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第13話 背中の筋肉

「さて今日は背中の日じゃ。ラットプルダウンから始めよう」


 ズッシーオ・ヤムタユ男爵は筋肉仙人チアオの道場にいた。そこには各種のトレーニングマシンが所狭しと置かれてあった。

 これらはルミッスル王国の西方にあるポーロ王国で、チアオの息子たちが鍛冶で作ったものである。ポーロ王国ではもちろんだが、最近ではルミッスル王国でも王族と貴族が購入しているのだ。


 ズッシーオはラットプルダウンを始めるためにマシンの前に座る。ここに来て3か月。ズッシーオの身体は以前より太くなっていた。鶏ガラのような身体は人並みの肉に包まれている。

 もう貧弱男爵と馬鹿にされることもないだろう。しかし彼は満足できない。婚約者であったカッミールを迎えに行くためにも100年に一度の逸材と呼ばれる身体を作りたいのだ。


 さてズッシーオはラットプルマシンの前に座る。そして上部にあるバーを手に取った。

 肩幅より拳ふたつ分ほどの広さでバーを握る。グリップはサムレスグリップだ。

 次にズッシーオは肩を下に引き、肩甲骨を寄せながらバーを鎖骨に引き付けた。胸をしっかりと張れるようにしている。

 

 ラットプルダウンで大切なのはスタート時に肩をしっかりと上げておくことだ。バーを引っ張るのではなく、胸を開きながらヒジを身体に引き付ける意識が重要なのである。

 気を付けるべきことは、バーを引き付けたときは猫背にならないことだ。背筋を伸ばして肩甲骨をしっかりと寄せるのである。肩の力で引っ張るのはよくない。


 このトレーニングでは広背筋を鍛えられるのだ。8回に3セットが理想的である。


「背中のトレーニングは難しいのじゃ。腕の力が強いと、腕の力だけで引っ張ってしまい、背中に効かせられないのじゃ。もっともお前さんは腕の力が弱いから問題はないがの」


 チアオが笑うが、ズッシーオは腹を立てていない。事実だからだ。仙人自身も背中の筋肉をつけるのに高重量のデッドリフトやベントオーバー・ローイングを行っている。このときは仙人も腰に矯正用のベルトを巻き付けていた。彼でも日々の修業を続けているのである。


「同じ背中でも広背筋と脊柱起立筋せきちゅうきりつきんは違いますからね。バックエクステンションは脊柱起立筋のみが鍛えられるのですね」


 バックエクステンションは脊柱起立筋を鍛えるトレーニングだ。器具なしでも手軽にできる。

 まずはうつぶせになり、両腕は肩幅より少し広く開いて、前方に伸ばす。手のひらは、開いて内側に向け、両足は腰幅に開き、足首は伸ばす。

 両手両足を持ち上げながら、上体を反らすのだ。

 十分に反らしたところで、上体を伸ばして、手足を床に近づける。手足が床につく前に、再び上体を反らし、手足を上に、リズミカルに繰り返すのだ。


 専用のマシンを使う場合は、うつ伏せに乗る。そして腰を支点に上体を下し、また元の体勢に戻るのだ。反らしすぎる必要はない。

 お尻とハムストリングスにも効くのである。


「どちらが正しいというわけではない。きちんと考えてトレーニングをすることが大切なのじゃよ。それに背中は広背筋だけではない、最も多くの面積を占めているのは僧帽筋、首の筋肉じゃな。それ以外に大円筋や菱形筋、棘下筋などの筋肉があるのじゃよ。そういった筋肉をボコボコとした感じに降起させるにはいろんな角度から必要があるな」


「なるほど。そういえば以前宣教師のディアブル師の背中を見ましたが、あの方の背中は素晴らしかった。ただご本人は背中に悪魔を宿していると卑下していましたけどね。その一方で天使の羽根も生えておりました。なんでも若い頃にポーロ王国に布教している最中に筋力トレーニングを学んだそうです。もっともあまり教えを広めませんでしたが」


 ルミッスル王国では筋肉の美しさを競うのは女々しいという考えの時代があった。

 ディアブル師の若い頃はまさにそれで、ボディビルは庶民はおろか貴族でも敬遠されていた。

 それが20年ほどで劇的に考えが変わりつつある。むろん変化を認めない領地もあるが力の弱い下級貴族がほとんどだ。


「ディアブル師か……。あの男はわしが40歳の頃、ポーロ王国で出会ったな。当時のわしは貿易商会を営んでおってな。影人かげびと大陸で果樹園を経営し、それをポーロ王国で売りさばいていたな。東方からは珍しい宝石や布も輸入したものじゃ。ディアブルはそんなわしの船に乗り、宣教活動を続けておった。それもポーロ王国で学んだ筋力トレーニングを交えていたのじゃよ」


「そうだったのですか。思い出しましたが、ディアブル師は双女神様の石像をダンベル代わりに使っていましたね。女神様の加護で筋力が付くのだと説いておりました。だからこそあのお方に、仙人様の教えを広めてもらいたいのです。神の教えということにして」


 ズッシーオは感心していた。まさかチアオとディアブル師が知り合いだとは思わなかった。

 彼はディアブル師の説教をありがたく聞いていた。多くの人は理解していなかったが、筋肉に関する話を多く含んでいることを見抜いた。

 一度ディアブル師に訊ねてみた。なぜもっと詳しい筋力トレーニングを教えないのか。

 自分はすでに忘れてしまったと。長い航海の果てに後悔をしたことはないが、この国で筋トレを公開するのはまだ早いと判断したそうだ。


「さてラットプルダウンは終ったな。次はアンダーグリップ・ラップルダウンじゃ」


 アンダーグリップは逆手だ。こちらも肩幅よりも拳をひとつ分の広さで、逆手で握るのだ。

 肩をしっかりと上げた状態から、肩甲骨を寄せながらバーを胸の下あたりに引きつける。通常のラットプルダウンよりも、背中の筋肉をより伸ばすことができるのだ。


「そういえばカツミも背中の筋肉に悩んでいたっけ。背中を極めるのは難しいものだ」


 ズッシーオはそうつぶやいた。

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