第31話 3つのポジション
「ではオールアウトの基礎をおさらいしようかのう」
今日も今日とて筋肉仙人の座学が始まった。ズッシーオは正座している。
まずトレーニングのセットの組み方から始まる。2つのエクササイズを連続で行うセット、例えば拮抗筋同士を組み合わせる。
バーベルカールで上腕二頭筋を鍛えた後、すぐに上腕三頭筋をプレスダウンで鍛えるのだ。
これをスーパーセットと言う。
次にインターバルなしで徐々に重量を下げていくセットをドロップセットと呼ぶのだ。
そしてオールアウトは、セットをこなして焼き付くような刺激とともに筋肉が完全に消耗した状態である。
「わしはオールアウトさせるために3つのセットを編み出しておる。まずはおさらいするかのう」
まずはストレッチポジションだ。これは胸の場合だと、肘を体の後ろに持っていくような感じで両腕を思いっきり真横に開いた状態にする。これが胸の筋肉が伸び切ったポジションのことを言う。
次はコントラクトポジション。そこから前習えのように両腕を前に持ってきて、両肘をできるだけ近づけた状態にするのだ。これが胸の筋肉が収縮したポジションだ。
最後にミッドレンジポジション。両腕がそのちょうど中間くらいにある状態にする。
これらの3つのポジションで、それぞれ負荷がかかるエクササイズを選ぶのだ。
「わしのお勧めは、ミッドレンジポジションからストレッチポジション、最後にコントラクトポジションがよいのう。まずはベンチプレスじゃ」
仙人に言われて、ズッシーオはベンチに仰向けで寝た。
そこからベンチプレスを行う。ベンチプレスは大胸筋を鍛えるトレーニングだ。
ベンチプレスを8回から3セット行った。少し休むと仙人はダンベルを2本差しだす。
「次にダンベルフライじゃ。こちらはストレッチポジションで、胸の筋肉を伸ばしきっておるじゃろう」
ダンベルフライは大胸筋の中央部を鍛えるトレーニングだ。
こちらは10回から3セット行うのである。
これも難なくこなし、一休みした。
「最後はコントラクトポジション、ペックフライじゃ。マシンを変えるがよい」
ズッシーオは専用のマシンに移った。こちらも大胸筋の中央部が鍛えられる。
フィニッシュの体勢の時に胸にキュっと力が入るのだ。
先ほどのベンチプレスでは、腕がストレッチポジションコントラクトポジションの中間になっている。
ペックフライは12回から3セットを行う。
「胸の日は上腕三頭筋も一緒に鍛えたいのう。こちらはライイング・トライセップス・エクステンションとナローグリップベンチプレス、プレスダウンにキックバックのセットじゃな。これにクランチを20回から3セットも追加じゃな」
ズッシーオは息が上がっている。毎日のトレーニングは楽ではない。だが心地良い疲労であった。
「慣れたら4分割にするとよいじゃろう。胸の場合はケーブルクロスがよいな。こちらは大胸筋の下部と中央部が鍛えられるのじゃ。こちらは胸のトレーニングだけでもようじゃろうな」
あとは肩の日や背中の日、脚の日を分けるのだ。こうやって役割を決めて身体を鍛える。ズッシーオは毎日が楽しかった。その教えをディアブル師に伝え、わかりやすく広めるように工夫するのも面白かった。
「そういえばカッミールはダンベルフライを狂ったようにやっていたな……」
ズッシーオは思い出した。王都のジムではカッミールはまず2から3回しかできない重量で20セットこなしていた。そのおかげで彼女は胸の基礎的な筋量を作り上げたのである。
さらに足を上げて行うディクラインフライでは肉離れ一歩手前まで行っていた。
それとディップスでは腰に重いダンベルを吊るして行っていた。大胸筋の他に上腕三頭筋も鍛えていた。特に筋肉に関しては貪欲であった。
「しかしカッミールとやらはなぜそんなに筋肉にこだわるようになったのじゃ? もしかして父親に憧れたのかのう」
「わかりません。でも2年前に私の父上が亡くなったときに、彼女がますます身体を鍛えることに熱中しましたね」
当時のズッシーオは父親のディーノが亡くなり、家の仕事が忙しかった。
家族は涙を流したが、ズッシーオは泣くことはなかった。
カッミールは心配そうにしていたが、ズッシーオははねつけた。自分は男爵家の当主なのだから泣いてはならないと。強い自分にならねばならないんだと言い聞かせたのだ。
カッミールは何か言いたそうだったが、ズッシーオは仕事を優先し、彼女と会うことはなくなった。
ディーノが残したマニュアルのおかげで仕事は順調に進んだ。
1年過ぎたころにはさらに素晴らしい肉体となり、社交界では有名になった。
「……カッミールが筋トレをしたのは、お前さんを振り向かせるためではないか?」
「そんなことはないでしょう。彼女は貧弱な私に愛想をつかしたのです。私より筋肉が好きなのですよ。でも国王陛下とノルヴィラージュ伯爵の行為は許せません」
カッミールはポーロ王国のコンテストに向けて、筋トレをしているそうだ。スティーブもここ最近は何も言わなくなった。
あきらめたというより、カッミールに同情していたのだ。スティーブも彼女と縁があった。コンテストが終わった翌日に彼女は痩せこけていた姿を見て、内心歯ぎしりしたそうだ。
「……女心がわからない男じゃな。領主としては一流なのに」
筋肉仙人はため息をついた。




