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第37話 ズッシーオの決意

「私は筋肉の正しさを広めるため、旅に出るつもりだ」


 ズッシーオは王都にあるヤムタユ家の屋敷に人を集めた。

 広間には弟のサバット、叔父のバンブフォイユ、執事のスティーブ。

 他には幼馴染のアンジュ・アミアンファン公爵令嬢と、ノルヴィラージュ家の次女ヴェルチュとジェイクス卿もいた。

 全員テーブルを囲み、椅子に座っている。スティーブだけズッシーオの背後に立っていた。


「旅に出るって、ヤムタユ家を捨てるつもりなのか!」


 サバットが叫んだ。彼は筋肉隆々で、よく貧弱男爵であったズッシーオと比較されていた。今は兄の方が逞しくなっている。

 もっとも弟は兄を見下したことはない。サバットにとってズッシーオは頼れる存在なのだ。


「その通りだ。爵位はサバット、お前に譲る」

 

 ズッシーオは真顔で応えた。そこに丸い岩の様な筋肉を持つバンブフォイユが咎めた。

 亡きディーノは彫刻のような美しさを持っていたが、バンブフォイユの場合は大砲の玉のような威圧感がある。


「ズッシーオ、それは無責任だぞ。確かにカッミール嬢の死は悲しい。私だって幼い頃から知っているからな。だがお前の場合は責任を放棄して逃避しているようにしか見えないぞ」


 彼はズッシーオを呼び捨てにしている。本来ズッシーオは男爵でヤムタユ家では一番偉い。だが本人は気にしていない。あくまでここに集まっているのは、身内であり、細かいことを気にするものはいなかった。


「だからですよ。私の使命は筋肉のすばらしさを教えると同時に、筋肉の悲劇も伝えなくてはならないのです」


 そう、カッミールの死を無駄にしないために、ズッシーオは正しい筋肉の鍛え方を広める必要があるのだ。

 幸い筋肉仙人チアオから教わった知識がある。それを活用し、人々に筋肉を育てる楽しさを学んでもらいたいのだ。

 幸いトレーニング器具やサプリメントはポーロ王国で作られている。それに双女神教の信者なら女神像でダンベルカールなど使えるのだ。


 その一方で筋肉にこだわり過ぎて身体を壊し、命を落とした話も忘れてはならない。

 過剰なトレーニングはかえって筋肉をずたずたにして、破滅の道を歩むことを知らしめなければならないのだ。


 それができるのは自分だけだと、ズッシーオは考える。

 教会で亡き父ディーノと出会ったが、あくまで自分だけが見た夢かもしれない。

 しかしきっかけはなんであれ、ズッシーオは自分の進むべき道が見えたのだ。

 その気持ちを切らさないためにも、彼は行動を移さなくてはならなかった。


「だけど私ひとりではだめだ。ルミッスル王国は元より、この旅は世界中でなくてはだめなんだ。

 この事業は私ひとりでは達成できない。だから」


 ズッシーオは椅子から立ち上がると、みんなの前で土下座した。その行為に全員が驚いた。


「頼む。私を助けてくれ。みんなの協力なしではなしえないのです。

もちろん、ずうずうしい願いだと思っている。なぜならカツミが死んだのは私が原因だ。彼女の気持ちを理解せず、筋肉を鍛え続けた結果がこれなんだ。彼女を殺したのは私なんだよ。

