第28話 バンブフォイユ対ディアブル師
「いけー、バンブフォイユ様!!」
「ディアブル師もがんばれ!!」
ヤムタユ男爵領にある広場ではリングマットが設置されていた。ヤムタユ家のおひざ元で反映している街だ。石造りの家が目立つ。その中でひと際広い場所があり、そこは市民の憩いの場となっている広場だ。
ここで月に一度、プロレスを披露するのである。ルミッスル王国では格闘技はボクシングが有力だが、プロレスも小規模ながら開催されていた。
ポーロ王国では割と有名であるが、ルミッスル王国はあまり流行っているとは言えない。
精々ヤムタユ領かアミアンファン公爵領くらいである。
それでも市民にとって数少ない娯楽なので、リングの周りは庶民でいっぱいになっていた。
「ぶしゅるるる……。さすがですねディアブル師」
「なんの、バンブフォイユ殿もなかなかのものですぞ」
闘っているのはズッシーオ・ヤムタユ男爵の叔父であるバンブフォイユだ。肥満体に見えるが、中身は筋肉の怪物である。髪の毛を剃っており、日焼けした肌が余計岩のように見えた。青いタイツを履いている。
一方で相手をしているのは宣教師のディアブル師だ。彼は70歳の高齢だが身体を鍛えているので、たまにリングに上がっている。双女神教の教えを広めるために、老人でも身体を鍛えれば十分戦えることを、迷える子羊たちに証明するのだ。
こちらは赤いパンツを履いていた。
ディアブル師の戦歴は100勝5敗である。多くはヤムタユ領の騎士たちがほとんどだ。
「もう疲れたのではありませんか。年寄りの冷や水ですぞ」
「わたしは生まれてから一回も疲れたことはないのですよ」
バンブフォイユが煽ってもディアブル師はあっさりと返す。
ディアブル師がバンブフォイユの身体を押す。バンブフォイユはロープまで走り、ぶつかった。
そこにディアブル師が飛び蹴りを入れる。マットの上に落下し、ぷるぷると首を振るった。
バンブフォイユの方は蹴りを入れられた反動で、うつ伏せになって倒れた。
ディアブル師は立ち上がり、バンブフォイユを仰向けにする。それから両足を腕で組み、右回転させた。
ジャイアントスイングである。
しかしマットの上をぐるぐると回転させた後、バンブフォイユを下した。
バンブフォイユは寝たままで動かない。ディアブル師はコーナーポストの上に上ると、ボディプレスをかまそうとする。
だがバンブフォイユはすぐに体を寝転がしてかわした。
ボディプレスが不発に終わり、ディアブル師はのたうち回る。そこにバンブフォイユはディアブル師を立ち上がらせた。それから背後に回り、ディアブル師を頭からマットの上に叩き付けたのである。
ジャーマンスープレックス・ホールドだ。レフェリーがカウントダウンする。
「3、2、1!! 勝負あり!!」
レフェリーがバンブフォイユの右腕を上げる。彼の勝利に観客たちは沸いた。
実はディアブル師はバンブフォイユに勝ったことがない。騎士には勝てても、代理とはいえ貴族に勝利することは許されないのだ。
もっとも一方的な試合展開ではない。領民たちはふたりの戦いに血沸き肉を躍らせたのである。
☆
「いや~、いい戦いでしたな~」
控室でバンブフォイユはメイドに汗を拭かせていた。冷たい水もゴクゴクと飲み干している。
ディアブル師も見習いが手ぬぐいで全身の汗を拭いていた。先ほどジャーマンを喰らったのに、ケロリとしている。領民が「痛くないんですか?」と質問したら「鍛えておりますので」と答えていた。
「基本的にボディビルの筋肉は役に立たないと言われていますが、ディアブル師の筋肉は素晴らしいですね」
「いえいえ、バンブフォイユ殿の言う通りですよ。わたしは普段のトレーニングに加えて頭ブリッジを行っておりますからね」
頭ブリッジとは首を鍛えるためのトレーニングである。
やりかたは簡単、四つん這いの状態から両手をマットにつける。
そこから両手をマットにつけたまま、両脚を大きく開き、膝をマットから離すのだ。
それから膝をマットから離したら、両手を腰の後ろに組む。
その状態かで首を前後、左右、右回し、左回しに動かすのだ。
最初は両手をマットにつけたままでもよい。
ディアブル師はこれを毎日続けている。なのでジャーマンを喰らっても比較的怪我をしないですんでいた。
「……ボディビルの筋肉は重いものを持ち上げることはできる。しかし、それだけです。筋肉を鍛え続けるのは自己満足にすぎないのでしょうか……」
「……話は聞いております。カッミール嬢がドーピングをしたそうですね。わたしは端から信じておりません」
「わたしもです。彼女は国王陛下とジェイクス卿に嵌められたと思います。ですが証拠がない。アンジュ嬢と他のトレーニング仲間も運動を起こしておりますが、まったく話を聞いてもらえないそうですよ」
神に仕えるディアブル師もカッミールの噂は聞いていた。しかしディアブル師は信じていなかった。彼女は少々強引で高慢な性格ではあるが、まっすぐな性格である。幼少時から彼女のことを知っているので、今回の事件は少々腹立たしく思っていた。
「娘にドーピングの罪を偽装するとは……。ジェイクス卿は軍を扱うのがうまい。勝利のためなら自分が汚名を着るなど屁とも思っていない人です。今回のやり方はあまりにも強引過ぎた。もう少し自然に彼女を止めることはできなかったのでしょうか」
ディアブル師は水を飲んだ。ジェイクス卿は決して悪人ではない。悪辣なだけだ。領地の利益になるなら手段は択ばない。
「スティーブの話ではカッミール嬢のトレーニングはかなり無茶なことをしているそうです。なんでも一度意識を失い、医者の世話になったと聞きます。ジェイクス卿が強引な手段に出たのもわかる気がしますね」
バンブフォイユはジェイクス卿を擁護した。彼には子供がおり、新しいアンプリュダン伯爵の妹と婚約している。
ヤムタユ男爵の代理ではあるが、人の親だ。子供の健康を心配するのは当然である。
口ではジェイクス卿を非難しても、内心は共感していた。カッミール嬢の過酷なトレーニングは見る者をはらはらと焦らせていたのだ。
「それでヤムタユ男爵は帰る予定はないのですか?」
「ないですね。ズッシーオの身体は貧弱でも中身は鋼鉄のように硬いのです。一度決めたらテコでも動きません。困ったものですね」
ふたりはため息をついた。バンブフォイユは甥のことを真剣に心配しているし、ディアブル師も同じであった。特にズッシーオから毎回双女神様と関連したトレーニング方法を伝授してもらっている。それを差し引いても信仰深いズッシーオを心配していた。
カッミールも同じである。ふたりはお似合いで、婚約破棄されたときは嘘だと思っていたくらいだ。
一体これからどうなるのだろうか。ふたりは打開策が見えず、ただため息をつくだけであった。




