第2話 トレーニングは継続が第一
「まずは座学から始めるぞい」
木造の家でズッシーオは筋肉仙人ことチアオの講義を受けていた。
部屋のお壁は木造で、床も板張りだった。ズッシーオは赤い座布団というものを用意され、胡坐をかいている。最初は正座をしていたが数分でしびれてしまい、胡坐にしろと命じられた。
着ている服は白い丈夫な生地で作られたもので、白い帯を締めている。
ちなみにチアオは白いふんどし一丁だ。だがまったく寒そうに見えない。肉の襦袢を身に付けているように思えた。
外では仙人の孫娘であるレイカが箒で庭掃除をしている。鶏たちは放し飼いで、時折鳴いていた。
完全栄養食である卵を産み、潰して肉を食べられるので重宝しているそうだ。
「まずトレーニングの種類を教えよう。
ダンベルやバーベルなどの道具を使い、筋肉に負荷をかけて身体を鍛える運動をウェイトトレーニングと呼ぶ。
そしてプッシュアップや腹筋運動など自分の身体の重さがふ化になるのが自重トレーニングじゃ。
他にもいろいろあるが、わしは筋トレをまとめてトレーニングという呼び名で統一しておる」
チアオの説明では人の身体は、筋肉が伸びたり縮んだりすることによって動いている。
立ったり座ったり、歩いたりしているときにも筋肉は伸びたり縮んだりするという。
さらに筋肉は使わないとどんどん衰えていく。年と共に身体が崩れていくのは、使われない筋肉がやせ細るためだ。
なので日頃のしっかりと筋肉を鍛える必要がある。
そして身体の中でもっともカロリーを消費する器官が筋肉だという。筋肉がつくだけで自然と太りづらい体質になるそうだ。
ルミッスル王国で筋力トレーニングが流行しているのは、まさに女性陣が美を追求するためである。国内には魔法使い(科学者みたいな職種。手から火を出したり、治癒魔法が使えるわけではない)たちの研究のおかげで、筋肉のメカニズムが明かされたのだ。
もちろん筋肉は簡単には身に付かない。日頃のトレーニングが必要なのは知られている。貴族にはトレーニング器具を購入できるが、庶民は家でできるホームトレーニングが中心で、商人が作ったジムでバーベルやダンベル、マシンなどが揃えてある。
ホームトレーニングだと身体が劇的に変化するには1年以上かかり、きちんとしたジムに通えば3か月ほどだという。もちろんトレーナーの指示を従い、的確なトレーニングをすればの話だが。
「わしの家にはダンベルやバーベルの他に様々なマシンが用意されておる。まあ、わしの孫たちが鍛冶で作った代物じゃが、効率的に筋肉を鍛えられるじゃろう。だが筋トレを続ければ筋肉痛はつきものじゃ。そのときに筋トレをしても筋肉は身に付かぬ。筋トレをしても筋肉痛でやめてしまうものが多いのが難点じゃのう」
「確かにそうですね。私の友人の令嬢も筋肉痛に悩まされておりました。もっとも彼女は筋トレを諦めませんでしたね。なんでも筋肉痛ではない別の部位を鍛えたそうですから」
「うむ、その通りじゃ。ジムなどはいけるときにいけばよいのじゃよ。無理をするくらいならきちんと休むのじゃ。
ジムに行けなければ、次にいくときの溜めの時間と思えばよいのじゃよ」
チアオの言葉にズッシーオは目からうろこが落ちた。筋肉仙人というから厳しい修行を強要すると思っていた。なのに彼の言葉からは緩いものであった。
「トレーニングは絶対に自分たちを裏切らぬ。やればやるだけ必ず成果が表れるのじゃよ」
「意外ですね。筋肉仙人様の修業はこの世の地獄と伺っておりました」
「そう言われておるな。別にここの修業は地獄ではないぞ。まあ、来るのが地獄という意味じゃな。普通はこの山の崖を登れんからのう」
確かにそうであった。壁のような岩山を登るのに苦労したというより、地獄を見た気がした。
「そうなるとなぜ仙人様の悪名が広がったのでしょうか」
「たぶん、ノルヴィラージュ伯爵のおかげじゃよ。あの男は特別じゃからな。わしとしてはあまり人が来てほしくないからの。噂を広めてもらったのじゃ」
ただしチアオは軟弱な精神の人間に来てほしくないだけだ。ズッシーオやノルヴィラージュ伯爵のように自力で来れた人間はきちんと教えている。
ノルヴィラージュ伯爵がでたらめな噂を広めたのも、筋肉仙人の元に楽して筋肉が鍛えられると思い込む人間を振るい落とすためだ。
もっとも伯爵自身、過去に自分の弟がここに来ようとしたががけから落ちて死んでしまったという。
だからこそ悪い噂を広め、人から遠ざけようとしたらしい。弟と同じ悲劇を起こさないために。
ズッシーオは周囲の反対を押しのけて、ここにたどり着いた。貧弱な身体でも気力があれば登れるのだ。
「ですがカッミールはジムを休むことを軟弱だと言ってましたね。毎日、筋肉痛を恐れずに鍛えることが美しい肉体美を作る秘訣だと言ってました」
「カッミール……、確か伯爵の娘と同じ名前だな」
筋肉仙人は俗世から完全に隔離しているわけではないらしい。伯爵とは年に一度手紙でやり取りとしているそうだ。
その際に家族のことを知ったのである。
「お恥ずかしいことに元婚約者です。とても素晴らしい筋肉の持ち主で、貧弱な私は婚約破棄されたのですよ」
「話だけしか聞いておらぬので、どのような人間かは知らぬが、それは間違いじゃな。その者は筋肉のメカニズムを理解しておらん。次の授業はそれを教えよう」
ズッシーオの心は躍った。元々勉強好きでもあるが、ここでの知識は新鮮で斬新なものばかりだ。
仙人の講座はまだまだ続く。
これで今日の投稿は終わりです。明日から正午に予約投稿します。