みんなが私のことを偽善者とののしられても仕方がないと思う。それでも私はみんなに助けてもらいたいのです。

お願いです、私を助けてください」


 ズッシーオは頭を下げたままだ。部屋は静かである。誰も口を開かない。その内誰かが声を上げた。


「……カッミールの死はズッシーオ卿の責任ではない」


 それはカッミールの父親、ジェイクス卿である。彼の筋肉は彫刻のように美しく盛り上がっていた。毛深く熊のように思えた。


「私が娘にドーピング疑惑をかけ、陥れたのが原因だ。

ボディビルを諦めてくれると思ったのだ。

しかし結果はますますトレーニングにのめりこみ、己を顧みないまま、落命したのだ。

断じてズッシーオ卿のせいではない」


 ジェイクス卿の左側に座っていた女性が立ち上がった。軽くロールのかかった金髪の美少女である。カッミールの妹ヴェルチュだ。


「それなら私も同じですわ。

私はお姉さまに飴玉ひとつでいいから舐めてと懇願しました。

ですが受け入れてもらえませんでした。

あの時無理やりお姉さまに食べ物をねじ込むべきだったと後悔しております。

でも心の中では頑固なお姉さまがひどい目に遭えばいいと思っていたのです。

だから深く突っかからなかったのです。罪があるなら私にもありますわ」


 ヴェルチュは血を吐くような声を上げた。以前は鉄仮面をかぶり、人前では外さなかった対人恐怖症の彼女は、こうして顔をさらし、自分の意見を言えるようになったのだ。


「僭越ならが、わたくしも発言をお許しいただきたい」


 声を出したのはスティーブであった。彼は銀髪に眼鏡をかけた執事である。


「わたくしにも罪はございます。

若旦那様を無理やり気絶させて、カッミール嬢様に会わせようとしなかったことです。

若旦那様の強さは理解しておりましたが、心の中で歯止めがかかっていたのです。

本気で若旦那様のことを考えれば手ぬるい所業でした」


「スティーブは悪くないだろう。お前さんはシャンユエ一族でもかなり優秀だからな。

それにシャオメイにシャオチュウも一緒で歯が立たなかったのだろう。

ズッシーオが相手なら仕方のないことだ。それに主に暴行を加えるわけにもいかないだろう」


 スティーブの謝罪にバンブフォイユが補佐した。シャンユエ一族の身体能力はすさまじい。まるで狼か熊を相手にしているようなものだ。スティーブは調教された軍用犬と同じで、歴戦の騎士でも数十人がかりで勝てるかどうかわからない実力を持つ。


「……一番の罪人は私です。カツミが名誉を汚されたので、腹を立てました。あの子が無茶なことをしても目をつむっていました。その結果が彼女の死です。すべては私の責任です」


 アンジュも口を挟んだ。彼女は個人的感情で幼馴染の暴走を止めようとしなかったのだ。普段通りならたしなめていたが、カッミールを陥れた国王とその父親に憎しみを抱いていた。


周りを見渡せば誰もズッシーオを責めるものはいない。これはズッシーオも意外だった。


「まさか、兄さんが助けを求めるなんてね。母さんや父さんが亡くなっても泣くことなく、貴族の義務を果たそうとしていたから、すごく心配だったんだ。でも安心したよ」


「サバットの言う通りだ。お前は自分ひとりですべてを背負い込む癖がある。そうやってみんなに助けを求めることはよいことだぞ。ディーノ兄さんもよく人に助言を求めていたな」


「わたくしも意外に思いましたが、よい兆候ですね。若旦那様はもっと人を頼っていいのです。わたくしだけでなくシャンユエ一族はあなたを手足なのですから」


 他のみんなも同じ意見だった。ズッシーオはみんなの気遣いに心が温かくなった。


「ありがとうみんな。私はとっても嬉しいよ」


 ズッシーオは目頭が熱くなり、目をそっとぬぐった。

 さて筋肉を広める計画だが、直にズッシーオが人々に教える必要がある。無論いきなり正しい筋トレの方法を教えても浸透する確率は低いだろう。


 ズッシーオは宣教師のディアブル師に協力を要請することにした。神の教えと称して正しい筋トレの方法と、注意事項を広めるのである。

 だが教える人間は多ければよい。その人材を集めるのはジェイクス卿やアンジュの実家であるアミアンファン公爵にも頼むことにした。

 ジェイクス卿はすぐに返答し、アンジュも父親に頼んで協力してもらうようお願いした。


「その計画、余も協力しよう」


 突如声がした。いったい誰の声だと周りを見回すが誰もいない。


「ここだ、ここ」


 それは天井から聴こえてきた。全員が上を向くと、そこには一匹のやもりが天井を這っていた。

 筋肉隆々で王冠をかぶった中年男性であった。

 ルミッスル王国国王レオナルド2世である。

 彼は天井からテーブルへ落ちた。猫のように華麗に着地する。


「レオナルド陛下! なぜ天井に貼りついていたのですか!!」


「余は王様だぞ。庶民と同じ登場では芸がなかろう」


 答えになってないが、レオナルドは自信満々に答えた。


「ズッシーオ・ヤムタユ男爵よ。この度の件、まことに残念であった。カッミール嬢の死を招いたのは、余にも責任がある。贖罪の為に全面的に協力させてもらおう」


 ルミッスル王国は領主たちの独自制が高い。領主同士交流することはあるが、限定的だ。

 レオナルドは無理やり教えを広める覚悟を決めたようだ。


「この事業は長い年月がかかるだろう。もしかしたら失敗するかもしれない。だけど私はやると決めたのだ。筋肉のすばらしさと筋肉の悲劇を後世に伝える役目は私以外にあり得ないのです」


 ズッシーオはそう胸に誓うのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しいなあ。 今回かなりのキャラが一斉に出てますが、みんながそれぞれ個性があって被らないのが凄いですね。相変わらず書き分けが上手いです。
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