第23話 キックバック
「もう、コンテストは終っただろうな。カッミールが優勝したに決まっているけど」
真昼の、筋肉仙人の道場内でズッシーオはひとり黙々とトレーニングをしていた。今日の胸の日で、一通り胸を鍛えるトレーニングは終えている。
今はキックバックの真っ最中だ。
キックバックは上腕三頭筋を鍛えるトレーニングである。上腕三頭筋を縮めたときに負荷がかかるのだ。
やりかたは簡単、まずベンチなどに手をついて状態を床と平行にする。それからもう片方の手でダンベルを持つのだ。
次にダンベルを持った方の腕は、肘を肩よりも上に上げ、その状態から肘を伸ばしてダンベルを上げるのだ。
この時注意するのは肘をしっかりと伸ばしきることだ。両腕でやっても問題はない。
これを12回で3セットを行うのだ。
「ふぅ、上腕三頭筋が喜びの声を上げているよ。さっきはライイング・トライセップス・エクステンションとナローグリップ・ベンチプレスをやったから上腕二頭筋も一緒に歌を歌っている感じだね」
ズッシーオはすっかり筋肉を育てる喜びに目覚めていた。これは筋肉仙人の教えもよかったが、彼は仙人の教えを自分の領地で広める努力もしていたのだ。
そのまま聞いたことを教えるわけではない。双女神様を搦めて広げている。
先ほどのキックバックもそうだが、ダンベルがなければ別のもので代用すればよいのだ。
それを双女神様の石像で代用するのである。ダンベルは重ければいいわけではない。
程よい重さで十分なのである。これは宣教師のディアブル師も行っていたが、彼に手紙を送り積極的に広めてもらっていた。
おかげで双女神教の信者が増え、寄付金も増えたという。もちろんズッシーオは地元の教会に毎月多額の寄付をしていた。ディアブル師は寄付が増えて、食事が豪華になったと手紙で返事をよこした。彼は貴族だったが没落し、出家した身である。なので金儲けには目がなく、わかりやすい説教も信者を増やすための技術であった。
さてキックバックを終え、ズッシーオは外に出る。一休みするためだ。
ズッシーオは両腕を天高く伸ばした。うーんと気持ちよく筋が伸びる。
その様子を茂みの中で眺めている者がいた。それは複数いて、まったく身動きしない。まるで野生の肉食獣が獲物を狩るために待っているようだ。
ズッシーオは瓶に入れてあった水を柄杓で飲んだ。ごくごくと口からこぼれながらも、のどに流し込む。
そこに茂みから野鳥のように飛び出した。それは人間であった。体つきから女に見え、猫のような容姿だが、構えは虎のように見える。
相手は夢中で水を飲むズッシーオの頭上へ蹴りを入れようとした。
するとズッシーオは一歩後ろに下がる。蹴りは紙一重でかわされた。
その反対方向から、もうひとりの女が棍を手に、ズッシーオに襲い掛かる。
こちらも彼は身体を右に回転させ、根をかわす。そして根を握る手を手刀で叩いた。
あまりの痛さに相手は棍を落としてしまった。
その一方で猫女が廻し蹴りを放った。ズッシーオのこめかみを目掛けて振るわれる。
当たれば頭は粉々に砕けてもおかしくない。しかしズッシーオはまったく焦っていなかった。子供の遊びに付き合う感覚である。
ズッシーオはぎりぎりで頭を下げてかわした。次に猫女の股間を掌打を喰らわせた。
猫女は衝撃で身体をどたっと倒れてしまう。
「ふむ、シャオメイにシャオチュウ。いたずらはいけないな」
ズッシーオは言った。彼女らはシャンユエ一族の一員である。ふたりは双子でシャオメイが姉だ。彼女は無手の武術が得意であり、シャオチュウは棍を扱うのがうまい。
彼女たちは槍や剣を持つ100人の兵士を相手にしても、決して怯まない。というより圧倒的に彼女たちの勝利だ。
シャンユエ一族でも彼女たちと対等に戦えるのは長老のフートゥか、執事のスティーブくらいなものである。
そのふたりをまったく歯牙にもかけないズッシーオはただ者ではないことがわかる。
「うう、さすがはズッシーオ様。私たちでは歯が立ちません……」
シャオチュウが嘆く。彼女は少々姉に比べて精神が幼い。かといって敵に対しては無慈悲に命を奪うことができる。
「ふたりともなんで僕を襲ったんだい? 僕のやり取りはスティーブだけだと思っていたけど」
「……ズッシーオ様。今すぐお帰りください」
シャオメイが絞り出すように声を出した。その声色は怒りを含んでいる。今にも視線で相手を焼き殺さんばかりだ。
ズッシーオはただ事ではないと判断し、話を促した。
「いったい何が起きたんだ。僕がすぐ帰れないのは、スティーブに伝えたはずだけど」
「それは聞いております。ですが今すぐ帰ってください。カッミール様の心を支えられるのはあなただけなのです」
「カッミールがどうしたんだ、彼女の実力なら優勝は間違いなかっただろう?」
シャオメイはズッシーオをにらみつけた。彼女はヤムタユ家に忠誠を誓っている。ズッシーオも尊敬すべき好人物と捉えているが、今の彼には腹立たしさを覚えていた。
それをシャオチュウが口を挟む。
「ズッシーオ様。カッミール様はコンテストを失格にされました。それもドーピングを疑われたのです」
ズッシーオの顔が驚愕の色に染まったのだった。




