第14話 バンブフォイユ
「よぅし、体力向上運動を開始する!!」
ここはヤムタユ男爵領にある訓練場だ。だだっ広い開けた場所で、木造建ての家には刃の潰した剣やこん棒、盾などが無造作に置かれてある。
所々に木製の案山子が置かれてあり、兵士たちが訓練に使用していた。
全体が丸い男が100人近い男たちを集めて指示を出していた。
丸いと言っても肥満体ではない。頭は丸刈りで丸い石を思わせる。目つきは熊のように鋭く、上半身は裸だ。その肉体はつるんとしているが、柔らかさを感じない。むしろ丸い岩石を連想させた。
当主のズッシーオ・ヤムタユの叔父、バンブフォイユ・ヤムタユである。
今年で35歳になる。2年前に死去したズッシーオの父親ディーノとは5歳年下の弟だ。
目の前にいる男たちは領地内で集められた農民兵だ。彼らは招集によって戦場へ向かうことがある。大抵は素人だ。装備品も自給自足である。給料も出ないので報酬は略奪か死体から遺品をはぎ取るしかないのだ。
「まずは腕振り跳躍だ!!」
バンブフォイユが吼える。彼はまず両足を肩幅に開き、股関節と膝を曲げて、腰を落として腕を後方に伸ばし胸を張った。
次に跳躍しながら腕を前方に振り、今度は、跳躍とともに腕を後ろに振った。
さらに大きく飛んで身体を伸ばす。それを3回ジャンプし、リズミカルに5回繰り返すのだ。
農民兵たちも一緒に繰り返す。体力向上運動は基礎体力をアップさせるものだ。
実はここ最近で取り入れられた。ズッシーオが筋肉仙人から教えてもらったことを、叔父に手紙で報告したのである。
領民たちの死亡率を限りなく低くするための運動だ。領民たちは前当主のディーノを尊敬していた。ズッシーオは若いが頼りになる若旦那という認識がある。
よって領民たちはズッシーオのいうことは素直に聞くのであった。
体力向上運動は全部で11つある。
うずくまりと背伸び。股関節、膝関節と背中を動的にストレッチできる。
4呼称腕立て。太ももの裏側の柔軟性と下体幹、下半身を操る力が向上する。
えびけり。両手で身体を支えながら、体幹、下半身を巧みに操れる。
かがみ曲げ。スクワットと前屈を交互に繰り返し、下半身を中心に強化できる。
腕立て伏せ。腕と胸の筋肉をバランスよく強くできる。
体側屈。硬くなりやすい体側をストレッチする。
体捻転。体幹部に必要な柔軟性を確保できる。
かがみ跳躍。脚力とバランス能力向上を狙うスクワットジャンプだ。
体前屈捻転。前屈と捻りの動きで体幹強化、太もも裏側の柔軟性も養える。
最後に8呼称腕立て伏せ。体前屈と腕立て伏せで全身をバランスよく鍛えられる。
余裕があればこれにランニングも加える。姿勢は駆け足行進だ。
まずは背筋を伸ばし、踵を揃えて立つ。それから肘を曲げ、両手は軽く握って腰のあたりに当てる。
太ももが地面と平行になるまで上げ、左脚を大きく上げて前へ出す。手は腰の高さをキープし、続けて右足を大きく前へ、テンポよく駆け足をするのだ。
これを一月前に始めており、以降毎週繰り返している。おかげで農民兵の体力は以前と比べ物にならないくらい上がっていた。
賢いものは村に帰った後、来れなかった者たちに教える。そのためヤムタユ領の領民は体力が増えたのだ。
「ふぅ、くたくただな。さて食事にするとしよう」
1時間後、バンブフォイユを含めた全員がすべての運動を終え、汗だくになって、地面に座り込んだ。
メイドたちは昼食を用意する。訓練に参加した者は昼食が用意され、食料をお土産に持ち帰ることができるのだ。
物で釣った形だが、人を動かすには無償では成り立たない。景気よく見返りを与えた方が効率よく動かせるのである。
用意された木製のテーブルにはたっぷりの野菜と海藻が載せられた皿に、麦粥、牛乳に焼き豚が揃えられた。
最初は野菜から食べさせる。これは野菜で食物繊維を摂取させることで、その後に食べるものの糖質や脂質の吸収をコントロールできるのだ。
海藻はポーロ王国に輸入された干しワカメを入れている。海藻は水溶性の食物繊維を含んでおり、ワカメは特に食物繊維量が豊富だ。
水溶性は水に溶けやすい食物繊維であり、善玉菌の餌になって、腸内環境を整える。
また血糖値の上昇やコレステロールの増加を抑える効果もあるのだ。
麦粥はたっぷりの水で炊いてある。水分が多く、満足感があり、カロリーは低い。
これをひと口30回で噛む。単純な方法だが、満足が早く得られ、血糖値が緩やかに上がるのだ。
「ここのメシは変わっているけど、うまいよな。俺はこのメシ目当てで来ているよ」
「いやいや、おみやげの干しキノコや干し海藻、こんにゃくも最高だよ。あれを食べているおかげで腹の調子がいいのさ」
