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第30話 フォルミ・ファイルーズ

「さぁ、バーピーを始めよう!」


「はい!!」


 王都にあるアミアンファン公爵家の庭でふたりの男女が立っていた。

 女はアンジュであり、運動用の薄い衣服を身にまとっている。


 一方で男は上半身裸だが、まるで鉄の甲冑を身に着けているような肉付きである。肌は褐色で髪の毛は黒く、短く縮れていた。

 腰回りは細く、脚も太い。表情は笑顔で白い歯がまぶしいのだ。


 フォルミ・ファイルーズ。ファイルーズ子爵の長男であり、アンジュの婚約者でもある。

 彼は23歳でアンジュより歳年上だ。本来なら同年代が好ましいがこれには理由があった。

 だが今はバーピーを始めよう。


 バーピーとは下半身を中心に複合的に鍛えるトレーニングだ。

 

 やりかたは簡単。まず両足は腰幅に開いて立つ。次に背筋を伸ばし、胸を張る。

 そして両腕は体側に沿って伸ばすのだ。

 

 次に屈んで、両腕を伸ばして両手を地面につける。両足で同時に地面を蹴り、両脚を後方に伸ばすのだ。

 この際、腰が落ちないように注意する。

 

 両足で地面を蹴って、両足を両手に近づけたら、地面から手を離して、元に戻す。

 これをリズミカルに繰り返すのだ。


 このトレーニングで大臀部と大腿四頭筋、ハムストリングスが鍛えられるのである。

 フォルミはボクシングをたしなんでおり、下半身のトレーニングを重視していた。

 アンジュも一緒に行っており、彼女の筋肉もかなり鍛えられているのだ。


 アミアンファン家の使用人たちは、仲睦まじくトレーニングをするふたりを暖かい目で見守っていた。

 その内、トレーニングを終えると、メイドが濡れたタオルと冷たい緑茶を持ってくる。

 緑茶は一度沸かした後、井戸水で冷やしたものだ。ふたりは飲み終えると、一息ついた。


「ふぅ、いい汗をかいた。さすがは筋肉仙人様の教えだね。これを繰り返しているうちに下半身がかなり強くなったよ」


「それはようございます。ヤムタユ男爵様が仙人の教えを、ディアブル師に託して広めたのが幸いでございますわ。おかげでお金をかけれない、庶民たちも手軽に身体を鍛えられますもの」


「うむ、元々ディアブル師は双女神様の像を利用したダンベルカールを教えていたけれど、ヤムタユ男爵は他にもサイドレイズやキックバック、フロントレイズにリアレイズなどダンベルの代用としてできるトレーニングを広めてくれたからね。まったくあの方は素晴らしいよ」


 フォルミは手放しにズッシーオ・ヤムタユ男爵を褒めていた。それを聞いてアンジュの顔は複雑になる。


「……アンジュ。僕たちの婚約はおじい様たちの遠い約束だ。君が望んだわけではない。だけどこうしてお互いに分かり合えるようになった。ヤムタユ男爵とカッミール嬢もわかってくれるさ」


 ファイルーズ家とアミアンファン家の婚約は複雑であった。

 そもそもフォルミの祖父は遥か南東にある砂漠の国から来たのだ。当初はルミッスル王国を攻めに来た敵であったが、祖父は祖国を裏切り、ルミッスル王国についた。

 戦争の理由が戦争をしたいというくだらないものだった。若く経験の少ない王は周りの視線に耐え切れず、自分が大きく見せるために他国を攻めたのだ。


 その後戦争はルミッスル王国の勝利で終わる。当時は現国王レオナルドの祖父アムール1世が国王であった。フォルミの祖父の功績をたたえ、男爵の地位を授けたのである。これは前例のない出来事であった。アムール1世でなければあり得ないことだという。


 この際、フォルミの祖父はアンジュの祖母と恋に落ちた。だが異国の人間との結婚を公爵家が許すわけがなかった。王国内では新興の貴族を軽蔑する傾向があり、ファイルーズ家は当初箸にも棒にも掛からぬどころか、荒地しかない領地を押し付けられたそうだ。


