムはフランス語で山椒を意味します。

 もっとも翻訳サイトで音声を聞いただけだから間違っているかもしれない。

 大夫はタユでしたね。


 基本的に安寿と厨子王丸というおとぎ話がモデルですが、山椒大夫という金持ちにこき使われ、逃げ出した後出世し、山椒大夫を殺す話です。

 森鴎外版だと人買いをやめさせるだけですが、貧しくなるどころか却って豊かになるという結末でした。

 中世ヨーロッパ風の世界だと奴隷は当たり前であり、むしろヤムタユ領がおかしいと思われています。

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