「さすがに東方から輸入された米は臭くて食べずらいけど、汁物をかければうまくなるよな。あと納豆という腐った豆は食べずらいね」
農民兵たちはおしゃべりをしていた。バンブフォイユはそれを見ながら満足している。
彼はズッシーオを補佐している。優秀とは言えないが生前に兄ディーノが残したマニュアルのおかげで領地運営はなんとかなっていた。
10代で軽く見られがちなズッシーオでも対処できる方法が載っているのだ。
これはディーノが20歳に父親を再起不能にぶちのめした後、家臣たちや友人の貴族たちと相談して作ったものである。領民はディーノさえいれば未来永劫、安心だと思い込んでいたので、それを危惧して製作されたマニュアルなのだ。
「ディーノ兄さんが残してくれたマニュアルのおかげで、なんとかなっているな……。まったく兄さんはすごいぜ」
バンブフォイユは兄を尊敬していた。2年前にグルヌイユ子爵の手の者に殺されたが、その死に様は領民や周辺の貴族たちに恐怖を刻み込んだ。
アンプリュダン伯爵も同じだが、その次男のフォルスは馬鹿なのでこちらは例外である。
「バンブフォイユ様」
背後に声がした。バンブフォイユが振り向くと銀髪で痩身の執事服を着た男が立っている。
ヤムタユ家の執事、スティーブだ。彼が音もなく忍び寄るのは日常的なので、バンブフォイユは気にも留めていない。
「スティーブか。ズッシーオの様子はどうだった?」
「好調です。筋肉仙人様の修業で以前より一回りも大きくなりました。それ以上に頭の回転もよくなり、私が持ってきた書類も半日あれば片づけてしまうほどです。周辺の問題もすぐに対処方法を考えておりますね」
「そうか……。まだ帰るつもりはないのか?」
「はい。帰る意思はありません。きちんと約束の2年を過ごすつもりのようです。わたし個人の意見としては帰ってもらいたいと思います」
スティーブは苦い顔をする。彼はシャンユエ一族の人間だ。常人よりけた外れの身体能力を持つ。狼が群れで襲ってきても蹴り一撃で撃退する実力があった。そのくせ本人は汗をまったくかいていない。
そんな彼でもズッシーオは物怖じすることなく、普通に接していた。身体は貧弱でも心は鋼鉄であった。
スティーブは主を敬愛していたが、時としてその頑固さが致命的な危機を招く可能性を危惧していたのだ。それはバンブフォイユも同じである。
「……本来カッミール嬢の婚約破棄は無効だ。あれは彼女が一方的に言ったもので、本来は後見人である私と、ノルヴィラージュ伯爵、そして第3者が合意しなければ意味がない。しかも相手は……」
「国王陛下でございますね」
そうズッシーオとカッミールの婚約は現国王レオナルドが間にいるのだ。
当時は王太子であった彼はディーノとジェイクス・ノルヴィラージュ伯爵の友人であった。
カッミールは勝手に婚約破棄したが、これは家の問題ではなく、国王の顔に泥を塗った行為に他ならない。ズッシーオと同世代の人間はこの事実を知らないものが多い。
しかし親世代は知っているのでハラハラしていた。レオナルドの耳に入ったが、がっはっはと笑い飛ばしたという。最後は元のさやに戻ると思っているようだ。
「昔から私はあのふたりを見ている。ズッシーオはカッミール嬢より身体は小さかったが、その分勇気があり、度胸があった。いつもカッミール嬢を守っていたのだ。
しかし彼女はそれに我慢がならなかった。身体を鍛えることで強さを手に入れようとしたのだ。元々彼女は目標を探していた。一旦目標を決めると、一直線になる性質があるのだ」
「……それが悪い方向に向かっている。身体を鍛えるならディーノ様がおりましたが、当時は領地の仕事とマニュアル作りで子供に構っている暇がなかった。それに2年前にディーノ様が亡くなり、ズッシーオ様は身体の鍛え方を知らずに過ごしております。その間にカッミール嬢は筋力を増やした。ふたりはすれ違いにより、肉の差も出てしまったのです」
バンブフォイユとスティーブは暗い顔になった。なまじ幼い頃からズッシーオとカッミールを見ているため、ふたりのすれ違いを歯がゆく思っていた。
そのすれ違いは永遠に解決することはなかったのである。
バンブフォイユはフランス語でバンブーは竹、フォイユは葉を意味します。
翻訳サイトで笹を調べたらそうなったのですね。
モデルはDDTレスリングのプロレスラー、スーパーササダンゴマシン氏です。
中の人はマッスル坂井選手ですね。検索すればすぐに出てきます。
ディーノの名前は同じくプロレスラー、男色ディーノがモデルです。
元々宮下あきら先生の魁男塾の男爵ディーノから取ったそうですね。
まさに男爵にふさわしい名前だと思います。
ふたりはタッグを組んだこともあり、今回の設定にしました。