「……そこでアムール陛下がおっしゃった。自分たちの代では結婚できないけど、孫たちに思いを託すようにと、遺言状を残されたのでしたわね」


 アムール1世はファイルーズ家に恩があった。当時の彼は4人兄弟の末っ子だった。彼は王座に就ける可能性は低かったが、ルミッスル王国国王が愚鈍であり、自ら戦場へ駆けつけ、3人の息子も道連れにしたのだ。

 結果は惨敗。父親と兄3人は戦死してしまう。アムール1世が勝利で来たのはファイルーズ家のおかげであった。その恩を報いるためである。


 フォルミの父親は男爵の娘と結婚した。息子が産まれ、次に子爵の娘と結婚し、フォルミが生まれたのである。

 ちなみに子爵になれたのはフォルミの父親がボクシングで功績を上げたからだ。息子がボクシングをたしなむのは当然である。


「……カッミール嬢のことは腹が立つね。僕はその場にいなかったけど、レオナルド陛下とジェイクス卿が罠をはめたのは火を見るより明らかだ。いくらなんでもひどすぎる。アンジュがヤムタユ男爵を強引に呼び戻さないのもそれが理由だね」


「ええ……。最初カツミは父親の裏切りでげっそりとやせ細りました。ですがズッシーオの手紙で気力を取り戻したのです。その日から鳥のささ身をミンチにして飲み干す方法を取ったのですわ」


「鳥のささ身を……。あまりおいしくなさそうだね」


「カツミも最初はまずくて飲めなかったといいます。ですが香料を入れることで飲みやすくなったそうですわ。もっともしばらく下痢が続いたそうですけど」


 フォルミは話を聞いてげんなりとなった。さすがに鳥のささ身をミンチにして飲み干すのは苦手だ。

 アンジュの話では以前は牛筋を煮込んで作った牛筋スープを飲んでいたそうである。トレーニングで筋肉の健が切れたので、筋を鍛えるために、牛筋を食べるようにしたとのことだ。


「ちくしょう! 蛮族が、この国から出て行け!!」


 突然、叫び声がした。それは使用人に見えるが、手には短剣を握っている。

 顔はまるで狂犬であった。視線が定まらず、よだれをたらしている。

 相手はフォルミ目掛けて駆けてきた。しかしフォルミもアンジュも慌てていない。


 フォルミは拳を前に構えると、短剣を振り回す闖入者をさらりとかわした。

 その様子はまるで蝶が舞っているように見える。


 次にフォルミは拳を振るった。相手のあごをかする。それは蜂のように刺すように思えた。

 男は膝から崩れ落ちた。あごをかすったために気絶したのである。

 フォルミはルミッスル王国一のボクサーであった。彼に敵う相手はいない。


「やれやれ、今日で3人目だ。よほどアミアンファン公爵家が恐ろしくないと見えるね」


「アミアンファン家は名家ですからね。他国の血が混じるのを嫌います。もっとも自分と関係ないことにこだわっておりますが」


 アミアンファン家の使用人たちが駆け寄ってきて、闖入者を縛り上げる。騎士団に突き出し、調査してもらうのだ。

 大抵はプライドだけがやたらと高く、変化を忌み嫌う閉鎖的な貴族が黒幕であった。


「これでも落ち着いたそうですよ。祖父の時は毎日周囲の貴族たちから襲撃や略奪を受けていましたそうです。アムール陛下やアミアンファン家とノルヴィラージュ伯爵家が助けてくれたからなんとかなったのです」


 フォルミは日常茶飯事のようにふるまった。だが王国内で敵意に晒されることは、心を削られているものだ。フォルミの精神はかなり鍛えられている。身体だけでなく心にも筋肉が付いているのだ。


「馬鹿は痛めつければよい。ですが男女の仲はそれでは解決しない。僕たちにできることはふたりの幸せを祈るだけですね」


 フォルミは右こぶしを見ながら、つぶやいた。

 フォルミはフランス語で蟻を意味します。

 いわゆるボクサーのモハメド・アリがモデルですね。

 ドラえもんのひみつ道具にコンチュー丹というのがあり、飲むとアリのように強くなるのです。


 ファイルーズは声優のファイルーズあいさんがモデルです。ファイルーズさんはエジプト人の父親と日本人の母親の間で生まれました。

 アムールはフランス語で愛を意味します。

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